9.鉄砲玉と火薬の原料は?
戦国時代の火縄銃に使われた鉄砲玉と火薬の原料はどこからきたか知っていますか?
まず、火薬ですが、火縄銃に使われる黒色火薬の成分は、硝石70〜85%、硫黄10〜25%、木炭5〜10%とされる。硝石は中国で大量に産出するが、日本では採れない。反対に硫黄は日本で採れるが、中国では採れない。従って、火薬を確保するためには、海外との交易が必要となる。
次に鉄砲玉であるが、その原料となる鉛の原産地が気になるところである。近年、科学技術が進歩し、「鉛同位体比分析」で鉛の原産地が特定できるようになった。鉛同位体比法の権威である平尾良光教授(別府大学)の調査により、次のことがわかった。
(1)戦国時代の鉄砲玉は、タイ(ソントー鉱山)からの輸入品が多く使われていた。
(2)ところが、大友宗麟と織田信長は、国産品を多く使っている。
(3)タイから輸入された鉛は、「灰吹き法」と呼ばれる銀の精錬法にも使われていた。
戦国時代には、鉄砲玉だけでなく「灰吹き法」と呼ばれる銀の精錬法が普及し、銀の生産量の増大とともに大量の鉛が消費されるようになった。そのため、国内の鉛だけでは足りず、海外から輸入していたのだろう。火縄銃の国産化は進んだが、火薬と鉄砲玉については南蛮貿易による輸入に頼り続けていた。南蛮貿易に携わる大名や商人の富が、いかに増大していったかがわかる気がする。
注目すべき点は、タイ産鉛が多く使われる中で、大友宗麟や織田信長が国産にこだわっていたことである。輸入に対するリスク回避と入手価格を押さえるためであろうか?もし、そうであれば、軍事的、経済的にも現代に通じるセンスのある政治家といえる。ちなみに、宗麟が使っていた国産鉛は、豊後国内の尾平(豊後大野市緒方町)、木浦(佐伯市宇目)鉱山のものであることがわかっている。
(2014年6月20日作成)
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