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ここでは私のワイン造りへのおもいについてお話します。 

ナノワイナリー

 ナノワイナリーは醸造所立ち上げを思い立った時に私が作った造語です。 
 ブティックワイナリーという言葉はワインに興味のある方だったらご存知かと思います。 経営規模の小さなワイナリーで、大手にはない個性的なワインを生み出しており、根強いファンも多いようです。 同様の意味をもつもので、ガレージワイナリー、マイクロワイナリーという言葉もあります。  マイクロはミリの1/1000を意味し、単位と一緒に使われる数量に関わる接頭辞です。 では、マイクロの1/1000はというと、ナノです。 皆さんもナノテクと言う言葉を聞かれたことがあると思いますが、物質を原子や分子レベルで制御する工学技術を指します。 
 高倉ぶどう園のワイナリーはそのナノを冠して、「ナノワイナリー」を日本で初めて呼称します。 海外でもその言葉は使われていないのではないかと思います。 (検索エンジンにヒットしませんでした。) 
 酒造免許を取得する際に担当税務官に聞いたら、このような形態で申請をするのは全国で初めてと言っていましたので、現段階だと私のところは日本一小さなワイナリーのはずです。  これから述べますが、日本の今の法律ではナノワイナリーの実現には特別な条件が必要です。 でも、私はもっと規制が緩和されて、ナノワイナリーが全国的に広まって行くといいと思っています。 ぶどう産地に行くと、ぶどう農家それぞれ自前のワインが楽しめるような。 そうすればみなさんがもっとワインを身近に感じるのではと思います。 身近にというのは、手軽にという意味ではありません。 手軽というだけであれば、外国産の安いワインが有れば充分です。 ワインが自分達の文化として根付いてゆくということです。そのうちに、酒税法も見直されて外国のように誰もがお酒を造ってもいいようになれば、みなさんがもっとぶどうの樹や畑、そしてそういった畑がある場所を好きになるのではないでしょうか。  その意味で、この記事がいくらか参考になればと思っています。 
 

スモール・イズ・ビューティフル

 これはシューマッハというイギリスの経済学者であり哲学者の著書名で、読んだ事がなくてもどこかで聞いたことがあるかたは多いと思います。 効率や利益を偏重し、大量生産、大量消費を促し、かつてのバブルの熱狂のように大きなお金の潮流を求めてやまず、その結果として地球規模の自然破壊をまねき、富の一極集中と貧富の格差といった問題はまさに現在の世界状況を表しています。  この書物はそうした収奪的な経済を批判し、いち早く未来に向けて警鐘を鳴らしたものでした。 スローライフ、スローフード、有機農業の運動、はたまた地産地消などは同じ流れにあるものだと思います。 最近国王が来日して話題になった世界一幸福な国、ブータンの事は記憶に新しいと思いますが、本当の豊かさというのを改めて考えさせられます。
 さて、ナノワイナリーはどうかと言うと、根底にある哲学はまさにそれだとして、シューマッハのように大それた事を世に問うているのではありません。  言えるのは、ナノワイナリーでは「ぶどうを育てる全て」と「ワインを醸造する全て」を一農家が仕上げるということです。 そして、もともと醸造量が極小なので、儲かりもしませんが、儲かる為、或いは経営を維持するために大切な理念を曲げるような無理をしなくて済むということです。 即ち、「ワイン造り」=「ワイナリー経営」とはなりません。 
 「ワインは畑で生まれる」という言葉があります。 殆んどのお酒は農産物が原料であり、つまるところお酒を造る事は農業の延長線上にありますが、特にワインは原料のぶどうの役割が他のお酒に比べて格段に大きい事を意味している言葉だと解釈しています。 これらを考えると、「ぶどうの育つ土地と造り手のおもいを感じる事ができる、真に純粋なワイン」が生まれる素地をナノワイナリーは持っていると言えるのではないでしょうか。

ワイン特区

 日本では、酒税法によって最小醸造量が果実酒の場合で6000リットル以上となっています。 720ml入りのビンだと8300本ぐらいですね。 日本の場合、先ほどのマイクロワイナリーでも、最低これぐらいの量は造る必要があります。 実際はそんなギリギリではなくて、もう少し余裕を見て生産されていると思います。  高倉ぶどう園の年間生産量はと言うと・・・100本程度です。 「えっ、たったの・・・」 これが「ナノ」と称する所以なのです。  しかし、先ほどの酒税法とやらに矛盾するのでは?とお思いでしょう。
 小泉内閣時代に施行された「構造改革特別区域法」というものがあり、これまでの法的な規制を部分的に緩和して経済、特に地域経済を活性化しようという事を意図して出来た法律です。 色々な分野に対して地方自治体単位で特別区域「特区」が認められ、その中の一つに「ワイン特区」が有ります。
 このワイン特区には二種類あります。
 1.特区内で生産された果実を使う事を条件に、最低醸造量の規制が6000リットルから2000リットルに緩和される。
 2.特区内で農家民泊や農家レストランを営むものが、自ら生産した果実を使う事を条件に、最低醸造量の規制が撤廃される。  
  但し、1.の場合は一般の醸造所と同じように販売権を持っているので、生産されたワインを酒屋さんなどに卸す事が可能であるのに対して、2.の場合は醸造の権利を持ちながら販売権を持たないという縛りがあります。 醸造所のみでしか売れないのです。 
 私の住む竹田市は地域活性の一環として、「奥豊後竹田・醸造文化の里特区」(ワイン特区)を申請し、平成20年に認定を受けました。 これによって念願のワイン特区が実現し、上のどちらかの形態でワイナリーを立ち上げる事が可能になりました。 そして、高倉ぶどう園は後者の醸造所として生まれました。
 (ちなみに、竹田市では平成16年に「竹田名水どぶろく特区」の認定も受けています。 )


鍋一つのワイナリー

  自分の所でしか売れないのですから、たくさん醸造してしまったら大変です。 お酒好きには天国に思えるかもしれませんが、これではご飯も食べられなくなりますので、年間製造量はあまり欲張らずにやってゆきます。 利益をあてに出来ないのであれば、設立費用は限りなくゼロに近くなければなりません。 幸い原料のぶどうは売るほどありますから、立ち上げにかけるお金を抑えればなんとかなります。
 ナノワイナリーにはぶどうの果実を軸から外す除梗機も、ぶどうを潰す圧搾機もありません。全て手作業です。仕込に使うのは一般的なワイナリーで目にする醸造用の大型ステンレスタンクではなく、大きめのステンレス製の寸胴鍋です。そして、醸造所は民家の一室にちょっとだけ手を加えただけの素朴なものです。 ワインは一次発酵と二次発酵があり、二次発酵の時には空気を遮断した密閉系で行いますから、鍋の他に斗瓶というガラスのビンも使っています。 法的な用件から、醸造をする過程でアルコール度数などを測定する分析装置も必要になりますが、これも出来合いの装置を購入するのではなく、自前で理化学器具を組み立てました。それで、醸造所といっている部屋はなんだか理科の実験室のようです。見渡すと手作りや、中古の物品が殆んどです。 でも、こうして色んなものを手作りして行くことも、ナノワイナリーでこそ味わえる楽しみであると思っています。 まさに、究極の手造りワインです。
 醸造所の要件は、ワインの規準を満たすものを生産出来る事と、出来たワインを検定出来る事、そして酒税法の要求する手続きや納税の義務を怠らない事です。 この三つを満すために必要な設備と技術、知識を持てば良いと言う事です。これは、ナノワイナリーであろうと大手醸造メーカーであろうと、全く同じなのです。 ちなみに、醸造の最初から最後に至る各工程で、物の出入りや検定などを記帳してゆかなければならず、これも基本的に規模の大小に関わらず同じことをしなければなりません。その点、法律というのは機械的と言うか、先に述べた特区で規制緩和されているのは「最低醸造量」という一点についてのみなので、それ以外はまけてくれません。 ですが逆に言うと、法律の要求している事をよく理解しさえすれば、特別な資格を持っている人や、お金持ちでないと出来ないような事は求められていないということでもあります。 もちろん、感動的なワインを造るというのは法的な事とはまた別な話だし、規模の大小とも全く関係ありません。 そこはそれぞれが持てるものの中で最大の努力をはらうべきところだと思っています。

 書き添えるべきこととして、「鍋一つのワイナリー」とは言っても法的には立派な酒類製造場であり、そこでワインを醸造する主体は、酒類製造業者です。 そうなると、食品を製造するものということになりますから食品衛生法からの要件として営業許可というものが必要になります。 つまり、醸造所は保健所から製造場として認可される必要があるということです。 ワイナリー立ち上げに際して出向くべき公的機関は、税務署と保健所ということになります。
 

 
クリーンツーリズム
 商売と結びつかないワイン。 では、このナノワイナリーで生まれたワインはどういう意味を持つのでしょうか?
 ワインのページの冒頭に「(これらのワインは)ぶどうの樹を一緒に見守って下さるビノクラブ会員様、または農家民泊「葡萄の家 敬土庵」へお泊りのお客様のみへのご提供とさせていただきます」と記しました。 このことは、次のような意味を持っています。 「農家とそこに集まる人々が、ぶどうの栽培を通じて交流をし、その土地に関わり、実ったぶどうを収穫し、それを使って自分達でお酒を造り、味わいながら歓談する。 その中で自然の恵みの有り難さ、農業の大切さや土に触れる喜びを実感し、幸福を味わってもらう、あるいは明日への活力を養ってもらう。」これはまさしくグリーンツーリズムの考えかたそのものです。ワイン造りは農業であり、その農業を実践して飲むワインはひとしおです。 ナノワイナリーで生まれたワインはそうした場面で大切な脇役になってくれる事を望んでいます。これはワイン文化が古くから根付いているヨーロッパでは当たり前の光景ですが、この日本でも早くそうなってほしいものです。
 そのぶどう園文化の景観が世界遺産となったポルトガルの西、大西洋に浮かぶピコ島のことをご存知でしょうか。 私は先日、初めてテレビで観ました。 溶岩に覆われた土地を何とつるはしで開墾し、海からの強い風を避けるために石垣を積み上げた狭い囲いのなかで数本のぶどうの樹を育てています。 そうした小さな区域がたくさん集まって出来ているぶどう畑の全容は、まるで棚田のようです。それはそれは大変な苦労をしてぶどうを育てて、ワインを造っていました。 その番組に登場した農家のおじいさんは、仕事が終わった後に醸造所と思われるガレージのような場所の粗末なテーブルに腰を下ろし、外の景色を眺めながら自分が造ったワインで一杯はじめます。おばあさんさんが不調法にドサっとソラマメを煮たものを置いて去ってゆく。 その後姿を見送りながら、おばあさんへの日頃の感謝の気持ちと、「ワインを飲めないのならブドウ畑をやってる意味が無い」という事をぼそりとしゃべっていました。 私はその光景に大いなる真実を見た気がします。 人が生きてゆくことはなんと尊い事か、そしてワインの力は何と偉大か。 どんなに過酷であろうと、ぶどうが育ちワインを生みだすその土地を愛し、誇りをもっていました。 


幸せをもたらすワイン
 ぶどう園の紹介のページ巻頭に「食を通じて人々に幸せな気持ちをもたらしたい」と申し上げました。 これはワインについても全く同じです。 つまり、「それを飲んだ人に幸福な気持ちをもたらすようなワインを造りたい」というのが私のワイン造りの最終目標であり、夢です。
 嬉しいとき、楽しいときにはよりその喜びが大きく振れる。 夢を描くときには心により大きなキャンバスを広げてくれる。 何かを創造するときには、もっとインスピレーションを湧き立たせる。 愛する人や親しい人と語らうとき、より深く心を結びつける。 そして、悲しい時、寂しいときにはそれを癒し、憎しみや怒りの炎が燃えさかるときにはそれを鎮め、絶望したときには希望の光を燈してくれる。 
 これは、国際ワインコンクールで金賞を取るよりも、ロマネコンティのような高値で取引されるワインを目指すよりも、随分と難しくて欲張りな望みです。 私一人の力ではとても手の届かない望みであり、多くのみなさんの力で、それこそピコ島のぶどう畑のようにこつこつと長い時間をかけて造りあげてゆくものだと思っています。
長い文章を読んでいただきまして、有難うございました。 
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