01:数年ぶりのウォーターセブン

 出入りし慣れた玄関をから一歩足を踏み出すと、内包しているエニエス・ロビーの禍禍しさを感じさせない潮風が頬をくすぐってくる。故郷の海とはまた違うと分かっていながらも、第二の故郷と言って良いほど馴染んだ爽やかな空気に、は笑みをこぼした。少し後ろから続いて家から出てきたスパンダムへと視線をやり、その顔はいかにも不服ですといった不貞腐れ表情を見て、先ほどとは違った意味での笑いが漏れてしまう。
 としても、苦々しいものを感じないといえば嘘になる。
 淡く苦味と幸福を漂わせて微笑んだに、それこそスパンダムが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「だからよ、本当にお前に言いたいことはな」
 心配性ですと顔に書いたスパンダムに、は自分のしくじりを知る。そしてなんでもないように明るい笑顔を顔に貼り付けると、からからと音が鳴りそうな笑い声を上げた。スパンダムの声を遮り、笑う。
「大丈夫大丈夫。ルッチたちの仕事の邪魔はしないし、たまには電話するし、手紙も書けたら書くし、健康には気をつけるし、スパンダムの知らないところでは死なないから」
 死なない。
 それは数年前、任務先で死にかけた人間の台詞ではないだろうと自身も思う。そのときのことを思い出していると、スパンダムも思い出したのだろう。顔がより一層渋みを増していた。
 けれど二人ともその任務のことについては口にせず、朝から何度も繰り返していた問答を繰り返す。
「でもな、お前は怪我しないようなところでうっかりやっちまったりもするだろ。おれはそこが心配なんだ、おれがいないとだめだなー」
「スパンダム、私より弱いじゃない」
 それを言われると弱いスパンダムは、驚愕の顔になり衝撃を受けましたと言うように胸元を片手で押さえだす。刺さってない刺さってないとが笑い、スパンダムに手を伸ばそうとすればスパンダムがそれを避けた拍子に様々な音が鳴り響く。
 足を滑らせたすパンダムは、見事のトランクに頭突きアタックをかまし、叫び声をあげて転倒すると、傍にあった植木鉢たちをその足でことごとく倒して足に降らせていた。とどめに倒れたトランクが顔面に倒れこむ。また雄叫びが上がる。
「長官ー!」
「はいはい、スパンダムは大丈夫だから落ち着いて。ほら、最後まで心配かけないでよ」
 傍に待機していた部下たちが、一斉に奇声を上げるがそれも聞き慣れた叫び声。しばらくは聞けないんだなぁと、にとっては感慨深いものすら感じるやりとりだった。
 手馴れた動作でその奇声を制すると、はスパンダムをトランク下から引っ張り出す。このくらいのドジなら日常茶飯事な為、気を失うことも出来ないスパンダムはに襟首吊り上げられてようやく起き上がり、よろよろと覚束ない足取りで立ち上がる。
 そんな頼りない様子であっても意地は健在で、少し心配になりながら見守ると部下の前で、スパンダムは力はないが不敵に笑い、やっぱりおれがいなきゃなどと戯言をぬかした。
 は安堵と満面の笑顔で、避ける隙も作らずスパンダムの頬を両手で挟み打った。
「いでっ!」
「痛いようにしたのよ。さっさと正気に返って、笑顔で見送ってよ」
「……、おれが最後まで反対したのを忘れてんな?」
 結局折れたのはスパンダムだというのに、今更になってとは笑う。
「そんなことないわ。スパンダムのおかげで、こうして出発出来るんだから」
 けれど真面目に頷くと、スパンダムはそれはもう嫌そうに顔を歪め、その表情に満足したはスパンダムの顔から両手を離した。晴れやかな笑顔がスパンダムを見つめる。
「ありがとう、スパンダム。そんな優しい貴方が好きよ」
 お約束のようにスパンダムの顔は真っ赤に染まり、お前本当にむかつくほど良い女だなぁと怒鳴り、無造作にの手を掴む。腰を引き寄せて顔を近づけて、けれどやはりスパンダムとの唇は触れる寸前で止まり、笑いながらは自分からその頬に唇を寄せた。
 更に腕を伸ばしてスパンダムを抱きしめると、しばらく味わえない抱擁を堪能する。
「電話するわ。受話器、落としたりしないでよ」
「誰がそんなことするか」
「落としたり引っ掛けたり、受話器上げっぱなしだったりならいつもしてるじゃない」
 真っ赤になった耳たぶを見ながら二人で戯れていると、出発時刻を知らせる音が鳴り響いた。それに気づいたが体を離すと、足元にトランクがないことに気づく。海外旅行に何週間行くんだと言うくらいのサイズなので、普通はすぐ見つかるのにと辺りを見ると、スパンダムが部下の方に持たせていた。
 過保護なスパンダムに、思わず笑みがもれる。
「なにさせてるのよ」
「重いだろ、持たせてりゃいいんだよ」
 スパンダムは鷹揚に言い放ち、見送る側だと言うのに腕は放すとを置いて、とっとと先に歩いて行ってしまう。呆れて見送ってしまっただったが、トランクを持つ部下もついて行ってしまった為、仕方なしにそれに続いていく。
 いつかと同じように、見送りのために居並ぶ海兵たち。それには微笑みかけながら海列車へと足を進める。
さん、ルッチさんたちの任務終了まで、戻ってこられないのですか?」
 不意に背後からかけられた言葉に振り向くと、居並ぶ海兵の一人。どちらかと言うとに好意的で悲しげな表情が目に入り、素直に嬉しいとは表情を緩めていた。慕われることはやはり嬉しく、くすぐったい。
「ええ、そのつもりよ。ここの警護、よろしくね」
「は!」
 やる気ある人々の間を堂々と歩きぬけ、海列車の扉前に辿り着く。大丈夫、海列車に乗れる乗れると心の中で呪文を吐きつつ、はその海列車の様子を見た。トランクはすでに運び込まれ、目の前に立つのはスパンダム。はゆっくりと気を引き締め、スパンダムの仏頂面に背筋を伸ばす。
「ここからプッチに行くわ」
「そうか」
 抑揚のないスパンダムの声に首をかしげる。けれど多分、が事前に知らせていたこれからの日程報告を忘れているんだろうと、勝手な見当をつけてスパンダムの横を通り過ぎる。
「セント・ポプラにもサン・ファルドにも行くわ。エニエス・ロビーから来ただなんて分からない程度に、あちこち回ってからウォーターセブンには行くから、安心してね。私がいない間も、自分の仕事はちゃんとするのよ、実力のない長官なんだから」
 スパンダムは押しのけられた所為で多少よろけていたが、とてもショックでしょうがないといった色の悪い顔でを見つめ、日頃から言われているとはいえ、こんな場面でも辛口な発言をするに多少の衝撃を受けていた。
「あれだ、カリファが歯に衣着せないのはのせいだと、おれは思うぞ」
「スパンダムがハレンチなだけじゃない」
「ハレンチっ!?」
 またもやショックを受けているスパンダムを無視して、はさっさと座席へと移動する。窓側の席に腰を下ろし、やっとの一息をつく。スパンダムと玄関を出ようとすると、それまでが一騒動なのは毎度のことだが、疲れるものは疲れるのだとため息がこぼれた。
 そして慣れた手つきのスパンダムの部下から、トランクをお持ちしましたと丁寧に声を掛けられ、一言二言交わした言葉で自身の足元に持ってきてもらう。窓の外へと目を向けると、衝撃から復活したスパンダムがの座席に近づいてきていた。
 何も言わずに手が伸ばされ、も何も言わずに頭を撫でられる。そんな年でもないのにとは言いかけるが、自分のその言葉もしつこいかと口をつぐんだ。スパンダムの手はあたたかい。
「体、壊すなよ」
「スパンダムも、気をつけてね」
 最後はその一言。海列車はスピードを上げて線路を走り出し、は流れていく景色の中でスパンダムを見る。エニエス・ロビーを見る。スパンダムは手を振らない。も振ったりしない。下手をすれば永遠の別れとなることは、の知識として分かっているはずなのに、いつものように見つめ返すだけになってしまう。
「いってきます」
 ただいつものように囁く。スパンダムの耳には届いてないだろうに、けれどにとってなぜか言いたくなる一言。そう言えば、あの子達もきちんと挨拶してウォーターセブンに行ったなぁなどと、自分の教育の賜物かしらと自画自賛する。礼儀のしっかりした子達で、なんとも喜ばしいと姉馬鹿よろしく微笑んだ。


 特に予定とずれることなく、ひどい嘔吐感も乗り切ったは、意気揚々と行ってみたかった店の入り口をくぐった。 「へー、これがヤガラブル」
「ブルを見るのは初めてかい?」
 漫画の紙面で見たことのある男性が、愛想良く声を返してくる。思わずカメラを取り出してサインをねだりそうになった自分を内心で叱り、は鍛え上げられた社交的な笑みを浮かべ、自然な流れでヤガラへと視線を向けた。
「んー、だいぶ前に見た事は見たんだけど、ほんの数日しか滞在できなくて乗れなかったの。おじさん、いくらかな。このトランクも乗せられるの」
 若い子ぶった自分の口調に多少の寒気を覚えつつ、いつものことだ、これは任務だ! いやある意味違うけど、任務より大事だから見た目っぽい話し方をしなければならないのだ! やるんだ、堪えるんだジョー! ……などと一人明日のジョーごっこで気合を入れ、愛想笑いのヤガラ店店主から金額を聞き出す。
「そのくらいならヤガラで大丈夫。1000ベリーだよ」
「お願いします」
 料金を問題なく渡し終えると、手早くヤガラに座席をセットした店主はどこかで聴いたような言葉を口にし、優しく手を振ってきた。も手を振り返しつつ、トランクを後部座席へと放り込む。が腰掛け手綱を握ると、心得たヤガラは可愛らしい声で出発を宣言し、すいすいと擬音をつけたくなる滑らかさで水面を進みだした。
 漫画で見たとおりの愛嬌のある顔と、その性格にの興奮が増す。ニーニーと可愛らしい鳴き声のヤガラは、どうやらを気に入った模様で、演技をしているとしては純粋な笑顔がとてつもなくまぶしい。
「よろしく。んー、とりあえず商店街に向かってもらえるかな?」
「ニー!」
 揺れもなく本当にすべるような動きで、と荷物を乗せたヤガラは水路を進み出す。おお、これがルフィたちも体験した快適さなのね、とが感動してる間もヤガラは進んでいき、が坂を上っては驚き、下っては歓声を驚いているうちにあっという間に商店街へとたどり着いた。
 現在地に気づいたは、こっそり取り出した単行本を見ながら進んみ、堪えきれず吹き出した。
「ニー?」
「ごめん、あなたを笑ったわけじゃないよ。すごい快適で驚いただけ、ごめんね」
「ニー!」
 ヤガラは気にするなとばかりに喜んだような声で首を持ち上げ、は単行本に目を通してヤガラブルの好物が水水肉なのをしっかり確認し、それが売られている店の案内をヤガラに頼んだ。ヤガラは迷いなく売り場であるボートに近づいていき、元気のいいおばちゃんから三つほど水水肉を買ったは、持ち帰りように包んでもらったものをバッグに突っ込むと、ひとつを躊躇せずヤガラと分け合って食べた。
「うーわー、本当におーいーしーいー……」
「ニー!」
 がめろめろと座席にもたれ掛かると、残りの八割を平らげたヤガラも嬉しそうな高い声を上げる。ヤガラの純粋な喜びの声に、は八割も食べたなという恨みがましい目を細め、仕方がないなぁと心を和ませた。
 そしてその美味しさからとヤガラが正気を取り戻すと、のんびりと商店街観光へと意識は移行する。
 これからしばらくお世話になるのだから、知っていても損はないと思う。
 そんなこんなであちこち見て回ったは、途中漫画で見た覚えのある店やモノを目にすると少し涙腺を刺激されたが、快適に観光をして回り、そして目玉とも言える水力エレベーターへと向かった。機械で作られたエレベーターとはまた違う浮遊感に、はやはりルフィたちと同じように、呆けたように天井を見上げていた。
「……完璧おのぼりさんだよ」
 いい歳して感情駄々漏れなリアクションをしてしまったことに、少しだけ羞恥心を覚えただったが、周りも同じような反応だったと素早くあたりの人間の顔色を思い出し、自分を最大限慰める。これからこのウォーターセブンに居を構えるのなら、これがこの場所での通過儀礼だと思えばよいと力いっぱい自分を慰めた。
 出口を抜ければ、漫画でが思い描いていたより意外と近いところに一番ドックの姿があった。想像していたものよりも大きな出入り口に、再びは呆けた表情になる。ヤガラはそんなに一瞬このまま進んでいいのか迷う素振りを見せたが、すぐに気を取り直して一番ドックへと進んでいった。
「ニー!」
 すぐに岸へとついたことをヤガラが知らせ、振り向かれたは瞬きをして正気に戻る。
「あ、ああ。ありがとう」
 動揺しながらもヤガラに少し待つよう告げたは、岸へと降りて軽く辺りを見回す。そして胸元に手を差し込み単行本出現させ、こっそりと場所の確認をした。間違いなく一番ドックはここだと確認をすると、またなんでもないように胸元に単行本を突っ込む振りでそれを消した。空中から取り出せるなんて、本当に便利だ。原理はからっきしだけど、などと思いながら一番と書かれた扉を見上げた。
 キャスターつきのトランクをごろごろと引っ張って歩くと、一番ドック前はファンで埋め尽くされてはいなかった。遠めで見ても人がいなかったのだから当たり前だが、代わりに船大工独特の音と匂いが五感に響いていた。この音を聞くと匂いを嗅ぐと、は反射的に腰に手を当ててしまう。の船大工道具は全部トランクに入れてあるというのに、慣れというのは恐ろしい。
 しばし出入り口前にて、お目当ての人間がいないか探してみるが、職長がこうも簡単に見つかっては面白くない。……そう言えば、連絡せずに来たけどもう職長になってるよね?
 いない弟達へと心の中で呼びかけて、冷や汗をかきながらトランクを引きずって辺りを見回す。大丈夫だよね、もう潜入して二年経ったもんね。大丈夫だよねと自分に言い聞かせていると、力強い独特の足音が空を舞った。
「あ、カクだ」
 思わず反射的に名前を口にすれば、こちらに背を向けてドック内に無事着陸した青年が、肩を揺らして固まった。あー、やっぱりカクだ。と確信を持ってトランクを引きずって行く。ごろごろと音を立てながら馬鹿でかい一番ドックの出入り口に近づいていくと、固まっているカクを不審に思ったのか、ルッチだろう青年まで姿を見せた。
 おお! なんて無表情なんでしょう、あの弟は。代わりにハトのハットリが、忙しなく身振り手振りでルッチの感情を代弁する。けれどカクは動かず、は笑う。
「おーい、カクー! ルッチー!」
 我慢できずに声を上げれば、風が切れるほどの速度でこちらを見る二つの視線。ルッチの目が見開かれてハットリも両の翼を諸手上げ、カクなんて口までぽっかりとあけた間抜け顔。
 二年ぶりの再会が、思っていなかったほど上手くいき、は上機嫌で手を振った。
「久しぶりの挨拶も、させてもらえないのかしら?」
 きっと今の自分の笑顔は輝いているだろうなとは思った。もう嬉しくてたまらない。弟達の見事なリアクションは、きっとここの人々に育てられたのだろう。ハットリなんて、今にもルッチの肩から転がり落ちそうだ。注意してやればよいのに、は思わずその様子を見守ってしまう。
「ッ、ね、……!!」
 をどう呼ぼうか迷ったカクは二度言いよどみ、結局の名称を呼ぶことなく駆け寄ってくる。ルッチは表情をウォーターセブン専用の動かないものに戻し、即座にの元に近づいてきた。きっと駆け寄ってきて、私を揺さぶって色々聞きたいだろうに、リーダーというのは大変だ。
 のん気にもルッチに自分がかけてしまった精神的ショックを思い、は一人心の中で謝罪する。後できちんと謝らなければ、縁を切られそうだなんて思いながらも、謝るだけで反省はしない。
「……ッ、な、なんでここにおるんじゃ」
 どうにか山風の顔を取り戻したカクは、との距離を測りかねているのだろう言い方で、の笑いを誘う。本来ならば、最低でもルッチと打ち合わせをしておかなければならない事項だ。カクの動揺は当たり前だろう。
 は以前「ウォーターセブン行きの任務をしたい」と言って、全員の前で「だめだ」と判を押された人間なのだから、動揺は当たり前だ。
『ポッポー、がなぜここにいる?』
 陽気なハトの声で話しかけてきたことに、一瞬は吹き出しそうになる。その練習風景も完成したと披露されたこともあるというのに、やはりとっさの出来事は恐ろしい。が、ルッチの顔を見たはそれを押し留めた。目が本気で動揺しているのに気づき、後が怖いことを察知した。本気を出されたら、なんてひとたまりもない。
 極力冷静なフリをしたは、気を取り直して笑顔を浮かべた。
「みんながここに集結してるって聞いてさ、私も引っ越してきちゃった」
「そ、そうか。ルッチとも知り合いじゃったんじゃな?」
 カクがわざとらしくに尋ねる。はカクを見て、それからルッチを見て頷いた。
「知り合いが集合してる街になってるんだったら、退屈しないでしょう? それに、この水の都でずっと前から暮らしてみたかったんだ」
 嘘をつくときは、真実を多めに嘘はほんの少しずつ。と言うか、としては嘘をつく必要も無い正直な話だった。口調を多少変えている程度で、なんとなくお互いの立場を察することが出来る程度の会話。
 カクはつじつまのあった会話にほっとした様子で、わはは、それにしても唐突じゃったのうと笑った。ルッチはハットリを飛ばして、の肩へと移動させる。
『びっくりしたぞ。この前の手紙じゃあ、変わりないようだったのに』
「驚かすのが目的だったもの。……大丈夫、保護者の許可は取ってるから、家出じゃないわ」
 ルッチの寄った眉に、心配しているだろう事柄を教えると、あからさまにほっと息をつかれてしまう。その態度に、ハットリを撫でているの手が止まる。
「やだ、そんなに信用ないの?」
『こういうことに関しては、多少な。ポッポー』
 わざとらしい言い方に、ハットリの頭をは少々乱暴に撫でる。ハットリはやめてとばかりに翼を振るが、容赦なく撫でてやると、すぐにルッチの肩に逃げてしまった。
「わはは、ルッチのいう通りじゃ。この件に関しては、の言葉だけでは不安じゃのう」
「カクまでそんなこと言うのね。そんな子に育てた覚えはないわよ」
「勝手に育ったんじゃよ」
「二年の間に、だいぶ可愛らしい返し方するようになったのね」
「お褒めに預かり恐悦至極じゃ」
『漫才もそこまでにしとけよ、パウリーがくるぞ』
 ルッチの言葉に、反射的に視線が向く。音高らかに爆走と言う言葉がぴったりな走りを見せる、金髪ゴーグル青い上着のお兄さんが、あっという間に視界に入ってきた。は悪戯心で、口を開く。
「ンマー、あれは…。パウリーです、また借金取りに追われています」
 一人二役で、漫画でのパウリーさん初登場シーンっぽいものを真似てみる。ンマーはいらなかったけど、アイスバーグさんとカリファの声マネをしてみた。似ていないのか教えてないことを喋っているのに驚いたのか、カクもルッチもこちらを目を丸くして見るばかり。
「似てなかった? アイスバーグさんとカリファなんだけど」
 聞くと、カクは思わずといった風に笑い出す。
 ……なんだなんだとこちらが驚いていると、ルッチまでもが笑いたそうに目を細めていた。似てるなら似てると言って欲しいんですけど。似てないでもいいけど。
『相変わらず、は面白いな』
 賛辞だと受け取ることにして、ありがとうと返した。多少エニエス・ロビーの時より、弟達に年上ぶらない様にしているだけなのよと、ルッチの表情を見てちょっと言い訳がしたくなった。ごめんなさい、似てない物まね披露して。
 金色ゴーグルは、どうにか借金取りをまいて一番ドックへと滑り込んでいた。
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