遥かなるアンデス Jirishanca 1973 ・・・ヒリシャンカ南東壁回想・・・ (第7回) 吉賀信市 |
9.白い帽子へ まだ、体調が回復しない佐藤をBCに残して篠原、岡田、吉賀の3人はC1へと氷河を登高。強い陽射しが照りつけ暑くてたまらない。おまけに風もない。この暑さに不安定なセラックが倒壊しはしないかと心配になる。C1では長塚が手持ちぶさたな表情で我々が登って来るのを待っていた。さっそく岡田、長塚はC2に固定ロープ等を荷上げに向かう。 取り付き地点付近 篠原、吉賀はC1でBCから上げた荷物の整理を始める。C2に行った2人は荷上げ用ロープの固定にかかる。まず、岩壁にボルトを打ちそれに荷上げ用ロープ(6mm・・200m/1本)を2本固定して下の垂壁に垂らす。これが簡単に行かない。上から下にほとんど垂直の所に放り投げる訳であるが、ロープが200mもあるために、岩壁の途中に何度も引っかかる。その度に懸垂下降で降りてはまたロープ放り投げる。ロープがまっすぐになった時には、岡田は垂壁を50〜60mほども降りていた。 彼ら両名の弁「もう、生きた気がしなかった。」懸垂下降器がロープの摩擦で熱くなり下降スピードを抑えるのが大変であったのだ。 C2への荷揚げ 6月8日 曇り 起床:4時30分 C1を5時30分出発。本日の予定は、チムニーの基部まで4人で行き、そこからはチムニーにルートを延ばす組と、右下のC2まで荷上げ用のロープを固定する組に分かれて行動する。偵察時、試登したルートを吉賀の確保で岡田トップに立ち登り始める。雪壁を80m一気に延ばしロープを固定する。後続はユマール登はんで続く。なおも、斜度50度前後の硬い雪壁を80m・2ピッチ、40m・1ピッチと、岡田、快調にザイルを延ばしチムニーの基部に達した。 6月9日 晴れ 落石が唸りをあげる音に眼が覚める。『キューン』と高い音を発して、落下してくるのは大丈夫だ。時々、すぐ上部で『ゴロッ、ゴロッ』とするのが天幕に『パーン』『パーン』と当たる。暑くて天幕の中にじっとしておれず外に出るとすばらしい青空。この辺りから見えるのは左手に三角錐の白い穂先をしたヒリシャンカ・チコ。眼下には薄黄緑色に濁った湖面のプカコーチャ、湖畔の天幕(BC)も豆粒よりも小さく見えているようだ。そして、その向こうに青く澄んだカルワコーチャ湖が半分ほど見えている。この景色も10日近くも見ていると飽きてくる。『ドッドド〜ン』と、どこかのブロック雪崩の音が響き渡る。ここからはその雪崩の様子は見えない。濡れた衣類を天幕の周りに干し、落石に備えヘルメットを頭に乗せて日向ぼっこ。何度となくお茶を飲みながらぼんやりと1日を過ごす。 6月10日 晴れ 起床:5時30分 空の蒼さが眼にしみる。どうやら天候が安定して来たようだ。今日はチムニーを突破すべく勢いよくC1を出る。オーダーは篠原、岡田ルート工作、長塚、吉賀で荷上げ。 基部までユマール登はんで登り岡田トップでアイスバイルを奮い攻撃開始。チムニーは前にも述べたような状態でアイスハーケンを打てない。氷を叩き落として埋め込みボルトに頼る。この穴あけ作業は岩が硬くて今日もザイルは遅々として延びて行かない。これではとても今日中の突破は無理だ。確保を吉賀に代わり、篠原、長塚は荷上げをするためC1へ下る。 2ピッチ目を登り始めてまもなくアイスバイルが吹っ飛ぶ。氷の硬さにバイルが負けたのだ。シャフトが『ボッキリ』と折れ、岡田は折れたシャフトを握ってあきれた顔をしている。登り始めたばかりと言うのにこの調子だと先が思いやられる。 結局、この日は7時間余り費やして僅か50m伸びただけであった。やむなくC1に下降。 C2への荷揚げ 6月11日 晴れ 起床:4時30分 岡田、長塚はチムニーへ。篠原、吉賀は、BCより上がってきた佐藤の3人で、C2への荷上げの準備を行う。ルート工作組は18時過ぎ暗くなって帰幕。今日は長塚トップで数時間を要し氷のチムニーを突破。さらに雪壁を30m延ばし‘逆ヘの字’左上部に達した。 この辺りの雪を削ればC3の設営が可能。高度は5400mである。 夜は久しぶりに全員が顔を揃える。打ち合わせにてC3への目途もつき予定通り明日からC2への荷上げを開始する。やり方は、ロープをダブルにして滑車を使いC1からC2へ一気に引き上げるというもの。人員配置はC1篠原、長塚、C2岡田、佐藤、吉賀、連絡はトランシーバーで行うこととする。 6月12日 晴れ 起床:5時 昨日の手はず通り岡田、佐藤、吉賀の3人はC2に上がる。ロープをセットし滑車をつけて準備完了。さっそく荷上げを開始する。ロープにユマールを噛ませて引き上げる。引っ掛かり防止用に上部にポリ容器のカバーを被った荷物は徐々に上がって来る。ロープをダブルにした場合、荷物の重さは半分になるがその代わりロープを引く長さは2倍となる。したがって、この場合400m以上引かないと荷物はC2まで上がらないことになる。途中でびくとも動かなくなった。C1からトランシーバーが怒鳴る。「オーイ、ダメだ。岩に引っかかった。ロープを緩めてやり直せ!」。やってみてもダメだ。また同じ所で止まる。荷物を下まで降ろす。ロープのセット場所、間隔を変えて夕方まで試みてもうまく行かない。ロープをシングルにして引けば上がるだろう。しかし、シングルでは荷が重くなり梱包をやり直す必要がある。トランシーバーでは埒があかないので岡田は打ち合わせにC1に下る。結局、荷上げ中止の連絡が入った。それと今のC2を放棄し明日撤収して、C3予定地をC2としそこに移すことに決める。佐藤、吉賀、幻のC2に一晩お世話になることになった。 C2への荷揚げ 6月13日 晴れ 起床:5時30分 篠原、長塚は上部へルート工作。スラブからクラック状のルートを2ピッチ稼ぐ。‘白い帽子’まであと2ピッチくらい残す。その上部はスラブとハング帯となっておりボルトの連打を強いられそうだ。その間、岡田、佐藤、吉賀の3人は、現在のC2の天幕及びC2までの固定ロープの撤収。また、荷上げした装備の回収を行い新たなC2地点のテラスまで運び上げた。C2のオリジナル天幕はガッチリとスノーシャワーに洗われても、大丈夫のように設営してあったので解体に苦労した。 6月14日 晴れ 起床:5時30分 痔病の出た篠原は大事を取り休養とする。4人で荷上げとC2設営に1人15kgのザックを背負い出発。C2予定テラスまでの10ピッチ、約400mのユマール登はんは、チムニーの登りが一部空中となり呼吸が乱れて苦しく腕もしびれる。登はん用の固定ロープは8mmのクレモナを用い岩、氷のルートはダブルとし雪壁はシングルで使用した。 ユマールでの登はん方法は、固定ロープの一本にあぶみを付けた二個のユマールを噛ませて、あぶみに足を乗せユマールを交互に上にずらしながら登る。もう1本の固定ロープには、身体からプルージック・ビレイを取り安全を期す。雪壁では、ユマールに全体重を掛けることはせず補助的に使う。 テラスに着き、さっそく壁際から特製の‘直角三角形型’天幕がすっぽりとはまるように雪を削り落とし始める。上部はスコップが使用できたがすぐにスコップが曲がってしまった。やむなくピッケルで削る。4人で3時間以上かけて整地を終えて、そこに下から撤収して上げた天幕を組み立てた。岩にボルトを打ち込みガッチリと固定する。新C2設営完了(取付点より10ピッチ目)。少し道草を食ったがこれはやむをえない。 |