みちのく名山紀行(その2) 
      残雪の朝日連峰 以東岳〜大朝日岳


                                        狭間 渉

         主稜線(竜門山日暮沢分岐)を目指して…中央最奥が朝日連峰の盟主・大朝日岳

登山期間:2012年5月31日〜6月3日
メンバー:挾間、鈴木
装備: 寝具、炊事用具、非常用テント
食料: 2泊3日分プラス予備食
行程・コースタイム:

5/30 仙台駅にて鈴木と合流⇒(鈴木マイカー)⇒ 5/31 日暮沢(標高620m)7:23-41→清太岩山(1448m)→竜門山日暮沢分岐(1688m)13:03→竜門小屋13:32→北寒江山15:18→虎穴小屋15:45(泊) 6/1 虎穴小屋5:20→中先峰6:12→以東岳(1772m)7:41-55→北寒江山10:08→竜門山12:14→西朝日岳13:10→大朝日岳山頂避難小屋14:50→大朝日岳(1870m)15:15→大朝日岳山頂避難小屋(泊) 6/2 大朝日岳山頂避難小屋5:19→日暮沢分岐7:22→清太岩山8:38→日暮沢小屋10:51

とんでもないガセ情報
 「朝日連峰よりさらに北に位置する森吉山や和賀山塊ではこの時期、融雪が進み残雪はほとんど無いようです」…これは今回の計画を練るに当たり相棒から直前に送信されたメールの一部分である。それならば、ピッケルをストックに、アイゼンとサングラスは不要だな…しかしそれにしても、朝日連峰よりさらに南の飯豊連峰でさえ7月中旬に縦走した時は稜線まで多量の残雪があったのに…、と半信半疑ながら、「でもまあ東北の住人の情報だから年によりこういうこともあるのだろうな」と、少しでも装備が軽いことにこしたことはないと願う気持ちもあり、自分を納得させてしまった。

        
                   桜と朝日岳主稜線…右端は以東岳

 ところがである。今回の登山口となる日暮沢(標高620m)に近づくころには辺り一面のミズバショウとそれを取り囲む残雪を車窓から見やりながら、「おいおい鈴木君、残雪なしはホントかよ?登山口でさえこれだけの雪だぜ」とハンドルを握る鈴木君に眼をやると彼はバツの悪そうな顔をしている。

 実際、登り始めてみてすぐに、登山道は処々で残雪により寸断され、樹上高い所に括られた赤テープや雪面の残置ぺナントを頼りに慎重なルートファインディングを強いられた。雪面は登るほどに斜度が厳しくなり、清太岩山の最後の登りと主稜線との合流点(竜門山日暮沢分岐)への最後の登りは登山靴のエッジを利かせながらキックステップを多用せざるを得なかった。

             
                歩き始めて1時間ほどでこの残雪量だ…やれやれ

 おまけに背後から照りつける朝陽の照り返しは容赦なく顔面を照らす。「いかん!サングラスなしでこの日差しをまともに眼に受けたら雪盲になるぞ!」…ということで穴を二つくり抜いた紙を帽子の庇と顔の間に挟み込んで急場をしのいだりした。


             
                      清太岩山直下の急登

 そんなこんなで夏ならぱおそらく3時間程度だろう主稜線(標高約1680m)までの標高差1000mの登路に5時間40分を要することになった。

 なお、今回の当初計画では3日目大朝日小屋を出発した後の日暮沢登山口への復路は、小朝日岳〜古寺山〜ハナヌキ峰を経由することにしていたが、あまりの残雪の多さに、登り以上にルートファインディングに気を使う未知のコースを避け、往路を忠実に辿ることとなった。多少の心残りはあるが、今回のガイド役鈴木君のこの判断は正解だったと思う。

絶好の天気に恵まれて 鳥海、飯豊の眺望
 日暮沢から清太岩山に至る急な雪面の登高では、登るほどに付近の山々の展望が開け、とりわけ雪に覆われた鳥海山の雄姿が、また虎穴小屋を出発して以東岳への登りにさしかかる頃、左手後方(南西方向)に「飯豊がくっきりと見えますよ」と鈴木君が指さす方向に、杁差岳〜北股岳〜飯豊本山などの連嶺が付かず離れずの距離の二王子岳を従え、遥かな山並みの最奥に浮かぶ様は圧巻だった。連嶺の中央のひと際残雪が目立つ辺りが石転び沢だろうか、「この次のこの時期は飯豊に是非に」と鈴木君。

    
                  朝日連峰主稜線から遠くに鳥海山を望む

    
                  以東岳から大朝日岳に至る朝日連峰の主稜線

   

我々だけの朝日連峰 その深奥に触れて
 本来この地域の5月末というのは、多量の、かつ不安定な残雪の状態からしても、一部の岳人のみの世界なのだろう。好天だからといっても、いわゆる中高年登山者がそうそう安易に踏み込める山域ではなさそうだ、ということがこの時期に登ってみて初めて分かった。谷を埋め尽くす残雪、稜線までの雪、何十メートルに及ぶ深いクレバス、至るところに見られるセラックの崩壊跡、等々さすが豪雪地帯の山ならではの迫力に圧倒された3日間だった。

 そんなわけで好天が約束された週末の3日間とはいえ、以東岳〜大朝日岳の主稜線は最初の2日間、我々だけの世界であり、残雪の別天地を欲しいままにすることができた。結局この3日間では、2日目の夕方、大朝日避難小屋に遅く到着した単独行者、3日目の清太岩山での二人、出遭った登山者は計3人のみであった。

山小屋のこと
 朝日連峰には日暮沢小屋、竜門小屋、虎穴小屋、以東小屋、大朝日小屋と多くの山小屋、避難小屋がある。今回は虎穴小屋と大朝日避難小屋を一夜の宿とした。飯豊連峰とともに、これら豪雪地帯に建つ山小屋は、積雪量に応じて入口が1階〜3階と数か所ある。毎年シーズン前に整備するようで非常に小ぎれいな感じだ。これには朝日連峰をこよなく愛する愛好家たちの想いが窺い知れる。静かな山小屋の一夜・・・夕日も、星空も、朝陽も印象的だった。

        
           日暮沢小屋              大朝日岳避難小屋         虎穴小屋
  
 
      以東岳と手前に虎穴小屋                       朝日連峰に沈む夕日…虎穴小屋付近から

朝日連峰 この時期の花

 この時期の朝日連峰は、あまりにも残雪が多く、高山植物が咲き乱れる別天地というにはまだまだ少し先のようだった。花は詳しくないのが残念だが、そんな中で稜線の登山道脇にカタクリを見つけた時は少しばかり嬉しくなった。なぜなら、恥ずかしながらカタクリの群落をまだ見たことがなかったから。これから融雪が進むにつれ、新たに久方ぶりに陽光を浴びる大地の地下に眠る植物たちに、次から次へと生命の息吹が吹き込まれることだろう。

    

(参考)
みちのく名山紀行(その1) 秋田駒ヶ岳と早池峰山
みちのく名山紀行(その3) 飯豊連峰石転び沢〜北股岳〜丸森尾根