穏やかな軟禁宣言
それなりに大人数が集まる部屋に着くと、それぞれまた好きなように動き出す。
ノブナガはパクノダとシャルナークをから少々離れた場所に呼び、あの後本当に自分達の話を理解したかノブナガが聞いた際に、やはり勘違いしていたの話を軽く説明した。
ヒソカは少し離れた場所で部屋全体を見回し、なにやら嬉しそうに笑っている。クロロは一旦部屋に入ったものの、盗ってきたばかりの本を忘れてきたとまた出て行ってしまっていた。
「……ってことで、のやつ今日はこの後、家に戻れるっつー勘違いしてんだよ」
ノブナガは食事を始めたへと視線を向けながら、しょーがねぇなぁとばかりに頭を掻く。
食事は結局何人かが盗ってきたが、はフィンクスが盗ってきた食事を口にしていた。ノブナガたちと少々離れた位置にあるテーブルで、暇つぶしなのだろう盗ってきた張本人のフィンクスが、盗んできたことを伏せながらも美味いかそうでないかしつこく聞き、の話し相手となっていた。
は素直に美味しいと笑みを浮かべ、周りの何人かがそりゃそうだろうと納得する。どうせ盗るなら美味いものに決まっていると大部分が内心思っていたが、言われたフィンクスは特に気分を害した様子もなく笑っていた。
そのフィンクスの手がの腕に触れているのにシャルナークは気づき、その機嫌の良さの意味に気づく。動き出そうと腰を浮かせると、話はまだ終わってないとばかりにノブナガに名前を呼ばれた。
「……家に帰られないって、オレ言わなかったっけ?」
「言葉が通じてなかったのね。ヒアリングがまだ上手くいかないのよ」
機嫌の傾き始めたシャルナークにパクノダはため息をひとつつくと、シャルナークが渡してきたメモを手にとって自分の携帯を弄りだす。軽快なリズムでメモの番号を押していくと、程なくして数時間前に聞いていた声が返ってきた。
「こんばんは、夜分遅くにすみません。先ほどさんのことでお邪魔しました、パクノダです」
電話に出たのはサテラで、どこか不安げな雰囲気を出しつつも明るい声でパクノダの言葉に返事をしていた。丁寧に今日のことをお互い言いあった後、サテラが切り出すより早くパクノダはのことを口にした。
その間も食事をしているは、じっと自分を見ているフィンクスの視線に首を傾げ、フィンクスも食べたいのかとつたない口調で聞いていた。パクノダの口元が微笑ましさに緩むが、シャルナークの視線には剣呑な光が混じり始めていた。
「さん、私達のところにまで傘を届けに来てくださいまして。ええ、ええ。それなんですけど、実は私達の滞在しているホテルが結構な距離にあるんです。はい、最初は今日中に送ろうと思っていたんですけど、この雨で帰すのも失礼かと思いまして。はい、本日はこちらのホテルに泊まっていただこうかと思ってるんです」
パクノダが疑われることなく話し続ける横で、ノブナガはシャルナークの様子を観察していた。
剣呑な光を浮かべた目でフィンクスとを見つめ、けれどノブナガが一度止めた所為か二人の間に割り込もうとはしていない。何の冗談かと思うくらい熱い視線を前に、ノブナガは本日のシャルナークの様子を反芻する。
「なぁ、お前今日は変じゃねぇか」
「なにがだよ。どこが?」
打てば響くように返ってきた言葉に、ノブナガはこりゃあ重症だと肩をすくめる。視線を食事中の達に向ければ、が差し出した食事をフィンクスが戸惑いながらも口に含んだところだった。
「おいしい? ふぃんくす」
「……オレが用意したんだ。美味いに決まってんだろうが」
気まずそうに視線をそらしながらも、邪険にせず返事をするのフィンクスに、ノブナガは口笛をひとつ。自分が用意したから毒などを入れられる恐れはないかもしれないが、それなりに無防備な様子を見せているフィンクスは意外だった。
も言葉ではああ言っていたが、目は驚きを隠そうともせずに丸くなっていて、声も多少掠れていた。
けれど嬉しそうに目を細めて笑い、何も考えていないだろう動作で自分もまた食事を再開する様子を見ていると、フィンクスの方が目を丸くしていた。頓着しない性格なのだろうとノブナガは解釈したが、ノブナガの隣で見ているシャルナークは違うらしい。
「……」
「シャル」
無言で立ち上がったシャルナークを止めるが、振り返らずにシャルナークは歩き出してしまう。
本当に今日のシャルナークはおかしい。
「おい、シャル」
ノブナガも腰を浮かせて名前を呼ぶが、振り返りもせずにシャルナークはフィンクスとのいる方向へとさっさと行ってしまう。逆にフィンクスたちがノブナガの声に顔を上げ、どうしたのだといぶかしみ始めていた。
「どうした」
「なんでもないよ、フィンクス」
フィンクスがノブナガに声を掛けると、ノブナガが口を開くより先にシャルナークが目の前に立つ。瞬きをする前までノブナガの傍に居たシャルナークに、食事をしていたは口を開けて呆然とする。
フィンクスは特に驚く素振りもなく、そうか? と首を傾げるだけだったが、はやはり身体能力がすごいなぁと内心感動すら覚えていた。
そんなにシャルナークは笑みをひとつ浮かべ、微笑み返してくるの頬に指先だけで触れる。
「なにしてんだよ」
人差し指、中指と揃えての頬に触れるシャルナークに、フィンクスは呆れたように突っ込む。も不思議そうにシャルナークを見つめているが、当の本人はの食欲を満たす喜びに跳ねるオーラを観察していた。
オレンジ色が弾けて黄色の花火を上げ、散ったオーラはまた膨らんで花火を上げる。
質感の薄いオーラは熱さを感じさせず、心地よいまでに幸福感を伝えてきた。
腹が立つな、とシャルナークがほんの少し目を細めてフィンクスを見ると、に食事を再開させようと腕を揺するフィンクスの目とかち合う。
フィンクスに言われたは慌ててシャルナークの指をどけると、急いで料理を口にしだす。「おいしい」だとか「ありがとう」と何度も繰り返しながら残り少ない料理を綺麗に平らげていった。
「ごちそうさまでした」
両手をきちんと合わせて頭を下げるに、フィンクスは満足げに頷く。
「まぁ、気が向いたらまた持ってきてやるよ」
「ありがとうございます」
照れたように鼻の頭を掻くフィンクスに、顔を上げたは笑顔で一音一音間違えないよう慎重に発音する。フィンクスが眉を上げて嬉しそうに微笑めば、シャルナークが用はすんだとばかりにを背後から抱き上げる。
「おい、そいつ口から戻すぜ」
「そこまで下手じゃないよ」
呆れたフィンクスの言葉にぴしゃりと言い返したシャルナークは、の腹部を圧迫しすぎないように気をつけながらを運んでいく。
なぜこんな風に扱われるのか分かっていないは、目を丸くしたままシャルナークに抱えられノブナガと視線を合わせている。
ノブナガは肩をすくめて自分にも理解しがたいと表現した。
「話はついたわ」
シャルナークがと共にノブナガの傍に座ると、パクノダが携帯電話を切ってノブナガを見る。ノブナガとシャルナークは鷹揚に頷くが、は不思議そうにパクノダを見つめた。
本日中に家に戻れると誤解しているに、ノブナガは苦笑しながら後頭部を掻く。ひとつ空咳をすると、シャルナークの横に座らされたに向き直った。
『』
『はい、ノブナガさん』
それまで忙しなくパクノダとシャルナークを見ていたは、何の気負いもなくノブナガに微笑む。その笑顔に罪悪感を感じながらも、ノブナガはためらわずに一気に話した。
『悪い、団長がお前のこと気になるっつって、今日中には家に帰せねぇんだわ。パクもシャルもお前が気になるっつってるしよ、サテラには今パクが連絡終わったことだし、しばらくここにいてくれ。どっちにしろ許可が出るまで帰せねぇんだけどな』
怒涛の勢いで話された言葉に、母国語でありながらもの脳内は理解することをためらっていた。微笑みが一瞬にして動きを止め、言葉をゆっくりゆっくりと消化していく。微笑みの形のまま固まった唇が、ためらうような舌先で湿り気を帯びた。
『それは……つまり……?』
『ここに、あー……しばらく強制的に居候しとけ』
さすがに幻影旅団に軟禁されている、と簡潔に言うことは躊躇われてしまい、ノブナガは苦しい言い方ながらもどうにかこうにか言葉をひねり出した。
即座には頭を抱えてうずくまってしまったが、日本語の分からないパクノダとシャルナークはノブナガを見つめた。簡単に言ったぞとノブナガが苦笑しながらため息を吐くと、ようやくが理解した安堵と現在のリアクションに二人ともノブナガと同じく苦笑する。
両脇からの肩を叩き、慰めるように言葉をかけた。
「大丈夫、そんなに長い間じゃないから」
「長くたってオレたちがいるからさ。うん、安心しなよ」
「そうそう、ボクもいるしね」
傍にいなかったはずの声に、も交えて四対の目が乱入してきたヒソカを見つめる。ヒソカはいつもどおりの笑みを浮かべて、四対の目に嬉しそうに笑いかける。
「なんだったら、君を鍛えてあげてもいいよ。君、青い果実になりそうだし」
舌なめずりをして嬉しそうな声を上げたヒソカに、だけではなくシャルナークも背筋に悪寒を走らせた。顔を見合わせ、二人して寄り添いだす。
パクノダとノブナガとしては、また奇怪な言動だと肩をすくめるだけだが、が怯えるのは一般人として当たり前としても、シャルナークが怯えた振りをしてに寄り添うのはいかがなものかと思われた。一応とシャルナークは、一般的には良い歳をした男女。ノブナガは無言でシャルナークとを引き剥がし、を自分の背後に隠した。
「それ、どういうことかしら? が青い果実?」
パクノダは言いながら不快感に襲われ、ほんの少し眉間にシワを寄せる。けれどヒソカは嬉しそうに頷き返し、「ノブナガは見えてるだろう?」と鈴を転がすように笑った。
以外の三人は、すぐにヒソカの言いたいことが分かった。それぞれ視線を交わすことなく高ぶりかけた気持ちを押さえ、を見た。
好戦的なヒソカのこと、いつに触れたのかパクノダとノブナガには分からなかったが、シャルナークは現場を見ている。失敗したなと内心シャルナークが舌打ちするが、ヒソカの好奇心はすでにへと向けられていた。
「見たのか」
「触ったからね。団長が気になるはずだよ、彼女、本当に一般人かい?」
これ以上ヒソカの好奇心を煽ってはいけないと分かっていながら、事実は仲間として言わなければならない。
パクノダは頭痛を抑えながら口を開いた。
「今度のお宝がある家の、居候よ。多分、本人が知らないところでお宝に関わってるわ」
「……へぇ」
ますます面白そうに目を細めたヒソカに、は大げさなほど飛び上がってノブナガの背に自分から隠れていった。禍々しいほど愉快そうな微笑みに、さすがにも反応するかとノブナガは握り締められた着物を振りほどかずにため息を吐く。
「やめろ、ヒソカ」
「なにをだい?」
「は弱い。お前が鍛えたいと思おうがなんだろうが、現時点では完璧に一般人なんだ。お前のそんなねちっこいオーラに当てられりゃあ、具合も悪くなるだろ」
団長はそんなこと、望んじゃいねぇ。
最後の一言が効いたのか、それまで目を輝かせていたヒソカは一気に押し黙る。、ノブナガ、シャルナーク、パクノダを順番に見ていき、最後は部屋に入ってきたクロロを見て微笑んだ。
「団長のお許しが出るまで、なるべく我慢するよ」
「なるべくじゃねぇ、仕事が終わるまで自粛してろ」
「それは無理」
苦々しく吐き捨てたノブナガに、ヒソカはあっさり肩をすくめる。仕事になったら呼んでと囁いて、ヒソカは笑顔でその場を後にした。
一人欠伸をしながら近づいてきたクロロは、ヒソカが通り過ぎるのを横目で見ながら首をかしげる。
「なにかあったのか?」
「別になにもないよ」
シャルナークが笑顔で言うものの、クロロは不思議そうに首をかしげてノブナガの背に隠れているを見た。クロロからは丸見えの。いまだにノブナガの背にすがり付いていると言えなくもない光景に、もう一度クロロが口を開いた。
「何があった?」
不思議そうな表情のまま問うクロロに、今度は傍観していたフィンクスが口を開いた。
「ヒソカがで遊びたいんだと。あいつも酔狂だよな」
「ほう」
それは面白そうだ、とでも言うような含みを持たせたクロロは、の肩を掴んで自分のほうを向かせた。クロロを認識した途端、見開いた目は安堵どころか恐怖と拒絶を色濃く映す。
見慣れた色の感情に、このオーラがなければ特に心惹かれる人間には見えなくなってしまったとクロロは再確認した。
出来るだけ触れないようにたゆたうのオーラは、シャルナークがクロロとを引き剥がしたことで中断される。
「どうするの、これから」
シャルは引き剥がしたことなどすでに忘れたかのように、当たり前のような口を利く。
クロロも特に突っ込む要素もなく、そうだなと軽い動作で頷いた。
本日情報が入り次第決行するはずだった仕事は、まぁまだ実行するに十分な時間帯ではある。ノブナガが今日はやらないよなと確認したとは言え、そんな予定が覆るのはいつものことだ。
クロロは頭の中で何かはシミュレーションをしてみる。凝を使っても見つからなかった、偽装された宝。それでも広い家ではないようだし、行動を起こせばすぐに見つかるだろう。
宝を所有し守るには、大雑把に言って「持ち主」「管理人」「友人」の三つが揃わなくてはならない。
そして「持ち主」や「管理人」は一般人でも同一人物でもなんでもいいが、「友人」だけは全くの別人であり念能力者でなければならないのだ。絶対的に「持ち主」を裏切らない制約を課された、一定間隔で宝に触れることを義務付けられた「友人」は必要不可欠。異次元ともいえる空間に宝を保管しておくには、念を一定間隔で補給しなければ危険だと言うことだ。
けれどパクノダの報告によると、念能力者に心当たりはないときている。けれど確かに宝は持ち主の娘であるサテラ・ウィンスキーへと渡っており、それはシャルの情報からも確実だ。
クロロは自分の顎をいじりながら考える。
どう考えてもの存在が怪しいのは確かだが、突如として居候を始めた女に大切な宝を任せられるかと考えれば、答えはNOだ。一般的にそれはありえない。けれど境遇を盾に、自分の力が何かすら分かっていない小娘を手玉に取るくらいなら、「持ち主」夫婦には造作もないことだろう。
念能力者とは言えないが、念能力者にならないとも言えないのオーラ。
歳相応ではない言語能力と、しばし時間を共有すればわかる単純な頭のつくりを利用すれば、強制的に「友人」と認定することも出来るだろう。
毎日何も知らずに宝に触れ、自分を保護した女とその両親に利用されているとも知らず、感謝をこめて過ごしていた。境遇としては哀れだと思うが、それを知らないのは幸福とも思えた。
「」
クロロが名前を呼ぶと、それまで黙って立ち尽くしていたが顔を上げる。反射的なのだろう行動に、自身悔しそうに顔をしかめていた。
クロロはほんの少し笑いながら、その肩にもう一度触れる。
「お前はここに残っていてもらおう。ノブナガとパクノダとシャルもだ。お前たちは顔が割れているから、後が面倒になる。他のやつは暇だったらついて来い」
「なんだよ、結局今日決行か。面倒だな」
「でもなんにせよ、さっさと片付けたほうが気がらくだよね。中身は金銀財宝蔵書の数々」
「それでも団長、私たちが残るって言うのは? どうせ……でしょう?」
パクノダはを前にしていいがたいのか、言葉を濁しながら皆殺しなのだろうと問い掛けた。クロロもそれは否定しないが、この時点でに自分たちの正体をばらしていないメンバーの行動には驚いていた。
さすがにばれてはこんなに大人しくしているはずもないかと気づくが、それにしても不思議だった。ばれてもを逃がすつもりはクロロには毛の先ほどもなく、パクノダたちもそれは同じだと思っていた。
けれどクロロの言葉のほうが他のメンバーにとっては不思議だった。後が面倒? それは殺さないということか? けれどそれなら、なんて面倒な仕事だろう。
クロロは疑問がわき上がっていることに気づいてはいたが、に正体を隠していると分かった以上、明確にすることは避けた。
「まだ何が隠れているかシャルを持ってしても分からないからな。ただの保険だ」
「がいるのに決行する意味は?」
「こいつは鍵だろう? いる間にさっさと済ませてしまえば良い。店の女は後でお前たちに感謝するだろう。危ないときにを預かってくれたことを感謝し、なにか喋るかもしれん」
釈然としないとパクノダが表情で示すと、クロロは話はこれで終わったとばかりに片手を振る。
「フィンクス」
「ん」
クロロが名前を呼ぶと、フィンクスは何も言われずとも部屋を出て行った。自室に戻っているメンバーに、今夜の決行を伝えるためだ。
「こいつが逃げないように、しっかり見張ってろ」
残れと命令した三人に告げると、クロロはを含めた四人から離れ、定位置とも言えるクロロの場所まで歩き腰をおろした。
「……やらねぇんなら、ウボォーは残るな」
どちらにしろクロロの気が変わりそうもないならと、三人は諦めてため息をついた。
「……お、ま? のこ? わたし?」
一人クロロの言葉が理解できなかったは、別の意味でため息をついたノブナガに解説をされ、ようやく意味を悟って渋い表情になる。
今から自分の居候先が襲撃されるとも知らず、のんきな表情に三人は諦めと憐憫を抱きつつ笑みを浮かべた。