目的着手
ありがたいコルトピとノブナガのお迎えのおかげで、問題なく部屋に戻るのだと思っていたは、自分の考えが間違っていたことを思い知らされた。たどり着いたのはなぜか大部分の人間が集まっている部屋で、食事をしたり酒を飲んだり大泣きをした部屋だった。不思議に思ってノブナガを見ると、彼はこともなげに『集合ってフィンクスから聞かなかったか?』と首を傾げてしまう。
ああ、聞き取れなかった言葉にそんな内容も含まれていたのかと、は曖昧に頷いた。その動作に、ノブナガは察して苦笑と共に軽い頭痛の残っているの肩を叩いた。
部屋に集まっているメンバーは、特にそんなを気にせずに先ほどからなにやら話中で、どうすればいいんだろうと立ち竦んだを引っ張ったのは、いまだに手をつないでいるコルトピだった。
「はこっち」
言われた言葉に首をかしげると、無理のない程度に強引な力がを誘導し、なにやら床の瓦礫を何度か蹴っ飛ばす。そしてまぁ座れないこともない程度に片付くと、そこにを立たせた。
「ここに座ってて」
「……わたし、ここ、すわる?」
「そう。えーっと」
コルトピは丁寧に言葉を紡いだが、が鸚鵡返しした上に軽く首をかしげたことから、言葉が通じていないのかとノブナガを目で探す。それを察したは、コルトピの親切を無にしないよう理解していると座り込むことでアピールした。慌てて座り込んだため、多少の砂埃は立ったがはコルトピを見上げて笑って見せた。
「だいじ、だいじょ、うぶ。すわる、わかる」
「……ならよかった」
コルトピもどこかほっとしたように言葉を返し、少しの沈黙をおいての手を離した。離れた体温が、ほんの少し寂しいと思いながらもはそれに逆らわずに離れた手を見つめた。
そしては複数の視線の中、周りの人間がを中心とした車座に見えなくもない距離感で立ってたり座ったりし始めて、自分がなぜか円の中心になっている事実に首をかしげた。ノブナガに目線で問いかけても、まぁ座っとけとばかりに手を振られると、質問する言葉も音にならず口の中で解けていく。少し張り詰めた雰囲気ではあるが、殺伐とした雰囲気ではないので殺されることはないだろうと自分に言い聞かせ、は大人しく座ったまま何かを待つ。
そしての目の前に持ってこられたのは、にとって見覚えのありすぎるシルクハット。サテラの母親が、を気遣って作ってくれた「サテラの家に居る理由」のシルクハット。
「……」
瓦礫の比較的少ない広間、その真ん中に座らされた。目の前に置かれた、毎日毎日掃除をしているシルクハット。覚えのある汚れも皺もこっそり隠れていたほつれも、何もかもにとっては当たり前のシルクハット。
旅団の視線は、ひたすら説明もなくとシルクハットに注がれている。居心地悪く身じろいで見せても、一向に視線の数は減ってこない。
どうしろって言うんだとが苦悩していると、シャルナークが口を開いた。早口でまくし立て、その視線はに向いたままなのに、には聞き取れないほどの早口だった。けれどすぐに別の人間が早口でまくし立て、また別の人間が応えるように口を開いてまくし立てる。
何を言っているか解読できないを置いてけぼりにして、会話はどんどんと進んでいっているようだった。
「で、だから団長どうするわけ? とりあえずが「友人」と仮定して解除させるの? 違ったら危なくない?」
「でも関係はあると思うから、まぁ、危なくはないんじゃないかい」
「不確定要素でやっても、こっちに被害が出ないならやっても良いと思うよ。変なの出てきても殺せばいいし」
「まずは本当に念が出来ないのかどうか、それから調べるべきね。失敗するのは面倒くさいよ」
「でもそれならそれで、念が出来ないと断言すべきじゃないかしら。念を習得しているのなら、ヒソカたちの念に当てられてああいう状況になったとき、念で自分を守ろうとしなかったのはおかしいもの」
「でもそれは、もしかしたら生い立ちに関係あるかもしれないねぇ。調べ切れてないんだろう?」
「自身の調査は、これから!」
ヒソカの言葉にシャルナークが噛み付くが、パクノダは静かにを見つめた。困惑の表情で、じっと黙って待っている彼女を。
生い立ち。
生まれ育った世界、環境。
似たような建物、風習、服装、食べ物。
けれど交わらない言語、文化、世情、著名人。
あるはずのない書物、情報、軟弱な一般人のそれ。
パクノダが見たものが本当に真実なら、ただの思い込みや意識のすり替えでないのなら、シャルナークですらの生い立ちを調べ上げるのは無理だろう。本人から聞き出せない限り、絶対に不可能だ。念を覚えているはずのない環境で、でも覚えたとすれば特質系統になるのだろうか。無意識に自分達が気づかないほど微弱なものを使用して、この財宝を守っていたとすればどうだろうか。
「パク?」
「やってみましょう。でないと進まないわ」
そうでしょう、団長。
シャルナークの言葉を聞き流し、パクノダは先ほどから黙っているクロロへと視線を向けた。軽く肩をすくめたクロロは、パクノダの言葉を否定しない。へと視線を向け、触ってみろと笑いかける。
『、これなんだか知ってるか?』
ノブナガがなんの含みも持たない素振りで困惑するの顔を覗き込む。瞬きを繰り返したは、数拍遅れて頷いた。しるくはっとですよねと、困惑そのままに返された言葉はノブナガを苦笑させる。けれど、そうだと頷いたノブナガは話をとっとと進めていく。
『見たことあるか?』
『はい、お店でいつも触ってます。……ええと、これすごくそのシルクハットに似てます』
『シルクハットなんて、どれも一緒だろ?』
『いいえ、毎日見てますから分かりますよ。ええと、これ、もしかしてどこかに落ちてました?』
ありえないだろうと思いながらも聞いてしまうような素振りで、は恐る恐るシルクハットからノブナガへと視線を動かした。いいや、違うぜと軽く否定したノブナガには渋面を作る。ならば、どうしてと問いかけたくて堪らないといったその表情に、ノブナガは笑う。
そしてクロロが頷いたのを確認し、シルクハットを触るようにを促した。
『……別にいいですけど』
釈然としないながらも、部屋に居る全員の視線がいまだに離れないのはさすがに居心地悪いのか、さっさと済ませようとばかりにはシルクハットを両手で持ち上げる。何の気負いもなく持ち上げられたそれは、念能力者にしか分からない程度に発光した。まるで蛍火のように朧なそれは一瞬だった。
「……ビンゴだな」
クロロの嬉しそうな呟きがこぼれ、その場の旅団員は全員それぞれ笑う。一人分かっていないは、これからさきどうすればよいのかノブナガとクロロを交互に見た。
「いつも、店のシルクハットはどうしてる?」
『いつも店のやつはどうしてんだ?』
クロロの言葉を、ノブナガが通訳のように繰り返す。はノブナガとクロロをやはり交互に見て、首をかしげながら答えた。
『店のシルクハットは、いつもお掃除するときだけに触ってるので、ブラッシングしたりしてますけど』
「その時、何をどうしろだとかアドバイスはもらわなかったか?」
『サテラにシルクハットの手入れのアドバイスとか、貰ってんのか?』
『はい、最初に両手を添えて「綺麗にするね」とか、話しかけるようにすると良いって聞きました』
奇妙な会話はしばらく続き、おおむねシルクハットを人間扱いしている様子が窺えた。もしくは、愛馬のように接しろといったところだろうか。とにかく、シルクハットのご機嫌を伺い優しく触れ、そして心を込めて綺麗にするらしい。
たかが帽子ひとつに馬鹿馬鹿しい話だと、その場に居る全員が思ったが、その中身は財宝の保管場所。それを思うだけで、馬鹿馬鹿しい行動の一つ一つが財宝入手のヒントに聞こえてくる。
としては、この人たちシルクハットのお手入れ方法知りたいだけなのかなぁと、なんとなく話が進むにつれて勘違いが発生していき、困惑気味だった表情も真剣に教えるそれになっていた。傍から見ると勘違いも甚だしいが、微笑ましく感じるメンバーが居るのも事実だった。勘違いしているなぁと、なんだか子供を見る視線だ。
「そうか」
クロロは一通りから話を聞くと、瓦礫に座りなおしてまっすぐにを見つめる。そして真面目な表情を作り、手始めの言葉を口にした。
「、オレは「管理人」に「許可」を貰っている」
即座にシルクハットから輝きが迸り、言葉の意味が分からず目を丸くしかけたは、驚いてぎゅっとまぶたを閉じる。の両手が持っているシルクハットは、前触れもなく輝きその光を四方八方に放出し始めた。
その場に居る全員が息を呑むが、は驚きとぶり返した混乱に体を硬直させる。なにが、なに、なにがおこった。ひかり、なに、帽子が。
けれどクロロはすぐに息を整え、興奮につりあがる口角をものともせずに言葉を続ける。
「だから、君の力を貸してほしい。「友人」よ、君の力が必要だ」
光は迸り続け、そして点滅するようにいくつかはを包むように枝分かれを開始した。そして包み込んだその光は、今度はクロロをも包みだす。
身構えようとした旅団員を片手で制止すると、クロロはじっとシルクハットとを見つめる。言葉を間違えてはいけない、力の加減を間違えさせてはいけない。手順を間違えてはいけない。
反応を返さないに、クロロはもう一度呼びかけた。
「。……」
「……ッ!? う、うわぁ」
言葉が上手く使えないのか、うっすらと目を開けたは、自分を包んで巻き起こっている現象に目を白黒させる。けれど混乱されたままでは、お宝は手に出来ない。
クロロはノブナガへと視線を向けると、まぶしさに目を細めていたノブナガは意図を察してへ近づいた。背後に回り、落ち着くようにその両肩を掴んだ。びくりと跳ね上がる体に笑いながら、大丈夫だと繰り返す。
『大丈夫だ、落ち着け。このシルクハットは特別製なだけだ』
『は、はい! ……爆発したりとかは、ないですよねぇ!?』
『ぶっ!』
ひっくり返った悲鳴に、思わずノブナガも一部のメンバーも吹き出してしまう。けれどは心底真面目で、ついでに言うとずっとを見つめているクロロも真剣だった。
「大丈夫だ。オレたちを信用して、これから言うことをしてくれ」
どの口が信用してくれとか、ぺろっとほざきますか。
いくつかの胡乱げな視線を感じたが、クロロはどこ吹く風でを見つめる。耳元で翻訳してもらったも、クロロを見て真顔で頷く。ノブナガが至近距離だとか、その唇が耳に触れそうだとかという色っぽいシチュエーションも、今はに何の影響を及ぼさない。
……ノブナガはほんの少しばかり、つまらなそうに頭を掻いた。
「では、続けるぞ」
そんなノブナガも気づかない振りをして、クロロは真剣な表情のに頷いた。