Cafe'  SlowBeat




 

コラム

気がついたときに、思うことを記していきます。


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⇒主なジャンル別  

2021/06/11

今週のお店定休日、久しぶりに登山をしてきました。




しばらく登っていないと調べると、なんと前回阿蘇山以来4年ぶり。それまでは大概、年に最低一度程度は登ってましたが、、、

今回山登りを思い付いたのにはいくつか理由がある。
まずは自分の体力がどの程度落ちているかを知るため、次に、昨年秋新たに購入した登山靴兼用のバイクブーツがいかほどの登山性能か知りたいめ、そしてこれも昨年末作り直した遠近両用メガネが岩場などで不具合無いか、さらに、1年以上前から格闘している難聴、結局西洋医学では原因不明分野にあり神経や精神ストレス起因が推測されており、山登りなどして感性と肉体に刺激を与えれば何か効果があるかも、、、ちょうど天然記念物であるミヤマキリシマの最盛期で、天候も晴れ !!!

いつものとおりドカでアプローチ、バイクなら混雑期の駐車場を気にすることなく好きな時間に最短距離でアプローチできる。
登ったのは私にとってのベンチマークである、牧ノ戸からの久住山ピーク。
ピークまで行けるかどうかが今回関門であった。途中撤退しても仕方ない、体力と、靴とメガネ、、、

ピークまで行けた。

思っていたほど体力は落ちていなかった。ブーツはバイクでは多少違和感あったが登山靴としては物凄く優秀と分かり、メガネは何も問題なし、、、だが難聴には何も効果なし、疲労が増すと難聴の度合いが増すことは分かっていたが、今回の登山の疲労でよけい酷くなった (笑)。今、また次の別の手段を試している。



今、コロナワクチンの接種に社会はお話満開。
父母の癌闘病から現代の医学というものに関心を持ち、今は自ら心身のものとして身近になりましたが、結局ワクチンにしても薬にしても、自分の体を治すのは自分自身の免疫含めた治癒力であり、薬やワクチンはその力を補助するだけのものでしかない、薬やワクチンやお医者さんが根本的に病を治すのではないし、治療どころか原因不明の病はまだまだ多い、と知りました。
さらに、その治癒力の補助をリスクあるが即効的に成し得る西洋医学、リスク少なく長期的に成す東洋医学、そういった理解に今あります。

…と言いながらも毎朝一番に来てくれるお客さん、「足が痛くなってきて最近は痛くて夜眠れない…」 たまらず病院に行くと足だけでなく背中含めて広範囲にレントゲンを撮られ 「背骨に圧迫があります、その神経で足に…」

薬をもらった当日夜から安眠、良かった。
コロナで最近オリンピック開催に精一杯注意促す政府コロナ分科会長の尾身茂医師始め、当然のことながら、医師、医療、捨てたものではない。

山登り含め自然の中に居ると、様々な種の植物や動物たちが無数に生息している中、自身含めた人というこの地球上の小さな生物の、今はコロナに始まるいつもの右往左往のドタバタ、それがなぜか愛おしく思えてくるのです。





2021/05/10

今週末にグランツで開催予定の当店主催、奥平真吾ジャズライヴは、コロナのため中止となりました。(⇒詳しくはコチラ) ・・・・やるのもやめるのも大変で、なら最初から何もやらなければいい、一番楽だと思えますし、一番合理的に見えますが、「では何のためにわたしは生きてるの ?」
このコロナ、みんな大変、どこまでがホントでどこまでがウソなのか ? 混乱。

そんな暗いコロナ状況ばっかの中、暗いだけではなんも面白くない ! 久しぶりにTVに出ます。地元OAB(大分朝日)のお昼の看板番組、「れじゃぐる」、 5/15(土)のお昼に放映 !
以前も出演させて頂いたことがあり8年ぶりです♪





たったひとつの料理を、いろんな照明具合やアングルを何度も調整するカメラマンたち。
これを何品目に渡って計二時間半、放送ではたった3~5分の放映のために。

いつも変わらない真剣なメディアの取材の姿勢に驚きます。

演奏家や作家さんや放映番組、そしてそれを支える表へは出ないスタッフたち、
みんな、生きてます。

子供の頃、なんのために自分は生きているのかという、恐らくほとんどの人が思った疑問が芽生えましたが、周りのせわしなく動く大人たちを見て、大人になれば分かるんだろうと思いました。でもそれは間違い、社会で生き延びるためだけに懸命になり、その子供の頃の疑問は置き去りになっていると知りました。
このコロナ、人々にそんないろんなことごとを思いさせる機会なのかも、と最近思います。





2021/04/27

気付かれている方もおられると思いますが、このコラム内の薄金色文字はリンクの印、自分の思考がリンクした過去のモノを自分が思い出す為にマーキングしている。気付いた方にも参照してもらえたらと。
その「過去のモノ」がさすがに15年間では多くなり過ぎ、記憶だけでは検索し辛くなってジャンル別に整理しようと作業を進めていたところ、久しぶりにTV取材の話があったことで取敢えずマスメディア関連だけ過去全てを整理してみた。(⇒主なジャンル別コラム)

驚いた。これまでの15年、こんなにもいろんなメディアの方々に紹介して頂いていたのかと、、、涙が出ました。
これ全て、お金は一円も払っていないのです。逆に取材に掛ったこちらの費用やお土産を頂いたり…

… 先日親しいカフェのママが来て「実は "セーノ" の取材依頼があったけど気疲れしていて断ったの… (ため息…) 」

これまでの人生で痛感したことは、前向きに押していないと潰れてしまう、ということ。
楽をしようと安易な方向に向かうとなし崩し的に堕ちていく。

最近気付いたが、この地球上に生きているということは、常に重力や大気圧という大きな負荷が掛かっていて、それにいつも対抗することで生が成り立っている。重力や大気圧に対抗しなければ即、潰されてしまう。
スキーでも急斜面やコブ斜面で、怖くて後傾になるとダメ、怖くても前傾姿勢を取ってこそ勝機が見える。バイクでもそう、コーナーに積極的に突っ込む姿勢を取ってこそコーナーリングが安定する。取材や接客や受験や山や旅や転職でもそう、怖いけど前向きに臨めば活路が開ける、、、、
そうしないと潰れる。


当店の花木の春

花木など動植物含め、人の生も元々がそういった構造になっているのではないのかと思うのです。





2021/03/24

昨日の定休日、バイクのマス・ツーリングに行ってきた。
"マス"といっても9台だが普段は単独、連れがいても一人か二人という私には、調べると実に11年ぶりの人数だった。昔から親しいラーメン屋を経営するバイク乗りのお客さん、その仲間たちと今回初走行が実った。


※国東半島長崎鼻、菜の花

孤独も好きだが別に孤独だけが好きというのではなく、だから人の集まる今のカフェをやっているわけで、バイクでもこの地へ来る前はSNSのない昔から、適当に集まった仲間で走っているのが常だった、とても昨今のバイカーのようにお行儀良いとは決して言えない走行だったが … ^ ^;
だが今の仕事になって土日はお店の繁忙日、ツルんで走るという機会は薄れた、、、でも昨今の不況のせいか平日が休日という方が増えてきているように思え、まっ、だからこういう機会が芽生えるのは嬉しいんだが…

今回のツーリング、今見ごろの"ミツマタ"観賞名目、国東半島から日田へ300Kmとの触れ込み、まっ、300ならたまにやってるし、だったが、帰宅して記録を見ると400だった、AM7からPM7までの、、、お疲れ。

でも久しぶりのマス・ツーリングは楽しかった、羅漢寺は私には十年に一度くらいの大ヒット、あいにく撮影禁止だったので一枚も写真撮れませんでしたが高所の断崖絶壁に建つ歴史に裏付けられた凄い景観、そして"ミツマタ"、初めてちゃんと見たと思いますが何かを感じる不思議な花の群生でした。




ニューフェイスの私をフレンドリーに迎えてくれた新たな仲間、ありがとうございました。
今日早速、近場の仲間がご来店、ありがとうRFのヤマさん。





2021/03/01

初めてのお客さまには「地元の方ですか?」と問われることが多い。地元の人とはちょっと雰囲気が違うのかも知れない。ちょっと自分でも考えてみたが、私は初めて行ったお店でそんな質問をした記憶がない、地元の人だと当然思っているからなのだろう。

「ここに来るまでは親の代から転勤族サラリーマンで、生れは東京ですが赤ん坊の頃すぐに長崎に、その後北海道から四国九州まで日本全国20回の引っ越し、サラリーマン途中下車して終の地としてこの地を選びまして・・・父は博多、母は東京の出、子供の頃の転校はすごく辛かったけど、今はいろいろ知ることが出来たと親に感謝してます」
先日も親しい「ぱたんこ屋」さん紹介の方が初来店、もう定型文となってしまった上記の受け答え。

「私はずっと熊本で・・・なんか、いいですね」

… ということから今回は、昨今社会的に話題となっている各種差別や自由ということについて常々思うことを。

この狭い日本内でも小さい頃からあちこちに住むと方言から始まり(言葉が違うと子供社会では最初バカにされます)、たった一人でいろんな様式や文化や考え方の違いを体験することになる。
この地に来る前にちょっと長かった大阪では、「関西と言うても、京都と大阪と神戸は全く違いますぅ~ 一緒にせんで貰えますぅ? (笑) 」 飲み友の親しい同僚の女性社員から言われた。
この地に来てからは、「荻の人間はかれそれで、久住の人間はこれそれで、直入の人間はあれそれで、竹田の街の人間はほれそれで・・・」 地の人でしか分からない竹田市内の小さな地名間でさえ分別・カテゴライズがあって驚いた。
中国人は、韓国人は、アメリカ人は、フランス人は、イスラム教徒は、ヒンズー教徒は、黒人は、白人は、黄色人種は、男は、女は、年上は、年下は、健常者は、障害者は、金持ちは、貧乏人は、、、さらには家族だから他人だから、、、


※昨年のクリスマスに娘長年の友達が並んで買ってきてくれたケーキ !

私はそんな社会的分別・カテゴライズに辟易する人間です。カテゴライズは生物学初め科学的手法では有益で、そこではみな同じでないことが重要、例えばケーキひとつとってもその材料は「それぞれの特性が重要」であり、みな同じでは困ります、だからこそケーキのみならずこの地球は多様な生命や物質が存在することで成り立っており、そのカテゴリーに関わらずそれぞれの重みは同等、でも人の交流する実社会での "社会的" 分別・カテゴライズというレッテル貼りは、益よりも害の方が圧倒的に多いと思っています。
あれは○○の人だから△△だ、との決め付けが大きな可能性を潰す。

各地転々としてきた私の経験では、社会的カテゴリーや場所にまったく関わらず、良心的な心の人もいれば悪意的な人もい、聡明な人もいればそうでない人もいる、そして、その地域では絶対と思われていることも他の地に行けば取るに足らぬことは多い、ということ。
だから私はどんな人に対しても社会的カテゴリーや他者の評価は一切考慮せず、自分で判断します。
また、どんな政策やイデオロギーに対しても、自分で考え自分で判断したいと思っています。

それが出来ることが古代から人の言ってきた、人にとっての 「自由」なのだと、先般Eテレ「100分で名著」で取り上げていた「黒い肌・白い仮面」という著作から気付かされました。個々自らが「ウイ」と「ノン」を言えることの重要性、奴隷は「ウイ」としか答えられない、これは自由ではない。

昨今の忖度や事なかれ主義や同調圧力や選挙、またコロナがらみの自粛やマスク等にも、歴史上一度も庶民主体の社会変革がなかったこの国固有の、和を語った奴隷的性情が各地転々としてきた私には感じられるのです。
好きでありません。「ノン」、です。


※注: 「ウイ」「ノン」はフランス語で、英語の「イエス」「ノー」、TV内の著作フランス語に準じました。





2021/02/04

重たい世相と嘆きつつも最近、少なくなったお客さんの中に何故か、一年ぶりとか二年か三年ぶりとか、まったくお久しぶりの馴染みの方がやけに多くなっていると感じる不思議な今日この頃。

今日も、「いやー、竹田に帰って来るといやな顔される雰囲気なんで一年半ぶりの帰省、1週間自宅待機しての外出…」との神戸在住の御年輩から始まり、「いやー、昨年まで母の介護や町のボランティアにこき使われて落ち着く時もなかった…」との久住支所長OBの音楽仲間の方、「いやー、ご無沙汰でしたが今度は思うところあり県議選に立候補します !」 の音楽と車好きでこの地に来た当初の頃から親しいこの竹田市の市議さん、昨日は自身新たにやり始める工芸カフェについてのアドバイスにと懇意のお隣熊本県産山村のご住職夫妻がお連れになった方は、二三年前に一度当店に来られ、真摯な人柄で記憶にあった産山村の地域協力隊の青年だった…

昨年末には、この地に来てから何かとお世話になっている大分合同新聞社とそのグループ出版社「インフォメーションハウス」さん、久しぶりに看板誌の「セーノ」掲載の打診を頂き、今、2月1日から発売中です !
驚いたのがその大分合同新聞、見開き第3面の紙面1/3を使った広告、なんと、私の姿が広告のメイン写真になっているではないか !!!
親しい音楽&カフェ友人からのSNS個人メール連絡で知りましたが、「なんの事前承諾もなかったし、これなによー? 広告出演料とかないのぉー !?」

はっは ! サプライズ、メガありがとうございましたぁー ! ♪♪ 


※その親しい音楽&カフェ友人から添付の写真 ! ちなみに書籍本体にはこれらの写真見当たりませんでした、スペシャルな広告用の人物画に私が選ばれたという訳で… ^ ^





2021/01/28

なにか気が堕ちてて書く気になれず一ヵ月近く経った。
この欄に書くことは自らの日記の意味が半分とはいえ、例えネガな話の中にでも第三者に与える何か希望は欲しいと自ら課していたが、それが今、ない。だから前回シャコンヌ以来ずっと書けずにいた。
でも逆に、光はなくとも思うことそのまま発露してみるのもまた一興か、と書いてみることにした。

原因はコロナである。
感染者は世界で一億人を超えたとあった(死者世界216万人)。今の地球の人口は78億、世界中で78人に1人は罹っているという、とてつもない広がりで世界的には感染脅威。感染者の死亡率は日本含め各国ほぼ2±1%で均一化してきた。

でも日本では、例えば例年のインフルエンザと比しても未だ感染者と死者数も少数、そういった実態とは掛け離れてどんどん巨大化し伸し掛かる、得体知れない日本社会全体の陰気な圧力、その中でも孤軍達観していたつもりだった私もさすがにこの空気に疲れてきた、今日親しい音楽カフェのママがお店に来てくれたが、その得体の知れない疲れを互いに語り合った。
・・・そしてその非常事の中でどんどん露わになってくるこの国の政治システムの貧弱さ。自らの責任を問われない「自粛」「要請」という文言に対し「それに従わなければ罰則、懲役」とかの法案とか。アホか。小学生レベルの国語も使えない人たちが国の舵取り、莫大な税金の采配を担っているとは。

確か昨年11月初め頃だったか、コロナが始まって半年以上も過ぎたのに東京都の重症患者用の病床が150床と知って唖然とした。これだけ騒がれて半年以上も経って1400万人の東京都に150床とは、この半年間、国は何をやっていたのか !!? 最近では世界一病床数の多い、医師も看護師も世界的に多いこの日本が、本当に切羽詰まっている欧米の10分の1程度の患者数で医療崩壊危惧とか、国のシステム設計の稚拙としか見えないものも知った。さらにワクチン、欧米含め先進国のほとんどが接種中というのに日本は3月だの4月だの、イスラエルなんて既に国民の1/3に接種済みらしい。前政権の時からの後手後手一辺倒、一体、この国は本気で仕事をする気があるのか ? 叩き上げで切れ者として私含め困民期待した菅総理も、今のところ頼りになりそうもない具合 ・・・

現代の政治家は何の志もなく私欲だけのバカでも成れるのかもしれませんが(このコロナ禍の中でも醜聞多数)、でも医師や国家公務員は難関の試験もあり、一部には社会的地位や金儲け、安泰目的の人もいるとは思いますが、その優れた頭脳と、全ての人々に対する救助の心なくしては成り立たない職種の人たちと私は思っています。
なぜそんな頭も志も立派な人たちがバカ政権に強く関与できないのか…

でも、その優れた合理性と計算能力を持つ人たちは遠大なプラン、国民の意に適う大きな理想、夢を発想することは恐らく出来ません。
それを出来るのは別の種、芸術家であり、そして改めて、本当の意味においての政治家でしかない。


※人類初の命綱なしの宇宙遊泳、1984年米国、実写。 どんな思いで宇宙空間にただ一人、地球と対峙したのか…コロナの今、この写真に惹かれた。






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