吉賀信市
由布岳（豊後富士）は別府や大分から近く、毎年多くの登山者が山の四季を楽しんでいる山である。
その昔、我々の山岳会も春、夏、冬合宿に備えてのボッカ訓練やビバーク訓練、早登り大会等々でよく登った山である。したがって我々の仲間はこの山にいろいろな思い出があることであろう。
私にも由布岳を見ると思い出すことが幾つかある。その中でも23年前（1983･1･23）、連れ合いが出産(長男)のため産院に付き添っていたが、医師より「すぐには生まれそうにない。」と言われたので帰宅した。ところが翌早朝産院より「いま生まれました。」との連絡を受け顔も洗わず車に飛び乗り産院へと向かった。
その途中、明野から下郡へ下る坂道にて、正面に白く雪を着けた由布岳が澄み切った青空にくっきりと浮かんでいた。その姿は今でもあの坂を下る度に思い出す。
ここ4～5年ほどは毎朝の通勤途中ビッグ･アイ（大分スタジアム）近くの丘を通過する際、車の窓から横目で由布岳を見てシャッターチャンスを狙っている。そしてシャッターは幾多切っている。しかし、未だ昔のような美しい姿の由布岳を観ることができない。
晴れた日でも空は少し霞みがかかったようなくすんだ色をしており‘くっきり’とした由布岳の姿ではないようだ。これは最近声高く言われている地球温暖化や大気汚染の影響によるものであろうか。
また、10年ほど前、自宅（大分市月形）から由布岳山頂までランニングでの往復を計画しトレーニングをしていた。ところが、自分の不注意にて思わぬ大怪我（入院45日）をしてしまい頓挫したこともある。
湯布院に家族で宿泊した際は、朝暗いうちに宿をジョギングで出発し山頂まで往復して朝食までに帰るような山行も何度か行った。
山の好みはいや山に限らず好みは人により異なり千差万別である。誰からもとやかく云われる筋のものではなく個人の嗜好、好みである。
狭間会員（おゆぴにすと）の好きな山は石鎚山（四国）である。先日も「厳冬期の石鎚山に案内する。」と湯布院での別れ際に声を掛けられた。長い付き合いだ。いずれ同行する機会を作りたいと思っている。
私の好む山は山の高さではなく姿、形（山容）である。山を前にするとカメラのファインダーを覗きたくなり、シャッターを何度切っても飽きない山が好みである。私は写真になりそうにない山へ行くと退屈してしまう性質である。
その‘写真’になる山は大分県内に幾多ある。その中でひとつあげよと問われればそれは由布岳であろう。
東西南北、遠方から、近くによって観ても良し。由布岳はどの方角から眺めても堂々とした姿を見せる山である。
私は仲間からは「吉賀はジャヌー以後25年にもなろうとしているのにその間、山には4回しか行ってない。」と云われている。実際にその程度である。また、この5～6年程はトレーニングすれば逆に足、腰の状態が悪化する状況であった。
その状況が好転するきっかけとなったのは‘ヒンズークシの40周年記念の集い’（7月3日）であった。
その際、出席していた山本一彰氏（作業療法士）に加齢による経年劣化で身体のあっちこっちに不具合(首、左背中、右腰、右手首、左足首)が生じていることを相談をしたところ、彼は私の職場のすぐ近くの病院に勤務しているとのことが分かった。
さっそく、山本先生の治療を受けることとした。ジョギングと筋トレ(毎日)と平行して週に２回のマッサージ治療（トレーニングで筋肉や筋に溜まったストレスをマッサージでほぐす）を続けてきた。
体力を保つには筋力を付けそれを維持するように努力するより他に方法はない。
もうひとつ気を付けなければならないことはバランスのとれた食事である。また、暴飲暴食がご法度なのは云うまでもないことである。（特に我々のような60歳前後のおっさんには）。
しかし、その山本氏は2005年末で定年退職となった。せめてもう１年治療を受けたかったのに残念至極である。今後、身体のケアはどうすれば良いのか・・・・・？。
滑走からテイクオフ寸前になった地点で私の肉体改造計画（3年）の前方に予期せぬ暗雲が突然湧きあがった。
テイクオフ後この暗雲をかわしながら上昇を続けて無事に巡航速度に達することができるであろうか・・？。この計画が途中で頓挫してしまう要因をはらんでしまったのである。この世は自分の思いどおりには行かないものである。
7月初めよりトレーニングを開始して約半年。今回の山行はその成果を試す機会でもあった。
今回の山行は以前から予定していたのではなく、久しぶりの大雪に誘われて急に思い立った。狭間にメールにて声を掛けたところ「行きたいが腰痛のため無理だ。」との返事あり単独行動となった。
「遭難せんようにな、あんたはガチャガチャし過ぎるんじゃけん・・・・。」との連れ合いの声を背にして家を出る。
大分市内の雪はほとんど解けていたが湯平の辺りから道路にも雪が残っており湯布院に入ると一面雪景色であった。
解けかけた雪で路面がグチャグチャになった道をスリップに注意してゆっくりと車を走らせ町の中を抜けて九州横断道にでる。
本日の行動予定は岳本から500～600ｍほど狭霧台よりの場所から放牧地に入り枯れススキの急斜面を登り飯森ヶ城～合野越～またえ～東峰～火口廻り～西峰～またえ～合野越～正面登山口である。
岳本を少し過ぎた辺りにいつも（10年ほど前に）車を停めていた道路際の空き地がある。そこに車を駐車すべくバックで乗り入れると同時に動かなくなってしまった。チェンを装着していないタイヤが空回りしているのである。車から出てみると空き地内は降った雪がシャーベｯト状になって凍結している。この空き地に入れるのは無理だと判断した。
やむなくここを諦めて正面登山口に変更することにする。道路に出ようとエンジンをふかすが車はスリップして前にも後ろにも進まない。さて、困った。このままにしてここから登ろうか。
しかし、このような中途半端な位置に車を放置することはできない。なんとかして車を動かさなければならない。スパナで後輪付近の雪を砕いて取り除きやっと脱出に成功することができた。やれやれ､一安心だ。
スリップに注意してゆっくりと正面登山口への坂道を登って行く。まもなく正面登山口に着く。久しぶりの大雪に誘われて多数の登山者が来ているかと思っていたが、車は数台のみ。駐車場は閑散としており由布岳はガスで覆われほとんど見えない状態である。
先ほどのトラブルで無駄にした30分ほどを少しでも取り戻すべく急いで準備に掛かる。
今回は出来る限りの速さで登るつもりである。そのためには服装は軽装でなければならない。激しく行動しても汗をかかない程度が良い。服装はジャージの上下とし、下は薄いナイロンの防風パンツを併用した。
足元は昔の登山靴を履くと症状が安定している左足首が悪化する恐れがあるため積雪はあるが登山靴でなければ無理というような状態ではないと判断しジョギングシューズを用いることにする。
最近のシューズは昔と違いゴアテックス素材を使用している。よって解けた雪が靴の中に染みて足が冷たくなるようなことはない。また、このシューズは‘靴のマシモ’(東京)にて足の負担が軽減できるように調整を施している。
この靴の上からロングスパツを付ける。登山靴に比べるとかなり小さいためにうまくフイットしていない。
サブザックにオニギリ（3個）、ドクダミ茶(500cc)、非常食としてネパール特製のアメ（７粒）、カメラ（2台）を放り込み狭霧台方向に車道を駆け足で下る｡700～800ｍほど下った所から土手をよじ登り放牧地の枯れススキの中に入り込む。
しかし、ちょっと入るのが早かった正面の斜面は傾斜がゆるい。もっと急な斜面を求めて左に廻り込むように枯れススキを掻き分けながら歩を進める。自分の背丈以上ある枯れススキの中は積雪が30～40ｃｍほどある。そのおかげで歩き易いようだ。
飯森ヶ城へのルートはなるべく急斜面が望ましい。ルートを求め上部を見ながら歩を進める。突然、近くで‘ガサガサ’と大きな音がした何事かと身構えると小鹿がピョンと飛び跳ねた。
「あっ、鹿だ、写真。」と思ったが一眼レフはザックの中である。カメラを取り出す間もなく小鹿は飛び跳ねて茂みに消えた。残念、絶好のシャッターチャンスを逸してしまった。 昔、何度となく来た所であるがその時に鹿を見かけたことはなかった。
何ヶ所かの小さな谷を渡ると格好の斜面が目に入ったそこに向かって枯れススキの中を突っ切り斜面の登りにかかる。
クマササと背の低いススキの斜面である。積雪はクマササを覆い隠すほどはなくクマササに雪が乗っかっている状態である。
そのため足元が不安定となり急斜面の個所では、時折踏ん張りが聞かず足が流れてバランスを崩す。
もう30ｃｍ積雪があれば快適な雪面の登りが楽しめるであろう。
また、湯布院方面から斜面を這うように吹き上げる強い風をもろに受け寒い。防寒着を持っていないためこの風には堪える以外方法はない。寒風が鼻を刺激し鼻水が止まらない。とにかく寒い。寒むくてたまらん。
寒いがもう10分ほど斜面を登り続ければ額に汗がにじむようになるであろう。
湯布院からもよく見え‘オニギリの格好’をしている飯森ヶ城の斜面からは湯布院の町が一望できる。
町全体の雪景色はよく見えるが由布岳の方はガスで見えない。そのガスが濃くなって来ているようだ。
急斜面を直登するといきなり平らな台地となる。ここが飯森ヶ城(1067m)の頂上である。
休む間もなく雪を蹴散らすように斜面の下り‘合野越’へと向かう。谷に降りつくと風が当たらなくなり額に汗がにじむほど暖かくなる。
樹林帯の手前付近から多数の足跡が林の中へと続いている。人の足跡ではないようだ。
２つの爪がある足跡、鹿の足跡である。深い雪のなか餌を探して歩き周ったのであろう。この辺りにこの時期どんな餌があるのであろうか。ちょっと思い浮かばない。
まもなく樹林帯を抜けると‘合野越’の標識が目に入る。そこから右上へと続く登山道に大きな足跡が続いている。これは登山者の足跡だ。その靴跡の中に６～８個の爪跡も見える。
アイゼンを付けて登っている人もいるようだ。時計は12時を過ぎている、先を急ぐとしょう。
登山道の積雪は３０ｃｍ前後、吹き溜まりでは膝上くらいである。すでに頂上までトレースされているだろう。樹林帯の中をトレースを追い歩を進めていると時折足が冷たく感じることがある。足元を見るとスパッツのゴムバンドが外れている。
そのため靴の横から雪が少し入っている。靴が小さいため何かに引っかかった時にバンドが外れてしまうのである。
急に空腹を覚えザックから昼飯の‘吉野とりめし’（来る途中自宅付近の店で買った地区の名物）を取り出しパックを持ち歩きながら食べる。
まもなく、早く登った登山者（3人）が下って来た。今日は何人登っているかを尋ねると10人ほどとの返事である。
樹林帯を抜けると吹き溜まりのほかは積雪が少なくなる。視界は相変わらず悪く１５ｍほどであろうか。登山者がまた1人、次に3人と下って行った。視界が利かないためどの辺りを登っているのかよく分からない。急に斜面がきつくなり靴が滑るようになる。ビムラム底であればこの程度の斜面で滑ることはないであろう。
すべって前につんのめり肩に掛けているカメラが雪まみれになってしまった。カメラをザックにしまい斜面の登りに集中する。登り切ると‘またえ’の標識が目の前にあった。
山腹を登っている間は風が気にならなかったがここに着くと急に風当たりが強くなった。
このすぐ上部で2人の登山者（女性）に追いつく。どこからと尋ねると福岡からとの返事。しばらく烈風の吹きすさぶ濃霧のなかを登る2人の姿をカメラで追いながら前後して東峰へと進む。
ゆっくり登ると体温を奪われて寒い。自分のペースに戻し歩を進める。まもなく平らな場所に達した。
視界は５～６ｍほどである。ここが何処なのか分からない。あっ、登山者がいる何人だ2人、・・・・いや3人だ。その横のケルン上に頂上標識（雪の付着で文字は見えない）があった。由布岳(東峰)山頂である。
視界の利かないふきっさらしの中で待機しているようだ。何処からと尋ねると彼らも福岡からと云う。声をかけてみる「3人の写真を撮りましょうか。」・・・「いや、まだ２人着いていない。」との返事である。
先ほど会った２人は同じパーティーなのだ。２人が着くまで待つとしよう。
行動を止めると吹き付ける強風により体温に急速に奪われていく。2人が揃うまで少し言葉を交わそうとするが寒さで口が凍え‘ろれつ’が回らない。言葉をうまく発せられないのである。
まもなく２人が到着し5人（男性:1･女性:4）が揃った。さっそく頂上標識を背にして写真を撮り合う。そこで‘おゆぴにすと’に写真を掲載することの了承をいただく。
ここから予定の火口の縁を廻り西峰に行く時間は充分にある（16時頃までに下山すれば良い）。しかし、視界がほとんどなく周囲が見えない闇のような中を行く気にはなれない。東峰から西峰と火口の縁を廻ることを中止する。
先に下り始めた５人パーティを追い抜き‘またえ’に着くとちょうど西峰から下って来た登山者（ピッケルに出っ歯のアイゼンを装備）に出会う。西峰の積雪は深い所では
胸まであったそうだ。
このままちょっと西峰にも登ってみたいが天候は今にも雪が降って来そうな様相である。そうなれば駐車場の車を動かせない状況になる恐れがある。残念であるが諦めるとしょう。
湯布院では温泉と酒が待っている。そう思うと一刻も早く下り温かい温泉に浸かり酒を飲みたくなって来た。下り始めると‘またえ’の下の急斜面で登ってくる２人の登山者に会う。
この場所を過ぎるとあとは電車道だ。さあ、駆け足で飛ばすとしよう。積雪がクッションとなり駆け下っても膝の負担が軽減されるようで無雪期よりも楽である。
下る時はなるべく足跡は踏まず積雪部分に足を運ぶようにした。
‘合野越’より下部の樹林帯は積雪が多い。昨晩も降雪があったのだろう。また、今日は日中も気温が低かったため雪が腐ってなくさらさしている。雪は粉雪である。その足跡後のないところ（トレースの左側）を駆けように下ると雪は左右にふわっと舞うように飛ぶ。久方ぶりに（25年ぶり）雪と戯れその感触を楽しむことができた山行であった。
コースタイム：登山口（11:15）～飯森ヶ城山頂（11:55）～合野越（12:05）
東峰山頂（13:15～13:30）～登山口（14:22）
2005年12月23日
注）
①身体は気になっていた左足やその他に筋肉痛などの症状はでなかった。
しかし、今回は空身でわずか3時間の行動である。負荷のかかる長期間の山行となれば今の体力では耐えることはできない。
②コースタイムは自分が想定していた時間を30分ほどのオーバーとなった。
③登山者は私を含め16人のようであった。
