駒鳥は秘密を耳にする

 自分の気がすめば、すぐにでもルッチ達を呼ぶ。確かそのようなことを言ったと、は他の場所へと消えたみんなを探しに出た。すぐに別の階にて彼らを見つけ、再びアイスバーグの部屋へと以外の全員戻っていった。
 やはり滑稽だと、は一人室内に入らずに自嘲する。
 誰も彼もアイスバーグの目覚めを待つように言葉をなくし、その色の悪い痛ましい顔を覗き込む。そして時折、まるで確信がほしいかのように会話をする。彼は必ず目覚めるのだと、確かに自分たちを見て微笑むのだと。
 そのうちの三名は、襲撃犯の一味でもあると言うのに。
 必ずしも演技と断定することはないし、本当に心配しているのかもしれない。けれど、アイスバーグを銃弾の海に沈めた一味だというのは、紛れもない事実。
 知っているのに言わないも同罪だと思っているが、やはり笑いがこみ上げてくる。
「アイスバーグさんは!」
「パウリー、遅いからこねぇかと思ったぞ」
「まったくじゃ。こんな時ばかりは早く来るもんじゃろ」
 この場の空気を和ませたいのか、それともただ二人ともマイペースなのか。たまたま音に反応して廊下に顔を出したルルとカクの言葉に、パウリーは食って掛かることもせず、今度はへと視線を向ける。
「部屋の中よ」
 それを聞くと同時に、パウリーは扉の前で背筋を伸ばして部屋に飛び込んでいた。
「アイスバーグさん!」
『まだ気が付いてない。静かにしろ、パウリー!』
 カリファが涙声で注意をする前に、少々きつめの声音でルッチが今にも飛びつきそうなパウリーを制する。扉は開かれたままで、廊下に立っているからも良く見えた。
 信じられないと目を見開き、瞼を震わすパウリー。理不尽な現状に震える無骨な拳は、この後濡れ衣を着せられたルフィたちを捕らえようと奮闘するのだろう。
 実直なパウリーを騙す心苦しさに、生理的な嫌悪が湧いてくる。単純だからこそ扱いやすいとでもルッチは言いだしそうだが、それを聞いてしまえばなぜ知っていると問い詰められてしまうだろう。厄介なものだとはそのまま部屋を後にした。
 説明をせがむパウリーの声、落ち着けようと次々に口を開く聞き慣れた人々の声、外の騒がしい叫び声。
 ふと、その騒音の中に別のものが混じった。一番ドッグの方から聞こえてくる音楽に、もう始まってしまったのかと窓の外を見た。
?」
「ちょっと外に出てくるって、ルッチには言ってて」
 顔なじみの船大工が血気盛んな怒り顔を歪ませるが、それに構う余裕もなく社屋を飛び出していく。フランキーの音楽が響いているということは、人々の罵声がここまで届いてしまっているということは。あの音は。
 麦藁帽子を被った男の子の笑顔が思い浮かぶ。睨みをきかせたフランキーの表情が浮かび上がる。
 息が切れる。真面目に全力疾走など何年もしていなかった体が、ぎしぎしと間接から悲鳴を上げ続けている。すぐに腹部が痛みを訴えてくる。薄い靴底で足の裏が痛い。破壊音が耳の奥に突き刺さってくる。人々の悲鳴が胸を掻き毟る。もっと早くもっと早くもっと早く!
 たどり着いた先の一番ドッグは、すでに破壊が始まっていた。ルフィとフランキーがぶつかれば当たり前だろう。
「なんて馬鹿なことを」
 茶番だ。本当に何も知らないこの二人は踊らされているだけだ。なんて茶番だろう。
 フランキーがルフィと戦う理由は、部下とフランキーハウスだ。けれどアイスバーグさんの話を聞いていないわけない。だからそのイライラも含まれているんじゃないかと思った。茶番だ、馬鹿馬鹿しいほどルッチたちの思ったとおりの展開じゃないか。
 砂煙は盛んに立ち上り、子供が部屋の真ん中で大暴れしたみたいにドッグはしっちゃかめっちゃかだった。誰だ、これ片付けるの。船大工か、この忙しいときに!
 もう何を考えればいいか分からない。息が苦しい、腹部が痛い、頭が痛い、胸が痛い。きっとこれは酸欠だ。
「フランキー! あんたなに暴れてんの!!」
 素人が暴れてるなら突っ込めるが、名の通った二人の間に割り込むほど無謀な人間じゃない。
 とりあえずそこら辺の瓦礫を投げて、双子姉妹に止められるのも構わず全力でフランキーを狙った。素人が投げた瓦礫くらい簡単に避けられるフランキーだが、なんの優しさか気まぐれか、わざわざ掴んでこっちを向いてくれた。
「おうおう、鳩男の女じゃねぇの。邪魔してくれるなよ」
だっつってんでしょ! いい加減人の名前覚えなさいよ! むしろルフィと暴れるの止めろバカ!」
「いきなり来てなに言い出すかと思いきや、本当に邪魔しに来たのかよ」
「あたりまえだぁー!」
 喉も避けよと叫び声を上げると、さすがに目眩がした。双子に支えられてお礼を言うと、荒い息をついているルフィが不思議そうにこっちを見ていた。
「お前誰だぁ? 邪魔すんな!」
 本当にこれは、あれか主人公かと問い掛けたい所存ではありましたが、ミーハー心を出して抱きつくよりもまずルフィたちを逃がさなければと思う。彼らは逃げなきゃいけないことは何一つしていないが、ルッチたちが用意周到に濡れ衣を引っ被せてくれている。逃げなきゃ住人にぼこぼこだ。
 そろそろアイスバーグさんは目が覚めたところかな、ロビンちゃんのことを言ったぐらいかな。
 それともまだ先だろうか、もう皆が乱入してくるところだろうか。
 息を整えて体勢を立て直すと、こちらを窺ってくる住人一同含めナミさんに目を向ける。そしてもう一度ルフィを見つめ、湧き上がる怒りを押し込める。もう何に対する怒りなのかは分からない。とにかく腹立たしい。
「邪魔するよ! ルフィたち麦わら海賊団に濡れ衣が掛けられるのよ! さっさと逃げて!」
「はぁ? お前なに言ってんだ? バカか」
「バカでも何でもいいから、やってないこと引っ被される前にいけっつってんの!」
 埒が明かない!
 地団駄踏んで舌打ちをすると、またフランキーがルフィに攻撃を仕掛ける。ルフィは避けながらも反撃を開始し、また一番ドッグは崩壊の一途を辿りだした。
 なんでこいつら人の話を聞かないんだよ! 罵りたい気持ちを抑えきれずに吐き出すと、ルフィを応援していたナミさんがこっちを向いていた。
 出来るだけ冷静に声を出そうと腹に力を込める。ないすばでーに育ったナミさんの肉体は魅惑の凶器だと思う。
 あほなことを考えていると、真面目な表情のナミさんが「あんたどういうこと。さっきの話」と眉根を寄せてきた。
 とにかく、少しでも回避できるものはして欲しくて、私は一生懸命冷静になろうと努力する。吐き出した息が熱い、熱でも出だしたのかただの興奮状態なのか。判別が付かないまま口を開く。
「アイスバーグさん暗殺に関して、ロビンちゃんを見たとアイスバーグさんが証言したの。だから、麦わら一味が船を直せなかった腹いせに暗殺を企てたとか言われてる。出来るだけ早くこの島からロビンちゃんを連れ出して。あの人、貴方達の命と引き換えに死ぬつもりだから」
「は?」
 途中からネタ晴らしをしすぎたかと唇を噛むが、構っていられない。原作の流れなど知ったことか。
 周りの歓声が騒々しいのをいいことに、舌の動きが勝手に止まるまでとにかく喋ってしまおうと喋り続ける。きっと自分はあの職長達が着たら、もう喋ることが出来なくなるから。
 ナミさんの目は怪訝そうだったが、勢いに押されたのか黙ってくれている。
「ロビンちゃんにアイスバーグさんを撃たせたのは、サイファーポールNO,9。通称CP9という政府直属の暗躍部隊よ。任務に非協力的な一般人を殺す許可を得ているの。ロビンちゃんは元々プルトンに関しての知識を政府から狙われているから、CP9の上司であるスパンダムがロビンちゃん拘束を命じてる。そしてロビンちゃんは貴方達をバスターコールで失うか、自分だけ死ぬかの選択肢で自分の死を選んだ。バスターコールの恐怖を知っているのはロビンちゃんのトラウマよ。だから、」
 不意に視界の端でルフィとフランキーがほぼ同時に吹っ飛ぶ。来てしまったと唇を強く噛み、動かなくなった舌を無視しているはずのメンバーを見た。やはり来てしまったと絶望がわらいだす。
「職長?」
 ナミさんが助かったとばかりに笑みを見せる。凍り付いていた舌が一気に解凍される。ナミさんたちは、職長であるルッチとカクを信じてはいけない。
 何も考えなかった。考えずに舌が動いていた。
「シルクハットのルッチと鼻の長いカクはさっき言ったCP9よ。貴方達に濡れ衣を着せようと、貴方達を捕まえに来ただけ。助けじゃないわ。むしろ状況は悪化したの」
 目を見開いて驚いたような頭の中身を心配するような、そんな複雑な表情を浮かべたナミさんに自嘲の笑みを向ける。これはルッチに対する裏切りではないかと理性の一部が金切り声を上げ、自分の脳天をぶん殴った。けれど口から出た言葉は消えず、自分の言葉どおり目の前では攻撃が始まってしまう。
 ナミさんの悲鳴が耳を引き千切る。
 けれどナミさんに言うという裏切り行為は出来たというのに、この大観衆でルッチとカクが犯人だとは言えない。言ってもただの一般人である自分より、人々に親しまれている職長二人のほうが信用があるのは当たり前で、アイスバーグさん暗殺未遂と言う事件で気が動転しているとしか思われないだろう。
 それに、ルッチに捨てられるかもしれない。
 ようやく思い当たったことに背筋が凍る。
 今、自分はナミさんに何を言った? 何を伝えた? どう説明した?
 けれど興奮状態の体は寒気を吹き飛ばすほど上気する。止めなければ、止めなければと高揚していく。
「ルッチ」
 呼んでも彼は振り返らない。
「カク、ルル、タイルストン」
 誰も振り返らない。聞こえていない。
「パウリー」
 視線の一つも向けられない。目の前にあるのは麦わらのルフィだけ。いや、ルッチとカクだけは聞こえているかもしれない。ただ、心配をしていると見える私を放っているだけかもしれない。
 違う、心配しているのはルフィの安否だ。助かると分かっているが、それでもやはりルッチやカクが卑怯者に見えてならず、自分の知らない攻撃を仕掛けそうで怖い。
 愛している。確かにルッチを愛してる。けれど、CP9の彼のことは何一つ知らないのだ。
「もう止めてルッチ!」
 耳障りな金切り声を上げた。言いながらナミさんを拘束している住人を蹴り飛ばす。驚いて私を見る何対もの目が重いが、知ったことじゃない。私はどうせ混乱してる。
、なにすんだ!」
「ルフィやナミさんはやってない!」
 言いながらまだナミさんを拘束しようとする腕を蹴り上げる。自分を抑えようとする手を打ち払う。
 腕っ節の良い住人達も見知った顔の私は拘束しづらいのか、職長達がルフィを叩きのめしているのを見ながら私の様子を窺う。ナミさんの驚いたような丸い目が痛い。
 けれど暴れるのもそう長く出来なかった。ナミさんはまた拘束され、私も取り押さえられる。落ち着けといわれても落ち着いていられるか!
 叫んで喚いて、けれど誰も真実を知らないこの空間が不快でたまらなかった。

 フランキーのちゃぶ台をひっくり返す音がした。

 やっときやがったな!
 内心大喜びで音の方向へ首をめぐらす。腕を前に突き出しているところを見て、思わず笑みを浮かべてしまった。住人の誰かが、職長達に叫び声を上げる。一度くらってしまえばいい、そんな演技しているあんたたちなんて!
 自分でどうこうできない状態を、他人任せでひっくり返してもらおうなんて虫が良い話だけれど、こればっかりはやってもらおう。なにせ自分は本当に体力のない一般人なのだから。
 コマ送りの様にその瞬間を目を開いて見つめた。空気の弾丸が装填され、見事なまでに職長五人は吹っ飛んでいく。重症にならない程度に吹き飛んだあの二人は、演技で飛んだのか本当に飛ばされてしまったのか、後で聞いてみようと余裕の出てきた頭がはじき出した。
 ナミさんの呟きが耳に入る。逃げられるよと囁くと、呆然とした目が見つめてきた。
「ナミ!」
 そしてすぐにルフィが駆け寄ってくる。いっその事ついていこうかと思ったが、良く考えなくても足手まといにしかならない自分はいらない。住人が叫び声を上げてルフィたちを捕まえようとするが、ルフィは見事な腕裁きで逃げていった。
「……」
 べらべらと喋ることしか出来なかった。
 一握りの満足感と、濡れ衣を晴らせなかった虚無感が襲ってくる。ガレオンの瓦礫の下で、吹っ飛ばされた五人が座り込んでいるのが見えた。
「……」
 これはルッチやカクに怒るべきだろうか。自分達のシナリオどおりにいって満足でしょう? それとも、設計図はここまでやってもまだ見つからないの?
 どちらにせよ核心に迫りすぎた言葉だ。人前で言えるほど私は図太い人間じゃない。
 震える息を吐き出して、とりあえずその場に座り込んだ。先ほど暴れた際に傍に居た人々に取り囲まれ、困惑の表情で説明を求められてしまう。けれどどうでもいい、友達が何人か混じって問い掛けてくるが、本当に今は疲れた。体中から力が抜けていってしまっている気がする。
「なにをやっとるんじゃ、
 顔を上げると、多少汚れたカクがこっちを見下ろしていた。憎らしいほど力の抜けた表情は、この状況が分かっていないらしい。傍に居る人間から事情を教えられ、渋い顔でこっちを見下ろしてきた。
「……バカなことを」
 だって貴方達が黒幕じゃない。
 指をさして言いたかったが、無言で立ち上がると人ごみを掻き分けて歩き出した。カクの呼びとめる声と、ルッチが呼びかけてくる声が聞こえた。ハットリの羽ばたく音が聞こえ、右肩が重くなる。
「クルッポー」
 つぶらな瞳がこちらを見つめていた。
 むしゃくしゃして、なぜか涙が出てきた。
 ルッチは何も言ってくれない。CP9だと教えてくれてたなら、私はナミさんにあそこまで言えていたか分からないのに。ルッチはまだなにも教えてくれない。
 私は子供の様に声を上げて泣き始めた。
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