チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走 
                
                   尾平トンネル付近の県道から祖母主稜線を遠望

その6 遠かった祖母山
                     狭間 渉
○秘策はあったが・・・
 日帰り完全縦走を目指して何度もこの山域に足を踏み入れながら、予想される所要時間から考え、食糧及び水、登山としての必要最小限の装備・・・それらと反比例の関係にある軽量化とをどう折り合いをつけるか、あれやこれやと‘作戦’を練った。一つのアイデアが浮かんだ。何度かに分けて縦走コースの要所にボトル、食糧その他を事前にデポし、本番は空身で行動する。デポは登山の手法としては昔からあった。なかなかの妙案と思え実行に移そうとしたが、もう一人の‘チャレンジャー’高瀬からは「邪道!」と真っ向から否定され、この試みはご破算となった。

 高瀬によると事前に上畑にテントを張ることさえ邪道、早朝(というよりも深夜に)自宅を発つところから、日帰り完全縦走は始まっている、ということになる。
 
 仕方ない、‘正攻法’で臨むしかない。もちろん、「‘日帰り’完全縦走を・・・」と公表した時点から本番は単独行動と決めていた。決行はゴールデンウイーク(GW)・大峰奥駆け山行の翌週の土曜日と決めた。なお、高瀬は既報のとおりGW後半に決行し、前障子からの左回り15時間20分で見事‘完登’した。

 左右どちら回りにするかにはさしたる理由はなかったが、今回は右回りとした。しいて理由はといえば、夕暮れ疲労困憊状態での坊主コース岩場の下りが不安、高瀬が左回りなら右回りの方が話しのタネが増える、それにもう一つ両方の登山口間(4.5km)の移動に右回りならバイクが有効=下山口・健男社にバイクをデポしその足で九折登山口に向かう・・・早朝の貴重な時間にタイムロスがない、ということか。

○気象予報に翻弄されて
5月19日
 私の場合Xデーは、理想としては‘前日無降雨日の土曜日かつ曇りのち晴れ’と設定した。なかなか思惑通りにはコトは運ばないものだ。先週末はまったくの天候不順で断念。この週末も雨との予想に半ば諦めかけていた。さりとて体調を、この完全縦走に合わせて追い込んできた体力を、いつまでも維持するのはなかなかに大変だ。早く決着を付けてのんびりしたいと焦りが出てきた。

 金曜日(18日)は終日雨の予想であったが、夕方には回復の兆しとなり、土曜日も当初の雨の予想が金曜日夕方時点・最新の予報では「明け方まで所により雨が残るものの‘曇りのち晴れ’」と予想が変更した。「よし!決行だ」と午後9時前に床に就くが、こんなに早い時間では、それに気持ちが昂ぶって眠れない。

5月20日
 熟睡できぬまま午前3時前起床。雨上がりの路面の乾き具合を確認して自宅を出発。しかし豊後大野市三重町に入る頃から再びの雨、しかも予想に反してしだいに本降りとなった。いくら午後には確実に晴れる見込みとはいえ、九折登山口から標高差1,200m以上にも及ぶ急登が、降雨に加えぬかるみとあっては大変なエネルギーロスは必至。で、やむなく断念。

 自宅に戻り、明け方から雨が止み晴れ間がしだいに広がっていく空を見上げながらも、とりあえず己の下した判断を正しかったものと自分に言い聞かせた。とはいえ、天候の快復を目の当たりにして実行しなかったことの後悔の念消しがたく、終日の好天が確実視される翌・日曜日のことを考え夕方まで悶々と過ごす。日曜日の決行では翌日の仕事への影響が余りにも大きすぎる。そうかといって来週まで延ばしても梅雨の走りの続くこの時期、翌週土曜日が好天の保証はない。ここは決断のしどころだ。「よし!明日・日曜日決行だ」

○先行逃げ切りをねらう
5月21日
 4時58分、傾山九折登山口出発。しだいに白々と夜が明け始めるにつれて、先ほどまでが嘘のように孤独感がなくなる。昨夜は年甲斐もなく気持が昂ぶり、前日来の睡眠不足にもかかわらず、やはり眠れなかった。自宅を午前3時前に出発して途中、豊後大野市三重町のジョイフルで朝食をとった。早朝の気ぜわしさの中、「少しでも早く取り付きに」とはいえ、朝食だけは充分量を、との配慮からだ。 

                
                         夜明け前の九折登山口

 6時8分、三ツ尾通過。道中は大変な急登であったが足は軽かった。昨日決行していたら足下のぬかるみで大変な思いをしたことであろうが、一日置いた今朝は足下は滑らずすこぶる快調だった。脚力温存のため木の根っこや岩をつかみ時に四つん這いにもなり‘腕力’を最大限に使った。このコース、しだいに高度を上げるその間、ツガの巨木、それら木々の間から垣間見る三ツ坊主岩峰群の迫力は相変わらず驚嘆ものだ。時折シカが「ピーっ!」と警戒音を発するのもまた深山らしさを増した。

                
                        最初のチェックポイント・三ツ尾

 6時22分、水場コースと坊主コースの分かれ。「岳人なら坊主を行け!」との高瀬の言を思い浮かべながら躊躇なく坊主コースに入る。3カ所ほど要注意の岩場があるこのコース、登りなら見た目ほどの難コースではない。それよりも坊主の頭からの景観、眼下に圧倒的な迫力で展開する山手本谷一帯の急峻な懸崖の覗きは一見の価値ありだ。また、岩場の登下降の繰り返しは、岳人なら血が騒がずにはおれず、疲れを感じさせない。

 その一方で水場コースも捨てがたいものがある。完全縦走コース中、ブナ広場とともに、コースをそれることなく、標高1,300mもの高度にもかかわらず確実に水の補給ができる、しかも長い道中を考えればコースタイムの短縮も魅力だ。完全縦走の定義に両コースのいずれを採るかについて特別に規定はしていない。「岳人なら坊主を行け!」は考えようによっては罪作りな発言ではあると思う。

                
                      坊主コース最初の難所・チムニー状の岩

 7時11分、水場コースと坊主コースの合流。49分の所要で坊主コースを抜けた。水の補給を忘れるほどの快調なピッチ。気がつけば全身汗だくだ。汗をかきすぎているのが少々気になる。

 7時26分、傾山山頂。九折登山口から2時間28分の所要。快調というか少々飛ばしすぎかもしれないと少し不安になる。しかし、疲労感も余りなく体感的には当分このペースで行けそうだ。水と食糧を胃袋に補給して大休止。大休止といっても山頂滞在は5分足らずだ。

                
                     傾山山頂、わずか5分足らずの大休止

 後傾からの急下降を終えるとセンゲンから先はランニング登山となる。コース中、尾平までは笠松、本谷の両ピークはあるものの全体としては比較的緩傾斜である。下りと平坦な道はもちろん緩い登りも駆ける。所要時間を最も短縮できるところだからだ。

         

 8時2分、九折小屋。覗いてみるが誰もいない。中は小ぎれいにしてあり小気味よい。
 
 8時39分、笠松山。三重町で朝食をとってから4時間ちょっとにもかかわらず空腹感が増してきた。頂上までの分岐の岩の上に腰掛けるとすぐ近くで「ザワザワ」とかなり大型と思われる動物の物音に一瞬「ドキリ」とさせられる。そういえばこの山域では動物にびっくりさせられたり、逆にこちらが動物をびっくりさせたりは、これまでにもしょっちゅうあるにはあった。襲われることはなかろう。たらみのヨーグルトフルーツと、もちを食べる。

 陽が高くなりしだいにカンカン照りの様相。そよとも吹かぬ風に、蒸し暑さもあっておびただしい汗だ。水はセーブしていたがブナ広場まであと少しの距離と思い1回分残してほとんどを飲み干す。

 9時26分、本谷山山頂。やはり飛ばしすぎだったか・・・。そのツケがここにきて回ってきたようだ。疲労、吐き気・・・「おいおい!まだ実動4時間半足らずだぜ」と己の身体に言い聞かせ、胃袋を落ち着かせるために行動食を、わずかに残った水と一緒に胃袋に無理矢理流し込む。

 辺りにはアケボノツツジの花びらが散乱しているが頭上には見られない。今年は開花が遅かった分、連休後半から先週くらいまでは楽しめたようだ。完全縦走の先蹤者・高瀬は花を存分に愛でたろうか?・・・そろそろ疲労感が増し始めたが、まだ花を愛でる気持のゆとりはある。

 山頂からブナ広場までは高度差約400mほどの長い下り。幸い胃袋も落ち着いたようでランニングでどんどん稼ぐ。

 10時3分、ブナ広場。新緑に覆われ、高瀬と厳冬の2月に来たときとは表情が一変している。多様な樹齢、樹高、樹形のブナがその名のごとく緩傾斜の広々とした尾根を埋め尽くす。1樹1樹がまるで語りかけるようで幻想的な光景だ。もしかしたら木霊は本当かもしれないとさえ思える。

               
            完全縦走コース中のオアシス・ブナ広場、かすかに古祖母山(左奥)を望む

 尾根から少し下ったところの沢が水場だ。昨年9月には障子尾根からこの水場を目指し尾平で無念のリタイアをしたところだ。そのとき「ブナ広場で水を得られる保証はどこにもない」と思ったが、今年2月の積雪期に訪れたときと変わりない水量で流れている。この様子ではここだけは祖母・傾の縦走路中、唯一確実に水が得られる場所と思って間違いない。

 空腹を我慢しすぎると吐き気を催してくるという己の得意体質は先刻承知の上、それでこれまで早め早めに胃袋に詰め込んできた。けれども長丁場の道中を考え弁当は古祖母の山頂でとると決めていた。ここでは水をたっぷり補給し行動食を軽くとって早々と出発。

○遙かに障子尾根・・・甘い見通し
 「先は長い」とブナ広場から先の道中は少しペースを落とした。それにしてもこの付近から‘対岸’の大障子岩を見上げ「遠いなあ」と思わず溜息をつく。「とてつもないことをやろうとしているのだなあ」と、実感、体感。その一方で、ここまでの行程20km近く(標準コースタイム9時間30分)を5時間少々の所要で来られたことにはまずまず満足。九折〜傾経由の完全縦走の場合、アルバイト量からすれば尾平越までが全体の概ね45%だろう。現時点の体調、体力と相談すれば12〜13時間くらいでは可能ではないか、とこの時点ではまじめに思えた。

 10時31分、尾平越、当然のように通過。実はここは完全縦走行程中のターニングポイントのはずなのだ。完全縦走コース中、左右どちら回りにしても、身を引くならここしかない。山中とはいえ20分ほども下れば人工臭の漂う車道・尾平トンネルだ。そこからは、別に岳人の意地をかなぐり捨てるほどの大仰なこととは思わない・・・敵意のないことを示すために少し愛想良くして手を挙げさえすれば、車だって止まってくれ、わずか20分少々で上畑まで運んでくれる。尾平越とは、山深い完全縦走コースにあって簡単にエスケープ可能な、そんな場所なのだ。しかし、そこからさらに一歩縦走路を先に踏み込んでしまうともはや後戻りできなくなる場所でもある。

 前述したように、迷わず‘当然のように’に通過したのにはそれなりの勝算、確信があった(つもりであった)。歩行ペースが落ちたわけでもないし、疲労感もさほどでもない。気になる胃袋の具合も笠松山頂以後は落ち着いている。迷う理由がない。

○またもや弱気の虫が
 しかし、尾平越から緩い登りを10分ほど登った辺りで、突如、体調不良に襲われ、吐き気を感ずる間もなく急に嘔吐が始まった。嘔吐とはいっても吐くものが胃液以外に何もないから余計苦しい。わずか30分ほど前ブナ広場でヨーグルトとフルーツのゼリー200g(185Kcal)など行動食をとったので、ここでよもや胃袋の中がスッカラカンになっているとは思わなかった。迂闊だった。ブナ広場で弁当を食っておけばよかった。

 朽ち木にしばらく腰かけて胃袋を落ち着かせ、いなり寿司と巻き寿司を腹に詰め込んで小休止の後、再び登り始める。すぐにまた胃袋の辺りがなにやらうごめき始め、今にも謀反を起こしそうになってきた。同時に急に弱気の虫が頭をもたげてきた。

 この日のためにそれなりのトレーニングはしてきた、疲労感はさほどでもない、残りは半分ちょっとだ、古祖母まで上がればあとは小さなアップダウンだ、まだ11時前ではないか、いざとなったら黒金山尾根あるいは宮原を下る手もある・・・様々な思いがよぎる。それにしても10時間は持つと思った胃袋がわずか6時間たらずでこんな有様では先が思いやられる。

 昨夜は気持が昂ぶってよく眠れなかった、この時期こんなに暑く、こんなに汗をかくとは予想もしなかった、調子に乗って前半飛ばしすぎた・・・原因はいろいろ思い当たる。

 やっぱり俺にはこんな長いコースを一日では無理だったんだ。それでも若いときならがむしゃらに突き進んだだろう。が、還暦近いこの歳(57歳8か月)とあっては、そんなに無理をすることはない。「チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走 その1」の末尾に書いたように「もちろん悲壮な決意などではなく、四季の祖母傾連峰の素晴らしさを満喫しながら、‘おゆぴにずむ’の本質である遊び心と年齢、置かれた状況をちゃんとわきまえ・・・」ということでいいじゃないか!

○敗北宣言・・・気分は妙にサバサバ
 昨年9月以来偵察等含め5度にわたりこの山域に足を踏み込み秋から初夏まで、急峻な懸崖、沢、滝、動物、アケボノツツジの群落、ツガの巨木、ブナ林の木霊などなど・・・充分すぎるほど味わった。改めてこの山域の持つ魅力、素晴らしさを再認識した。

「俺たちには九重山系のほかに、いやそれ以上に祖母傾がホームグラウンドとしてあったんだ。これで終わりというわけではない。一日完全縦走は無理にしてもいろいろな完全縦走がある。まあいいさ、また出直すさ、形を変えて!」そう思うと迷いが吹っ切れ、11時1分「時間は早いけど敗北宣言!これから下りる。」と家内、それにこの計画の相棒達に携帯電話で話し、急に何か吹っ切れたような晴れやかな気分となり尾平トンネルまで下った。

 「人生では、実行したことによる後悔よりも実行しなかったことによる後悔の方がずっと大きくのちのちまで残る」・・・ベストを尽くしたと言えるかどうかはともかく、一応チャレンジしたことは確かだ。そう自分を納得させて、上畑までの車道・長い道のりを歩く・・・このコースをリタイアした‘岳人’に与えられるペナルティとして(注.2時間ほど歩いたところ、上畑の手前で親切にも止まってくれた車に上畑までの残り4kmほどを便乗)。ゴール予定地の健男社からはデポしてあったマウンテンバイクに乗り換え九折登山口に午後2時過ぎ着。長い一日を終えた。(つづく)(その5に戻る

         
                         高低表

(「チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走」まだまだ続きます)

チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走 その1 祖母傾への熱き想い
チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走 その2 遠かった傾山
チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走 その3 2005秋、傾山&山手本谷再訪
チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走 その4  どうしても継ぎたい! 三ツ尾から坊主ルート、傾、尾平越へ
チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走 その5 大分登高会の末裔ついに完全縦走なる!
チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走 その6 遠かった祖母山
チャレンジ!祖母傾連峰完全縦走 その7 リベンジ成る

               おゆぴにすとトップページへ     大分の山目次へ