2006年10月 南アルプス、甲斐駒黒戸尾根、仙丈、鳳凰三山縦走報告
その8 高瀬正人
2006年 10月6〜10日
10月10日(火)無風満月、快晴
○しらびその影、悄然月光をみる
深夜、あまりの明るさにびっくり。ツエルトにくっきりと影、何事かと外に身を出し確かめる。外はこうこうとした満月。明かりなしでも十分に歩ける。ツエルトの影の正体は細紐を張った樹、しらびその垂れた枝、葉が映っていた。まさに幽玄の世界。詩人の私は若い頃に気に入っていた酒井久枝遺稿詩集「裸形の童子」のある部分を思い起こす。
「月夜の道が どこまでも明るいのは くちなしの花が白いからよ くちなしの花が白いからよ ただそれだけ 忘れた頃にどこやらで思い出して いつとはなしに消える影よ いつとはなしに消える影よ ただそれだけ」
昭和46年、人生の無常さをほんのすこし知った頃の話だ。あれから35年の月日が経ち、私は57才のおっさんになった。
○ラジオ深夜便につい聞き入る
夜眠れない時私はNHKのラジオ深夜便のスイッチを入れる。3時頃には昔のいい歌が流れる。今夜もリスナーだ。なかにし礼特集、なかでも好きな、北原ミレイの「石狩挽歌」が流れた。そのあとに法話がある。これもなかなか面白い。「すべての人は信仰を持っている。自分は正しいという信仰を」このひとりよがりを解脱するには、布施、愛行をおこなうべしと解く。仏教の基本は相手のこころに、行為によって、私のこころが満足してゆく。
ツエルトのなかでおもわず合掌。
○最終日も快調にゆく
5時30分南御室小屋を後にする。毎日熟睡できない割には、体調はすこぶる良いのだ。便通もよし、身体は軽く、意欲満々。つねにこうありたいものだが?いよいよ最終日、軽快に締めくくりたい。
よく整備された石畳の道を、今日もモルゲンロートに導かれてゆく。樹林帯のなかを苺平へ。これより下り一方、杖立峠までは白鳳三山が常に一緒だ。さらに夜叉神峠まで軽快に飛ばす。7時10分夜叉神小屋到着。今日も快晴好天のため山を降りるのが、もったいない。登山口からは平日のためバスが午後13時12分発。これでは芦安まで歩くしかない。天気は良い。体調もよい。最後のアルバイトだ。
○青木常治さんに感謝
夜叉神峠からジグザグの帰り道をかろやかな気分で下っていった。なぜか「WE SHALL OVER COME」をくちずさんでいた。充実した山行だった。
登山口に降り立ったと同時に1台のマイクロバスが見えた。思わず手をあげた。バスは急停車し待ってくれた。あまりのタイミングの良さにびっくり。芦安の部落までお願いする。一昨日の強風の話や、今の教育問題の話でもりあがる。ついでに温泉を紹介して貰えないかお願いすると、知り合いの南アルプスロッジを紹介してくれた。まだ営業時間前だが、特別に入れてもらえることになった。感謝感謝の運転手青木常治さん。
○締めくくりは芦安温泉、南アルプス芦安山岳館
かの昔は南アルプスの登山口として多くの岳人をむかえた芦安だが、バスが南アルプス林道を通るようになり、今は通過する場所となった。しかし最近は芦安温泉郷として金山沢温泉、桃の木温泉等、山のいで湯の魅力あるスポットだ。これを見逃すとおゆぴにすとを返上せねばならない。
芦安温泉南アルプスロッジの温泉は展望がよい。渓谷沿いに奥深い山が眺望できる。毎分300リットルの湧出量の無色透明単純温泉で、神経痛、胃腸病に効果あり。貸切の湯船にまぶしい朝日が差し込む。少し熱めの温度がこの5日間の疲れをほぐしてくれる。ああ、極楽、極楽。このロッジは市営で料金も比較的安価で設備も良い、お薦めの宿である。
いで湯のあとは、最近立て替えられた芦安山岳館を訪れる。ロッジで入館券を戴いた。びっくり。前面ガラス張りのモダンな建物、中はうって変わって、総木の床、柱、梁全体が洗練された、立派な建物に思わずうなってしまう。残念ながら入館者は私ひとり。思わず「もったいない」。展示物はどこも同じだが、南アルプスの山岳文化、自然保護、北岳や周辺の山のリアルタイム映像、山岳図書コーナー等である。
名残惜しく、山岳館を後にして、芦安のバス停まで最後締めくくりの歩き。約25分で集落の中程のバス停に到着。5日間の山旅を終えた。
コースタイム
南御室小屋5:30〜杖立峠6:32〜夜叉神峠7:10〜登山口7:55〜芦安南アルプスロッジ芦安山岳館9:35〜芦安バス停10:00
○おわりに
帰路晴天の中央線車中よりじっくりと甲斐駒黒戸尾根をながめてみた。中央線からみると黒戸尾根は明瞭には見えなかった。ほぼ正面に対峙するためにその長大さや傾斜が見えにくい。今回もっとも期待した黒戸尾根であったが、天候不良のため、期待した赤石沢ダイヤモンドAフランケ赤蜘蛛ルートをまじかな迫力で見れなかった事は残念であった。
しかしながら、早川尾根、鳳凰三山は期待していた以上の眺望と白砂青松と紅葉、黄葉のコントラストで秋の南アルプスを十分堪能できた。
さすがに1,2日目の行程はハードであり、他の人にはお薦めできない。当初全泊ツエルトで通す予定だったが、荒天のため、小屋を利用したが、これもやむなし。ほぼ予定どおりの行程で充実した山行であった。
2年前の白馬〜針の木縦走と違うのは単独であったことであるが、今回感じた事は、単独では感情の昂ぶりが大きいことであった。すべてのリスクを自身で負うことからによるものなのか?単なる、センチメンタルか?それとも年のせいで、涙腺がゆるくなっただけなのか?ただ今回の山行で少しだけ山ふところに潜り込めたという気持ちになった。それは南アルプスのふところの深さから来るものなのか?自分のかすかな成長なのか定かでないがおそらくは両方の入り混じったものだろう。
今、私の手元には、南アルプス南部のガイドブックがある。今回の山行が終わり、すぐに買い求めたのである。早川尾根の最高の展望台高嶺から白鳳三山の奥に連なる、南アルプスの核心部は、赤石岳、塩見岳であり、更に遠く聖、光岳へとつづく山並みである。本来南アルプスは地理上は赤石山脈なのである。遠く霞むこの山並みに足跡を残したい、そう思った。
さて、おゆぴにすともずいぶん年をとった。あちこちにからだのガタがきている。当初我々は還暦をむかえても現役でいよう、を合言葉に、トライアスロンにジョギングにと頑張ってきた。まもなくその年を迎えつつある。
私はあえて、自分自身に問うてみた。おまえは本当に山が好きなのか?、そんなに登りたいのか?これからも覚悟はあるのか?答えはイエスであった。黒戸の最初の登り十二曲がりで、しぜんとあふれた涙、高嶺の急登のなかで湧いた涙、私には山が、私自身の人生に必要かつ、欠くことのできない行為である事を再確認させられた。これからも良き愛すべき、かつ尊敬すべき岳兄とともに、山を登り続けたい。自分の山への情熱が更に、燃え続ける事を願って。(おわり)
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