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2005年9月1日 コンピュータのきもち

コンピュータの立場に立つと・・・山形 浩生 「コンピュータのきもち」

コンピュータの操作が上達しない人に共通しているのは、コンピュータ側の立場に立つことができない事と、自分の考えをコンピュータに押し付けようとしている事です。

この本は、コンピュータに「きもち」があるということを議論しようとしているのではなく、コンピュータ側の立場に立つことにより、よりコンピュータの操作を理解できるのではないかという視点から書かれています。

本来、人間同士だって、本当に気持ちを分かり合える事は無いのですが、それが出来ているという仮定の下に、会話をしたりしているのです。それなら、コンピュータにもその様に接する事が出来るのではないでしょうか。

ほんの一寸の歩み寄りが、コンピュータをより身近に感じさせるのです。

ちなみに、コンピュータに気持ちがあるのかないのか、これを証明する手段はありません。でも、人間で言う所の気持ちとは異なる何らかの感情を持っていないと、誰が言う事が出来るでしょうか。これは、この本とは、また異なる議論ですが。

2005年7月1日 頭はよくならない

真実に目を向けよう・・・小浜逸郎「頭はよくならない」

頭は良くならないというと、反感を覚える人も多いことでしょう。

また、この書物を読んで、様々に批判すべき点もあるでしょう。

注意しなければならないのは、頭は良くならないから勉強するなという事が書いているのではなく、自分の器を知るために勉強する事の必要性を説いているということです。

確かに、頭は良くならない、でも、自分の能力を知り、それをいかにいかすかが大切なのです。

今現在の状況から、自分は駄目だとあきらめるのではなく、まずは、自分に能力があるのかどうかチャレンジして見るという事が大切になるのだと思います。

2005年5月1日 ばかの壁

あまりに売れている本なので、いまさら紹介するまでもないかも知れません。

この本は、ごくごく当たり前のことが書かれている本です。でも、読み進んでいると、「あれっ」、と思ってしまうことがたびたびあります。

例えば、個性について書かれている部分などがその一つです。

個性はその人を他の人と区別する普遍的なものという感覚が私にあります。その一方で、「行く川の流れは絶えずして・・・」に代表されているように、普遍的に変化のないものはないという事も理解しています。

個性は普遍的なものという感覚があるのに、実際には、人間は絶えず変化している、そのことを指摘されて、「あれっ」となるわけです。

一般に、西洋、東洋と分けて考えられるのですが、それが、自分の中では矛盾することなく共存しているのだと思います。勿論、厳密に西洋・東洋というものを 追求したわけではなく、何も考えることなく生きている上で身につけていったものだと思います。

そういった自分を出発点に、色々と考え始めるきっかけとしてはどうだろうか、そういったことを指摘している本ではないでしょうか。

2006年4月1日 デジタル家電が子供の脳を破壊する

衣食足りて礼節を知るのか・・・金澤 治「デジタル家電が子どもの脳を破壊する」

「衣食足りて礼節を知る」、現在のように、衣食に不自由しない時代、いかに暮らしていくかの答えは、見出されていないように感じます。

ありとあらゆる欲望を満たす「もの・映像」であふれた現在、それらとどう共存していくのかは、とても難しい問題です。特に、欲望に左右されやすい子供達への影響は、今の所、はっきりとしないだけに、かえって不安が募ります。

本書は、そのタイトルの過激な内容とは異なり、「子供とは」、「脳の発達とは」という視点から、冷静な意見が述べられています。むしろ、その内容は、当たり前とすら取られるかもしれません。

でも、その当たり前と捉えられることすら出来なくしてしまう現在の状況に、大人は真剣に取り組んでいかなければならないのではないでしょうか。衣食が十分になるとともに、礼節を忘れた社会へと変貌してしまったこの皮肉に対して。

2006年3月1日 手で撮るように分るデジタルカメラ徹底活用術

正しく解釈された電子カメラ・・・美崎薫「手で撮るように分るデジタルカメラ徹底活用術」

どんなものでも、解釈されなければ仕方がない。それが、正しい必要はないが、万人に受け入れられる解釈でないといけないのです。

それは、商品でも、芸術作品でも同じ事。

昔、デジタルカメラ登場以前のカシオ製電子カメラが、カメラ屋さんに山積されていたことを覚えています。私は、お金があれば欲しかったのですが、ほとんどの人は、興味すらなかったようです。

それから数年たってから発表されたデジタルカメラ、カシオのQV-10は、爆発的なヒットとなりました。

この本は、そのQV-10の活用法を書いた本です。

メモ代わりに利用できる、データはパソコンで整理などの、デジタルカメラの利点を強調した内容は、今となっては当たり前のものですが、当時は画期的だと感じたものです。

元々、フィルム式のカメラでも同じ特性はあったのですが、デジカメとパソコンを組み合わせることにより、飛躍的に、使いやすくなったのは事実です。写真は本来、記憶の一部として機能しますが、まさに、記憶としてのカメラの活用が本格化したのです。

もう一つ、この本の特筆すべき点は、Windows、Macintosh、BTRON対応である事もあげられるでしょう。

(注)この本は、1996年に出版されたものです。

2005年2月1日 アメリカ人

あるがままのアメリカ、写ってしまったアメリカ・・・ロバート・フランク「アメリカ人」

写真には、意図された写真があります。それは報道であろうとそうです。犯人の写真を撮るのに、わざとしかめ面をした写真をとろうとする、それは、明らかに意図された写真です。

「なんて犯人は悪い人なんでしょう」という具合です。

では、意図されたアメリカとは、「奥様は魔女」などの、ホーム・ドラマ、コメディーです。豊かなアメリカ、幸せなアメリカ、勿論、そういう側面はあったのでしょう。

それに対し、ロバート・フランクの写真は、あるがままのアメリカ、写ってしまったアメリカなのです。それゆえに、インパクトがあり、あいまいで、嫌悪感を感じさせるのかもしれません。

はじめに

今年(2005年)から、私の読書日記をスタートします。

このホームページは、単なる自己満足なんだから、それに徹しようというのが、このコーナーの趣旨です。私自身、他の人の読書コーナーを読むことはありません。結局、自分の博識ぶりを自慢したいだけなのが、本を薦める人が持つ優越感だそうですから。

実際には、自らの無知ぶりを示すだけかもしれませんが。

どうあれ、自分のために書いている読書日記なのです。