「義侠」山忠本家酒造・山田明洋社長 近い将来、ほんの数年内に日本の米でを使っての酒造りがなくなるかもしれない。10年もするとみんな外国産米になるのではないかと思っている。 そうなると酒の価格は下がるので消費者にはいいことなのだろうが、ほんとにそれでいいのか、日本の米で造る日本酒がまったく無くなってしまうことが、消費者にとってほんとにいいことなのかと考えている。少しでも残さないといけないのではないかと考えてあちこち訴えてまわっている。基本的には農家のやる気のある人を育て、最高の米を一部でも残したいと考えている。全部残す必要は無くて、私は10年前から外国産米を使うべきだと言ってきているが、ゼロになってしまうのはやはりまずいと思っている。全部ダメになってしまう前に出来るだけのことをしたいという考えだ。 前の法律改正で、米を輸入するのは自由になって、かなり入り始めている。海外での生産も増えている。一方農業の方はだんだんダメになっている。では米の状況はというと、酒造りに使う米は米全体の5パーセントぐらい。酒造りに使う米を酒造好適米というが、最高のものは山田錦といい、食べるとまずい。酒造りに使って最高のものだが酒造りにしか使えない。 酒造好適米は東北の美山錦、北陸の五百万石、兵庫の山田錦、岡山の雄町、広島の八反などがあるが、米全体の1.5パーセントぐらいで、農業生産全体から見るとどうでもいいレベルでしかない。酒造中央会で農水省に、酒造好適米を減反政策からはずしてくれといったところ、ササニシキなんかがいっぱい余ってるんだからそれを使って造れという。要するに酒米に知識もなければ関心も無いというのが行政の現実。 では国の農業政策はどう来たかというと、農林水産では国の言うことをきいてたら潰れるというのが定説。たいていそうだ。10年前に牛肉自由化をやった。大型補助をやったが10年たったら借金して大型化した畜産農家はみんな破産してる。政府のいうとうりにしたら失敗するというのがこれまでの歴史。それでは農協はなにをやってるかというと、破産した農家を土地から追い出している。貸し付けおいて失敗することがわかっている畜産業に投資させておいて、破産したら家屋敷取って出て行けと。そり繰り返しだけだ。 10年前、兵庫の経済連の人たちに10年後の山田錦はどうなっているかと尋ねたら、これから考えますと言っていた。今年、山田錦は大幅に余るだろうと思っている。今年になってはじめて兵庫から農協が訪ねてきた。もう一度、これから10年先の山田錦はどうなるかときくと、これから考えますという。10年前と何も変わってない。 山田錦が余るというのは危機だ。それはなぜかというと農家が高齢化して後継者が無く米作から離れようとしていることだ。米は余りはじめており、価格低下が現実のものになってきている。値下がりのために米作農家の収入は減少し、一方経費はかかるから、平均的な8反ぐらいの農家の収入が59万円という計算になるが、1年かけて59万、そんな採算に合わないことはやめてしまえということになる。 300万軒の農家があるが、後継者がいない。1年に10万人の就農者がいないといけないが、この5年間の平均は1700人だ。そのうち米作専業はわずか200人。これは危機というほかない。子供がいても農業は継がせたくない継ぎたくないというのが現実。やがて作り手がいなくなる。このままならほっといても米作は消える。 政府は、ひところ絶対米は輸入しないと言っていたのに、ウルグァイラウンドで最低輸入量が決められてしまった。すみませんということになった。しかしそのときもこんどは絶対に輸入自由化はしないと言っていたのが、こんどは関税化で輸入できるようになった。高い関税だから誰も買わないだろうという考えだ。農家にはそう説明している。誰も買いませんよと。1キロあたり340円、1俵2万400円の関税がかかるからだ。 アメリカだと米1俵が4000円で買えるが、日本に持ち込むと関税とも2万4400円になる。たしかにこれじゃあ買う人はいない。しかし酒米だと話が違う。酒米だと50パーセント精米で持ち込むと、4000円で買って持ち込むのは半分の30キロだから1万200円の関税で、つまり1俵が1万4200円で入って来ることになる。これなら安い。 今でも全量を輸入することができる。だいたい私たちはいまの農業政策・経済連・全農に対しては憤りをおぼえる。今年の春、酒造組合中央会の大倉会長がついにこんな馬鹿げた政策につきあっていられない。全農と話もしたくないと、輸入米を使うということを公然と認めた。ただ中央会としては、政府から補助金をもらっている以上積極的に輸入してケンカを売るわけにはいかないので、しばらくは70パーセント精米ぐらいで「飯米」として輸入してくださいといっている。これだっていまよりは安いわけだ。 大手が輸入米に踏み切ったのは、白雪のフロムオーストラリアという酒が売れているからだ。オーストラリアと明記した酒が売れると言うことは、これはいけると大手は考えている。つまりこれから消費者にとっては同じレベルの酒が安く飲める時代が来る。それ自体はいいことだし賛成だ。世界に売るため、ワインに勝つためにはにはあちこちでできるだけ安く造る必要がある。しかしそのことと、日本でだれも作らなくなっていいのかということとは別問題だ。 オーストラリアが狙い目と、岩手のメーカー10社が工場を造る。大手がオーストラリアを喜ぶのは日本と季節が反対だからだ。日本で古米の時期にオーストラリアから新米が届くことになる。世界中の米を順番に使って世界中の味が造れる可能性があるからだ。 では農協は、この事態にどうしているかというと、まったく戦略がない。すでに農協は農業そのものには見切りをつけ、農家は切り捨ててスリム組織になって巨大金融機関として生き延びようというのが農協の将来図であり、米作農家と心中するつもりはない。農協は実際にはでたらめなことばかりやっている。じゃあ農協はだめ、農業もだめで農家は高齢化して潰れていくだけかというと、頑張っている人、頑張っている農協もある。 うちは山田錦90パーセントで五百万石を10パーセント使っているが、富山の小さな農協が頑張っていて、その姿勢が好きだからおつき合いとして五百万石を買っている。ここの農協のやり方なら五百万石が1万3000円でもやっていける。だけどどこも真似しない。経済連やら全農が見に行ってるのに10年立ってもだれも真似しない。 日本の農業は神話で支えられている。日本の農産物は他国よりもなんとなく安全だと、いい加減なものだ。日本の農業の農薬使用量は世界平均の4倍に達する。じやあ農薬やめて生き残れるかというと無理だ。世界基準で日本の農業見ると、有機栽培というのは否定される。だって狭い田畑で隣は農薬使い化学肥料漬けなのだから。 うまい日本酒は世界に売れる。実は日本酒以外の酒はどんどんマズくなっている。国内外のウィスキーとかを、30年前の同じ銘柄のものと比較してみたらわかる。確実にマズくなっている。ワインもこのところ価格とのバランスが崩れている。しかし日本酒はこの30年で実にうまくなった。純米酒吟醸酒を見ればわかる。昔のものに比較してまちがいなくうまくなっている。30パーセント精米が始まったのはやっと13年まえだ。 日本酒はうまいぞと、世界中がこのことに気がつきはじめている。これは実はキッコーマンのおかげだ。キッコーマンが出ていくとそのあと10年ぐらいして日本酒が入っていける。昔ヨーロッパできき酒会をしても、5年前だと頼んでも誰も来なかったのに、今は頼まないのにソムリエたちが100人単位で押し掛けてくる時代だ。だからいい酒を造れば必ず売れる。ところがその足もとがあやしくなって来ている。脚光を浴びるその時に、日本の米が危機にある。 日本酒の醸造技術というのは大手のレベルは世界的にすごいものだが、それが残念なことにすべてコストダウン省力化に向いている。酒造り自体には新しいものはなくて、どうも昔の通りに造るのががいいらしい。うちでもいろいろ新しい設備などを入れてみたけど、結局やめて捨ててしまい、古いものに戻しているのが現状だ。 日本酒くらいまじめに造っているところはない。ビールなんか米とかスターチとか使ってなんでビールなんだ。ワインの安いやつは加糖したり、ひどいのはブドウジュースを発酵させたり、酸化防止剤なんかが入ってる。それから較べれば日本酒メーカーはまじめなものだ。 日本の酒造業界では、ピーク時に3400軒の蔵があって970万石を造っていた。いまは1550軒ほどで610万石を造っている。この1550軒のうち、800軒ほどはいつつぶれてもおかしくない状況だ。というのはいまどき自分では銀行からカネを借りられず、中央会が保証するしかないがもう中央会も保証なんかできないからだ。だから、この800軒ほどが無くなるとして、日本酒は残り750軒での勝負というわけだ。 そういう蔵が廃業していくと、1200軒の蔵が鑑評会用にと1本分だけ買い込んでいた兵庫の山田錦が要らなくなる。いろんな要因で山田錦が余りはじめるのはまちがいない。34万石の生産に対して余りそうだときいたとたんに予約が28万石になった。今年度産米は6万俵が余るだろうと見ている。山田だけでなく雄町も五百万石も余る。余れば価格が下がる。価格が下がるのは酒造メーカーとしては大歓迎で、ずっと価格を釣り上げてきた全農に対しざまあみろという気持ちはあるが、しかしそのために造る農家が無くなったらもっと困る。一方農家の方はその経過を知らない。知らされてもいない。一円でも上がればいいとしか思ってない。 一番恐いのは、誰もどうやったらいい酒米の山田錦が作れるか、知らないということだ。私は田んぼに入るが、全国の蔵元でたんぼに入って田植えをし、農家とどう作るかと話するのは全国に10人いるだろうか。有機栽培で山田を造ったらどうなるか、だれも知らない。メーカーが原料のことを知らないのは恥ずべき事だ。それは農家も同じことで、農家も農協も普及所も知らない。研究していない。植えるにしても機械がそうなっているからとしか言わない。 どういう米を使ってどう造ってどう管理したらどんな酒ができるか、そんなことを知っている蔵元はひとりもいない。これはワインにくらべて恥ずべき事ではないか。うちの場合、うちの米でうちの作り方をして40パーセント精米で火入れをして5度で貯蔵して、どうなるか、30パーセントだとどうなるかを何年もかけて調べている。それぞれに味の変化があるのでそれをブレンドするとまたいい酒ができる。そんなことをやってるところは聴いたことがない。長期貯蔵した吟醸酒をブレンドして出している所なんか日本中無いかも知れない。 私は山田錦だけ残せといっているわけではない。雄町でも八反でもなんでも、とにかくレベルの高い米を何種類か残さないとまずいんじゃないかと思っている。で、こういうふうにあちこちまわって、山田錦を守る会にひとりでも参加してもらおうと思っている。価値があるのかどうか、単なるドンキホーテなのかもしれない。しかも皆さんに参加してもらっても何も得することはなくて、こういう運動に参加しているという精神的なものだけ。なんのメリットもなくて、あるいは10年先に山田錦が残ったときに、オレ達が守ったんだと自己満足にひたれるかもしれないというだけ。会費5000円集めるのは、そうしたらその話を10人にしてくれるのではないかと、酒飲みながらの話題にしてくれるのではないかと。ただ集めるのが目的だったら私がここに来る経費を充てた方が早いわけで、相乗効果を期待しているわけです。 私のスタートがちょっと遅れたのは、山田錦はなんといっても灘の大手が支えてきた米で、後発の我々が勝手なことをいうのはどうかと思って遠慮しておりましたが、大手はいよいよ外国産米と腹をくくったようなので、黙っていられないとただひとりやっているわけです。 いろいろいってもいい酒が造れるのは山田錦だ。それも兵庫の山田錦の特A地区のものだ。なぜ兵庫県の山田錦かというと、兵庫県のために造られた米だからだ。兵庫では試験場がもともとの種を持っているので何年かに一度投入するので品種が維持できる。ほかの地区では毎年続けて兵庫のもの以上のものは作れない。これは農産物の宿命で適地適栽培というしかない。 (講演終り) (おことわり・・・この講演内容は逐語全文ではなく、論旨を損なわない範囲で私の責任においてまとめた要約です。要約の関係上厳密な講演の発言の順序ではないところがあります。また表現の微妙なニュアンスの違い等があるかもしれませんが、それは山田明洋社長にはなんの責任もありません。) |