2024年11月9日 竹内アンナ THE BEST DRAMAS TOUR 福岡 LIVE HOUSE OP's
● 大分から博多へ
福岡天神でのライヴという事で、とりあえず、大分駅から博多駅まで、ソニックで約2時間かけて移動しました。目指す会場は、前々回のツアーと同じLIVE HOUSE OP’sです。
● グッズ購入
13時頃、博多駅に到着。グッズ販売が15時からということで、それまでの時間を天神に移動して潰しました。15時頃、会場入り口に行ってみると、先に来ていたのは男性一人でした。ということで、ほぼ並ぶ事なく無事グッズを購入。
● グッズについて
意外と人気のあるWON吉のポーチ、結構、購入している人を見かけます。ただ、竹内アンナさんによると、可愛さを優先して、何も入らなくなったと言っていました。確かに、後ろのチャックを開けても、中はパンパンで、指輪か小銭数枚しか入らないと思われます。
● 開場
グッズ購入後は、開場時間の30分前まで、またもや天神で時間を潰しました。30分前でちょっと遅かったかなとも思いましたが、実際に会場の係りの人がチケットの番号順に並ぶ様に声かけをしたのは、開場時間5分〜10分前頃でした。
開場を待つ人たちを見ていると、男性が多い印象でした。年齢層は20代以上、50〜60代くらいまでといった感じでしょうか? ちなみに私は50歳代ですが。
番号を言われて中に入ると、ドリンクを受け取り、その後、速攻でトイレに駆け込み、会場へ。小さな会場なので、後ろでも十分満足できるのではと思われます。ちなみにOP’sには、ロッカーがないので、その点は要注意です。
天神にあるライヴ・ハウスOP’sの入っているビルには、様々なテナントが入っている様で、開場前のビルのエレベーターからは、アイドルっぽい女性から、バンドをやっていますという人達が出入りしていました。
● ライブが始まって
さて、ライブは3ピースによる演奏です。ボーカルとギターは、竹内アンナさん。ドラムスが守真人さん、そして、ベースが森光奏太さんです。使用ギターに関しては、エレキ・ギターはES-335と白のレス・ポール、アコースティック・ギターはマーチンでした。
ライブ早々、それぞれの楽しみ方でライブを楽しんでほしいとのコメントがありました。また、みんなが主役だとも。この辺りは、竹内アンナさんらしいコメントだと感じました。
選曲は、竹内アンナさんによると、新しいアルバムと、代表曲によるベストな選曲となっているとのことでした。その発言に対し、全曲演奏してほしいとの声が会場から出ました。それに対し、全曲演奏すると3時間くらいかかると言って笑いを誘っていました。
あと、会場が暑かったせいか、はたまた、演奏に熱が入っていたせいか、「こんなに汗をかくことはない」と言っていました。
● アンコール
アンコールは2曲です。アコースティック・ギターによる弾き語りが終了後、再度バンドメンバーが合流して、「生活」でライブは終了となりました。あ〜、「生活」で終わるのかと、この選曲にはちょっとビックリしました。
● ライブ終了後
ライブが終了してから、博多駅に行き、そのまま小倉へと向かいました。コロナ以降、博多でいつも利用しているホテルが取れなくなり、また、取れたとしても、値段が1.5倍から2倍ほどになりました。と言うことで、今回は、小倉で宿泊することになりました。ライブに行くのに遠征しないといけない身としては、だんだんと、遠征しづらい時代がやってきたようです。ちなみに、日帰りも可能でしたが、せっかくなので、小倉で宿泊し、翌日、小倉観光を楽しみました。


この看板、手書きなのが信じられません。
2024年9月1日 整理中
現在、自宅にある音楽CDをリッピングし直しています。
今までは、CDからリッピングする際、圧縮をしてパソコンに取り込んでいました。昔から、圧縮せずに、全CDをパソコンに入れられないものかと考えていましたにせよ、ディスクの容量の問題があり、仕方なく、圧縮した状態で保存していました。ところが、この10年ほどで、保存するためのメディア(ハードディスクやシリコンディスク)の容量が大きくなることに伴い、全CDを無圧縮の状態でリッピングしても、大丈夫になったのです。
これはまさに、20年以上かかってようやく夢が実現した感じです。
昔から、美崎薫さんの著書を参考に、いかにデータをまとめるのかを考えてきましたが、いかんせん、全データを一箇所にまとめるには、どうしても、保存するメディアの容量が足りなかったのです。
フロッピー・ディスク→CD-R→DVD-R→ブルーレイ・ディスク→ハードディスク(シリコンディスク)と徐々に、データを保存する容量は巨大化していったとはいえ、私の希望を実現するまでには、20年以上の歳月が必要でした。
もっとも、それだけの月日が経つと、音楽CD自体の寿命が気になるところですが、今のところ、問題なくリッピングできています。1枚だけ、どうしてもリッピングできないディスクがありましたが、700枚以上あるディスクの中から考えれば、たった1枚だと考えることができます。初期の頃の輸入盤ですら、ちゃんと、リッピングできてますし、よしとしましょう。
途中、音楽CDにおける黒歴史(?)であるコピーコントロールドCDなんてものも数枚含まれていましたけど、今となっては、いったいあれはなんだったんだろうと思ってしまいます。
2024年8月1日 恋愛ジャンキー
中学生の頃から、恋愛ソングには興味はなかったのですが、その傾向はいまだに変わっていません。でも、世間的には、それは少数派なんだなと感じたりしています。
aikoさんのように、恋愛の教祖のように言われるシンガーソングライターもいますし、aikoさんの恋愛に関する歌詞に影響を受けたと言う女性に出会うこともあります。(ちなみに、このホームページに昔から書いているように、私自身、aikoファン歴20年以上になります。あ、でも、彼女の歌詞は深いなと感じることはありますけど、恋愛の教祖として彼女のファンになったわけではありません。詳しくは後日。)
1970年代後半、ハード・ロック・ギタリストのリッチー・ブラックモアが、「恋愛について歌えばもっと売れる」と言うことをメンバーに言っていたそうで、神話的な内容を歌っていたバンドのリーダーとは思えない発言だと当時は思っていたのですが、恋愛というものが、多くの人を惹きつけるテーマであり、それが売り上げにもつながるというのは、事実なんだろうと、妙な納得の仕方をしたものです。
それでもやっぱり、もっと他に歌うことはあるのではないかと、悶々とするものをずっと感じていました。
そもそも、小説には様々なテーマが取り上げられている(それこそ、神話からお笑い、人間の根幹に関するテーマなど)のですから、もっと多様なテーマが歌の世界にもあっていいのではないかと思うのです。
もっとも、私が知らないだけで、マイナーな音楽世界では、恋愛以外のテーマを取り上げた優れた音楽が多くあるのかもしれませんし、恋愛という皮を被っているだけで、恋愛以外にも通じるような内容を取り扱っている音楽があるのかもしれません。
いずれにせよ、現状、恋愛以外の音楽を聴きたいと思ったなら、インストゥルメンタルを聴くしかないと考えていますが、どうなのでしょう?
2024年4月1日 クラシックとロック
今回は、1970年代後半から80年代にかけての思い出話です。
1970年代後半、当時人気のあったアイドル・ロック・バンド、ベイ・シティ・ローラーズからロックを聴き始めたという方は多いのではないでしょうか。
レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジのサウンドを再現していることで有名なジミー桜井さんのライブ初体験がベイ・シティ・ローラーズだという驚きの事実もあるくらいですから。
ということで、当時、多くの人がそうであったように、ベイ・シティ・ローラーズを聴いてロックに目覚めた私は、そこから、さらに幅を広げていくことになります。
ベイ・シティ・ローラーズに始まって、50年代や60年代のロックやポップスなどをラジオからテープに録音して聴いたりしていましたが、最終的にリッチー・ブラックモアが率いるレインボーに落ち着くこととなりました。
もっとも、リッチー・ブラックモアズ・レインボーも、当時、ハード・ロックの入門編的な捉え方をされていましたが、私にとっては、探究の果てにたどり着いたのがレインボーでした。
そもそも、そのレインボーを聴くようになったきっかけも、ベイ・シティ・ローラーズでした。
70年代当時、人気絶頂だったベイ・シティ・ローラーズには、彼らの名を冠したラジオ番組がありました。それは、確か「輝けベイ・シティ・ローラーズ」というタイトルのラジオ番組だったと思います。
その番組の中で、クラシック音楽に関するインタビューがありました。ベイ・シティ・ローラーズのギタリスト、エリック・フォークナーは、バイオリンも弾けたためなのか、クラシック音楽からの影響についてのインタビューがあったのです。
それを聞いて、「そうか、クラシックに影響を受けたロックというものがあるのか。」と知り、そのような音楽はないのかと雑誌やラジオなどで探すようになりました。
また、ベイ・シティ・ローラーズには、ハード・ロックとまではいかなくても、結構、ロックしている曲もあり(ロックン・ローラーなど)、ポップなだけでなく、よりハードな音楽も探すようになったのです。
そうして見つけたのが、クラシカルなアルペジオなどを取り入れつつ、しかも、ハードなレインボーだったのです。
これぞ、私の求めている理想系だ、そう思い、それからは、レインボーやそのルーツとなるディープ・パープルをメインに聴くようになりました。
それから約40年、いまだにレインボーを聴き続けています。もちろん、ベイ・シティ・ローラーズも時々聴いています。
最近は、Myukさんや、竹内アンナさん、藤原さくらさん、Predawnさんなどの日本のミュージシャンも聴くようにはなりましたが、今でも一番よく聴くのはレインボーだったりします。
新しいミュージシャンを聴くことは、これからどのようになるのだろうという期待というものがありますけど、レインボーのように昔のミュージシャンを聴くことは、長年の謎を解き続ける楽しみがあります。何せ、当時は情報が少なく、謎が多く残されていますから。
2024年3月1日 Myuk concert tour 2024 「Arcana」 2月6日
熊川みゆさんの音楽プロジェクトであるMyukさんの福岡でのライブに参加しました。その時の個人的な備忘録です。
○移動
大分から福岡へ、いつもの様に10時40分頃のソニックに揺られながら2時間かけて移動しました。ただ、今回のライブは、18時半開場ということもあり、かなり時間的な余裕がありました。
ホテルにチェック・イン後、地下鉄空港線を利用して、開場1時間前にライブハウスへ到着しました。さすがにまだ人は来ていなかったので、しばらくライブハウス近辺で時間を潰し、再度、開場30分前にライブハウスへと行きました。
開場時間の少し前にスタッフに促されてチケットの番号順に並び、会場内へと移動しました。列に並んだ時には、結構、来ていない人がいた様ですが、実際には、満席とのことでした。
○Gate’s7
ちなみに、今回会場となるGates’7は、中洲にあるライブハウス(ドン・キホーテの入っているビルの7階、最寄駅は、中洲川端駅、地下鉄からビルへ直接いけます)で、キャパは100名ほどの様です。
会場内には小さめのテーブルが綺麗に並べてあり、椅子がテーブルごとに4つずつ置かれていました。私は、2列目のテーブル席に座りました。テーブルのあるライブハウスは初めてでしたが、ドリンクを手に持っている必要がなく、これは便利が良いと感じました。その分、スペースは取りますけど。
会場内に入って気づいたのは、会場内にトイレがないということです。事前に会場の座席の配置図を見て、変な位置にトイレがあるなと思っていたのですが、なんのことはない、それはスタッフ用のトイレだったのです。トイレの場所をスタッフに尋ねている人が見られたので、会場内に入ってトイレがないことに気がついた人が、他にもいたようです。(一応、会場入り口にトイレの場所を知らせる看板が立っていました。)
今回、Myukさんのライブへの参加は初めてなのですが、初めてのライブでちょっと気になるのが、参加している人たちの年齢層です。若い人の中におじさん一人というのも気まずいかなと思ったり思わなかったりしますから。けれども、会場を見渡すと、意外と年齢層が高かったのが意外でした。(20代から60代くらいまででしょうか?)さて、ライブ開始時間19時となり、いよいよライブのスタートです。
○ライブ
ライブは「ひとりじゃないよ」からスタート。前半は、バラード系のゆったりした曲を中心に進みました。Myukさんの声は、しっとりと会場に響き渡ります。
その一方で、ライブ中盤以降は、アップテンポな曲が中心となり、会場も大いに盛り上がりました。
スローなナンバーでのハスキーなMyukさんの声も魅力的ですが、アップテンポなナンバーでのMyukさんのハリのある声も実に心地よく感じました。
ライブ自体は、Myukさんのデビュー曲である「魔法」で一旦終了しました。
しばらくしてアンコールがスタート、一曲目は、熊川みゆ名義でのデビュー曲「あの日夢を」をアコースティック・ギター一本で演奏。最後は、再度バンドが参加して、今回のツアータイトルでもある「Arcana」が演奏されました。
○サポート・メンバー
ライブ全編を通して印象的だったのが、サポートメンバー同士がアイコンタクトをしながら、楽しそうに演奏していたことです。
サポートメンバーは、ギターの大久保友裕さん(バンドマスター、ぱいせん)、ベースの前田恭介さん(androp、ギターの大久保さんの中高時代の後輩とのこと)、キーボードの西野恵未さん、ドラムスの大貫みくさん(the peggies)の4名でした。
コンピューターに合わせた演奏だとは思いますが、レコーディングされたバージョンを上手くMyukさんを含めた5名の演奏に収めていたと思いました。エレキ・ギターの演奏をベースで補っていたり、シンセの音をギターで補っていたりと、なかなか興味深かったです。
これは、演奏とは関係ないのですが、キーボードの方が、夜ドラに出演されている女優さんとよく似ているなと思って、自宅に帰ってから調べたところ、その女優さんご本人だと分かり、ちょっと、びっくりしました。
○トーク
曲間のトークでは、会場のお客さんの福岡の美味しいものランキング(豚骨ラーメン・水炊き・もつ鍋・明太子入り卵焼き)、メンバーの博多ラーメン以外で好きなラーメンの紹介等、食べ物の話で盛り上がりました。
あと、Pancakeの作曲者であるギターの大久保友裕さんによる曲の解説がありました。その話から、コロナ禍での悪い面ばかりでなく、日常のなんでもない場面に目を向けることの大切さに気づかされました。Myukさん自身によるニュー・アルバム「Arcana」の解説等もありました。そんな中、デビュー時やバンドメンバー、そして、今回のライブの観客など、人との出会いに恵まれていると語るMyukの言葉は、印象的でした。
あと、ライブに参加した回数を訪ねる場面では、意外とリピーターが多いように感じました。福岡でのライブは2回目のようですが、2回目、そして、3回目の方が多くいて、コロナの影響を考えると、実に羨ましい限りです。しかも、結構年齢の高い方が3度目以上参加しているというのは驚きでした。
○最後に
2時間弱のライブでしたが、3年目を迎える彼女の集大成という感じのライブでした。
○セットリスト
1.ひとりじゃないよ
2.星に願いを
3.シオン
4.Snow
5.あふれる
6.Pancake
7.フェイクファーワルツ
8.夜の舞踏会
9.ラブソングの衝動
10.Gift
11.encore bremen
12.愛の唄
13.アイセタ
14.魔法
アンコール
1.あの日夢を
2.Arcana
2024年1月1日 謹賀新年
いつもの様に、紅白を見ながらこの文章を書いています。
今回は、旧ジャニーズ関連のグループの出演のない異例の紅白となっています。個人的には、そろそろその様な紅白があってもいいんじゃないのかと思っていました。なぜなら、あたかもジャニーズがいないと芸能界が成り立たないという意見や、ジャニーズなしでは、芸能界は実につまらないものになるという意見に疑問を感じていたためです。もちろん、ジャニーズの日本の芸能界への貢献度は、計り知れないものだとは思いますが、では、ジャニーズがいなければ芸能界が暗黒の如くなっていたのかと言えばそうではなく、恐らく、全く違った形の芸能界が誕生していたのだろう、そう思います。
さて、昨年1月の「今月の一言」で、現在、私は、二つのテーマに興味があることを書きました。一つは、昭和への回帰であり、もう一つは、これからの社会についてでした。
昭和への回帰と言っても、レトロ・ブームに乗っかろうと言う訳ではありません。昨年も書いたように、昭和の学校の在り方、人間関係のあり方等、当時を知っている身としては、昭和を単なるノスタルジーの対象にする気にはなれないからです。当時がいかに酷い時代だったのかは忘れることはできません。でも、その一方で、私が現在興味のある音楽等、すべてが昭和という時代に生まれたものであるのは事実であり、結局、平成になってからの新しい音楽(もしくは1989年以降の音楽)には、全く興味が持てないからです。いまだに、私のとってのベスト・アルバムは、Rainbowの1979年のアルバム、Down To Earthなのであり、そのアルバムに関する探究は今も続いています。
もう一つのこれからの社会に関しては、コロナ以降、または、失われた30年と言われる今の時代のこれからです。これからの社会が、光輝くものになるとは思えないにせよ、それがどの様に変化していくのかには、大いに興味を惹かれます。きっと、今まで見た社会とは全く異なるものとなることでしょう。そう思うと、ワクワクしてきます。
そして、これらの二つとは別に、昔から興味を持っていることがもう一つあります。それは、異なるもの同士の影響関係についてです。特に、絵画と写真の関係には、昔から興味を持っていました。
写真が誕生した当初、写真とは何なのかというのがあまり認識されていなかったのだということが、当時の迷走ぶりに現れています。例えば、写真誕生当初、合成写真の技術を使って、絵画のように表現する試みが行われたり、印象派の絵のように、輪郭線のはっきりとしない写真が作られたりしていました。それまでの絵画の表現技法を模倣することで、芸術として認められるんじゃないのか、当時の写真技術者たちは、その様に考えていたのだと思います。
けれども、写真が普及するにつれて、リアリズムを追求した記録写真やニュース写真が登場したり、一瞬を切り取るスナップショットが登場したりと、それまでの絵画とは異なる手法が誕生し、新たな芸術表現として認められる様になりました。
その一方で、絵画は写実的な表現を写真に譲り、抽象画などのように、絵画独自の表現が誕生していったのです。興味深いのは、絵画は絵画で独立したものとして発展していったばかりでなく、写真的なスナップショットのような構図を取り入れたり、スーパーリアリズムの様な写真的な表現を取り入れるような動きもありました。
この様に、本来異なるもの同士が、お互いに影響をしあうことにより、より新しい表現を生み出すとともに、その本質を問う様子に、とても興味を感じます。
ということで、今年も、興味あるものを探求していければと思います。