子守と愛情のオーラ


 とりあえずが一通り主張し終わると、ノブナガは興奮して半ば酸欠状態のを自分の体に寄せ、小さい子供にするように背中を叩いてやる。抵抗することなくその肩に頬を寄せたは、疲れて体力も気力もなくなってしまったのか、涙をぬぐうのも忘れてぐったりとしてしまっていた。
ちゃん、ノブナガとなんであそこまで……」
「ガキが子守されてるだけだろうが。落ち着けよ」
「シャルの方がガキ臭かたとは、今まで知らなかたね」
「おれも! 同じ場面で知り合いになったの!」
 少し離れた場所で三人が騒いでいるのを見て、ノブナガは泣きつかれたのか叫びつかれたのか、呼吸音でが眠りに着いたのを知った。の年齢など聞いていないが、日本人だと言うことを考慮すると年齢にあわないこの様子に、ノブナガは自然と口元が緩んだ。
 全身で密着しているため、を包んでいるオーラをもろに感じているのだが、寝ていてものオーラは放出を抑えるどころかまったく変わらなかった。むしろ庇護者的位置にいるノブナガの体にまで侵出してきて、微量なそのオーラでノブナガの保護をするかのように包んでくる始末。ここにはノブナガを傷つけられるものなどいないのに、それを知らないのだろうの無意識の様子は、ノブナガの笑いを誘った。
「なにがそんなに楽しいのよ、シャルが拗ねてるわ。……あら、寝てるの?」
 パクノダの穏やかな声が、後半音量を下げて囁かれる。ノブナガは小さく頷いて、もう一度の背中をなだめるように軽く叩く。は小さく唸ると、ノブナガの体にしっかりと腕を回しなおした。
 そんな二人の様子に、パクノダは微笑ましそうに笑みを浮かべる。
「これはシャルが拗ねるわけだわ。やっぱり同じ言語を操る人間とその他とは、信頼感が違うのかしらね。どう思う?」
「さぁな。ただ単に、この部屋でお前達より先に目が合っただけって可能性もあるぜ」
「そう思ってないくせに、色男」
「どうだろうな」
 パクノダがノブナガの隣に腰掛けると、軽口を叩きながらの顔を二人して覗き込もうとした。ノブナガは自分の肩に頬を寄せられ、そして外を向かれているので顔は見えない。けれどパクノダはその顔が見える位置に座ったので、眠るの顔をしっかりと見た。
「ほんと、ぐっすりね」
 母性を感じさせる柔らかい口調での言葉に、ノブナガは伸びてくる手を止めなかった。パクノダの手がゆっくりとの頬を撫で、額を撫で、前髪を撫で上げた。ノブナガはの表情が動いたことを肩の感触で知り、その表情が柔らかいものだと言うことをオーラで判断した。オーラの色が淡い桜色と濃い夕焼け色に瞬き、その瞬きも目に優しく空気に溶けていた。
 パクノダの表情も緩み、小さな笑い声を漏らす。
「やだ、なんでこんなに安心しきってるのかしら。おかしいわ」
 おかしいより嬉しいといった言葉が適切だろう表情を浮かべ、パクノダは飽きない様子での髪を撫でる。触れている所為でパクノダにものオーラは視覚化されて見え、その瞬きにまた表情をほころばす。
「……おれも撫でる」
「おい」
 シャルナークが我慢できないといった様子で立ち上がり、のしのしと効果音がつきそうな憮然とした表情でノブナガたちへと近づいていく。一応フィンクスが止めようとするが、シャルナークは聞いていないようだった。フェイタンが放っておくよとフィンクスに言うのを含めて、シャルナークは一応耳に留めてはいた。
「シャル、近づくならそのオーラしまえ。が起きる」
 呆れたようなノブナガの声に、シャルナークは憮然としたまま自分の腕を撫でる。そしてを見て、ため息をついて気分を落ち着けようとした。
「まだだ」
「分かってるよ」
 平常心平常心と呪文を唱えながら、シャルナークは気分を落ち着かせていく。けれどその脳裏によぎるのは、本日触れて見たのオーラ。きっと今、ノブナガとパクノダが触れて見て感じているのだろう微量なオーラ。それの分析もしたいし、オーラ自体を気に入っているシャルナークにとって、その二人の状態はうらやましいものだ。触れているだけであたたかな気持ちになれるのは、きっとオーラの持ち主が穏やかな気持ちでいるからに違いない。だから、今ののオーラは絶対に気持ちがいい。
 の居候先にて散々触っていたシャルナークは、それがセクハラの部類に入ることなどすっかり忘れていた。そしてのオーラを思い出し、気持ちを落ち着けるとさっさと傍に近寄っていく。
「もういいよね」
「強く撫でんなよ、起きちまう」
「分かってるよ、ロリコン」
「……あとでな、お前絶対泣かしてやるからな」
「うわ、怖いなぁ」
 軽口を叩きながらシャルナークが手を伸ばすと、パクノダの手に捕まってしまう。それに異議を唱えて視線を投げると、パクノダは意に介さずシャルナークの手をハンカチで拭う。
「瓦礫の欠片握って触るなんて、シャルはが嫌いなのかしら」
 うらやましさのあまりに握りつぶした欠片が付いていたらしい。シャルナークは軽い忠告にごめんとすぐに謝ると、改めての頭を撫でる。寝ているのオーラがすぐに視覚化され、瞬いているのが見て取れた。
「うわ、強烈」
 刺激的というわけではなく、最初の穏やかなオーラとはまた違ったあたたかさに、シャルナークの口の端が喜びの形に持ち上がる。じわじわと指先を暖めてくれるようなオーラの侵出も苦ではなく、むしろ心地良いものだった。
 けれどシャルナークが浸っていると、背後から疑問の声が上がる。
「強烈? おいシャル、なにがだよ」
「寝顔にでも欲情したね。一々お前は気にしすぎよ」
 フィンクスの言葉にフェイタンがつまらなそうに反応する。が、その内容が聞き流せないものであったためシャルナークの表情が歪む。自然と不満げな声が出てしまう。
「失礼だな、の普段のオーラ触ってないから言える台詞だよね」
 多少自慢げにノブナガに問いかけると、ノブナガはしばし考えてそうだなと肯定した。そしてフィンクスとフェイタンの顔を見て、ややこしい事になるなとのをしっかりと抱きしめなおす。
「オーラだぁ? そいつ一般人だろ、あんまオーラなんてもんねーじゃん」
「……フィンクス、あいつ何か秘密あるよ。シャルが金に絡まないことで、嘘言うことないね」
「それもそうだな。ふーん」
 フィンクスの不満げで馬鹿にしたような言葉に、シャルナークは言い返そうと振り返るが、あっさりとフェイタンが別の意見を述べ、シャルナークの顔を見て楽しそうに目を細めた。同意を求めると言うよりも、すでに見破っているよとでも言うかのようなその視線に、シャルナークは少しばかり押される。
 助けを求めるように一般的な常識を持つフランクリンを探すが、フランクリンどころかコルトピもシズクも消えていた。
「三人は部屋に戻たよ。素直に吐くといいね」
 フィンクスとフェイタンは、立ち上がって一歩一歩近づいてくる。本気になれば瞬時にとシャルナークの間にも立てるだろうにそれをしないことから、パクノダはフェイタンがこの状況を楽しんでいることを理解した。
「シャル、別に隠すようなことじゃないわよ」
「でも、なんか癪だよ」
 どうせクロロには伝えねばならないことなのだからと暗に促すが、シャルナークは憮然とした表情で二人を見つめたままだ。ノブナガは息を吐いて向こうでやれと手を振る。
「んで? 触れば分かるんだよな?」
 シャルナークとフェイタンのやり取りも気にせずに、フィンクスは首を傾げながらノブナガの目の前に立つ。フェイタンに気をとられていたシャルナークは、一歩遅れて振り返るが、そのときには背後をフェイタンに取られていた。
「話すね」
「なんかやだな」
 それでも特に危機感を持つでもなく、本気で殺ろうとする訳でもなく淡々と二人は会話を続ける。ノブナガはフィンクスを見上げて特に刺激的な雰囲気も無いことから、軽く頷いた。
「触るなら丁寧にやれよ。お前の言うとおりの一般人だけどな、体力とか強度とかは一般人以下の奴なんだからな。下手すりゃ壊れちまうぞ」
「でも団長が気に入ってんだから、そこら辺はそれなりの奴じゃねぇのかよ」
「そこら辺の基準は知らねぇよ。でも、団長よりはおれ達の方が知ってるのは確かだ」
 ノブナガの言葉に首をかしげてフィンクスはパクノダを見るが、パクノダが躊躇いもせずに頷いたことから納得したように頷いた。そして、が来る前の三人の話を思い出し、出しかけた手を止めた。
「でも、こいつ「管理」か「友人」かなにか関係あるんだろ?」
 だったら念能力者じゃねぇか。
 単純に疑問に思っての発言だったが、その言葉に三人がいっせいに表情をゆがめた。言ったよこいつ、と言う哀れむような視線だった。
「な、なんだよその顔はよ」
 居心地悪くフィンクスが呟くと、シャルナークを捕まえていることに飽きたフェイタンがとっととの頭に触れる。無造作に置かれたその手のひらに、ノブナガが抗議の声を上げる前に感心したような声をフェイタンが漏らした。
「へぇ、こいつ面白いもの持てるね」
「だから言いたくなかったんだ」
 あっさりとシャルナークは肯定し、八つ当たりとばかりにフィンクスの膝を軽く蹴る。あっさり引っかかったフィンクスは、転がる前にシャルナークへと回し蹴りを見舞った。シャルナークはそれをあっさり避けたが、フィンクスは特に悔しがるでもなく驚いていた。
「珍しいな、お前が八つ当たりすんのって」
「どうだろうね」
 そっぽを向いて肯定しないシャルナークに、フィンクスが笑ってフェイタンを見る。で、どうだ結局と聞けばフェイタンは躊躇い無く頷いて肯定した。
「念能力者かも知れないけど、決め手がないね。鍛え上げてるような、鍛えた欠片すらないような曖昧さが腹立つよ。けど、悪くはないのが不思議なオーラね」
「なんだよそりゃ。……特質か?」
「変化系かもよ」
 二人の会話に機嫌を戻したのか、シャルナークが割って入る。わいわいと念の系統を話し出す男三人に、ノブナガはを抱き上げて移動を開始する。パクノダもそれについていき、男達の視線が集中した。
「ちょっと待てよ。まだおれ触ってねぇって」
「寝てるの前で騒ぐやつらは触んな。見んな。近づくな」
 小さな子供でも抱き上げてるような格好で、ノブナガは淡々とフィンクスに言葉を返した。その台詞に、さすがの三人も動きが止まる。パクノダは特に不思議に思わないのか、うんうんと何度か頷いていた。
「なぁ、あれってロリコンの範疇なのか?」
「どうだろう。格好だけ見れば親子で良いと思うんだけど」
「むしろあれが独占欲かもしれないよ。ノブナガの父性愛が開花して、愛情に加算されてる状態と考えれば早い話ね」
「……フェイタンの口から、愛情とか父性愛とか聞くなんて思ってもみなかったよ」
「うわ、今おれ鳥肌立った! 気持ち悪ぃ!」
「…………二人とも、ミンチと拷問どちがいいね?」
 こそこそ内緒話をしていたかと思うと、あっという間に険悪なムードになってしまった三人は捨て置いて、ノブナガとパクノダはウボォーと酒を飲んでいるクロロに声をかけた。酒気があまり流れてこない場所で立ち止まり、パクノダがクロロの名前を呼ぶ。
「なんだ?」
 それほど酔ってない顔のクロロを見て、ちょっと来てとパクノダは手招いた。クロロはウボォーを見て、大丈夫だと言うウボォーに頷いてからグラスを置いて立ち上がる。
「なんだ? ベッドでも盗って来るか?」
 会話は全部聞こえていただろうクロロが茶化すと、ノブナガは今は良いと首を振る。後で盗ってくるのかよと言うウボォーの声に、パクノダが話し次第よと簡単に返す。
「ちょっと聞くが、今日は決行しねぇよな?」
 ノブナガの回りくどい言い方にクロロは頷く。多少疑問に思って首をかしげると、いや実はよとノブナガは床に座りなおす。クロロもそれにならって腰を落とすと、パクノダが後で呼んでと言ってシャルナークたちのほうへと行ってしまった。
 クロロはその後姿を見送った後、ノブナガに向き直る。その腕の中には、安心しきった表情で熟睡している。クロロに苗字だけを名乗り、二人きりのときは無表情に振舞っていたくせに、ノブナガたちを見ると感情を露にした人間。
 その未熟ながら敏感な力に興味を抱いていただけあって、何とはなしにノブナガたちと違う扱いをされていたことが、クロロにとって意外だがショックだった。たかだか女一人の行動で気分を左右され、ショックを受けるなんて思いもしていなかった。
「で、話があるんだろう?」
「仕事に関係のあるやつと、ないだろうってやつ二つがあるんだが、どっち話したほうが早ぇか判断出来ねぇんだけどよ。どっちからがいいと思う?」
「そうだな。仕事のことの方が支障は無いだろうな。ないだろう事って言うのはなんだ?」
「仕事の話の後にする。んじゃ、まずは仕事の話からいくぞ」
「メモがいるか?」
 ノブナガの真剣な表情についつちクロロが茶々を入れると、ノブナガは虚を突かれたように動きが止まる。が、すぐに破顔していつもの調子で舌を動かしだした。
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