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ジベレリンについて

 私たちぶどう農家にとっての「ジベレリン」とは、ぶどうを種無しにする、ぶどうの粒を大きくする薬品です。 ぶどうの花が咲いた頃、コップに注いだジベレリンの溶液にぶどうの花を一房一房に浸してゆく作業を行います。一般的に、この作業をジベレリン処理と言っています。
 消費者の皆様の中には、人為的に果実の形質を変化させ、そうした果実を口にすることに対して漠然とした不安をもたれている方もいらっしゃるようです。
 そこで、ジベレリンがどういったものかを知っていただき、種無しにしたぶどうを安心して食べていただくために、私なりに調べた事、そしてそれについて思うことを書き記します。

◇ ジベレリンは植物ホルモンのひとつです
 植物ホルモンとは、植物体内で生成され、極微量で植物の発生、成長、分化過程を調整する作用をもつ有機化合物で、植物が生きてゆくのに必要不可欠なものです。 植物ホルモンは、「オーキシン」、「サイトカイニン」、「エチレン」、「アブシシン酸」、そして「ジベレリン」の5つがあります。当然ながら、自然の状態の植物やぶどうの体内にもこれら全て備わっています。つまり、私たちは、米、野菜、果物などを食べるときに、ごくあたりまえにこれらの植物ホルモンも同時に摂取して生きています。

◇ 植物ホルモンと動物ホルモンは別物です
 我々人間が持っているような動物ホルモンは植物ホルモンと全く別なもので、植物ホルモンが動物に対してホルモン様の作用を与える事はありません。 つまり、我々人間が植物ホルモンを微量摂取しても、体調に何ら変化をきたす事は無いという事です。

◇ ジベレリンはバイオテクノロジーで製造されています
 我々ぶどう農家が使う「ジベレリン」は、小袋入りの果粒で売られていて、これは農薬として農林水産省に登録されています。一般に「薬品」というイメージからすると、化学物質を合成して製造する事を想起しますが、「ジベレリン」は自然界のものであるので、自然界に存在するジベレリンを生成する能力の高い菌を培養する発酵法によって作られています。いわゆるバイオテクノロジーによる産物であり、簡単に言うと酵母でお酒と造るのと同じカテゴリーになります。
 植物ホルモンは同一構造のものが植物界に全般にわたって種を超えて共通に分布しており(この事は植物ホルモンであると認められる条件の一つでもあります)、この性質があるので、別な種である微生物で生成されたジベレリンであっても、ぶどうにも有効に作用する事ができるということです。

◇ ぶどうの種無し化への応用
 ジベレリンをぶどうの花に浸漬することによってぶどうを種無しにする事は、昭和30年代の初頭、日本が世界にさきがけて開発した技術です。この技術、ぶどうの種無しを目的とした研究の成果としてではなく、偶然の発見によるものでした。ジベレリンという植物ホルモンは植物の茎が伸びるようになる作用がある事が知られており、ぶどう(デラウエア)の房の粒同士が詰まり過ぎないよう房の軸が伸びる事を期待してジベレリンを作用させたところ、種無しになる事が発見されたそうです。その後、色んなぶどうの品種に対して、ジベレリンによる種無し化の研究がなされて現在にいたっています。
 ところで、ぶどうの中には人為的に手を加えなくても種の無い実が出来る品種(無核品種)がある事をご存知でしょうか。このような無核品種は花の生殖器官が受精しにくい、あるいは受精してもその後細胞分裂がしにくくなる事で種を形成しません。この事は植物ホルモンと深い関係がある事が知られており、花が咲く頃(受精の時期)になると、無核品種については果粒内にジベレリンを多く含むようになります。 つまり、ぶどう自身がジベレリン処理をしているのです。
 一方、人為的にジベレリン処理をしていない「種ありぶどう」ですが、花器で受精後に種子が形成された後、種子自体がジベレリンやその他の植物ホルモンを生成して、そのホルモンの働きによって果粒が肥大してゆきます。つまり、「種無しぶどう」「種ありぶどう」ともに、作用するタイミング、及びそれが外から与えられたか自分で生成したかが異なるだけで、どちらもジベレリンの作用を受けているのです。

◇ 私たちに身近なジベレリン
 ジベレリンの利用はぶどう以外にも、柑橘類、かき、びわといった果物や、トマト、いちご、なすなどの野菜類、さらには菊、シクラメン、トルコキキョウなどの生花類などここでは列挙しきれない農業分野の多岐にわたっています。
 また、ジベレリン以外の植物ホルモンも農業全般に活用されています。未熟のバナナやキウイをリンゴと一緒にケースに入れておくと美味しく熟す事はご存知と思います。これは、リンゴから発散された植物ホルモンの一つであるエチレンがバナナやキウイに作用して追熟を加速したことによります。
このように、植物ホルモンはいろんな分野で利用されており、現在の私たちの生活にとても身近なものになっています。

◇ 種無しにする理由
 ジベレリン処理をして種無しのぶどうにする事は、私たち農家にとって、とても労力をつかう大変な手間です。 先に述べたようにジベレリンの入ったコップにぶどうの花一つ一つを浸す作業、これはこれで大変な手間なのですが、この事自体は序の口です。実は、ジベレリン処理をすると、ぶどうの花の結実が良くなり、果実の肥大も促進されるので、そのままにしておくとトウモロコシのようにギュウギュウに詰まった房になってしまいます。それで、果実が大きくなってゆく過程で、一房一房、粒をはさみで抜き取って間引いて、房をきれいに整えてゆきます(摘粒作業)。そのため、ぶどうの花が咲き始めてからというもの、私たちは寝る間を惜しんで房作りの作業をしなければなりません。もし、種ありのままで良かったとしたら、かなり作業が楽になります。投入する労力は経費と考えられますので、種ありぶどうの方がジベレリンの薬品代も含めて経費を大きく削減できるということです。
 では、どうしてそのような大変な思いをして種無しにするのでしょうか。
 これは、大多数の消費者が種の無いぶどうを食べやすくて好むという事実から来ています。私たち売り手である生産者は、この事を無視することが出来ないからなのです。
 一方、ジュースやワインの原料になっているやまぶどうは種無しにはしません。ワインの場合は特に、種に含まれる成分がワインの風味に大いに役立つのでむしろ種ありの方が良いのです。

◇ ジベレリンの安全性について
 私の所有している「農薬毒性の事典(三省堂)」によると、劇毒区分=指定なし、魚毒性=A類、ADI(一日摂取許容量)0.14mg/kg体重/日となっています。劇物でも毒物でもなく、魚介類に対しても問題にならないレベルであり、人が一日に体重1kgあたり0.14mgまでであれば摂取しても大丈夫だと言うことです。0.14というADIですが、ジベレリンを直接扱うぶどう農家ですら、これだけ多くの量を誤って口にする事は考えられず、ましてや消費者の皆様にとってはジベレリンの通常の使用では問題が起きない部類である事を物語っています。
 しかし、気になるのは「残留農薬研究所は変異原生(DNAや染色体に損傷を与え突然変異を引き起こす性質)なしとしているが、エジプトの研究ではアルビノマウス(白色のはつかねずみ)にジベレリンを投与すると、乳腺ガン、肺腺がんなどがみられた」という一文がありました。
 この研究論文については残念ながらアブストラクトしか調べられないのですが、どういった条件で実験を行ったかが不明です。アブストラクトには唯一「マウスに22カ月の胃管栄養法(胃に管を入れて投与する)によるジベレリンA3の投与・・・」と記述が見られたのですが、どのぐらいの濃度のジベレリンをどれぐらいの量投与したのかが不明なので、これでは議論の土俵に載せることができません。この種の議論をする時には、物事の性質という側面(定性的考察)だけでは不十分です。どれだけの量をどの様にして実験したところ、どのような結果がどれぐらいの確率で現れたか(定量的検証)というところが肝心なのです。
 例えば、「コーヒーに含まれるカフェ酸に発がん性が有する事が1991年にWHOの下部機関である国際がん研究機関によって発表された」と言う事は事実です。しかし、これが直ちに「コーヒーを飲むとがんになりやすい」ということではありません。考えうる常識的な飲用では問題にならないレベルである事も事実であり、いまでも世界中の人がコーヒーを愛飲しているのです。ですから、「エジプトの研究云々」からジベレリンは危ないと結論付けるのはあまりに早急に過ぎます。
 先ず、「ジベレリンは日本で農薬登録されている農薬である」という事実に注目しましょう。農薬登録をされていると言う事は、農薬取締法に基づいて多くの項目の(発がん性の試験も含む)試験を実施・審査を経て、安全性の検証を経ていることを意味します。
 また、アメリカではEPA(アメリカ合衆国環境保護庁)の審査を経て、ジベレリンは天然物由来で毒性が低いことから、1999年以降、全ての作物への残留基準が撤廃されているところまで緩和されているということです。
 少なくとも日本やアメリカでは公的に通常の使用による安全性については問題なしとしているのに対して、目的も条件も不確かなエジプトの論文の一部分の引用をもってその反証とするにはやや役不足と言わざるをえません。
 話しは変わりますが、私たち農家がジベレリンを使用するときに、その濃度に充分に注意を払います。何故なら、ジベレリンが作用する濃度はぶどうの品種によって条件が異なり、濃度を誤ると種無しに失敗してしまうからです。つまり、意図的にジベレリンの濃度を増やすことで生産者が利益を得ることは有りません。お店に並んでいるぶどうはジベレリンが正しい量で使用されているということです。

◇ 私の結論
 さて、このようにジベレリンは自然界に存在するものであり、半世紀以上も使用されていながら、これによって何らかの弊害が生じたという報告が未だないこと。そして国の機関による調査でも毒性のない部類に入れられ、それが正しい用法で利用されているということ。コップで浸漬させるというジベレリン処理の方法では周囲の環境に何も影響を及ぼさないこと。これらから、種無しを好むという消費者のニーズが多数をしめる限りでは、ジベレリンの使用を否定する理由は無いと考えています。

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