勘と発言
ノブナガは店の間取り、警備、部屋数、会話の中で分かったサテラの店にいる時間帯、サテラの外出する日時、目的のものに関するパクノダの見たサテラの記憶を、自分の視点から分かる限りクロロに話した。
時折腕の中にいるが起きないように抱きなおしながらも、さすがに真剣な表情で報告をしていたが、受けていたほうのクロロは真剣な顔をして答えながらも、内心ちょっと笑いたくて困ってしまった。子守りをしながらの報告なんて初めて受けたといっていい。けれど現状が当たり前のように周りが振舞うので、クロロも突っ込みを入れられなかった。
一通りの仕事の報告が終わると、クロロは待ってましたとばかりにを見る。
「で、そいつとは今日知り合ったそうだが?」
「の話が、さっき言った関係ないだろう話だ。いや、シャルは関係あると目星つけてるらしいんだが、パクノダがはっきりしねぇんだよ。おい、パク!」
ノブナガが一声上げて振り返ると、騒いでいた男三人を拳骨で黙らせたパクノダが顔を見せた。そしてノブナガとクロロの顔を見ると、軽くひとつ頷いて近づいてくる。
ちなみにシャルナークとフィンクスは痛いとしゃがみ込んで唸り、フェイタンは黙って俯いていた。三人とも脳天から煙が出るほどの衝撃だったらしい。
「呼んだかしら」
「ああ、今からの話をするところだ」
そんな様子には頓着せずに、ノブナガもクロロもパクノダの話を待つ。パクノダは二人の傍まで来ると、立ったまま二人の顔を見ての顔を見て、困惑した表情を浮かべた。
「確証はないの」
「見えたんじゃないのか?」
クロロの言葉に、パクノダは一旦外へと視線を向けたから首をかしげる。迷うようなその素振りにクロロが眉を寄せると、ノブナガが言ったとおりだろ? と苦笑を浮かべる。クロロはの顔を見て、そしてパクノダへと視線を戻した。
「何が分かったんだ?」
そう強めの口調で問うが、パクノダの口は中々開かれない。迷っている表情のまま考え込み、今は言えないと呟いた。
「マチの勘に頼ってみたいのよ」
「見えなかったわけじゃ、ないんだな?」
根気よくクロロが問いかける形を変えると、パクノダはそれに小さな声でそうね、と呟く。けれどやはりその先は続けられず、パクノダの口は閉ざされてしまう。
クロロもこれは手強いとノブナガと顔を見合わせてしまい、お互いそれぞれ肩をすくめてしまった。気の抜けた顔でパクノダに座るよう言いながら、んーとクロロも天井を見上げて唸る。
「オレにも言えない不確かなものなのか?」
「違うわ。仕事に関するだろうことについては、見えたものが少なすぎるの。けれど、仕事に関係なく見えたものと繋ぎ合わせると、もしかしたら仕事関係にたどり着くかもしれない情報で……ああ、やっぱりマチの手助けが欲しいわ。確証が持てないもの」
「お前いつでも読み取る機会あったじゃねぇかよ。そんなに回りくどいのかよ」
「そう言うなら、もういっそノブナガが直接聞けばいいわ。私は怖くて聞けないもの」
ノブナガが会話に割り込んでくると、パクノダはお手上げだといわんばかりに両手を挙げる。パクノダの座り込んだ足先が蹴りの体勢に入るのを感じ、ノブナガは身構えながら首をかしげる。
クロロも同じく首をかしげ、天井に上げていた視線をパクノダに戻した。
「怖いって、パクノダ。この、は危険人物なのか? 今の現状を見ると、いつでも殺れそうだが」
この、と熟睡している顔を顎でしゃくると、ノブナガの腕の中でが身動ぎをする。話の内容を理解しているわけでもないだろうに、んーんと小さく唸り声まで上げて、ノブナガはクロロの質問内容も相まって吹き出してしまう。
「がおれたちにとっての危険人物? ありえねぇよ。こいつの寝顔見てみろって、安心しきってるじゃねぇか。心音も完璧に熟睡、オーラも穏やか、何より表情が赤ん坊みてぇなが危害加えてくるなんざ、ありえねぇだろ」
「ありえないわね。わざわざ私達のために慣れない外を走り回ってくれる子なのに、そんな面倒くさいこと考える前に、自分のテリトリーに入れた時点で攻撃すれば早い話だわ」
クロロの言葉はあっさり二人に否定され、しかもノブナガには吹き出されてしまった。その態度についてはありえないと思いながら発言したので、特にクロロは言及しなかったが、とりあえずこの過程を突き詰めてみようと言葉を繋げる。
「幻影旅団の情報を集めたくて、わざわざお前達を泳がせたとしたら? ここに来る前に、こいつはウボォーのことも知っていたみたいだったし、オレの顔を見てすぐに抵抗を止めたぞ。少なくともオレとウボォーのことを、名前を含めて認識していると考えられる。お前達のときは無かったか?」
真剣な顔で問われ、ノブナガは思わず腕の中のを見る。相も変わらずくーかくーかと健やかな眠り具合で、顔を見ようとノブナガの体から離されて不機嫌顔になったかと思うと、しばらくしてえび反る格好のまま、また深い眠りへと落ちていった。
ついつい真剣な思考の中に居たノブナガの顔も、だらしなく緩んでしまう。そのままノブナガの胸に顔を預ける格好に変えて抱きしめなおす様子を、クロロは真正面から見てしまってしばし視線のやり場に困ってしまった。
「団ちょ」
「いい、お前の意見はもうその表情でよく分かった。ノブナガ、頼むから発言しないでくれ」
「お、そうか? まぁでも一応な。こいつがおれたちの情報を持ってたって、おれは一向に構わねぇぜ。今日半日楽しかったしな、あれだ、このままずるずる友人関係って奴を続けても楽しそうじゃねぇか? おれがこいつに負けるってことも、まずありえねぇしよ」
「その緩んだ表情筋を整えてから喋るんだな」
「……緩むんだよ、悪かったな」
「お前の趣味に口出すほど、悪趣味ではないと思うがな」
「団長もシャルと一緒かよ」
「民族限定ロリコンか?」
「だー、言うな!」
が眠っているためなのか、こそこそと大の男二人が顔を寄せ合って会話を弾ませている横で、パクノダは自分の意識からようやく浮上してくる。が、最初に見た光景が光景で、声をかけるべきか迷った。
けれど突付けば正気に戻るメンバーだと分かっているので、あえて状況を無視して声をかける。男二人の会話など聞こえないふりだ。
「そうね、私達に危害を加えようと思えば、は簡単に出来るわ。は自ら情報を集めるまでもなく、情報屋を雇う手間も省いて、腕のいい暗殺屋を雇うだけで簡単に出来る。この子はそんなこと、考えつきもしないでしょうけど」
笑い合っていた二人の視線が一気に向けられる。パクノダは予想していた範疇の反応に、特にコメントもなくクロロを見た。クロロはその視線を受け、その目を見て嘘ではないことを確認し、そうか、と一言だけを返答とした。
「見えたものか」
「ええ、見ようとしたわけじゃないけど、偶然にね」
その言葉にノブナガが反応を示す。
「まさか、最初のときのあれか?」
「ええ、あの時偶然によ。だから情報が整理しきれてないし、なんだか信じれきれないようなことも見たわ。だから」
パクノダが言いかけると、風を切る音とともに人影が窓から姿を現した。部屋に居るメンバーが全員そちらを見ると、不機嫌そうなマチが髪を整えながらそこに居た。
「あいつ最悪、団長、いい加減あいつ切らないかい?」
第一声が早速の文句で、今回もよほどヒソカはひどかったらしいと全員が理解した。未だにの念の系統の話をしていた男三人は苦笑し、部屋の隅で酒を飲んでいたウボォーは缶を高く上げて笑った。
「マチ、厄払いに飲まねぇか!」
「もらうよ」
投げられた缶を受け取ったマチは、プルタブを開けながらクロロに一応の報告をする。
「言ったよ。暇だったら来るって」
「ああ、悪かったな」
「まったくだ」
よほど機嫌が悪いのか、クロロの言葉にも顔をしかめて缶の中身を一気に煽ったマチが、向けられる視線に気づいて声を上げる。
「なに?」
「ちょっと手を貸して欲しいの。仕事関係だけど、ヒソカじゃないわ」
「一言余計だよ」
パクノダの比較的明るい声に、マチは苦虫を噛み潰したような顔で寄って来る。その場に居る全員が腰をおろしているのを見て、マチもパクノダの隣、クロロの横に腰を下ろす。
ノブナガの腕の中に居るに不審気なまなざしを向け、当のノブナガに怪訝そうな視線を向けながら、マチは思ったことを率直に言葉にした。
「攫った?」
「誘拐じゃねぇ!」
即座にノブナガに打ち消されるが、マチは胡散臭そうな表情を変えることなく、パクノダとクロロに説明を求める視線を飛ばす。クロロはその視線を受けてパクノダに流し、パクノダは肩をすくめて笑う。
「誘拐じゃないわ。団長が脅して連れてきたの」
「へぇ、人質?」
「オレは招待しただけだ」
パクノダに任せたのは間違いだったかと、クロロも即座に打ち消す。けれどそうすると、じゃあなんなのさとばかりにマチの視線がクロロに注がれてしまう。クロロはこれまでの話の流れから、どう説明すべきか考え、一番簡単な方法をとった。
「オレは不審者をここに招待しただけ。けれど今日、仕事の下見のときにパクノダたちと知り合って、今度の仕事関係者だとさっき分かった。で、その関係でパクノダがお前の勘に頼りたいと言ってる。オレが今知っているのはこれくらいだな」
「アタシの勘?」
「ええ、そう。確証が欲しいの」
クロロの説明にマチがパクノダを見ると、パクノダはちょっと失礼と言っての後頭部に触れる。
「マチも触って」
その言葉にマチはまた表情を怪訝そうなものに変える。
「アタシにパクみたいな力はないよ」
「知ってるわ。でも触れば分かるの、ほら」
急かされて不審に思いながらもマチはの後頭部に手を触れる。特に何も考えてはいなかったが、なにか危ないと思ったら即座に殺してやろうと思った。それは習性みたいなものだったが、それを吹き飛ばして見えてきたものにしばし動きを止めてしまった。
空みたいな水色と花みたいな黄色、そして薄い霧みたいな紫色が目の前に現れ、それがノブナガとパクノダを包んでいるのが見えたのだ。事態に気づいてすぐに手を引こうとしたマチの動きを、ノブナガとパクノダが目で制す。見たこともない現象に、手を引くことは止めたがマチは出す言葉に迷った。
「マチ?」
クロロが不思議そうに声をかけてきても、すぐには反応できなかった。けれどそんなマチに、パクノダは至極当然のように問いかけてくる。
「マチ、この子は私達の敵?」
マチの脳裏に浮かんだ言葉は否。こんなオーラは見たことがなかった。こんな感覚は初めてだと感覚が告げていた。でも敵ではない。けれど、味方かと聞かれてもすぐには答えが見つからない。
「違う」
辛うじて答えると、パクノダは重ねて問う。マチはもうやけくそで答えてやろうと思った。なんだこのオーラは、なんだこのオーラは。不快ではない事自体が不快だ。正体が分からない。
「じゃあ、この子は今回の仕事に関わってると思う? 目的の家に居候してる子なの」
ならばアタシの勘などに頼らず、さっさと読み取ればいいのに。
マチは気持ち良さそうに眠っているの後頭部を殴ってやろうかと思った。けれどこの不可思議なオーラは指先に触れ、侵食するようにマチの体を這って来る。不快じゃない不可解な現象に身動きが取れない。危険ではないと勘が告げているのだ。見極めたいという欲求のほうが勝ってしまう。
睨み付けるようにマチがを見ていると、のんびりとその様子を見ていたノブナガも多少顔色を変える。マチが手に力を込めだしているのもつぶさに見えるし、その表情にイライラとした感情の色が濃くなっていくのも良く見えていた。
「マチ、殺すなよ」
「分かってるよ!」
声を荒げた途端、マチはもう片方の手で持っていた缶を握りつぶしてしまう。
その飛沫が回りに居たメンバーの顔にかかり、特にの肩に掛かったことがノブナガの声を荒げさせた。
「マチッ!」
「わざとじゃないよ、黙りな!」
マチはノブナガには目もくけずの後頭部を睨みつける。
仕事? 目的の家? 居候?
関わりがないわけないだろう、この条件が揃っていて。けれど断言できないものがある。目に見えなかったオーラが、触れた途端に視覚化されるなんてありえない。絶でも隠でもなしに、なんで。
そこまで考えると、マチはすっと体から力を抜いた。からも手を離して、その手で自分の頭を掻く。
「分かった」
「あぁ?」
ノブナガが睨み上げながら反応するが、マチはいつもと変わりない冷静な表情でパクノダを見遣る。
「こいつ、関わってるけどそれに気づいてないね。きっと。このオーラみたいなもんさ。触れば存在が分かるけど、それまでまったく存在すらしない、分からない。こいつにとって、アタシたちの目的物の存在はそんなところじゃない? 触ってても、それがなにか知らないかもね」
マチは潰した缶を軽く振って中身の無いことを確認すると、瓦礫の隅に置いて欠伸をしながら部屋から出て行こうとする。ノブナガが引きとめようと声をかけたが、彼女はそれに頓着せずさっさと部屋を後にした。
「ちっ、なんなんだ」
「マチの勘は当たる。いいじゃないか、服は着替えれば」
「団長、寝てる女の服着替えさせられるのかよ」
「やってやろうか?」
「……シャル、ここに変態が居たぞ」
「マジですか」
パクノダが黙っているのをいいことに、また能天気な会話が広がっていく。ノブナガたちの様子を伺っていたシャルナークたちも、声をかけられたことにより会話を広げる手伝いをし始めた。声は大きくなり、誰も音量を下げようとしない。
『わらび餅!』
唐突な叫び声が上がり、誰もがその声の主に注目する。
ノブナガの腕の中から突如顔を上げ、真顔で発言したはもう一度わらび餅と呟くと、目を開けたまま後ろに倒れる。ノブナガが支えるが、クロロも自分のほうに倒れてきた頭をとっさに支えた。
『甘酒……』
支えられたは、なにやら口をもごもごと動かしながらまた瞼を閉じる。
「腹でも減ったのか?」
ノブナガが問いかけては見るものの、眠っているが答えを返すことは無かった。
「……なんて言ってたんだ?」
「わらび餅と甘酒」
「茶菓子かよ」
酒が飛んできた所為じゃないかしらとの冷静な分析を聞きつつ、の寝顔を覗き込んでいる面々はその幸せそうな表情に、脱力したように息を吐く。
「あー……、とりあえず、一旦解散」
「異議なし」