00:特に重要ではない序章
風が吹いた。
はゆっくりと空を見上げ、あくびをひとつつくと取り込んだばかりのふかふかな布団へと倒れ込む。太陽の匂いを存分に含んだその幸福感に、目じりと口元が緩む。
今夜は良い夢が見られそうだと思いながら、早々に昼寝の睡魔に吸い込まれていった。
子供が一人、名前を呼ばれて前へ出る。
もう一人子供が名前を呼ばれ、同じように前へ出る。
いくつか同じ作業が繰り返され、並んだ子供を大人たちはじっくりと見渡した。
「これより実地訓練を始める」
その声に子供たちは背筋を伸ばし、次の言葉に構えをとった。二人一組で組まれた対峙に、大人はひとつ頷いて声を上げる。
「始め!」
一斉に響き渡る殴打と風を切る音に、私語は一切含まれていなかった。
とんてんかん。
鳴り響く音は軽快で小気味良く、手際よく目的の形へと組み上げていく。
時折設計図へと目を走らせ、そしていくつか足りなくなった部品を手に取り、そしてまた軽快な音が鳴り響く。
時折重いものも聞こえてくるが、それでも作業の音は鳴り止まず、楽しそうな笑い声まで聞こえてくる始末。
「昼飯にしようか」
その声が合図だったかのように、またひとつ楽しそうな声が沸きあがった。
水を掻き分けて進む船の音。
はぼんやりと夢の訪れに気付き、その音に耳を済ませた。
楽しそうに笑いあう声を響かせ進む船と、緊張に肌が痛むような空気の船。その二つの雰囲気を嗅ぎ取ったは、夢の中だと分かっていながらあくびをひとつもらす。
目に映るのは、麦藁帽子をかぶった赤いシャツの男の子。ああ、これは夢だとはますます確信を深めた。
そして別の船に目をやれば、葉巻を口にくわえた男の姿。ああ、やっぱりやっぱりと軽い調子では何度も頷く。
右を見れば、羊の船首を持った麦藁帽子の男の子がいる船。
左を見れば、厳つい様子の船に葉巻をくわえた成人男性。
この二つの船が隣接していて、何か起こらないわけがない。それなのにその船たちはの眼前に並んでいる上、海を当たり前のように進んでいる。
が海の上を立てるはずがないし、その二つの船が仲良く並んで航路を行く道理もない。
これは夢だねぇとひとつ呟くと、はやっぱりあくびを漏らした。
名残惜しいが一度目を覚まして、そして日向の匂いがする布団の感触を確かめてから眠りなおそう。
そうと決めたら、は瞼をゆっくりと下ろす。体は先ほどから空中やら海上やらを好き勝手に飛び回っているし、夢だからか夢なのにか、の意思が全く反映されていない。海に沈もうとしても出来ず、空中散歩をしたくても出来ず。
なので早々と瞼を閉じるが、体は空中へと舞い戻ってしまう。二つの船の甲板が見渡せる、ある意味絶景スポットだった。
夢なのに。
自分の夢だというのにが呆れていると、どこからか視線を感じた。夢でしかも空中を浮かんでいるのだから、誰にも見られていないと思っていたは抵抗なく下を見た。そして目が合う。麦藁帽子をかぶった、漫画などでよく見る少年の丸い目だった。
「なにしてんだ?」
ルフィ、とのその口は反射的に名前を呼んでいた。
同時に子供の笑い声が聞こえ、そちらをつい振り向いてしまう。
「なぁ」
遠いはるか下のほうに居るはずの声が、嫌に近くで聞こえる。
は子供の声が聞こえた方角から視線を外し、もう一度下を見ようとした。
目が合う。丸くなっていた目が、どこか嬉しそうに細くなった。
「お前、だろ?」
なにか相手が言おうと口を開いたのだと、その動きを見ていたは分かった。けれどその音がの耳に届く前に、彼らの姿は消えていってしまう。ああ、夢から目が覚めるのだとは静かに瞼を伏せた。
意味のわからない夢だけれど、久々にキャラクターものを見たなぁとどこか感慨深げに意識を手放した。