おもちゃの認識


「んで、結局これなんだ?」
「これ言うな。ノブナガに斬られるぞ」

 一旦解散と号令がかかった直後に、ノブナガは宣言どおりベッドを盗るため、外へと出掛けて行った。
 それに面白そうだからと言ってウボォーと、二人のセンスじゃ心配だからと言うパクノダがついて行き、じゃあ誰がの面倒を見るのだといった話になったが、元気よくシャルナークが返事をしたため一応の解決を見た。情緒不安定気味だからと最初は却下されていたのだが、どうにもの実力を測りたがっているクロロと、生きたおもちゃが来たとしか思っていないフィンクスとフェイタンが傍に集まっているのを見たのと、パクノダの口添えもあってノブナガはシャルナークを預け先に決めた。
「落とすなよ、傷つけるなよ、起こしてやるなよ」
 どこのお宝のことだ、お子様だと突っ込みたくなるほどの注意っぷりに、シャルナーク以外のお留守番組が引いてくれたお陰で、ノブナガは安心して出掛けていった。
 満面の笑みでを受け取ったシャルナークは、残像も残る勢いで自室へ引っ込もうとしたがそうは問屋が卸さず、傍に居たフィンクスには腕をつかまれ、フェイタンには刃物を突きつけられあっさり動くことすらままならなくなった。
 クロロはの実力を測ることが今現在、困難であると認識し三人を放置して自室へと引っ込んだが、その前になにやら窓やらで入り口付近でごそごそしていたのを、シャルナークはきちんと知っていた。
「なにしてるのさ」
「お前こそ、今どこに行こうとした?」
「一人で楽しむの、ずるいね」
「やだな、を寝かせようとしただけだよ」
 白々しくも会話をするが、誰も動こうとしない。唯一動いているのは、この状況を知らずに熟睡爆睡のだけ。
「もう逃げないから、離してくれる?」
 シャルナークが痺れを切らすと、フィンクスとフェイタンは顔を見合わせて肩をすくめる。それだけで刃物と手は離れていき、シャルナークは諦めてその場に座り込んだ。
 先ほどのノブナガのように胡坐をかくと、その上にを乗せて胸元に寄りかからせる。動かしても目が覚めないは、やはり子供だなぁとシャルナークは笑った。
 フィンクスはそんなシャルナークを逐一見ていたが、何がどう面白いのかが分からない。さっきはさっきで結局フィンクスはに触れなかったばかりか、フェイタンやマチも次々触っていき、あまつさえ蚊帳の外だったウボォーすら出かけ際に触って行ったのだ。
 それぞれ、ああだかおーだとか声を上げるというリアクションで、フィンクスは自分だけ知らないのが癪に障った。仲間はずれとかではなく、自分だけ近くに居て知らない事実に釈然としないのだ。
 そして冒頭の台詞発言となる。

「んじゃ、こいつ」
「言い直しても同じだよ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
 会話の取っ掛かりとして言っただけなのに、シャルナークは容赦なく突付いてくる。それが不快だと感情を露にしてみてもシャルナークが堪えるはずもなく、逆にフィンクスを見て笑いだす始末。フィンクスは不快感が増すのを感じた。
って名前があるんだよ。ま、正式に自己紹介されてないんだから、知らないのも当然だろうけどね」
 どこか自慢げなその口調もフィンクスの癇に障る。
 フェイタンも巻き込んで文句を言ってやろうと、フェイタンの姿を見ればいやに大人しい。何をしているのかと俯き加減なその視線の先を辿ると、ちゃっかりの手を握っていた。
 思わずその握り締めている手を、力の限り凝視してしまうフィンクス。シャルナークはそんなフィンクスの様子に気づいて、同じように視線の先を辿り、動きを止めた。
 フェイタンはシャルナークの真横から、ぽろりと力なく落ちていたの手を、ちゃっかりと握ってそのオーラを堪能していた。
 特に他意があったわけではない。ただこのおもちゃは、手に取らねば面白くないことが分かったので、そうしたに過ぎなかった。けれどシャルナークたちから見れば、言われない限りその意図は分からないものなので、ただたんに抜け駆けにしか見えなかった。
 シャルナークが、穏やかに笑みを浮かべてフェイタンを見る。
「なにしてるの、フェイタン」
 悪いことをしていないと思っているフェイタンは、そんなシャルナークを見ることなく返事を返す。ちなみにのオーラは穏やかで淡い緑色になっており、風の流れに沿うように揺らめいていた。
 フェイタンは赤にならないかなーと、その流れをぼんやり見つめており、シャルナークなど視界に入っていても認識をしていなかった。
「フェイ、お前止めとけ。シャルが切れるぞ」
「かてにやとくといいね。私は知らないよ」
「知らないじゃねーよ! お前が原因なんだよ!」
「私オーラ見てるだけ。シャルの邪魔してないよ」
「邪魔っつーわけじゃなくて……あーあ」
 フィンクスがどうにか事態を好転させようとフェイタンに注意を促すが、どこ吹く風であっという間にシャルナークの雰囲気がどろどろと重苦しいものへと変化していった。こりゃだめだ、おれには無理だわと早々にフィンクスは説得を放棄し、傍観者へと気持ちを切り替える。
 フェイタンがのオーラらしきものを堪能していたということは分かったが、見ていないためうらやましいと思うことすら難しい。そんなに珍しいオーラなのだろうか。
 が、傍観者になろうとしているフィンクスに、シャルナークはとんでもないことを言い出した。やんわりフェイタンの手をの手から引き剥がすと、有無を言わせずの体をフィンクスへと押し付けたのだ。
「はぁ!?」
「大きな声出さないでよ、が起きるだろ」
 ならお前のこの行為は、を起こさないって言うのかよ!
 フィンクスは叫びたかったが、ね? と至極優しく囁いてくるシャルナークの迫力に、思わず頷いてしまっていた。気がついても後の祭りで、シャルナークはフェイタンと向き直って戦闘体勢に入ってしまっている。今更口を突っ込むのも難しい場面になっていた。
「フェイタン、なんでセクハラしてたの」
「セクハラ違うよ、ただ手を触てただけね。可愛いものよ」
「それがセクハラって言うんだよ。彼女、寝てるんだよ?」
「なら抱き上げてたお前はどうなるね。本人寝てるよ」
「おれはノブナガに頼まれたからいいんだよ、フェイタンは言われてないじゃないか」
「詭弁ね。起きたときにお前がどういわれるのかが楽しみよ」
 事態は見る間に悪化していき、部屋の中の空気が一気に重力を増す。
 腕の中のは触れた瞬間から新緑色のオーラをフィンクスにまとわり付かせてきていたが、それに驚く間もなくシャルナークたちの言い合いが始まり、それに気づいたらしいのオーラも変化を見せてきた。
 そのオーラの質に驚く間もなく、色は新緑からオレンジを含んだ黄色、そして夕焼けみたいな濃い色へと変化していき、寝顔は苦しそうに歪み始めていた。
 このままでは目を覚ますか、最悪シャルナークとフェイタンの念に圧倒され、死んでしまうのではないかと思うほどの汗も噴き出し始め、フィンクスは部屋を出ることにした。
 が、勝手に出て行ってはシャルナークが機嫌を損ねることは目に見えている。一応、声をかけておこうかとフィンクスは声を上げた。
「おい、シャル! この女死ぬぞ! 外出てるからな!」
「フェイタンなんか、と話したこともないじゃないか」
「は、あんな子供と話してなんになるね。オーラが面白いだけの脆弱さよ?」
「それはフェイタンが知らないからだよ、はいい子だよ」
「いい子なんてつまらないよ。シャルは子供趣味だたか、ノブナガは民族限定ロリコン。旅団もおかしな趣味の集まりになたね」
「へー、フェイタンがそんなこと言えるんだ」
 声をかけたはいいが、一部の隙もなく聞いていないシャルナークに、フィンクスは後でノブナガに斬られるよりシャルナークに恨まれる方がましだと結論づけて、とりあえずの安全確保のため、外に出ることにした。
「なんでおれが、ここまで気を使わなくちゃいけないんだよ」
 不満を露にしながらも、出入り口付近にクロロが何かしていたのは覚えていたので、近くの壁を蹴って廊下への道を作った。こういう時、廃墟はやりやすいとフィンクスは思っている。
 移動している間もの表情は歪んだままで、夕焼け色したオーラは点滅を繰り返し、まるで何かの危険信号のように瞬きを止めないでいた。それはフィンクスを覆うオーラも同じだったが、触れている面からの痛みはまったくといっていいほどない。
 攻撃色に近い色だというのに、フィンクスに触れる分にはあたたかいばかりで、どこか必死な形相で「逃げて!」と警告されている気分になった。
「大丈夫だっつの」
 おれはな、と心の中で付け加えながら、他の団員の気配も気にしつつ外に出ると、二人の殺気はさすがに届かない場所で腰を下ろした。
 フィンクスはノブナガやシャルナークのようにを抱き上げておく気にはならず、腰を下ろすと同時にそのままを地面に横たえようとする。いつの間にか上がっている雨のお陰でフィンクスは濡れはしない。だがこのまま床に寝転ばせれば、は濡れて汚れてしまう。もしかしたら、その所為でパクノダに嫌味を言われるかもしれない。
 さて、どうしたものかと考えるが、いきなり振って湧いた問題にフィンクスは考えることを早々に放棄して、後のことを考えるのも面倒くせぇとばかりにを地面に横たえた。
 オーラは尾を引いてフィンクスから離れていき、手を離した瞬間見えなくなった。未だ夕焼け色だったオーラの残像も見えなくなり、フィンクスは驚いてもう一度に触れてみる。
 その頬に触れると、ぱっと光が灯ったかのように夕焼け色のオーラが具現化する。が、手を離せば何も見えなくなる。
「へー、こりゃいいや」
 なにかの実験のように触れたり離したりを繰り返していると、だんだんとの表情が穏やかになっていくのが分かった。汗も引いていき、オーラの色もまた新緑色へと変化していき、瞬きも穏やかなものへと戻っていった。
「すげぇ、マジでおもちゃだ」
 感心して髪に触れたり肩に触れたり手に触れたりと、先ほどのフェイタンの比ではないくらいのセクハラをフィンクスが繰り返していると、の表情がまた変化を見せだした。
 ふるふるとそのまつげが小刻みに震えだしたかと思えば、唇までも微妙な動きを見せ始める。
 やばい、起きるかとフィンクスは身構えたが、唇は何の音も発することもなく閉じられ、瞼もそのまま動きを止めた。なにか大きな障害を攻略した気分で息を吐くと、フィンクスは自分がから手を離しているのが勿体ないと思っていることに気がついた。
「なるほどなー、こりゃノブナガもシャルも気にするわけだよなー」
 首を縦に振りつつ納得すると、自分の感情も彼らと同じものなのだと決め付ける。面白いおもちゃは独占したい。が、自慢したくもなる。なるほどなとフィンクスは手を伸ばした。
 触れたのはの手で、これなら何か見られてもいいわけが出来るだろうと、打算的なものはあった。が、頬や他の部位を触れていたときよりも、手を握っていると見えるオーラが穏やかなのが気に入っていたのだ。
「おい、お前起きたら、なんか面白いこと喋れよ」
 期待してっからな。
 クロロも目をつけるほどの実力があるなら、このオーラも相まって面白い能力者かもしれない。退屈だった日々を覆す何かを持っているかもしれない。
 ノブナガは一般人より下と言っていたが、見た目は一般人だしオーラは普通じゃない。ただの独占欲だとフィンクスは決め付けていた。きっと、起きたらもっと面白いのだ。
 クロロに激しく怯えていた光景など忘れて、フィンクスはそのときを楽しみにしていた。
「お前、あいつら戻ってきたら、早く起きろよ」
 呟きながら、フィンクスはの穏やかな寝顔を見つめた。
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