Cafe'  SlowBeat




 

コラム

気がついたときに、思うことを記していきます。


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2018/11/21

竹楽。カリンさんのお店で今年もお祭り気分、楽しかったー
三連日とも昼のお店も立ちっ放しで疲労まだ抜けてません ^ ^;






今年は、な(by カリンさん)、はな(by ミワちゃん)、る(by 当店)の名続きの三柴ちゃんが集合、戌年の終盤に花を添えました。
娘も華を一杯連れて来てくれました、お店の常連さんたちや以前の会社の人たちも多数来てくれて。

ついでにここ大分県の最有力紙、大分合同新聞の月刊冊子「モグモク」の12月号にもページを割いて掲載して頂いてます。



実は11年ぶり。
もういろんなメディアの方々とお会いしているので薄々感じていましたが、メディアさん側の気持ちとして新たな希望を持ったお店を応援したい、だから新しいお店の記事を率先して書く、という思いがあるということ。
仕事で追われて新しいネタを探して、ということだけでなく。

そんな思いから11年前当店もこのモグモグ初め本紙の新聞にまで紹介していただきました。でも・・・
「取材した大半のお店が数年後には無くなっていると知ると寂しさを感じます。10年ぶりの取材なんてホントに嬉しいですね。」
永続とは、楽しい関連を様々に育む"土"のようなものにもなり得る。永続にすがり腐敗する政治や組織がある一方。

昨日、日産ゴーン会長の逮捕があった。"様々な生物"が生きる土壌をいかに永続できるか、、、、
ひとかけらの生命だけが絶対繁茂する形態は永続できないと自然は教える。

「長年試行錯誤を繰り返してきて、様々な微生物一杯の土壌が基本かと思っている」

お隣くわき農園さん、美味しくて生命力ある野菜を無農薬・有機肥料で大規模に作る園主の言葉、自然界や人社会の摂理を解いたような言葉だと思います。


お祭り竹楽終えて本日は気温が急降下、薪ストーヴ稼働開始 !





2018/10/27

数日前、このホームページの更新をしようとしたところソフトが起動しない、再起動から始まりでウィルス総点検やディスクファイルのクリーンアップ、システムの復元、ソフト再インストールと考え付くこと全てをやったがダメ、それぞれ半日から一日の作業だ。 パソコンもソフトももう古い、そろそろダメか・・・

ネットで調べても有益な情報ない中に一点、「ネットを遮断したら立ち上がりました、その後も問題なく・・・」
立ち上がった。それでこれが書けている。
先日もバイク補修中に消え失せた部品をお客さんに見つけてもらった。冬の薪支度で困惑していると、これまた別のお客さんが「薪作り過ぎたので…」 と薪を頂いた。ふたつとも物凄く嬉しかった。

日々日常のことは当たり前のことであり気にも留めない。だがパソコンがおかしくなり、バイクがおかしくなり水道や電気や機器がおかしくなり、手足や目や耳や体がおかしくなり、大地震や大豪雨、大暴風の災害が起こると分かる、
日の常と書く日常とは当たり前ではない、流転万象の中のお休みのひと時なのだと。

変化流転をいとわしく思うか楽しむかは生物の勝手、だが今生き延びている生命の多様性から見るに、変化流転は大変なんだろうが楽しそうだ、波乗りのように。


良かれと進んだこのお店の日々、一般世間の日々と比べると特殊だと気付く。
もう十三年目、おかげさまで日々様々な地域や業種や老若男女のリピータの方々と友人付き合いの親しさで接っしさせて頂いています、その人たちは好んでこの場に来られる、仕事など義務でなく、、、そんな好意の日々いろんな人たちと直接接する仕事ってほかにあるのか ? … 思い浮かばない、、、毎日天候や草花木々や生き物の変化に気をそらす、月や星々や獣の野生の様々に五感で気付く、、、、

その中で、今回のパソコンやバイク部品や薪など、いつも自分以外の周りから助けられているのです、思いも寄らない方面から手が差し伸べられ、体内に巣くう細菌から食物、酸素や太陽や大洋まで、、、、

ヒトは、生命は、ひとりでは生存できないものです。







2018/10/03

前回のコラムを書いたあと、いろいろなことが通り過ぎた。

関西に続き古巣のひとつ北海道道央での大地震、ここ九州初め東日本までを襲った先日の猛烈な台風24号、家族で海外唯一行ったインドネシアの大地震と津波・・・
・・・安部一強の自民党総裁選での石破氏の地方五分の得票、沖縄知事選での米軍海兵を父に持つ辺野古基地反対の翁長前知事の意志を継ぐ玉城氏の圧倒的勝利、本庶氏のノーベル医学生理学賞・・・
・・・私的には彼岸花初めとした連休週間のお店の超盛況と新旧交えたお客さんたちとの楽しい出会い、に嬉しさと疲労満杯・・・

そういった様々なものごとの中で様々な想いを感じながら、日々ひとりピアノを弾く。
今年は当店でコンサートなどの催しがないので音楽から離れたかと思う方もいらっしゃると思うが逆で、集客の諸々や演奏者・ピアノ調律などの音楽周辺の雑多から離れ、自分の自由な音楽を楽しんでいる。
もともと、音楽の良さを生演奏で知ってもらいたい、自らもいろんな演奏に興味があるしお店を知ってもらえる手段ともなる、と思ってやってきて十年50回、そろそろやり尽くしたかな、との自然な思いの流れです。
(全くやめた訳ではないので次を乞うご期待)

今、ピアノも自由に自分で気になるところを微調整でき、快適。コンサートを頻繁にやっている頃はいじらないで欲しいと調律師さんから言われていて苦痛でした。当日だけのコンサート用と日常使用での調律は方法が異なると思えますから。

教室や先生に付いている訳ではないので自分で気に入った曲を見つけて弾いていくのですが、クラシックでは70曲以上、ジャズやポプュラーでは恐らく100曲以上となっているので、"復習"が大変な状態となっています。もうこれ以上はいいでしょうと思っても琴線に響く曲を見付けると熱中する、すると過去の曲の復習はなおざりとなるわ曲は増えるわで、過去の曲の修復は益々苦労する、といったルーチンに陥ってます。

ただ、その"修復"はその曲を初めてやった時の100分の1程度の時間で元に戻るので、人間の身体含めた記憶力、そして昔から言われている子供や若い頃の勉強というものの重要性、に改めて感嘆します。

そんな中でのここ数か月、新たに修練中のピアノ数曲。
ショパンは若い頃、惹かれながらも女々しい男との想いがあったが、歳を取ると共にどんどん身近になってくる。繊細で強靭な男だったのだと・・・


ショパン Op.27-1 (ノクターン7番)
こちら、⇒ ビジュアルな演奏も。


ショパン Op.25-12 (エチュード24番)
こちら、⇒ ビジュアルな演奏も。


J.S.バッハ BWV988 (ゴルトベルク変奏曲)

ゴルトベルク ・・・若い頃に名盤だとグールド最期の吹き込みのLPを買った。ぜんぜん良さが分からなかった ・・・それが今は分かる。天地と生命一体の喜びを数学的な手法と論理を使って現わした曲なのだと。数学と音楽は密接に関わっている、ギリシャ時代に音楽は数学だった。今の時代から見るとバッハは天才的な数学者であったと思う。

とても全部を弾けない(最難度だらけの曲を譜面通りに繰り返し含めると一時間以上になる) ゴルトベルクは、この変奏曲の主題である単純かつ純粋な最初のアリアがお気に入りのマイ・ピアノ曲、だが簡単に見えて各所の装飾音や各フレーズの解釈は難しく、特に私には終焉部の変な転調がずっと引っ掛かっていた。「そして父になる」 というヒット邦画のエンディングで使われていた時もこの変な転調は聴きやすいようにうまくカットされていた。
が、随分と弾いているうちに、「これは子供の自由気ままな気持ちの情景だ ! 」 と思い気付いたら、バッハお父さんが益々大好きになった。バツハは20人の子のお父さん、、、でもその中の10人は夭逝し、、、
その20人の子供たちから始まり、恐らく世界すべての子供たちへと渡す愛情は、世界中の人が知っている様々な曲に残る。バッハ作、とは知らずとも。


・・・・・ ここ一ヵ月、書かなきゃと思っていろいろ溜まっていたもの、少しは吐き出せたか、、、、





2018/09/05

昨日強烈な台風21号が私の古巣のひとつ、関西を通り抜けた。
関空被害など大変だが、先般の西日本豪雨のような大規模な人的被害がなかったことにほっとした。
生きていれば、また創造できる。

お盆過ぎの相次ぐ台風が暑さを押しのけたか、近ごろこの地は涼しくなり真夏が終わった感じ。
エアコンを切り、窓からの高原の軽やかな風が心地よい。日が暮れると秋の虫たちの鈴の音もそぞろに。

暑い夏というものは何故か "夏の思い出" として心に残るもの。
今回の夏もいろんな人たちが沢山お店に来てくれて、夏の終わりの今に思いを返す。



夏休みには普段お会いできない遠方からの、馴染みの帰省のお客さんや新たな旅のお客さん、帰省で集まる仲間や家族など、新鮮な人たちと出会え、こちらも楽しみます。

今回は若人たちに印象残るかな・・・父親の初盆で帰省の赤ん坊連れたドカ乗りの懇意若夫婦から始まり、カワサキNinja250新旧それぞれに乗るカップル、「免許取 "れ"ました !」 と公道初日に修行用バイクで来てくれた大志ある保健婦さん、「これから免許を取ってカブで旅をしたいのですが…」のご近所息子さん、「今日は初めてバイクで来ました」のGSR400福岡から、カワサキVulcan650はいつもながらに、、、、
、、、バイクと離れては、数年ぶりにN.Y.からジャズ・ドラマーの Mai ちゃんが幼子とママとわんこを連れて、娘は吹奏楽仲間の結婚式の練習とかで吹奏楽仲間が集い、ご近所秀才・阪大から帰省の宇宙物理学生音楽好きはお店ネットで日中仕事研究、埼玉から移住のお母さんは息子二人を、横浜の常連校閲女子は息子若夫婦を、、、、人ではないが、南阿蘇夫婦の亡くなった愛犬後続若ゴールデンも、いい犬だ、、、新たな金魚の子たちもやってきた、、、、、


おかげさまで当店は13年目を迎えることができました。
ひとつの地で、しかも地縁も血縁もない地での、転勤族脱サラ夫婦二人の個人商店13年目、、、
なぜか今は一人娘も一緒に居ます。大阪からずっと一緒の"はる"も居ます。
娘が生まれた静岡からの愛車CR-Vも大阪で出会った愛機ドカも健在です。
この地で出会ったピアノも快調。

不思議な感じです。竜宮城のような感じ。
この地の自然と、さまざまな人さまのおかげでしょう、

感謝。





2018/08/10

この暑い時期は閉店後に店横のギャラリー小屋の軒下で "はる"と一緒自家漬けの梅酒に氷をぶち込んで涼むのが楽しみなのだが、先月頃から夜空に妙に明るい星たちが目立つようになってきている。

この地は空気が澄んでいて光害もなく夜空の星々がきれいに見えるので、スマホをその方向にかざせば星や星座の名前が分かる、というスマホ・アプリを使って随分星空の勉強となっているのだが、それでも最近の明星たちはいつもと違うようで気になる、、、、

まずは宵(よい) の明星「金星」は良く見ているが、"あれ"はどこか違う・・・先ほどのスマホで見ると「木星」。
「木星」があんなに明るい !
夜半になると今度は、どこかに電灯でもついているのか、と見えるほど赤く輝く「火星」。
最近、その木星と火星の間にある明るいのも気になった。「土星」。
そして先日はこの、西、つまり右から順番に金星、木星、土星、火星、がひとつの南の空にすべて明るく見えていることに気が付いた !




実際の写真を撮ろうとしたのだが画角と光度で無理だったので、アプリで当店同時刻でのバーチャル撮影。それでも画角が広過ぎて一枚では収まらず。破線は黄道 (太陽の軌道) で画像下部に薄っすらと見えるのが地平線、サソリの絵はさそり座で、その中央で輝く赤い星は主星アンタレス、太陽の直径230倍もの巨星。緯度の低い九州では実際にさそり座もアンタレスも、この地でははっきりと見える。

といったことで4惑星がすべて夜に見える (=太陽の反対側に揃う) ということもまれでしょうが、ちょっと調べると今年は5月10日に木星、6月28日に土星、7月31日に火星が地球に最接近している年で、だから明るい電灯風なのが一杯 ! ということでした。

… でもこんなのを観察できて、だからいろいろ知り得るはこの地だからなのでしょう。 ^ ^
都会では見ることも出来ないだろうし、だから、知ることもないだろうし ・・・

水や食材が美味しいとか山や温泉一杯とか野生動物一杯 (これはちょっと迷惑でもあり… ^_^; ) とか、、、、すてきな地です。





2018/07/25

今年の夏は熱い。"暑い"では足りない。

山岳地帯であるこの地では通常猛暑時は夕立で冷やされるのだが、最近ぼつぼつ発生し始めたものの先週まで十日間ほどは雨一滴もない連日の猛暑、お店近くの国道の温度計表示が34,35℃の連続・・・この高原の地に来てそろそろ丸13年となるが、表示される気温が34,35℃とは初めてだと思う。猛暑は全国的のもので、一昨日熊谷市で日本観測史上最高の41.1℃を記録した。

涼を求めてのお客さん、また、暑い時期この地の定番 "菅生のスイートコーン"を求めてのお客さんたちでお店が賑わうのはうれしい、今年も活況。


… でも実はこれまでは今年は涼しかった。例年6月の初め頃から付けるクーラー、今年は7月に入るまで付ける必要がなかった。大災害となってしまった西日本豪雨の数日前までは・・・その後、猛暑に急転した。

この西日本豪雨初め、毎年大災害が発生して少し前の大災害も記憶が薄まってしまうが、でも何度か周辺が災害に直面しているので分かるのだが、どこもまだ復興最中のはずなのだ。一二年で収束するものではない。
ということで記憶に深いものを整理してみた。(Wikipediaなどより)

・2018/7 西日本豪雨 - 死者220人以上
・2017/7 九州北部豪雨 (朝倉市中心) - 死者40人以上
・2016/4 熊本地震 - 死者267人(関連死212人含む)
・2015/9 関東・東北豪雨 - 死者20人
・2014/8 広島市豪雨 - 死者77人
・2014/2 平成26年豪雪 - 死者26人
・2012/7 九州北部豪雨 (阿蘇市・竹田市中心) - 死者30人
・2011/3 東日本大震災 - 死者15,895人

このような幾多被災地での身近で喫緊な課題山積みの中、森友・加計ののらりくらり対応のみならず、カジノや残業容認や、なんと参院増数などの利権者優遇法案は形だけの国会対応でさらっと数の強権で通してしまうという、これまでも共謀罪や秘密保護法や集団的自衛権の強決もあったが、災害時でも政権宴会の様子を楽しげにSNSにアップする感覚の政治、それをここまで露骨にやられても容認して毎回当選させてしまうという、政治無視含めたこの国の国民性とは、、、、

、、、個人的ストレスは押し殺し、周りと反発せずに周囲の流れにうまく乗って難を避ける、、、、
大昔から人知ではどうしようもない自然災害に囲まれて生きてきた島民の性(さが) なのでしょうか。

でも今、この流れはどこへ流れて行くのか ・・・


* 大分県日田市中津江村


流れの方向を決めるのは、人。その最小単位である各個人の意志や思想の集合体。
全ては個人から始まる、と今も思っています。





2018/07/02

今日、葬儀に行ってきた。
長年ほとんど毎日、平日の昼食を取りに来てくれていたお客さん。近年はずっとホット・オープン・サンドのコーヒー付。三日前、早朝に突然会社で亡くなった。

福岡の方だが家族の居る福岡とこの地を行き来し、もう二十年以上も前から単身でこの地では破格の従業員待遇の会社経営をされていた。口数の多い方ではなかったが毎日カウンターで、政治や人生、歴史や生命、そして仕事や自身のこれからの処方について雑談していた。長年の付き合いの中、数は少ないが、山も一緒に登ったし、温泉、美食と酒も何度か馳走になった。

遺体を前にして、両親の死に際しても泣かなかった自分の目から涙がにじみ出て止まらなくなった。
死というものについて私はもう達観した風になっており、全体を作る細胞の日々の死生と同じく、日々様々な死あって次の新たが生れるこの世の精巧な摂理、人の死も嫌うべきものではない、と。

私の両親は癌であったため、双方に死と死後に対しての準備や覚悟や戦いの準備期間が設けられた。
だが、突然死、それも身近な人の突然死というものは、いつもの生活の一部が不意に忽然として消え失せてしまうということで、死への達観などといったものは気休めにならない。

「もう、これからずっとお店には来ないのよね・・・」
葬儀の後、車の中での家内のひと言がすべてを言い尽していた。

いつも、ぴんぴんころりで逝きたいね、と言っていたが、「本人はそれでいいけど残された者は大変でしょ、ウチの両親は癌で・・・」と言い返して互いに笑っていたが、そのとおりになってしまった・・・六十九歳。



今年も沿道のイワダレ草は今も満開に咲いています。彼が雑草駆除と美観のためと植えてくれたもの。
毎年想い出せる記念碑を残していただいた。





2018/05/26

GWも無事終わり、家内の帰省に合わせお店を連休とし、久しぶりにバイク&テントの一人旅。



改めて調べると、なんと5年ぶり !
2013年8月 鹿児島西方の離島、甑島 (こしきじま) へ
2010年8月 本土最西端、長崎方面へ
2008年8月 本土最南端、鹿児島方面へ

近年時間の感覚が遅くなったと感じており、このお店の12年も半分の6年、今回の旅も2~3年ぶりの感覚だったが実に5年ぶりとは。歳のせいか、はたまたこの地のたおやかなスロータイムに由来する浦島太郎効果なのか。

さておいて、今回の旅は山口県探索を目指し北上した。
日田から英彦山(ひこさん) を経由し北九州の平尾台へ。
小学生低学年の頃、北九州の門司と小倉に住んでいて、そのとき父親に連れて行ってもらって以来の数十年ぶり。なぜかずっと名称だけは記憶に残っていた。



これまた当時、海の下を通ると知らされて恐れおののきながら通った関門トンネルを、久しぶりに通って山口県へ。ちょうどドカは10万キロ突破。西の海沿いを走る。



最初の目的地である角島(つのしま)の岬で、誰もいない一人テント泊。




翌日も快晴、いろいろな岬へ。





これも全くの数十年ぶり、秋吉台のカルスト。



翌日は一日中雨との予報で早めに大分県北部の知人宅に戻り退避、雨の止んだ翌日夕刻に出立し、国東半島先端の長崎鼻にテンパり、姫島に昇る朝日にご礼拝。その後、未踏だった国東半島の西部を探索。



国東半島は仏教の聖地でもある。両子寺、熊野磨崖仏に寄った。
ずっと昔、これをこの地に刻んだ人たちがいる。いかなる思いか。




最後は日地町の高台から別府湾と鶴見岳を見下ろす、新たに見付けた林道から。



今回の旅路で 「楽しいことなんか何もない」 という人の言葉を聞いた。
本当なんだろうか。
ちょっと目を鼻を耳を舌を肌を、いわゆる五感というものを研ぎ澄ませば、いくらでも楽しいことなんてある。こんな数日の、ちょっとした旅でさえでも至福の時となる、

・・・暗い銀河を見上げればこの世、地球は奇跡の楽園、そう思う。





2018/04/25

「嘘」というもの。
先の大戦や原発から始まり、昨今の政治・行政の文書やセクハラ問題、企業の収支や検査データの誤魔化し、芸能界含めた不倫などなど・・・小さなものでは男性含め、市井の過剰な化粧や物腰などなど・・・

「嘘」、というものは取っ掛りは簡単としてもその維持に費やすエネルギー消費は膨大で、しかして最終的効果はさほどなく嘘がばれれば莫大な損害を被り、精神・肉体性含めエネルギー収支、費用対効果といった面で桁外れに効率が悪い、と、私は自分の過去の失態から、道徳倫理観を除いても、そう思っている。

動物や植物にみられる擬態やアリ地獄などの罠、人社会の 「嘘も方便」 といったものは 「確固とした戦略」 であり、これはここでいう 「嘘」 とは見なさない。小説や映画におけるフィクションも同じく。

ここでいう 「嘘」 とは、まず近視眼的であり、流れに乗じた意志のないものであり、個人の我欲・保身に発するものであり、生命発生来のDNAが発するもの(人社会では倫理と呼ばれるもの ?) と反する、しかして背徳の念を背負うという、知恵あるとされる人固有のものをいう。

背徳の念を背負う覚悟も確固とした戦略もないのなら、初めから「嘘」はつかない、それでも思わずついてしまったらすぐに謝り訂正する。当たり前のことだと思う。どうしようもなくなるまで嘘をつき通すと自ら破たんするだけでなく、その周りにも全く無駄で甚大な被害を与える。国民三百万人もの死、数万人もの避難生活者、膨大な税で成す国会の空転、企業の従業員やサプライヤー、家庭や家族・・・

今現在の社会的な常識から外れることに興味・行動を持ったからといって自らさいなみ「嘘をつく」必要は一分もない、自分が正しいと思えるのなら。 「それでも地球は回っている」と有罪判決を受けたガリレオは言った。ストラヴィンスキーの革新的傑作、「春の祭典」の初演は場内罵声の嵐だった。
そんな人たちから芸術や科学が生まれ、今、現在進行形での人の社会がある。過去の社会から見れば今の社会はトンデモナイ 「非常識」 だろう。

ただ、生命発生来のDNAが発する根本は何も変わらず、人間のみならず全ての生命が共有しているものと思われ、人だけはそれを 「知覚」 することが出来ると思う。古来からのその写しである様々な宗教や芸術や文学などからも。
それを見失わなければ。

人目に付かず日の当らない家屋の裏に伸び伸びとして咲いている花を楽しく見る人は、いる。







2018/04/05

日中20℃を越える春爛漫を感じる良日が続いている中、バイクが気持良い。

いたるところで花が咲くこの地は、特に花見と称するまでもなくバイクで走ればそれで無数の花見三昧。
この地では桜の木の下で、なんて関係なくこの時期の酒宴は花見と称す。最初訳が分からなかったが今は分かる。

桜のみならずいろんな花が周りの日常に咲き乱れているから。



早春の朝のまどろみの中、ふと、企業定年となって次を模索する自分がなぜか脳裏に浮かんだ。
あのまま企業に勤めていれば、あと三ヶ月後に定年。
家族含め住いをどうするか、どこに住むか、これから何をやるのか、、、

まどろみの中、今それらは解決されていると知った。
まどろみの中で願った定年後の姿は、自然の中、音楽や花や人に囲まれた生だった。

今、それがそのままある。
 ( … お金だけには未だに苦労するが … )



暖かくなってきて、忘れていた木々の枝打ちをやっていると、いつの間にかノコギリの固定ネジが脱落。
高枝用の特殊ノコギリでネジも特殊なため失くすと代替品探しににひと苦労だが、光り物のためすぐに見つかると思ったのが夕暮れ時、移動した経路を何回も綿密に探したがダメ、陽は落ち、あきらめた。

晩酌しながらひらめいた、光り物なら逆に真っ暗な中に光を当てれば光るのでは・・・
実行に移した、いろんな角度から真っ暗闇の中に光を放ち・・・
見つかった。

私の発想と、それに応えてくれた八百万の神にうれし。
日が当たればはっきりと物事は見え、暗闇では何も見えない、という固定概念を逆転できたことで勝利した。

地球は平面との当然の感覚から球体説、天動説から地動説、封建社会から民主社会、単旋律から複数の旋律による共鳴・和音、アナログからデジタル処理 ・・・・・

人の英知、そして他生物との違いは「既存」を疑うことから始まっている、と改めて知った次第。
その発想でお店の売上をもっと伸ばせばよいのだが、、、いかんせお金に興味が湧かない自身の性(さが)。





2018/03/14

やっと寒さからおさらば、多少の寒暖はあるが随分暖かくなってきた。
お店では越冬後の 「お久しぶりー」 のフレーズが多く楽しい。

寒さもひと段落し昨日確定申告も終了、ひと時の安堵の中、米朝の歴史的トップ会談の決定、そして森友文書の改ざんを財務省が認めたとの報、共に急展開に驚いた。

森友や加計の胡散臭さ、一年前から世間は周知。だがそういったことは過去いつもうやむやに消滅させられていた。歪んだ特例案件の中、政治家の関与含め経緯の詳細をあえて細かに綴っていた「原本」は、役人としての最後の気概だったか・・・

北朝鮮の核、でも核を持っていてもいい国と、それ以外の国には絶対に認めない、といったおかしな論理がなぜ世界標準となって絶対正義のような振る舞いが許されるのか。
変人扱いされる米朝の両トップだが、今の硬直した世界を変革するにはこのような変人によるカンフル剤が必要なのかもしれない、とも思う。


阿蘇の野焼き。死滅からの再生。
昨年は熊本震災の影響があって成されませんでしたが今年はボランティアの方々が集い全開。
野を焼くという野蛮とも思える作業、これによって、雑木・害虫・病原菌などを駆除し、燃えがらが新たな牧草の肥料ともなる一千年を超える人の英知。



一見悲惨な事のように思えるこの野焼き、でも健全な草原維持のためには焼かなければいけません。
定常がもたらす腐敗を防御するために、との先人の知恵。
政治や組織、そして人の生にも当てはまりそうです。





2018/02/18

昨日17日、久しぶりに暖かい土曜日は楽しい日となった。

まずはオリンピック、男子フィギュアで若き日本の羽生(はにゅう) ・宇野ワンツーフィニッシュ ! お店でお客さんたちとリアルタイムで見ていて 「わーやったー !!!」 表彰台三位、スペインでは冬季オリンピック初メダルとなるフェルナンデスも親しい隣人に容姿のみならず人柄の明るさ似ていて大好感 !

まったく同時刻でやっていた、こちらは将棋の、つい四日前に棋士として初めての国民栄誉賞を受賞した天才の羽生(はぶ) 竜王をも直接破り、中学生棋士 ! が全プロ棋士参加のトーナメント戦で史上最年少優勝、同時に史上最年少六段昇格 ! 藤井聡太、15才 !

お店で一緒にそれらを体験していた、先日温泉の支配人定年後のちょっとハードル高い県職の採用試験を終えていた、家族のためのローン頑張る懇意のお客さん、「家に帰ったら郵便受けに採用通知入ってたよ」



この半年ウチのお店では娘から初まり、就職を含め次なる新たなステップが続いている。
試験で願うということはずっとなかったことだが、まずは上のお客さんグッ ! あと二つ、若き男子の介護福祉士、若き娘さんの正看護師、ともに国家試験で三月末の結果発表。

その他、ずっと劣悪なヘルパー会社に所長として勤めていた、この地に来た最初から家族の様な付合いの女性、その会社自体が今月末で廃業。「ずっと辞めたいと言っていたのにどうして今日まで…?」 「私が辞めたら残されたお客さんがどうなるか…バカだよね」 「・・・バカとは思わないが ・・・・。 律儀だよね」
その女性も新たにこの大分県でも歴史あるきちんとした介護施設に移れたと先日連絡があった。

若き食文化を追う、これも当店で勝手に振舞う竹田の割烹名家後続の、畑も手伝う親しい若男、何度かの苦難を超え京都老舗旅館の料理場職に合格、ゲット、来月半ばから行く。今日、これから遠距離恋愛となる素敵な彼女とお店に来てくれた。同時刻、これまた横浜とこの竹田を往復するずっと懇意の東京の新聞校閲女子、息子のお嫁さんを引き連れてきてくれた。このお嫁さん、大きくて明るい ! 素敵 !

苦難のなか郵便局に勤め始めた若男子、理不尽と思える中で解雇させられた農園若者の再就職、いったん竹田を離れて戻って再就職した函館出身の中年男性、大阪から来て夢だった食堂屋さんをやり始めた女性などなど、、、、、


羽生選手が東日本大震災の真っただ中にいた人と知って、あの年での尋常ならぬ強さの故を理解出来た。
第一走のSP(ショートプログラム)の選曲に、ショパンのバラード一番 ! ちょうど今の羽生選手(23才)と同じ年頃にショパンが数年掛けて(21~25才の間) 母国ポーランドの陥落などの深手を背負いながら異国で書いた曲、青年期の暗と明と憤怒のエネルギーに満ちた傑作。原曲はマイナーとメジャーの調性が相互に表れるが、演技では敢えてマイナー調だけで短く編集していた。ファイナルで勝つまでは喜びのメジャーはない、との意志だったか。



今のオリンピックや将棋の若者たちの精神性含めたたくましさ、ここ半年間に身近にも感じるその老若男女たちの活力一杯のステップアップ、生の力はいっぱいでうれしい !





2018/02/09

今年の冬は寒過ぎる !!!
氷点下10℃近くや真冬日(一日中氷点下) はこの地の冬には毎年あるものだが、今年のは長過ぎ ! 多過ぎ ! 薪ストーヴや石油ストーヴがんがん焚いても追っつかない。雪景色はきれいなものの、こんな極寒の中にも来ていただくお客さまに店内寒くて申し訳ない。



薪や灯油の消費は例年の倍近い感覚だが、本格的な寒冷地仕様ではないこの地の建物はそれでも寒いし、この地に何十年も住んでいるお客さんたちもこんな極寒連続の冬は初めての声多く、水道凍結の不具合や被害の報告は多々。

こんな極寒連続の中では人もエネルギーを吸い取られじっと耐えることしかできない、例年お客さまの少ないこのシーズンでも輪を掛けて今年は少ない、今日やっとつかの間の小康状態となって私もこれを書く気になれたという具合だから、人は外には出ないよ。

今年の冬の寒さや雪は全国的なもののようで、東京での大雪、福井県の幹線国道では豪雪による1500台もの二日間に及ぶ缶詰、、、でも予報ではまだ極寒は終わっていない模様、、、、、

そんな中、今日から私の好きな冬季オリンピック、始まりました !
最後の(と願う…)世界大戦後に戦勝国の都合で分断された国、 ドイツもベトナムも統一を果した中、未だ分断されたままの最隣国、大韓帝国(朝鮮)。 このオリンピックをも使いいかにしても幸せになって欲しい…



あちら韓国ピョンチャンは零下10~20℃とのこと。零下0~10℃程度でめげていては、ダメですね ^ ^;





2018/01/23

都会と地方、AI とヒト、エネルギーと温暖化、原子力と生命、医療と長寿、政治と人の営み、など近年、人の生み出したものと自然との矛盾が大きく表面化しつつある。

これは人類の自然に対する反抗期といったものなのか。既成のものに反発する、青年期のアレだ。
「そんなの効率が悪い、こっちの方がイイ」「そんなの迷信だ、あれは亡くせばイイ」「もっと目立つ鮮やかな方がイイ」「もっと分かりやすく、もっと簡単に、もっと楽に、、、もっと、もっと」

自然への "反抗" が人類史の進化というものを築いてきたのであろう。でも、反抗期を経た若者はやがて反抗で得たものと社会とのバランスを取りながら次社会を築く大人となるが、人類も自然とのバランスを取れるか。

私は取れると思っている。ただ、それが何年後か、何十年後か、何百年後かは知れない。
今のところ、人工物と自然物は私にとって雲泥の違いがある。都会でキラめくバーチャルの浅さ、自然のキラめく実態の深さ、その違いの深さをまだすごく感じます。

ただ、そんな人の範疇の意識とは全く関わりないスケールで、自然、そしてこの地球は、"ある"。
身近で見る山や草原、空の中にも。 
そういったものの体感なくして、反抗期の成熟は難しい、ひと個人のもの含め、と思います。

生命含めた自然全体は、中央集権のトップダウンやボトムアップではなく死や崩壊をも含め 「全てのもの」 が合理に必然として互いに関連し合い、バランスと多様性、そして美を生み出している。
どうしてそんな奇跡のようなことが可能となっているのか !?

このことが、私が自然を真理、または真理探究の源、と見なす理由です。
当然のことながらこれは私だけでなく、各分野の科学者や芸術家のみならず、農業や田舎暮らしに参入する人たちも同様の視点と感性を持つものでしょう。

そういう人たちにとって、年齢や金銭とは関わりなく、人生は苦しくも楽しい。





そんな自然や田舎に関わるTV番組・・・
先月この欄で触れた当店で取材のあった全国ネットの番組は、日テレ系の 「遠くへ行きたい」
今週末の1月28日(日)、朝の7時から30分の放映。あの永六輔さんが長年やられていた番組、まだやってたんですね、と私も驚きました。
大分ではFBS福岡で見られます。よろしかったらご一緒に。





2018/01/07

夫婦二人だけのお店をやっているとなかなか長期遠出は出来ないが、今回の年越しは十一年ぶりに犬含め一家揃って家族の記憶刻む20年過ぎた愛車で、五日間の家内の実家や親戚・友人たちの待つ東京へ。



娘の初高速の運転もすぐこなれたものに。最高速110Kの新東名を快走…
これまで私の住んだ、北九州、岡山、大阪、名古屋、静岡、神奈川を通って…





初日泊った友人宅がスカイツリーの近くだったため図らずもスカイツリーに初のおのぼりさん。遠く富士山も見える快晴 ! 標高500mの当店とほぼ同じ高さの450mまで高速エレベーターで一分半、気圧の低さを耳に感じた。

家内の実家近く、横浜のヨットハーバー。元旦。
ハーバー内にある、娘のアウトレット・パーク探索に家内一家揃って初詣で。ちょうどスーパームーン。




帰りは大阪豊中で途中下車して "はる" の古巣へ。八年ぶりに夫婦のご対面。夫カールさんと。




その夫婦の息子、長男ラッキーとも。

そのほか、前述スカイツリー友人のモモ、東京従兄のウラン、はる夫婦二男リク後続の大阪のクリ、、、
多くの犬たちに会ってきた。
みな高齢や、虐待から救われたりといった犬たちだが、みな純真に生きている。そして愛されている。
今年は戌年。良い年になる。

今回の旅の私の一番の目的は、若い頃から一番親しい今年百歳になる、耳は遠くなったもののギネス級に元気な横浜の伯母に会うことだったが、年末の事故から始まる突然の入院に遭遇することになりこれも何かのお導き、、、意識の危うい日々の中、当日最後はっきりとお互いを確認出来た。
変わらずに、気高き女 (ひと)。

みな、友人や親戚や犬たちも、それぞれの課題を抱えながら、はっきりと生きている。
そのことが確認出来た良い旅だった。

そして帰還して、久しぶりの面子と正月のひょんな祝い酒・・・



ことしもみなさま、しっかりと生きましょう !!!
お店もよろしくーー ねっ ^ ^






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