大酒のみ


 大暴れしてすっきりしてきた仕事組が仮宿に戻ると、ボロビル内部は大声で笑いさざめく飲み会会場と化していた。
飲んでるかー!?」
『イエーイ!』
 ガッツンガッツン酒のなみなみと注がれたグラスがぶつかり合い、顔の赤くなったと上機嫌なウボォーの笑顔が炸裂する。顔や手に勢いで酒が掛かろうともお互いお構いなしで、少し遠巻きにノブナガとパクノダとシャルナークが酒を飲んでいたが、すでに酔っ払いの二人を止める様子は見られなかった。
「……どうりで」
 フィンクスが鼻を鳴らして納得をする。
 どうりでビルが酒臭いわけだと声も出さずに頷いていると、シズクとマチが顔を見つめあって肩をすくめ、クロロがまっすぐノブナガたちの元へと歩いていった。ヒソカは笑ってウボォーとの宴会に混ざろうと歩いていくがコルトピに足払いを掛けられ、掛けたほうのコルトピは平然とパクノダの元へと歩いていく。
「コルトピ?」
 マチが首を傾げて名前を呼ぶが、コルトピは振り返る素振りもなくパクノダに服の入った袋を差し出していた。
「これ、パクが言ってた服。適当に詰めてきた」
「ありがとう。……すぐに盗ってきてもらって正解だったわ」
 パクノダが呆れそのものの脱力した顔で宴会組二人を見つめるが、渦中の二人は大声で腹の底から笑って酒を煽っている真っ最中。ヒソカが再度二人の中に混ざろうとするが、それはパクノダと同じく脱力しているノブナガに阻止された。
 ヒソカは襟首を掴まえられそうになると、即座に避ける。けれどノブナガの脱力仕切った顔に興味を覚え、どうしたのかと首を傾げた。
 ノブナガはヒソカの言葉に、げっそりと脱力したまま苦笑いを浮かべる。
「お前でもありゃぁ無理だ。体力温存しときたいなら、混ざろうと思うな」
 何があったんだと仕事組がノブナガたち三人を見るが、三人は一斉に苦笑いを浮かべたのみ。言葉としての説明は皆無で、けれどウボォーの大酒のみに付き合っているの心底楽しいですといった満面の笑みになんとなく事情を察した。
 それは誰も彼も想像するしかない程度のものだったが、とりあえずその場は納得する形を取った。
「……ふーん?」
 ヒソカが意味深に声を上げるが、ノブナガは注意をする気も起きなかった。
 シャルナークもに手を出すなよとか、あまり興味を持つなとか牽制をしたい気がしてはいたが、ヒソカたちが居なかった時間を思い出すと自分の精神力の回復を優先した。
 はまだ大声で笑い、ウボォーの盗ってきた酒で歓声を上げながらおしゃべりを楽しんでいる。
 すでにの言葉はの母国語となっていたが、酔っ払いであるウボォーとにはあまり関係がなくなっていた。ただただお互い喋り、なぜか大体の意味を把握して返答をして、大声を上げて笑って肩を組んだりを繰り返す。
 ノブナガたちにしても、他のメンバー達の視線から見ても想像できなかったの一面に、そう言えば子供じゃないんだったっけ……との年齢を思い出す。
 本人から誰かが聞いたわけではなかったが、なんとなく感覚で相手の年齢くらいは推測できていた。念能力者なら肉体の若さを保持することなど簡単で推測は難しいが、素人であるの年齢は特に無理なく推測できた。20代前後だろうと誰もが予想を立てていたが、やはり言葉と言うのは大事らしい。
 たどたどしい言葉遣いで、頼りきった目で困りきった目で見られるとどうしても幼さをイメージしてしまうし、クロロに怯える様子を見ていると、子供の様にノブナガの背後に隠れたりもしていた。
 けれどやはり、見た目程度には年齢を重ねていたのだなぁとなんとなく納得する。
 はまた新しい酒をウボォーのグラスに注ぎ、ウボォーも飲みかけののグラスに溢れさせるほど酒を注ぎ足した。大声で肩を叩きあい、軽く転びかけたをウボォーがもう片方の手で支えて顔を見合わせあい、また爆笑。そしてグラスを煽る。
 もう何をくっちゃべっているのか分からない酔っ払い二人は、周りが目を細めて遠くを見ているのにも気づかない。
 部屋の中の空気が幾分まったりしてきた中、辺りを見回したコルトピは足音も軽く二人の前に跳んでいく。すぐにウボォーが気づいて片手を上げ、続いても気づいて片手を上げる。
「よっ、コル。もう戻ってきたのかよ!」
『コルトピさん、おかえりなさーい!』
 陽気にけらけらと笑い声を上げる二人に、コルトピは首を捻りながらも頷く。の言葉はコルトピには理解できないものだったが、真っ赤な顔が満面の笑みで笑いかけてくるのは悪い気はしない。馬鹿にした雰囲気も感じなかったことから、コルトピは特に大きな反応は返さなかった。
 ウボォーはコルトピを指差し、に簡単にコルトピの説明をする。仲間で、髪が長くて、念能力が面白くて。
 ウボォーが満面の笑みで、時折凡人の絶叫より大きな声で吼えあがったりもするが、至極上機嫌で話すのをも満面の笑みで頷きながら聞いている。言葉が理解できているかは周りからは分からなかったが、二人がとても楽しんでいるのは良く分かった。
 ウボォーはの肩を抱いて話しかけ、も酒を飲みながら寄りかかったまま頷く。
「コルトピだ」
 ウボォーがコルトピを指差せば、も同じようにコルトピを見て笑みを浮かべる。
「こるとぴ、ら!」
 時折言語が公用語に戻るが、文章として話すときはやはりの母国語に戻ってしまい、理解できるのはノブナガだけになる。
「うん、コルトピ。君の名前は?」
 酔っ払い二人に割り込んできたコルトピは、ウボォーとの言葉に軽い調子で頷き、当たり前の様にに手のひらを向けた。その仕種に、酔っ払いのが首を傾げてウボォーを見上げる。
 ウボォーもしばし目を丸くしたが、がははと大きな声で笑い上げると同じ言葉をもう一度に繰り返す。
、お前の名前はなんだ! コルトピに言え!」
『ああ、分かった! イエッサー!』
 まるでどこかの軍隊の上司か何かの様に、ウボォーが笑いながらに命令する。お遊びのおふざけはすぐにに伝わり、も敬礼をしてグラスを床に置くと座ったまま背筋を正した。
 コルトピに向かい直り、三つ指をついて深々との頭は床へと下がる。
と申します。コルトピさま、どうぞこれからこのわたくしめをご贔屓にお願い致します』
 思わずノブナガは飲んでいた酒を吹いてしまったが、の母国語が分かるのはこの場ではノブナガだけ。ウボォーはがきちんと自己紹介が出来たことだけを理解し、よく出来た! と大声で褒めるが注意などはもちろんなく、コルトピも最後の方の言葉が分からなかったが、フルネームらしきものをが口にしたのは理解できたので、下がった頭に向かってよろしくと囁いていた。
 の言葉にノブナガはどこの夜の蝶だよ! と突っ込みたかったが、振り向いて現場を見ると真っ赤な顔をして酒を煽りなおしているがいるだけで、その顔からノブナガの注意を聞くような理性は見当たらなかった。良くて目を丸くして聞くか、悪くて爆笑といったところかとノブナガは肩を落とす。他にの言葉を理解する人間が居なくて幸いだったと、ノブナガは情けなくも目をしょぼしょぼとさせながら酒を煽った。


『一番、歌います!』
 いつの間にかコルトピが大酒飲みに混ざり、酔っ払いどもの宴会は更に白熱したものとなっていた。
 その中で首まで真っ赤に染め上げたは、空になったビンを持って立ち上がる。ウボォーはすでに酔っ払い独自の感覚で理解して拍手をしだすが、まだ素面のコルトピは首を傾げて立ち上がったを見つめていた。
 歌いだそうとするに、さすがのノブナガも現在の時間を確認して止めに入る。
 すでに深夜も回り、あと二三時間もすれば朝日が昇る。旅団にとっては何てことない時間帯だが、当たり前の様に一般人のの足元はすでにタコかイカの様に柔らかく茹で上がっており、語調も完璧に極限に達していた。
 ここまで来れば、一眠りした後盛大な頭痛と二日酔いが待っているのは明白だった。
『そろそろ止めとけ。お前、もう足元あぶねぇだろ』
 の背後に回ったノブナガが、前のめりに倒れかけたの腹部をすくい上げて抱きしめる。ふんわりと小さな子供をあやすように抱きしめられたは、自分の腹部を見つめ腹部に回った腕を見つめ、そのまま腕の持ち主であるノブナガの顔を見つめると、酔いに任せた無邪気な笑みで口を開く。酒臭い息にノブナガは少々たじろんだ。
『酔ってなんかいませんよー。やだなぁ、足元がちょっとふらついただけで、まだまだ正気ですって!』
 今にもにゃははとか笑い出して、ノブナガの背中をばんばん叩きそうに上機嫌なは、明らかな酔っ払いのとろけるような目線でノブナガの腕に体を預けた。急に重くなったの体を、ノブナガは呆れながらも難なく抱きしめなおす。
「……部屋に寝かしておけ」
 クロロがグラスから口を離して呟くと、ノブナガはそれもそうだなと肩をすくめてを抱き上げる。
 酒臭い息にパクノダが嫌がるかと、ノブナガが一応目線で部屋の主であるパクノダ本人に問い掛けてみるが、パクノダもすでに諦め気味で苦笑して頷いていた。
「なんだよ、もう飲めねぇのか!? なさけねぇなー!」
『まだまだいけますよ! ノブナガさん、降ろして降ろして!』
 ウボォーが事態に気づいて大笑いで煽ったかと思えば、あっさりノブナガの腕の中でが暴れだす。
 どこがいけるってんだ、とフィンクスはいつの間にか混じっていたフェイタンに問い掛けるが、酒を飲んでいるフェイタンは黙々とつまみを口に運んでフィンクスの問いかけを無視した。フィンクスは負けずにマチに問い掛けるが、マチは欠伸をしながら酒樽ごと飲もうか思案中で、シャルナークはなんの表情も浮かべずに抱き上げられたを見つめていた。コルトピは止めるでなし、ウボォーのグラスに酒を注ぎ続け、クロロもさっさと酔っ払いを置いて来いとばかりにノブナガに手を振ってフィンクスには構わなかった。
「……」
 とりあえずいつもと変わらない酒盛りに、フィンクスも文句を言わずに酒飲みを続行した。ウボォーの呼び声が尾を引き、の答える声が遠ざかっていく中で静かに飲み会は進行していく。
「……さて」
 がいなくなり、ウボォーの叫び声がひと段落してしばらく。
 ようやくクロロがその顔に笑みを浮かべた。
「お宝の話をしよう」
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