「義侠」山忠本家酒造・山田明洋社長 現在の酒造業界の危機は予定通り来ている。愛知県では有名な歴史のある蔵が3軒も廃業した。危機は恐ろしいほどの勢いで進んでいる。 去年ちらっと話したと思うが、今年オーストラリアに40社が共同で工場を造って国内からから出ていったが、この9月にオーストラリアから新しい酒が入ってきている。これは消費者の皆さんには悪いことではなくて、少なくともより安く酒が飲めるわけだ。オーストラリアだとコシヒカリが1キロ60円ぐらい。日本の価格だと魚沼産のコシヒカリは60キロ2万5000円ぐらい。それがオーストラリアだと一番高いコシヒカリが60キロ3600円ぐらいになる。そのオーストラリアが価格競争力がないと恐れている。これまで国際市場に出ていなかったベトナムや中国がさらに半値ぐらいだからだ。 きょうの話は酒米のことで、私の場合は山田錦をメインに使っているが、その山田錦が去年60キロ2万9000円だった。一昨年まで山田錦が一番高かったが、去年とうとう雄町3万円に抜かれた。一番安い五百万石が1万9000円ぐらい。オーストラリアに行ったときに酒米作ってみたかと聞いたが、作った事があるとはいったものの、どうも詳しいことは答えてくれない。よく考えてみると、どうもだれかがオファーを出したらしい。こっそりとか向こうで使うのかはわからないが、ほとんど使いかけていると推測している。 もう酒造好適米を海外でむこうで作って、海外で使うか持ち込んで使うかは別として、もうそういう時代が来ている。消費者にとってはいいことで、安く酒が飲める。ただ私が心配しているのは、日本の米で造った酒が無くなっていいのかということ。外国産の米をつかうこと自体は大賛成で、より安くよりうまい酒を造って海外の他のアルコール飲料に勝たなければならないからだ。チリ産のワインが300円ぐらいで入る時代に競争に勝つためには安くてうまい清酒を造らないといけない。それとは別に、日本の米で造る酒がなくなっていいというのとは別な問題だ。だから私はどんな米でもすいいから残そうとよびかけている。私は山田錦が好きだと言うだけで、ある人は雄町でも、八反でもいい、とにかく残そうと去年から呼びかけて今回が全国50カ所目ぐらいになった。 米の価格差の問題だが、日本の米作農家は実はこの価格でも儲かっていない。去年も話したが日本の普通の米作農家は平均8反ぐらいで、だいたい反あたり8俵から10俵ぐらいを生産している。ふつうの飯米だと1万5000円くらいだから、多くて80俵とすると1年間で120万円ぐらいが手に入る。1年かかって120万円だ。これに直接経費で50万から60万ぐらいかかるので、手取りは60万ぐらい、しかし手で植える人はいないので田植機とかの機械が4種類はあるから、400万から700万位の投資で、1年に70万ぐらいづつ償却しないといけない。儲けはない。ただ働き以上にひどい。米の価格が多少上がっても下がっても、ほとんど関係なく儲からない。だから、農業のやり手が全然いない。いま米中心の農家の平均年齢が64歳ぐらい。跡継ぎはほとんどいない。だからほっといても農家は無くなる。 オーストラリアの場合田んぼ1枚の平均が100町歩。1件の農家が500町歩ぐらい持っている。種まきも飛行機からまくし、収穫も大きな部屋ぐらいあるコンバインでやってしまう。だから費用は桁違いだ。オーストラリアが農業なら日本は園芸というくらいの規模の違いがある。オーストラリアの場合、500町歩をこちらは大豆、こちらは牛を飼って、ここは米を作ってと順番にやる。だから牛の糞とか大豆とか、要するに肥料がまったく要らない。日本みたいに化学肥料使わない。虫もわかないから農薬使わないで済む。とにかくすべてのケタがスケールが違う。 つまり日本の消費者は、国際的に見ると異常に高い米を食べさせられているわけだ。しかもその日本の米は安全かというと、世界水準の数倍の農薬づけで、除草剤使ってる。オーストラリアでは農薬を使っていない。しかも遺伝子組み替えはやらないといっている。一方日本ではすでにハイブリッド米が作られている。 もっといかんのは、生産者が嘘ばっかりいっていること。今年の4月1日からスーパーマーケットの店頭から「黒豚」という表示が一斉に無くなった。ついこの前までハムとか肉なんか「黒豚」という表示のものばかりだったのが、生産者責任が出たとたん全部姿を消した。つまりあの黒豚はみんな嘘だったということだ。農協を中心として生産者がみんな嘘をついていた。カドミウム問題で話をしたときに聞いたが、自分たちは危険だと食べない米を農協には出荷していると言うケースだってある。これは激怒するような話だ。 もちろん、酒業界にもいいかげんなのがいる。余談だがこのところ税務署の調査が厳しいのでなぜかと聞いたら、吟醸酒を作っていないのに吟醸を売っている蔵、純米を作っていないのに純米を売る蔵があるという。そんな無茶苦茶な話が横行しているらしい。 とにかく生産者が無茶苦茶なら農協も無茶苦茶だ。雄町が3万円という話をしたが、実のこの前あるところから岡山産雄町を2万円で買わないかという話があった。これは1年間冷蔵庫にため込んでいた分だ。これは兵庫の山田錦でも同じだが、価格維持するために売り切れているといって、残った分を黙って冷蔵庫に入れておくわけだ。 兵庫の山田錦は20年間上がり続けた。酒造好適米は酒米の場合各県でまとめて酒造組合中央会が全農に依頼する。全農は各県の農協に割り振る形で農家が作る。そして農家が作った分を注文分全量買い取る。だから酒造米は全量買い取りだ。ふつう全量まとめ買いなら安くなるはず。それが酒造好適米は不思議なことに一貫して高い。ある資料を入手したが、実はこの20年間1度も契約しただけの作付けをしていないことがわかった。注文予約を取っておいて、100パーセント作付けしたことがない。一番ひどいのは60パーセントしかしていない。それでは値上がりするのは当たり前のことだ。よくまあここまで馬鹿にされ続けたたものだ。 山田錦は注文が多くて間に合わないとか嘘ばっかり。酒造組合中央会としては、まったく全農のいうことは信用してない。勝手にやれと言う感じになっている。酒造組合中央会に外国産米について聞いてみた。いま加工用米と言う名前で10万トンぐらい普通の米を多少安く買っているが、補助金がついて安く買えるので、あんまり露骨に批判すると悪いと思ってだ。そうすると、外国産米を使ってもいいと、そのかわりあまり刺激しないように使ってくれと。精米歩合をあまり上げないで持ち込んで欲しいといっているが、使うことに関しては何も問題ない。 農協も生き残ろうと次々に合併をやっているが、大型化して金融機関として生き残ろうと必死だ。そうすると、うちが全量買っている加東郡東条町の山田錦。ここは昔は東条町農協で、5.6年前加東郡農協になって、今年4月からJAみのり農協になった。これは15町村くらいがいっしょにやっているが、そうすると昔の東条町農協のときは職員全員が東条町の人で、田植えと稲刈りツアーをイベントとしてやっていたが、町のためにと一生懸命やってくれた。それが加東郡農協になったとたん、止めてくれと言うことになった。JA加東郡は加東郡内の米を平等に売らなければならない。東条町だけがいいと言われるのは困る。こういう理屈だ。 東条町農協のときは集荷を夜11時まで、また土日も受け付けていたのが、JAみのりになると土日に米を持ってくるな。6時以降は受け付けないということになった。兼業農家にとっては大問題でもめているが、組織が大きくなると公務員体質というか、どんどん農業の現場と離れて行っている現実だ。 実は、11社の仲間でフロンティア東条21という会を立ち上げて、来年の春から東条が最高の酒米地帯だとキャンペーンすることになっているが、その仲間のメーカーでも加東郡農協時代は1俵も加東郡の山田錦を分けて貰えないことがあった。それが余りはじめるとなると、よそから買うらしいという話を聞いたとたん突然全農の方から買ってくださいということになった。 では、蔵の方はどうなっているか。生産量が通年でピーク970万石のところ、ついに600万石を割り込んだ。稼働率で言うとピークの6割ぐらいの消費量しかないということで、二極分化が極端になって来ている。私がこの業界に入ったときには3400軒あったのが、いまは実際の造りは1550軒。問題は600万石と言う数字がどこまで落ちるかだが、まだしばらくは落ちるだろう。そしてそのあとにチャンスがあるのではないか。 運がよくて500軒ぐらい残るのではないかと思うが、いまはこの1500という数ではぜんぜん真面目な話ができない、。あるていど整理されてやる気のある蔵が残ればまともな話ができる。実は伝統産業で整理されていないのは日本酒業界だけで、味噌醤油業界を見てもキッコーマンのような大手と特色のある手造りメーカと棲み分けができている。だから灘の大手と、あとは飲みたい残って欲しい特色のあるメーカーとが残ればよいのではないか。 海外を見ると、アメリカでも日本酒が毎年1割増えている。パリでも日本酒のバーができている。ニューヨークで寿司屋でビール飲んでいるのは日本人だ。アメリカ人は日本酒を飲んでいる。アメリカ人は日本の料理をヘルシーで美的感覚にあふれていると見ている。日本料理は日本酒だと思っている。そしてうまい吟醸酒にであってえっとなるわけだ。一方ワインの消費量は大きいから、その少しの割合を食っても日本酒は飛躍的に伸びる。 だからワインに負けてはならない。安くてうまい日本酒を造って勝たなくてはならない。 余談だが、世界のアルコール飲料の中で蒸留酒よりは醸造酒の方が体にいいことは確かだ。きょうは焼酎メーカーの方が来ているが、すみません。(爆笑)アメリカでもそうだが蒸留酒でアル中になった人の肌はがさがさだが、日本酒でアル中になった人の肌はつるつるだ。(大爆笑) ここでなぜ蔵の数のことが問題かというと、仮に500軒になったとして、使う米は10万20万俵の単位で激減することになる。需要は激減するから当然価格は低下する。どんどん下がってもうやめたとなりかねない。もうひとつの問題はWTOの問題だ。いまの米の関税なんてバカバカしく高くて、こんなことがいつまでも続けられるわけがない。 酒造メーカーは黙って待っている。どこか中国で山田錦の適地に近い環境で100町歩とかで造ればキロ20円ぐらいで造れるのではないか。そうすると今でも1万円台で山田錦を入れることができる。酒造メーカーは関税率が決まるのを待っている。商社の人間は5年以内にそうなると見ていて、日本の水田の半分は耕作放棄されて荒廃するだろうと見ている。日本の清酒は国酒とか言っているが、原料はだれも造らないとなったら、そういえるのだろうか。それがいよいよ現実になりつつある。 なぜフロンティア21という会を作ったかというと、うちで使う山田錦は東条町の全生産量のたかだか数パーセントだが、仲間と合わせれば3割近い量になり発言力が増す。我々がひとつの手本にしているのは富山県の小さな農協だが、これのような形を実現したい。それが結果的には東条町の山田錦を救う。 私の夢だけど、ワインだとボルドーとかブルゴーニュとか見学に行く。それと同じように東条町の山田錦見学ツアーができないか。もちろん東条だけをとか山田錦だけをとか言っているわけではない。山田錦という米は奥行きのある酒が造りやすく長期保存ができる。八反はきれいな酒、雄町はダイナミックな酒、メーカーそれぞれが得意なやり方で好きな米を使えばいい。山田錦でなければダメだとは思わない。うちはいろんな米を使った結果として山田錦が好きだ使いたいと言っているだけ。 いままでは山田錦の神話みたいなものがあった。山田錦と書くと売れると思っていた人が、山田錦が余りはじめるとなると一斉に手を引くかも知れない。これまで山田錦を多く使って支えてきたのは灘の大手だが、これからも使い続けるかどうか。 では、山田錦を海外で造ったとして使えるかどうか。仮に中国で山田錦を造って3000円だとする。これを50パーセント精米したとして、2万9000円の山田錦の70パーセント精米とを比較すると、これだけ精米度の差があると勝負にならない。5000円以上のものはともかく、安い価格のものは全滅することになる。10年ぐらいすると、みんな外国産米で造ることになるかもしれない。それは一面では楽しみなところはあるが、日本から無くなっていいのかということとは別問題。しかしそれを決めるのはみなさん消費者だ。 いつか世界で、清酒が何万円もするポジションをとって、たとえばこれはオーストラリアの山田錦で造った酒ですとか、米が酒とともに世界に出ていって一人歩きして、みんな講釈たれながら飲んで、その結果やっぱり最高級品は東条の山田錦が一番だとなったら、そのときやったと思うだろうと。 で、なんで私がこんなことやっているのかというと、うちがこんなことやる必要はないわけで、大手がもっと山田錦を使っているのだけど、だれも何も言わないから。少なくともメーカーとして何かを言う責任があると思う。うちが幸いにも生き延びたとして、息子があとを継いだときに、なんだ親父達は日本の米で造る酒を無くしてしまったのかと言われたくない。ずっと先になって、昔日本には最高の酒米があったらしいとか、言われたくない。やっぱり日本に最高の酒米があると言われたいと思っている。 (講演終り) (おことわり・・・この講演内容は逐語全文ではなく、論旨を損なわない範囲で私の責任においてまとめた要約です。要約の関係上厳密な講演の発言の順序ではないところがあります。また表現の微妙なニュアンスの違い等があるかもしれませんが、それは山田明洋社長にはなんの責任もありません。) |