02:五年ぶりと二年ぶり


 勢い良くパウリーが滑り込んできたことで、うっかり接近されたたちは盛大に舞い上がった木屑を頭から被る。全員とっさに息を止めて目も鼻も庇うが、粉になっている分までは捕捉が出来ず、一人身長が低いは軽くだが咳き込んでしまう。
 失敗したと呟いては顔に付いた木屑を払うが、先に調子を取り戻したルッチとカクが両脇からにタオルを差し出してきた。
 なんて気の付く弟達だろうと感心しながらも、それほどではないとは笑顔で辞退する。
「ありがと、大丈夫だから」
 だがどこか嬉しげに目を細めている二人は、差し出した手を引っ込める様子が見られない。
 それどころか、ルッチはやんわりとタオルを顔に押し付けて木屑を払い出し、カクはカクで首から下の木屑をタオルで払いだす。とっさのことに抵抗が出来なかったは、間抜けな声を上げて瞼を閉じた。
「うわ、ちょ、うぷっ」
『まだ細かいくずが付いてるぞ、
「服にもついとる。めかしこんでもこれじゃあのう」
 余計な世話だと言いたいところだが、はそれどころではなく目を白黒させ、ああ化粧が崩れる顔が崩れると違う方向に心配をしていた。
 時間にすればたった数秒。
 けれどが目を白黒させている間、ルッチもカクもハットリでさえも穏やかな雰囲気を漂わせ、ろくな抵抗もせずに翻弄されているに表情を緩ませていた。
 久々に会えた。まだ何年も顔をあわせることが無いと思っていた大切な人に、気軽に触れられる空間が愛しくて仕方がないのだと、三者三様に喜びを見いだし噛み締めていた。
「仕方のない奴じゃ。ほれ、綺麗になったわい」
『おっと! 化粧が崩れ……ハットリは鳥だから美醜は分からない』
 わざとらしくおどけてみせる三人に、ようやく解放されたは息をつく。
 再会早々脅かしたことへの報復か何かか、立派になったなぁ三人とも本当に……!
 ハットリと言うかルッチというか、視線をそらすという動作をしたところから、ハットリもルッチの言った言葉に同意する部分があったのだろう化粧崩れを気にしつつ、は三人を睨もうとして表情を崩した。
 吊り上げようとした眉は垂れ、瞳は瞬きをして困ったような笑みになる。
「まったく。……そんな顔されたら怒れないんですけど」
 的確に三人の心情を把握したは、いつもとは違い口調を気安いものへと変えてはいるものの、可愛い弟達の可愛らしい喜び表現に叱ることが出来ない。
 これはどうしたもんだろうと、少しだけ視線を外して幸せを込めたため息を吐き出すが、ふと弟達の視線の温度が変わっていく気配を感じて視線を戻す。
「……」
「……」
『……』
 三人ともの頭の天辺からつま先までをぐるりと見つめ、そして首をかしげたに気づいた素振りを見せつつも、またぐるりとの体を見つめている。
「なぁに?」
 小さな子供に語りかけるような、柔らかくうっかり姉ぶった口をきいただったが、弟達は分かっていないだろうの反応にため息を吐き出す。
 三者三様の深いため息と共に、カクとハットリは同じように肩をすくめて首を横に振った。
、そんな格好で倒れても知らんぞ」
 言われては格好を見下ろす。足の甲まで隠れる長さのジーンズ、どこにでも売ってる少し底の厚いスニーカー、キャミソールの上に薄手の長袖上着。もちろん一番上まで留めてるボタン。
 パウリー対策として着てきた服に、特に不備は見当たらない。倒れるだなんてそんな柔な鍛え方はしていないし、どちらかというとカクの服装のほうが暑苦しい。
 はなんの躊躇もなく口を開いた。
「そういうカクの格好の方が、見た目には暑いんじゃない?」
「わしは鍛えとるからの、心配には及ばんわい」
 カクはそういうと、ルッチほど身軽になれとは言わんがなと話し始めてしまう。ルッチの顔が、少しだけ嫌そうに歪みだす。
 眉間のしわまで増え始め、がやばいかなと思い始める間もなく、カクは肩をすくめて次の言葉を口した。
「二年で慣れたとはいえ、ルッチのこの格好はいささかいただけない物があるからの。がここまでやれば、ハレンチどころの話じゃないわい。この格好じゃぞ? 小さい子供ならいざ知らず、いい歳した男が素面で出来る格好じゃないじゃろ。そうは言ってもの格好は隠しすぎだとわしは思うが、やはりルッチまでいかれると」
『カク、お前言いたいこと言い尽くすつもりか、ルッチの前で』
「ん? おお、ルッチそう言えばおったの!」
「やーめーなーさーいー」
 二人の頭をいつもの調子で叩いて、こちらに視線が向いたところでため息をつく。自分を踏み台にして二人でじゃれるとはいただけない。二年ぶりの再会だと言うのに、弟たちの可愛い交流を見せ付けられ、は少々切なくなった。とどのつまり、私にも構えが本音だった。
「あのね、二年ぶりだというのに私を放っておかないで。それとさっきから故意だか無意識にだか話に出さないけど、目を丸くした男性が傍に立ってるよ。その人も船大工の方なんでしょう? 紹介してもらえないと、彼に話し掛けられないんですが」
 傍でぽやっとパウリーがこちらを見ていた、と肩で示すと、本気で忘れていたのか問題ないと思っていたのか、三人とも一斉にそちらを見る。実際はルッチなわけだが、ハットリがわざとらしいまでに驚きの表情で声を上げた。
『ぽっぽー、間抜け顔して突っ立てるなら、逃げ回っていた分の仕事をしたらどうだ。毎度毎度借金取りと追いかけっこばかりして、ちったぁ仕事をしろよ』
「んだと?」
 正気に返ったらしいパウリーが応戦し始める。すぐさまロープを出せるようにか、その体が戦闘態勢に入ったのが分かった。それがルッチにも分かるだろうに、彼は気づかないふりで鼻で笑う。
 いや、鼻で笑って見せたのはハットリだけどとは思い直すが、その動きは堂に入りすぎて、ハットリの動きを知っているでさえハットリが本当に喋っているかのように見える。自分が出来ないことをやってのけるハットリが、ほんの少し憎らしくなった。
「お前らだってサボってんじゃねぇかよ。その女は何だ!」
『おれたちを訪ねてきた人間の、その相手をして何が悪いんだ』
「その女とはなんじゃ、初対面の人に失礼じゃろう、パウリー」
 異口同音に注意する二人に、の意識は外側に向けられる。そうだ、彼らは仕事中だったのだ。しかもカクは外から戻ってきたばかり、誰かに報告したりしなければいけないんではないだろうか。
 心配が頭をもたげ、は呆れたようにパウリーを見ているカクの袖を引く。ルッチとハットリはロープを投げてくるパウリーへと近づいていき、ロープをつかみ合ってなんだか言い合いを始めてしまっていた。
 どうしてこうもルッチは血の気が多いのだとか、大人になってからのほうが彼はああやって暴れているような気がするなぁなどと、は頭の片隅で考える。精神的タガでも外れたのだろうか。なにかに開き直ったと言うか。
 誰かさんとケンカしているときとは、また違った勢いがあるように思いながら、近くなったカクの顔を見上げた。
「……姉さん?」
 ひそりと呼ばれた名称に視線を合わせると、カクが心配そうにを見ている目とぶつかる。
「気分でも悪くなったかの」
 さっきの話の続きかとは否定の言葉で口を開きかけるが、カクのその目がどこか不安そうにを見ている事に気づくと、とたんに優しさ故の言葉だと理解する。可愛らしい弟だなぁと先ほど叩いてしまったその頭を撫で、緩やかに鍛えられたその腕を掴む。
「姉さん?」
「たった二年の間に、大きくなったね」
 腕はあの時よりも長く太くなったような気がする。昔からひょろひょろしていた体が、さらに健康的に魅惑的に育っていた。掴んでいる腕も、筋肉が手を弾こうとするかのように張っている。本気を出せば、きっとの手など軽く跳ね飛ばしてしまうだろう。
 カクは最初驚いたように丸い目をさらに丸くしたが、笑っているの顔につられ、可愛らしく笑い出す。
「ふふっ、姉さんは相変わらずじゃな」
「今更成長しても怖いじゃない? 男の子たちの成長はあっという間だし、私はなんだか置いてけぼりな気分よ」
「大丈夫じゃ。誰も姉さんを置いていったりはせんよ」
「ほんとに?」
「本当じゃ」
 目配せあって笑って、そしてカクが後頭部をかく。困ったように、けれどどこか少年のようにはにかんだ笑みを浮かべ、








































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