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(99年からの日出生台米軍演習では初めてのこと)
(写真はすでに演習場内にいる米軍に対しての抗議)
■1月13日(金)大分県知事への申し入れ
■1月20日 17時〜日出生台・小野原
1月30日から8日間の米軍実弾砲撃演習の期間中、
日出生台演習場を見下ろす高台の畑に監視センターを設置し、
監視行動をおこないます。
これは、米軍演習の砲撃数をカウントしたり、協定に違反したり
新たな危険な演習を行っていないかどうかをチェックし、
米軍演習のなし崩し的な拡大をさせないためのものです。
また一つ下の畑には、「交流センター」を設置し、
見学に来られた人が休憩をしたり、日出生台でのこの7年間の
米軍演習に関する資料やグッズを置いてあります。
(この日出生台グッズについては、このページのもう少し下の方にあります)
1月20日午後18時40分頃、米軍先発隊20人を載せた亀の井バスは
雪と米軍演習に抗議するシュプレヒコールの中を
日出生台演習場へと入っていった。
今回は今までの米軍到着時には見られなかった光景があった。
演習場のゲートのラインに沿って、左端から中央まで防衛施設局員らが、
中央から右半分は自衛隊員らが迷彩服で立ち並んだ。
過去にゲート前で反対運動をしてきた私たちが
中に強引に押し入ったりといった問題を起こしたことがあるわけでもない。
それを考えると、このものものしい対応は
自衛隊と米軍の一体化が進められている象徴的な光景なのかも。
米軍演習に対する自衛隊の「後方支援」のあり方が今回大きく変わろうとしているのかもしれない。
もう一点。
例年は1ヶ月前には、発表されていた米軍先発隊、本隊、米軍車輌などの到着日程が、今年は1週間前になるまで公表されず。
情報公開がまた一段と後退した。
大分空港では
大分県平和運動センターが10時〜11時まで抗議行動
日出生台演習場ゲート前で平和運動センターとともに
・10時40分〜第1陣に対する抗議行動
・16時〜 第2陣に対する抗議行動
1月22日の米軍本体到着時の日出生台ゲート前。左上が場内。
なんと、99年の米軍演習開始以来、使えていた場所から道路脇の
歩道に移動をさせられた。
2日前の先発隊の時はまだ坂の途中まで入れていたのに・・・。
これまでゲート前での抗議行動でなんらかのトラブルが起きたことなどない。
いったいなにが理由なのか!?
写真注:上の写真の右と左の斜面でこれまでは抗議行動を行ってきた
<連合の「日出生台1万人集会」 * >13時〜14時 玖珠町 玖珠川河川敷
<日出生台米軍演習反対大分県各界連の集会 * >13時〜 九重町 粟野河川公園
各界連の集会で日出生台グッズの販売をしました
写真注:午前8時。大在埠頭にはすでに琉球海運の「みやらび」が着岸していた。
午前10時すべての米軍車輌、155ミリりゅう弾砲は陸揚げされた。
この作業のほとんどすべてにおいて、米兵の姿は見られなかった。
それもそのはずで、日出生台からの米兵のバスが着いたのは10時50分。
すべての作業は、日通の社員、港湾労働者によっておこなわれたことになる。
本来なら武器に触ったり、軍事に関わるはずのなかった民間の人々が
この米軍演習を通して、武器や軍事に慣らされ、拒否感をマヒさせられ、
民間を有事に総動員する態勢づくりの訓練が今年もまた行われた。
大分県平和運動センターが大分市大在公共埠頭で10時から抗議行動
午前11時を過ぎた頃、一台のパジェロが大在埠頭ゲート前の交差店内の角に停車。降りてきたのは、本格的なビデオカメラを持った米兵とスチールカメラを持って女性兵士だった。彼らは、平和運動センターが抗議する反対側の道路に三脚を据えると、抗議をする様子をいきなり写し始めた。「なんで写すんだ」「なにを撮っているんだ」。大在埠頭前は怒号が飛び交い、警備の警察官まで駆け寄って、撮影を制止しようとした。ビデオを構えた米兵は「It's
my job.I have to」と言ったが、結局、人だかりに囲まれて撮影をあきらめ、車に再び乗り込んで、大在埠頭ゲートの中へと入っていった。状況はあきらかに反対運動を挑発することを目的としているとしか見えない米兵の行動だった。
ところが、それでことは収まらず、ゲートの中に入っていった米兵らは今度は、内側の民間会社の敷地内から撮影を始めた。再び、平和運動センターの人たちや、警察官に制止をされて、悔しそうに車に乗り込んで、車からカメラをこちらに向けながら、走り去った。
さすがにもう、これで終わりかと思っていたら、さらにその20分後、再びゲートから出てきた銀色のパジェロは、抗議行動をしている平和運動センターの目の前を徐行しながら、なめ回すようにビデオカメラで撮影をしてまわった。
99年からの過去5回の米軍演習の中で、このように、ほとんど挑発行為としか思えないふるまいに米軍が出たの初めてのことだ。
これまでは「反対を唱えるのも民主主義だから当然の権利」などと余裕の発言をしてきた米軍が今回、このような挑発行為に出たのは、もしかすると米軍の中に広がりつつある、あせりやいらだち、余裕が失われつつあることの現れかもしれない。
そして、この件について、現場の防衛施設局の担当者に確認したところ、そのようなことが起きたこと自体を把握していない様子だった。演習に来ている米軍の行動についての責任はすべて防衛施設局が負っているはず。しかし、防衛施設局はそもそも大在埠頭のゲート前に人を配置しておらず、米兵の出入りについて把握できようもない。いやそもそも米兵の行動をきちんと把握するつもりははじめからないのであろう。「国の責任でやらせていただく」として始まった米軍訓練。これで責任を果たしていると言えるのか。防衛施設局のあり方が問われている。
■1月24日(火)米軍指揮官スタッダード中佐、地元1市2町を表敬訪問。
午後4時頃、由布市の表敬を終えて出てきたスタッダード中佐に
私たち米軍演習に反対する住民との直接会見の場を持つように
要請した手紙を直接手渡した。
スタッダード中佐に手渡した会見要請文
【変化】
ちょっと気になったのは福岡のアメリカ領事館の関係者が表敬訪問に同伴していたことだ。
これは99年からの米軍演習前の表敬訪問で初めてのことだ。
今の米軍再編の動きとの関連が気になる。
過去の日出生台米軍指揮官との会見
![]() 日出生台での第1回目の米海兵隊演習の後に行った、 私たち演習に反対する住民グループと 米海兵隊幹部との対話 私たち演習に反対する住民グループと 米海兵隊幹部との対話 日出生台での実弾砲撃演習が終了した二月十九日の十二時から約一時間半、日出生台演習場内の廠舎地区の食堂内で住民代表六人と米海兵隊ケリー中佐との直接対話をおこないました。 ![]() 米軍指揮官ラングレー中佐との対話 |
写真提供:佐世保地区労
佐世保・前畑弾薬庫を出たのが11時15分。4台が先に出て、その10分後残りの3台が出発。
日出生台到着は午後3時から4時の間だろうとタカをくくっていたら、
なんと湯布院インター通過が午後1時50分だった。
なんと2時間35分で湯布院まで来たことになる。
今回は弾薬輸送に合計7台の日通トラックが使われた。
これまではたしかすべてのトラックがほろで覆われたスタイルであったが、
今年は一台だけ、箱形のボックスを載せたトラックがあった。
中になにが載っているのか。これまでと違う演習が行われるのか。
情報がほとんど明らかにされない中で、
今年もまた日出生台で米軍演習が強行されようとしている。
防衛施設庁HPによれば、 実弾射撃訓練の移転(日出生台)に伴う輸送等役務一式を 日本通運は 1億6800万円 (平成17年12月9日)で落札。 |