違和感


「それで?」
 改めてクロロが自室にてパクノダを振り返ると、ノブナガに一瞬目を向けたパクノダは首を縦に振る。
「ええ、記憶を見たときの話をするわ」
 マチの言葉で確信をもったのか、パクノダはよどみなく頷き口を動かす。ノブナガが壁に背中を預けるのを目の端に、クロロがベッドに腰掛けて見つめてくるのを静かに受け止めた。
の記憶にあったのは、私たちの情報。簡単な念能力から大まかな人間関係、旅団の仕事の一部。それと……多分、未来に団員となる人間の情報」
「ほう」
 ゆっくりとクロロの目が見開かれていく。
 念能力を他人に把握されるということは、いつその者に殺されてもおかしくないほど危険なこと。それを理解していない団員などいるはずもないというのに、初対面のはすでにそれを手に入れている。
 クロロは、やはり賞金首ねらいのブラックリストハンター見習かなにかかとの行動を思い返すが、特にそれは口にしなかった。パクノダが敵ではないと言ったことや、マチの言葉を考慮すると、どちらにせよは自分たちにとって脅威になり得ないだろうという結論を導き出したためだった。
 情報の入手経路をパクノダが話すまで待とうと、クロロは視線で話の先促すが、驚愕に目を見開いたのはクロロだけではなくノブナガも同じ事で、即座にパクノダの言葉に噛み付いた。
「知るわけねぇだろ! あいつはほとんど外に出てねぇんだ! 文字の解読だって遅ぇし、知り合いもおれたち以外にはあの女しかいねぇだろうが!」
「落ち着け、ノブナガ」
 クロロの言葉にも睨みを利かせ、パクノダを睨みつけるノブナガは、パクノダの返答を急かす。
「どうなんだよ! ……違わねぇだろうが」
 鍛えたそぶりもないオーラの固まり、無邪気に笑いかけてくる幼稚さ、見知らぬ人間への警戒心の薄さから、自分たちに相対する人間ではないことなど分かりきった話だ。仮に自分たちを狩る側の人間だったとしても、ならば負ける気がしないし逆に面白い。
 けれど、大まかだとは言え念能力や人間関係を把握しているとなると、話は変わってくる。
 間違いなく本日がとの初対面であると確信しているノブナガにとって、ここまで微弱な能力のがそんな情報を握っていることは脅威だ。頭の回転が速いとは到底思えない、念能力があるとも思えない、人脈があるとも思えない、パソコンだってたどたどしい使い方なのだと話で聞いた。実際、携帯電話を触らしてみれば文字の判別が遅いためか、本当に遅い。シャルナークが笑いを堪えてしまうほどだった。
「あいつが嘘でもついてたのか」
 そう、外に出るのは数ヶ月ぶりだと聞いた。けれど、パソコンでネットに繋いだ事がないとは言っていなかった。勉強をしているとは言ったが、ネットの向こうに友人がいないとは聞いていなかった。
 無邪気にあれこれ話すの傍ら、部屋を捜索する方向に神経を使っていたのも確かだ。
「いいえ、嘘はついていないわ。仲間もいない」
 ノブナガの考えは、パクノダの一言に一蹴される。じゃあなんだと睨みを利かせれば、パクノダは困ったように眉を寄せる。
「パクノダ」
 クロロが先を促すが、パクノダはまぶたを閉じて考えるそぶりをする。ひとつひとつ、確かめるように言葉を舌で転がした。
「鉄筋ビル、街並み、服装、人種、交友関係、家族、趣味」
「うん?」
「……そうね、ひとつひとつを大雑把に取り上げれば、何てことないほかの国の人間と言うだけね」
 言葉の羅列にノブナガは首をかしげるが、クロロは静かに続きを待つ。自分の膝にひじをつくと、頬杖の格好でパクノダの考えが出されるのを待った。
 柳眉をひそめ瞼を閉じたパクノダは、ああ、違うと一言呟いてまた続きを口にする。
 指先が何か本でもめくるように動き、ゆっくりとまぶたが開かれていった。
「けれど言語が違う、政府が違う、歴史が違う、文化が違う。……ハンターも幻影旅団もいない、念能力もないわ」
 ノブナガが口を開こうとするのを、クロロが片腕で制する。なぜだと目で問われるが、クロロはそれに応えることなくパクノダへと視線を戻した。
「ならば、なぜおれたちの情報が漏れている。あいつが知っているんだ?」
 クロロの言葉に、パクノダの視線が部屋の荷物を眺めるようにめぐり、クロロの上でぴたりと止まった。
「本よ。本で知ったの、漫画、小説ではなく漫画でよ」
「……まんがぁ?」
 思わず間抜けな声をノブナガが上げるが、それに気分を害した様子もなくパクノダは頷く。
「ええ、そう。紙の上の人間として、私たちの一部始終が描かれていたわ。信じがたいけど、多分。……未来のことも」
 その一言に、クロロの眉が動く。
「なんて描かれていた」
 端的な、けれどしっかりとした一言に、パクノダの顔が苦痛を堪えるような表情でゆがむ。泣き出しそうな、疑っているような、言っていい事柄なのか迷うそぶりで口篭もる。
 クロロはそんな表情を見ながら、もう一度同じ言葉を口にする。パクノダはノブナガへと視線を向けたが、ノブナガも同じようにパクノダの言葉を待っていた。

 パクノダは見たページの、さらに一部分を抜き出してみる。
 ヨークシンシティに集まる自分たちのページ、ノブナガに首を飛ばされる男のページとノブナガとコルトピに記憶弾を埋め込む自分のページ、ウボォーがウボォーのまま息絶えるシーン、団長と人質を交換すると自分が言っているシーン、団長が何かを心の中で訴えかけているが、その言葉がパクノダには分からないシーン。
 そして、自分の最期を記したのだろうページ。
「……」
 決して無意味な情報ではなく、これからある未来の一部始終であるならばこれほど有益な情報もない。見たとおりの未来を歩むつもりなど毛頭ないが、これが回避できるなら蜘蛛は欠けることなく生きる事が出来る。
 けれど、到底信じられない情報でもある。
 どこの世界に、自分たちの一部始終を描かれた漫画が存在すると、そう思う人間がいるだろう。自分達が何気なく生きている日常の一部始終を描かれ、プライバシーの欠片もなく表ざたにされているだなんて。
「……」
 でも、漫画を読んでいるは泣いていた。漫画の中の登場人物と彼女は分かっていながら、誌面を見ながら泣いていた。本を読みながら泣いていた。それが紙に描かれた墨の集合体と分かっていながら泣いていた。
 そして今日、パクノダ達と出会い動揺していた。
『ほんとう? うそ? にてる、ちがう、おなじ?』
 混乱した思考は好むと好まざると関わらず、パクノダ達に関する事柄を意識の上に浮上させた。そしてパクノダは見てしまった。パクノダは警戒していたわけでもないと言うのに、触れてしまった瞬間オーラと念が反応し合い、思わぬものを見てしまった。
 は不思議がりながらも、疑心暗鬼ながらも自分たちと友好関係を築こうとしている。
 にとって紙の上の人物である集団、幻影旅団かもしれないと思いながら。この世界のニュースで断片的に聞いた、盗賊かもしれないと思いながら、殺人をなんとも思わない人物かと思いながら。
 ……それでも、パクノダ達の向けた気まぐれの優しさに喜ぶ素直さを見せてくる。
「……パクノダ?」
「数年後の大きな仕事のとき、二人死ぬわ」
「……預言者か?」
 クロロが静かにのいる方向へと視線を向ける。信じがたいと言った空気が部屋に満ち、ノブナガは声を失ってパクノダを凝視していた。
「念も使えねぇがか?」
 今にも笑い出しそうなノブナガに、パクノダは首を横に振る。
 どう言えばいいだろうか。どうすれば。
 答えがはっきりと見つからないまま、パクノダは同じように悩んでいる自分のシーンを見たことも思い出す。そう、仲間を信じればいい。団長や仲間を無くさないこと、それが第一。
「……私たちの事が描かれているのは間違いないわ。けれど、今言ったことが現実になるとも到底信じられない。ほかにも細かい部分で頭の痛いことも分かったけど、やはり到底信じられないことばかりね」
「なら、放っておけばいい」
「いいえ」
 パクノダはまたもやノブナガの言葉に首を振る。
 信じられない。それはそう、当たり前の思考だとわかっている。滑稽な話であり、を頭のおかしな人間と位置付けることも出来るだろう。
「ノブナガ、と貴方の言語を母国語とする国に、ハンターハンターと言う名前の漫画はある?」
「いきなりなんだよ」
「いいから、答えて」
 パクノダの言葉にノブナガは首をひねるが、漫画なんてわかんねぇよと困ったように声を出す。パクノダはそのまま視線の先をクロロに買えるが、クロロも首を横に振った。
「シャルに聞いて、あるのならばその本の存在を抹殺すべきね。私たちのことが描かれすぎている。けど」
「けれど、そんな本が存在しているのならば、おれたちはすでに何らかの影響を受けている」
 淡々と事実を述べるクロロに、パクノダは躊躇もなく頷く。自分たちが隠しているわけではない念能力ですら、一般的には金になる情報だ。背格好に容姿、人間関係などばれていればそこをついた攻撃を受けていてもおかしくない。血も涙もないわけではないと思うが、自分たちはほかの人間たちからすれば極悪非道の幻影旅団。どんな些細な情報でも貴重な部類だ。
 けれどそれを保有しているは一般人。なんの利益があってと思うほうが自然だろう。一般人にとって、幻影旅団は脅威でしかない。力のないが幻影旅団にはむかってくる存在には見えない。
「ハンターという存在を知らない国が、この現代にあるかしら」
「ないだろ。ハンターになれるやつは一握りでも、存在しているやつらの功績は周知だ。どんな田舎者だって知ってるぜ」
「ええ、その通りね」
「……妙だな」
 クロロが自分の顎を弄りながら首をかしげる。
 ハンターを知らない人間はいない時代。けれど同じような名前の書物に登場していると言う自分たち。なのにその情報が世間の常識となっていておかしくないものの、そうではない現在。
 無防備にウボォーの名を叫び、駆け寄ろうとした。情報を知っていながらパクノダに触れられることを拒まない。むしろ信頼しているとしか思えない態度。
「ええ、妙だわ。同じようで、どこか違う光景しか見えないの。ハンター文字を使っていないし、私たちの出ている漫画がアニメにもなっているだなんて」
 パクノダの台詞に、突然廊下に現れた気配が盛大にひっくり転げる大音響。
 なんだなんだと三人がドアに目をやると、立ち上がろうとして失敗しているのか、小さな悲鳴が上がる。
「……シャルか」
 クロロが呆れて名前を呼ぶと、廊下の気配がぴたりと動きを止める。そのままなにやらしゃべっているようだが、その内容は室内の三人には丸聞こえで、思わず笑みがこぼれる。
「うら、お前なに具合悪いやつを連れ出してんだよ!」
 ノブナガが我慢できずに笑いながらドアを開けると、しゃがみこんでいるシャルナークと同じくしゃがみこんでいるの下からの視線が、一斉にノブナガに向けられる。まるで食事中に話しかけられた小動物のように、二人とも不思議そうに目を丸くしていた。思わずノブナガは吹き出してしまうが、すぐ傍に立っている人影に気づくと瞬時に顔を強張らせた。
 ノブナガと同じように立ち姿で笑っている人物は、機嫌よさそうに微笑む。
 けれどノブナガはその人物には声をかけず、未だにしゃがみこんで見上げてくる二人組みに声をかけた。無視をされた人物は、それでも面白そうに口角を上げる。
「なんでここにいるんだ?」
があの部屋に居たくないって言うからさ、一般人にはきついと思って移動中。なにしたの、あの血糊」
「あー……雑魚だ、雑魚。タイミングだ」
「ヒソカが興奮して面倒だったんだから。ファンシーなベッドの傍に血糊、さらには怯える。せめてどっちかどうにかしてくれないと。……で、ヒソカは幼女趣味でもあるの?」
 せっかくノブナガがヒソカを無視したと言うのに、どうやら部屋から一緒に移動してきたらしいシャルナークが、わざわざ話題をふってくる。ヒソカは苦虫を噛み潰したようなノブナガの表情に、笑みをますます深めていった。
「ひそか、たのしい?」
「ああ、楽しいよ。ノブナガがあんなに嫌そうな顔をするの、ボクはとても好きだな」
「すき?」
 しゃがみこんだままヒソカを見上げたは、ヒソカの視線が自分ではなくノブナガに向いたままと言うことにも頓着せず、一生懸命ヒアリングをする。とりあえず、ヒソカがノブナガを好きだと言うことは伝わっていたが、何がどう好きだと言う肝心の部分は意味を掴めないでいた。
 ヒソカの片思いで、そういう関係? などという勘違いがの中で生まれていたが、背筋に悪寒が走ったノブナガは猫でも引っ張り上げるようにを吊り上げた。
「とにかく、移動するぞ」
「はいはい」
 シャルナークが笑いながら立ち上がると、ヒソカも一緒に移動し始める。ノブナガが嫌そうに振り返るが、ノブナガの手から逃れたがヒソカの名前を呼んだため、なんとなく来るなと言わずにドアを開けた。
「団長、大人数になってきたぞ」
「……下に戻るか」
「だってよ」
 お生憎様とノブナガはの頭に手を置き、顔を覗き込んで笑う。は何を言われているのか分からなかったが、周りを見て悪い雰囲気ではないと判断すると、無邪気にはいと可愛らしい返事をした。
「……絶対これ分かってないよ。あの部屋に戻るって言ってるのに、はいだって。はいって言ったよ……!」
 シャルナークがなにやら身もだえをはじめるが、声をかけられたはずのパクノダは我関せずと言った顔でそっぽを向く。クロロは言い終わると同時に歩き出し、5人の傍を通り過ぎて階下へと下っていった。
「あ、のぶなが、くろろ、いく」
 それに気づいたが声を上げるが、気づかないはずなどない4人は特に慌てる様子もなく歩き出し、ただ1人どうしようとクロロの背中とノブナガたちを交互に見ているの背を押した。
「とりあえず降りるぞ。この階、個室しかねぇんだよ」
 ノブナガが思ったよりもしっかり歩くは、ノブナガの言葉に首を傾げながらも促されるままに歩き出し、階段で足を踏み外しかける。そこをまた猫を持ち上げるように襟首を掴み、ノブナガは面倒くせぇなぁなどといいながら肩に担いで階段を下りた。
「なら下ろせば良いじゃん」
「また転がるかもしれねぇだろ。そっちの方がめんどうくせぇ」
「クックック。素直じゃないねぇ」
「ほんと、直情的なくせにね」
 はノブナガの肩に担がれてぶらぶら上半身を揺らしているが、まったく会話に口を挟めずに揺れていた。位置としては後ろの3人の顔が良く見えて良いのだが、いかんせん皆早口で会話を進めるものだから、ヒアリングが追いつかない。
 でもとても楽しそうな気配は伝わってくるので、ノブナガがちょっと大声で怒鳴ったときも驚いたすぐ後、笑い出すほどの気持ちは和らいでいた。
「のぶなが、わたし、かえる」
 ふと腕時計を見たは、その時間経過に白目を剥く。頭の中で自分の帰りを心配しているだろうサテラの能面顔が浮かび上がり、すぐに血の気が引いていく。
 辛うじて口から魂を飛ばしつつ呟いた言葉に、周りの人間が足を止める。もちろんノブナガの足も止まり、四対の目はを不憫そうに面白そうに見つめていた。
「……なに?」
 嫌な予感に襲われながらもが問うと、シャルナークが近づいてきて両手を合わせて頭を下げる。
「ごっめん、! それ無理!」
『へ?』
「団長が納得しないとここから誰も帰せないんだよね。ごめん、言っとけばよかった!」
『え、あの、聞き取れないんですけど、もしや悪い知らせですか?』
「そう言えば説明して無かったわね。じゃあ、傘を持ってきただけで一泊の外出ってことかしら?」
「いや、一泊程度で開放されるならまだ良い方じゃない? クロロはなんだか興味持っちゃってるし。あ、もしかしてオレがいない間に、クロロの興味薄れてたりする?」
 それだったらとっても嬉しいんだけど。
 シャルナークはなんでもない事のようにぺろりと言うが、ヒソカが笑いながらその希望を踏み潰す。
「興味がなかったら今頃放り出してるんじゃないかな? 残念だったね」
「そっかー、悔しいけどヒソカの言うとおりだなぁ」
「不穏な会話すんな。こいつは別になんでもねぇんだからな。きっと退屈しのぎだろ、明日に仕事が伸びちまったからな」
「それでも無断外泊をさせるのは心苦しいわ。シャル、あの店の電話番号出してもらえる? あとで電話を入れておくわ」
「それいいね」
 がヒアリングする隙もなくべらべらと進んでいく会話は、副音声なしの映画のようにの目の前で展開していく。無視をされているわけでもないし、放り出されているわけでもないのに、ほんの少しだけ疎外感が生まれてくる。けれど、端々で声を掛けられ笑いかけられるのを見ると、としては何かの手違いがありながらも、サテラの元に帰る事が出来るのだと解釈をした。
「だから、ちょっと不便かもしれないけど、我慢してもらいたいの」
「はい、ぱくのだ」
「初めての外泊が幻影旅団だってのは不幸だけどなぁ」
「言うなって言ってるのにさ!」
 お互いの会話がすれ違っていることにも気づかぬまま、は笑顔で頷く。ノブナガがからかいシャルナークが慌てるが、ヒアリングに疲れた耳には幻影旅団の単語が引っかかることもなかった。
 ゆらゆらとノブナガの肩に担がれたまま、は安心したと同時に襲ってきた空腹感を感じて、静かに腹部を鳴らしていた。
「……シャル、何か食うものもってこい」
「え? あ、忘れてた!」
 笑顔を浮かべたは、自分の空腹音に赤面しつつも食べ物をお願いした。
『いや、ほんっとうにすみません』
「気にすんな」
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