広がる好意
「……あ、終了」
「名前呼ばれなかったね。団長」
「呼ばれるほうが不自然だろうが、あそこまで脅かしておいてよ」
「とりあえず、成人女性として同情するわ」
と一足先に出会っていたシャルナークたち三人は、口々に感想を言い合う。
何の感想かと言えば、もちろんいい年こいて泣いた上にトイレの前でうずくまっている、本人も自覚した上でかわいそうなことになっているについての感想だった。なぜかコルトピもコメントしつつ混ざっているが、そこら辺は暇だったんだろうと三人も特に気にしない。さり気なく聞き耳を立てていたクロロに、当たり前のようにコルトピが嫌味を言った事も三人は追及しない。
「ああ、残念だな」
クロロも肩をすくめて見せるものの、本当にそう思っているわけではない。明らかな言葉遊び。
そして口を開いた五人と一緒の部屋にいたフィンクスは、の居るだろう階へと視線を向けて首を捻る。何気なく面倒見の良いフィンクスは、を可愛がっているようなことを言いつつも助けに行かない、目の前の三人組に不審の目を向けた。
自分が集合の伝言と酔い覚ましを持って行ったのだから、どうせなら引っ張って来れば良かったぜとも思っているが、不審な目を向ける以上の行動は起こさない。ただ、こいつら本当は新しいおもちゃを面白がって使ってるだけじゃねぇのか、そんな思いを込めて三人の後姿を見ていた。
「なに、フィンクス」
パクノダだけが振り返って声を上げるが、なにやらシャルナークとノブナガは盛り上がり、コルトピはのいる上の階を見上げて動かなくなっていた。
「お前ら、楽しそうだな」
振り返られたときのことは特に考えていなかったので、適当に言わずもがななことを口走る。パクノダが愉快そうに笑う。
「だって、可愛いじゃない?」
「あのくらいの歳で泣かれたら、結構鬱陶しいはずなんだけどね」
「言動じゃないかな。世界共通語がつたないって、普通幼児くらいだし」
「違いねぇ」
男三人は楽しそうに身を寄せ合って笑い、クロロはまた読んでいる本のページをめくる。フィンクスは興味がうせたように返事をせず、フェイタンの奏でる拷問の叫びを聞く。
「今日はご機嫌ね」
パクノダがフィンクスの様子に気付き、かわいそうな男女を思う。パクノダとの部屋に侵入し、ノブナガ達の攻撃で部屋を汚した二人。フェイタンが嬉しそうに引きずっていった二人。
そう言えば、フェイタンはの怯えっぷりに笑顔を浮かべていた。拷問したいとでも、そのうち言い出すかもしれない。
パクノダは当たり前のように阻止する自分を思い浮かべ、ノブナガ達も存分に盾にしてやろうと結論付けると、部屋を出ようと足を進める。
「パク、どこ行くんだ」
「愚問ね」
ノブナガの声に即座に答え、パクノダは笑いかける。けれどそのパクノダの前に、シャルナークとコルトピがもつれるように立ちはだかった。
「ちょ、コルトピいきなり動くなよ」
「シャルこそ邪魔。早い者勝ち」
お互い部屋の外に進もうとしているが、体で牽制し合っているせいか進まない。本気を出している様子はないが、なにやら真面目な顔で二人ともパクノダの前で言い争っていた。
「……お前ら、邪魔だ」
低いノブナガの声に、シャルナークは「お父さん、娘さんを」と言いかけて頭に拳を貰ってしまう。コルトピはその衝撃に急いで飛びのき、部屋の外に飛び出した。けれどノブナガの拳が追いかけてくる。
「お父さんって、言ってないよ」
「喧嘩両成敗だろうが」
「それ、本当に親みたい」
足音もせずコルトピとノブナガは追いかけあうが、何かに気付いたのか上からの声がしなくなる。おかしいなと二人はそのまま、速度を落として階段からそっと一応の絶をして、のいる廊下を窺った。
「……」
そこには、顔を上げてじっと一点を見つめるがいた。その頭と視線は、ゆっくりと横に動いたかと思うと、そのまま上へと昇っていく。かと思えば、またその一点を見つめだした。
「猫みたいだね」
「なんか見えてるみたいだな」
コルトピとノブナガは、特に幽霊だなんだと怖いと思わない人種だが、の動きの奇妙さには首を傾げてしまう。
はまたくるりと円を描くように床へと視線を動かし、今度は素早く左へと動かした。そしてしばらく動きを止め、ゆうっくりと舐めるように右へと首を動かしていく。
「ねずみでもいる?」
「見えねぇな」
そしてある一点で、再びの動きが止まった。二人は音も立てずに見守るが、は自分の耳を両手で塞いでしまう。音を聞こえないように、しっかりとした蓋をしてしまった。
『帰らなきゃ』
明確な言葉を吐き、は耳を塞いだまま立ち上がる。
『約束、したから。うん、忘れちゃいけなかったのに、なんで忘れたんだろう』
浮かれてたのかな? と自身の小さな声が思考に相槌を打つ。
その様子を見守る二人は、顔を見合わせての様子を観察した。ノブナガの声が、コルトピにの言葉を解説する。は気付かず、独り言を続けた。
『いい大人が、こんなことで泣いてたらダメだっての。無人のビルでもないのに、人が居るって分かってるんだから情けなさ過ぎる』
自分を叱咤する言葉を続けながら、は辺りを見回し始めた。反射的に、二人とも姿を隠す。
『まったく、だから子ども扱いになるのよ。当たり前のことだね』
一人で頷き、は手の甲で自分の顔を傍から見ていて痛いほど擦る。涙を拭いているのだと推測できたが、なにぶん勢いがつきすぎてて少し怖いほどだった。
『さて、ノブナガさんたち探そ』
両手で頬を叩き、は軽快な仕種で体の向きを変える。それを狙っていたかのように、ノブナガが止める間もなくコルトピが曲がり角の影から飛び出した。
「この馬鹿!」
ノブナガが声を荒げるが、それが追いつく間もなかった。ノブナガにしてみればわざとらしく小さく瓦礫を踏む音を立てて、コルトピはの前へと飛び出した。
「、なにしてるの?」
いかにも今気づきましたと言う言葉に、ノブナガは渋面を作る。わざとらしい、うさんくさいナンパのようだと思うが、肝心のはコルトピへと視線を向けず、あちらこちら忙しなく視線を移動させていた。
「……? あ、こるとぴ?」
ようやくコルトピの存在に視線を定めたは、今頃脳に言葉が届いた素振りで首を傾げた。
確証を持たないような弱い呼び方に、今度はコルトピが首をかしげる。けれどが一歩足を踏み出し、喋りだしたことで疑問はすぐに答えに行き当たった。
「くらい、ええと、こるとぴ? わたし、」
「うん、こっちからは良く見えるよ。大丈夫?」
しっかりとコルトピの目を見つめ返せていないは、コルトピのシルエットらしい部分を何度も見つめる。コルトピの片目ではなく、全身をどうにか見つめているらしいの声は、コルトピにとっては頼りないがなんだかくすぐったい。
小さく笑い声を上げたコルトピに、も目を丸くして驚いたが隠れているノブナガも驚いた。お陰で出て行くタイミングを失ってしまい、進んでいく会話に次のタイミングを窺うしかなかった。
だが、コルトピが爽やかに優しく短くだが笑い声を上げたことに、ノブナガはなんだか雲行きがおかしいことを確信した。先ほどのシャルナークとの会話でもそうだったが、いつの間にかしっかりとした認識で、コルトピもに興味を持ち始めたらしい。しかも、好意寄りの感情を。
たった一晩と言う時間なのに、の存在が幻影旅団の中に浸透していく速度は目を見張るものがある。それはノブナガたち三人が率先していた所為もあるが、腑に落ちないほどの速度だった。幻影旅団と言う団体の性質から言っても、おかしいと思わざるを得ない。
不意に、ノブナガの脳裏に蘇ったのはシャルナークの言葉だった。
目的の店で奥の部屋に通された後、シャルナークはそれまでの態度が嘘だったかのように苛立っていた。不自然なほどへと向けられた殺気と、それが幻だったかのようにが近づくと微笑んだシャルナーク。
シャルナーク自身ですら良く分からないと言っていた、感情の波の激しさ。
「こるとぴ、えと、どこ?」
「こっち」
軽い足音をわざとらしく立てて、コルトピがの目の前に立つ。そして躊躇いなくの手に触れ、しばしその動きを止めた。ノブナガにはコルトピの止まった理由がすぐにわかったが、には分かるはずもない。闇の中突如、見えぬものに触れられたようなものだったのだろう。空気が震えるほどびくついていた。それに触発され、コルトピが正気に戻って笑う。
「怖い?」
「……ない」
コルトピの笑いを含んだ問いかけに、目に見えては手を握り返す。ぎゅっと音が聞こえそうなほど、縋るように握り返される手。震える声は図星を突いているだろうに、返す言葉は子供のように端的だった。
「……」
ノブナガはその光景を文句を言うでもなく見つめ、今コルトピが見ているだろうのオーラを思った。
触れねば見えず、離れれば幻のように掻き消えるオーラ。
偶然ターゲットの家に居候をしていて、そしてお宝に関係があると思われる。
シャルナークの感情の波。
自分たちの中で育つ好意の、異常なまでの繁殖力。影響力。
「みんな下に居るから、においでよ」
「うん」
「あ、みんなはみんなでも、全員じゃないよ」
「? ……うん」
子供のような会話が続き、足音が二組ノブナガの方向へと歩いてくる。
静かにそちらの方向を見ると、危なっかしく歩くと手を繋いだままのコルトピが、エスコートをするようにを見ながら足元にあるものを次々蹴り飛ばして粉砕している。こけないようにと言う配慮だろうが、砕ける音が聞こえるたびには全身で驚きと恐怖を表す。
オーラ。
出会いの偶然。
感情の広がり。
「……こるとぴ」
「なに?」
「……ない」
泣きそうに唇を噛んで、コルトピが笑いを堪えていることも知らずに気を張って歩く。それを見ていると、ノブナガは考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
どうせお宝開放はすぐそこ、その場にも居るのは確実。居たくないと言っても、それをクロロは許しはしないだろう。
ノブナガは楽しそうに近づいてくるコルトピと目が合うと、大きなため息を吐き出した。
真っ暗な廃墟の廊下の角で、はもう一度体をびくつかせる。
『、大丈夫か』
『……ノブナガ、さん』
ノブナガがの頬に片手で触れ、そのまま額を合わせて目で顔を確認できるように動くと、睫をしばたかせたの目が、恐怖からゆっくりと安堵の色に変わっていく。徐々に緩んでいった口元を見て、ノブナガも笑みを浮かべて見せた。
『泣くな。さっさと行くぞ』
『はい。……ノブナガさんも、迎えに来てくださったんですか?』
嬉しそうに話し掛けてくる声に顔を離すと、ノブナガはどこか感情の伺えなくなったコルトピを見る。マスコットのように立ち尽くしたコルトピは、無言での手を引っ張り歩き出す。それにつられても歩き出すが、ノブナガも足音を立てて歩き出したので、嬉しそうな声は続く。
『お前、どこまで出掛けたのかと思うほど遅かったからな』
『すみません、遅くなりました』
軽い嫌味のような言葉をかけても、は嬉しそうに笑って、ノブナガの居るだろう方向を見る。コルトピは先ほどと同じように瓦礫などを粉砕しているが、はそれが聞こえていないかのように笑顔のまま。
「……」
コルトピの沈黙をバックに、ノブナガは笑いながら前を歩く。
『ノブナガさん?』
少し距離の開いたノブナガの声の聞こえる方角を、コルトピと繋いだ手に誘導されながら、は階段を一歩一歩確かめながら降りていく。
『先に行っとくぜ』
ノブナガは機嫌よく足取りも軽く、階段を歩いていった。