08〜10トピックス&行事報告

山のスライド映写会(2010.11.3追加)New
 
今年、夏から秋にかけて北アルプスや南アルプスを中心におゆぴにすとの山行が行われた。このところの飲み会もややマンネリっぽく山の話題よりも日常生活臭の漂う話題が多くなりつつあった。そこで、非日常を下界で味わいその後の酒の肴にと‘山の映写会と飲み会’を10月22日午後5時から、大分市コンパルホール等にて開催した。

           
                     スライド映写会風景

話題提供者トップバッターは塩月会員の北アルプスと南アルプス・・・他のメンバーとペースが合わず苦労したが、得られた感動は大きかったようだ。次に加藤会長の涸沢〜奥穂・・・大学時代の仲間が涸沢に集った。山行そのものもさることながら、紅葉がひときわ映える時期であり錦秋の涸沢が印象的であった。狭間会員の笠ヶ岳(8月)と白馬岳以北・雪倉〜朝日岳〜蓮華温泉のあと、締めくくりは特別講演と題して吉賀会員の‘回想のジャヌー’・・・既に当サイトでアップ済み・・・でこれを目当ての訪問者が数多い。今回はおよそ3000枚から300枚に絞ったという初公開画像多数をまじえ時間も1時間延長計1時間40分の長丁場の大講演であったが参加者全員が聴き入っていた。

           
                   塩月会員の山行報告

広々とした会場にプレゼンテーションの機器も完備(今回パソコンと液晶プロジェクターは狭間が準備)、参加者こそ9名(加藤夫妻、塩月、吉賀、狭間、ほか会員外4名)と少なかったが、会場費も思った以上に安いし、今後会員のホットな山行報告、思いでの秘蔵写真の公開など、時々機会を見つけて会員外にも呼びかけ、このような催しを続けていきたい。もちろん、一番の目的は飲み会である。この日も午後8時過ぎからコンパルホール近くの居酒屋「うしじま」で盛り上がったこともあわせて報告しておきたい。

仙台支部の鈴木君を囲んで(2010.9.13追加)
   

 関東から東北・北陸を中心に単身赴任など置かた現状のメリットを最大限発揮して登山活動を続ける鈴木会員がこのほど、嫁さんの実家の法要とかで数年ぶりに帰分した。昨秋の加賀白山行のメンバーで大分市府内町の「うしじま」で旧交を温めた。日本百名山は、すでに4分の3は頂を踏んだとか。「今の恵まれた登山環境は、来年いっぱいかも
、大分の皆さんを東北の山に案内できるのも、今のうちですよ、是非東北の山へ」と。

九重山池の小屋遭難碑慰霊祭の直会(2010.8.31追加)

 合同新聞の東西南北の記事に端を発した、池の小屋付近の遭難碑の修復は、7月以来の会員の精力的な活動により一応の作業が完了し、加藤会長の発案による慰霊祭も8月8日、80年前を彷彿させる冷たい風雨をついて、途中場所を池の小屋に移したものの、ほぼ予定通り滞りなく終えることができた。

 この間の経緯は何度かの地元紙掲載など報道もされた。また、この遭難碑の建立のいきさつからして因縁浅からぬものがある加藤会長が‘山のいで湯愛好会の加藤会長’として会と共に世間に認知されたことは、今後、会と会長の社会的責任を自覚せねばならない事態に至ったということでもあるのではないか・・・うん、うん。

 それはともかく、宴は8月28日、都町の「重箱」で行われた。加藤会長の挨拶によれば、以後毎年慰霊祭を催したいとのこと。やや独り歩きの感なきにしもあらずだが、というのも会員の多くは、満身創痍の身や、老老介護の身、心臓の不整脈やら、無関心やら、遠隔地やらで笛吹けど躍る者少数、張り切るは会長ばかりなり、なのだからである。

 さて、今回は修復作業や機材搬出作業などに関わった会員外の下川氏、久保氏(いずれもひこさんクラブの精鋭)、それに狭間会員義弟・釘宮君などの参加で和気あいあいのうちに宴は進んだ。コンニャクも油揚げもインゲン豆の天ぷらもニンニク味噌も里芋の煮っ転がしもすべておいしゅうございました。なおらいといっても近頃は刺身も肉もでる時代だけど、これはこれで良かった。下川・久保両氏の北アルプス・南アルプス連続縦走計画披瀝もなかなかのものでした。山登りに目覚めたのが晩年だけに、今ピーク期にある両人の精神的エネルギーを感じましたね。

 ところで、私見ですが、加齢とともに人それぞれ性格も際立ってきて酒がまたさらに増幅させることにより、頑固さに拍車がかかり始める者も・・・。話題も山の話から生活に密着した現実的なことになる頃から雲行きがやや怪しくなり始める。そんな時が幕引きのタイミングだ。

 なお、今回の一連の修復作業に浄財を募ったところ、県外在住の栗秋、鈴木両会員をはじめおゆぴにすと全員から目標金額を大幅に上回る額が集まり、機材リース料、お供物料のほか残りはすべてなおらいの費用に充てさせていただきました。あらためてお礼申し上げますとともにこの記事をもって決算報告にかえさせていただきます。

  
  
       
常に何かにつけ酒宴に結びつける左党の皆さん
  
久々のおゆぴにすとの集い(2010.6.3追加)
 
5月29日、大分市内のサッテジャワでいつもの7名の参加。編集長のサボタージュで滞っているHPの更新はそのまま、会員同士の連携の停滞に繋がっているとの会長の危機感が今回の集いになった。わずか7名でもそれぞれに期するところありで、飲むほどに盛り上がる中、「ただの飲み会でいいのか!」との思いの強い、かつて鬼軍曹の異名をとった吉賀から緊急動議があった。すなわち、「ネパールに行こう!登れなくてもジャヌーへ」、これに再来年70歳の大台に突入する、九重での事故から生還した加藤会長がおお乗り気。酔った狭間がはずみで喝采!! 他の4人は、自身の老老介護の問題を抱える松田・塩月、退職してなお職場からの束縛多い栗秋、山への思い入れは人一倍だが冠松次郎・小島烏水の世界にこだわる高瀬等々、それぞれの思惑あり。ともあれ、それぞれの置かれた状況の中で、山への想いを確認し合うことができた。それにしても、停滞の原因をつくった編集長の罪は重い。目標が定まれば、自ずとHP更新に結びつくでありましょうぞ。

   

  ジャヌーに向けた緊急動議採択。吉賀はすでに計画書の作成に入ったとか

おゆぴにすとHP開設7周年の宴(2009.4.13追加)

 4月11〜12日にくじゅう倶楽部にて6名の参加で執り行われた。どうやら趣旨は、このところ編集アップの作業を滞りがちな編集長に喝を入れるのが主目的らしいと、日頃の罪滅ぼしもあり食材調達係を、本来慰労されるべき編集長自らが務めた。ところがである。主力メンバーの大半が退職・年金生活に入ってきているこのところ、酒宴の話題はともすれば、‘喝’はともかくとして「退職後をどう生きる?すなわち退職後、登山のある人生の完結のし方」がメインテーマになるはずと思いきや、‘年金’、‘健康’、‘介護=もちろん自身のこれからのこともあるが、白寿に届こうかという親の介護=老老介護’などなどおゆぴにすと精鋭の山小屋での話題も、随分と‘所帯じみた’感ありとなった。アラ還世代でさえここでは駆け出しなのだから、仕方あるまいか。で、山には最近一番縁がなさそうながら、裏山の桜の花園開園に向けストイックに取り組むニワピニスト・吉賀の体脂肪率10%以下の肉体を、露天でまじまじと見せつけられ、体力造り=肉体改造に一念発起という刺激を受けた編集長であった。なお、この酒宴の影の仕掛け人・松田会員から早速本日写真が届き、スピーディなアップとなった。「いつもこうあるといいのに」との会長の呟きが聞こえてきそうだ。最後に松田会員からのメールと写真の一部を紹介する。

「おゆぴにすと各位 11日、12日のHP開設7周年の宴お疲れ様でした。当日の写真を添付致します。加藤さん、宿泊等で大変お世話になりました。狭間さん 買出し、共同装備他手配いただき感謝、感謝です。吉賀さん、修行の成果を聞かしていただきこれまた感謝、感謝。栗秋さん、私的なお願いの品ありがたく頂戴いたします。今週末からGW明けまで薩摩の灰神楽の世界の予定です。ではまた。松田拝
PS 塩月さんへは加藤さん転送お願い致します。」


  

  

            まずは乾杯             都山流尺八・上達具合を披露↑↓
    
      今宵の酒宴の話題は如何に?

             
                        飲みすぎた朝餉


おゆぴにすと慰労会(2008.9.29追加)
 松田会員の呼びかけで急遽慰労会をやることになった。てっきり南ア大縦走の易老じゃなかった慰労と思って南アのデジカメ画像を詰め込んだパソコン持参で出かけた。9月1日、大分市内、本日オープンのおさかな道場が会場。あまりの騒々しさと手際の悪さに閉口し、取りあえず介護に御苦労の多い松田会員の慰労を終えて、場所を二次会に移しスライドショーを披露。還暦組三名の眼が輝いていたことを報告しておきましょう。報告した狭間会員は南ア縦走後、極度の‘燃え尽き症候群’に襲われ、回復に当分時間がかかりそう。一方の南ア参加者・高瀬会員の動静はここのところ不明、東北の鈴木会員はその後も着実に単独行を楽しんでいる様子。


おゆぴにすとの集いinくじゅう倶楽部(2008.9.29追加)New!
6月7日くじゅう倶楽部にて久しぶりに飲み会を開く。名目はそもそもは狭間会員の退職慰労会ということではあったようだけど、実質的な発起人の松田会員が長引く母君の看病・介護のため出席できず、結局段取りの大半は慰労される当事者の狭間会員がやることになった(いつもながら御苦労!)。
 宴は吉賀会員の尺八披露に始まった。尺八といえば都山流、都山流といえば登高会往年の‘カリスマ’N氏が想起される。話題は当然昭和40年代後半にタイムスリップ。次第にエスカレートし、登高会会員のなれの果ての近況と登山感の開陳に至り、ついには侃々諤々、いや酩酊度も高まり喧々囂々というべきか、若干名の議論がとどまるところを知らず。議論に圧倒された還暦組は早々に別室にあるいはタヌキ寝入りを決め込む者も・・・。結論としては表現方法の違いこそあれ、山への情熱は皆持ち続けているということにしておこう。参加者:内田、吉賀、高瀬、加藤、栗秋、塩月、狭間ほか

写真説明: 首振り十年と言われるほど極めるのに歳月を要する尺八・・・N氏に入門して早○年、どうにか人前で披露できるようになった吉賀会員の‘首振り’。

’08おゆぴにすと新年会、盛大に開催さる
(2008.1.9追加)
1月5日、大分市府内五番街の百科亭にて、17名が参加して表記新年会が盛大に挙行された。この日は会長と幹事の様々な趣向と呼びかけに、小竹さんや栗秋会員など遠来の客人をはじめ旧大分登高会ゆかりの面々が、久々に旧交を温める絶好の機会となり、大いに盛り上がった。詳しくは→クリック!(おゆぴにすと新年会詳報)

                   トップページへ