三人の考察と仮宿
「またね、」
「はい、またね」
無邪気に手を振ってくるに、シャルナークも手を振り替えす。パクノダとノブナガはサテラに頭を下げ、サテラも深々と頭を下げた。
辺りはもうすっかり暗くなっていて、サテラは何度か家まで送ると申し出たが、三人はそれを断った。一般人に仮とは言え、ホームの場所を教えるなんてとんでもない。三人はまばらに通り過ぎる人の波をよどみなく歩き、そして自然な動作で路地へと入っていった。
彼らの会話は、他の誰の耳にも残らない。誰の耳も侵さない。誰の耳にも残さない。
「見えたか?」
「ええ、やっぱりあの家にあるわ」
「持ち主は?」
「譲渡という形で、サテラの両親になってるみたいね」
「ふぅん。じゃあ、友人は?」
「そこら辺は知らないみたいよ」
財宝の隠し場所は、素人目ではただのなんの変哲もないものにしか見えない。けれどそれ自体が念で出来ているか、念でガードされているのは確かだ。だから、いくつか手順を踏まないと完璧にものにできない。
シャルナークは覚えていた必要な手順を口にする。
「でも、友人ってポジションの人間がいなきゃ、財宝は手に出来ないだろ。絶対サテラ自身が知ってるはずだよ、今の管理者は彼女だろ?」
それは本来「持ち主」が「管理」しなければならない。けれどそれが出来ない場合、暫定的に「管理」を他人に移すことが出来る。その「管理」を「友人」に託すことも出来るが、大概の「持ち主」は安全性を考慮して「管理」は「友人」に任せない。
「友人には念能力者ってのが、最低限の条件なんだろ?」
ノブナガがこぼす。その通りだとシャルナークは頷くが、そうするとパクノダが顔をしかめる。彼女の見たサテラの記憶には、念能力者というカテゴリーは無かったのだ。念という知識さえ、サテラの中に無かった。
それを伝えると、ノブナガもシャルナークも難しい顔になる。
それの「管理」は「友人」に任せないと言うのが通説だが、「友人」は定期的にそれに触れなければならないのも通説なのだ。「持ち主」はすでに「持ち主」とそれに認識させればあとは自分の傍から離しても、例え死んでも「持ち主」でいられる。けれど「友人」はそうはいかない。替えは効くが、手順が面倒なのだ。
それぞれが考えていると、ノブナガが答えを必要としていないかのように言葉を口にした。けれどそれにパクノダは視線を鋭くした。
「…………、じゃねぇよなぁ」
「馬鹿言わないで。あの子は本当に何も知らなかったわよ」
「え、マジで?」
「マジよ」
けど、とパクノダは言葉を切る。
「は無関係ではないわね、きっと」
「へぇ、なんか見えたのかよ」
ノブナガが茶化して言うと、パクノダは困ったように眉を寄せる。そしてそのまましばらく口を閉ざし、結局は仮宿につくまで彼女の口が開くことは無かった。
断片的にだが見えたものを、彼女自身どう言えばいいか分からなかった。が関わっていることは確実。だが、それが財宝を手に入れるために必要な情報かどうか、その判断がつかない。は財宝をそれと知らずに見ていて、そして場所も分かってる。そんな気すらしてくる。けれど、見えてもいないし確証も無い。
仮宿に入る前に、パクノダが足を止めた。二人もつられて足を止め、パクノダを振り返る。パクノダはそうね、と一声置いて答えた。
「マチに話を聞いてもらってから、話してもいいかしら」
パクノダにしては珍しい弱気な言葉に、シャルナークとノブナガは思わず顔を見合わせる。
「そんなに確証がないの?」
不安そうにシャルナークは口にする。彼の中ではすでにが「管理」や「友人」について、何かしら関係があるものだと決め付けていたし、触れたオーラからもそうだと断定できると思っていた。サテラが念を知らなくても、念能力者自体と交流が無いとは思わないし、それに一番傍にいるのオーラは一般人とは違っていた。
なのに、触れたら分かるパクノダが確証をもてない?
困惑顔のシャルナークに対して、ノブナガは特にコメントをしなかった。
が言うところの「友人」であってもそうでなくても、ノブナガにとっては気に入った人物と言ったポジションに変わりはない。あのオーラも念として昇華できるならもっと面白くなりそうだし、素直な性格だからこちら側のメンバーと会わせても楽しそうだな、と言う想像しか思い浮かばない。
このまま珍しくも生ぬるい交流を続けるのも、ノブナガ個人としては悪くないと考えていた。例えこの仕事で自分が特攻するにしても、は殺す以上に生かしていた方が楽しそうだし、皆殺しと言われても団長に掛け合えばいい。危険な生き物ではないと言うのは、あの無防備な様子で団長もすぐに分かるだろう。いや、むしろ面白い実験動物くらいには見られるかもしれない。なんせ、触れないとオーラが迸っていることすら分からないのだ。絶や隠をしている訳でもないのに、自分たちほどの能力者でも分からないとくれば、興味の対象になりえるだろう。
ノブナガはシャルナークの肩を叩くと、パクノダに顎をしゃくった。
「ま、とりあえず団長に報告しとこうぜ」
「……ええ、そうね」
パクノダもパクノダで何か考えていたのだろう。物憂げに頷きながら歩き出す。シャルナークは難しい顔をしたままノブナガの後ろについてきた。
数階分上がって、そして一番奥の扉をくぐる。気配の数よりも二人ほど多い在室人数に、シャルナークは声をかけた。
「あれ、二人とも明日到着じゃなかった?」
声をかけられたフェイタンとシズクは、一度シャルナークに視線を投げるが特にリアクションはなかった。けれど心なしか、フェイタンの機嫌が悪いような気がする。ノブナガは近くにいたフィンクスにこそっと声をかけた。
「あいつ、なにかあったのか」
神妙に訊ねてくるノブナガに、フィンクスはフェイタンを見て鼻で笑った。大したことねぇよと言って、フェイタンへと声をかける。
「おい、フェイ。お前気配殺すくらいなら、その機嫌の悪さも隠せよな!」
「うるさいよ、余計なお世話ね。お前が言う台詞違うよ」
「だーかーら。いい加減機嫌直せよ、団長戻ってくんぞ」
「ふん、それまでには直てるね」
ったく、しょーがねーなぁとフィンクスは諦めたように叫んだ。フェイタンはそれをどこ吹く風で、機嫌の悪いまま何かを手元で弄くりだす。どこか赤黒いシミのついたところから推察するに、拷問道具の一種のようだ。
結局後から来た三人に、フェイタンの不機嫌の理由は伝えられなかった。けれど、まぁフェイタンだからと三人は納得する。
そして辺りを見回して、来ているだろうと思っていた人物が見当たらないことに、パクノダが気づいた。
「マチは?」
「またヒソカへのお使いだよ。彼女も貧乏くじだよね」
コルトピの回答に、パクノダは気の毒そうに嘆息した。ヒソカへのお使いは、大概マチに割り振られる。彼女がどんなに嫌がろうが、ヒソカがマチを気に入っている以上、替えられることはないだろう。団長もマチに酷なことをすると思うが、そのほうがヒソカへの伝言の確実性が増すのは確かだ。
パクノダはそれで納得したが、ふとノブナガが首をかしげる。
「今回は特に重要じゃねぇから、ヒマな奴集合じゃなかったか?」
良く見るとボノレノフもフランクリンも揃っている。あとはウボォーギンと団長とヒソカ、それに使いに出たマチといった具合で、下手をすれば全員揃ってしまうだろう。
「おいおい、どんな祭り始めるつもりだよ。お前ら」
「ヒマだからだろ」
ボノレノフが退屈そうに一言漏らす。いやまぁそうなんだけどよと、ノブナガは不満げに返すがそれ以外に答えは無い。何のことは無い、蜘蛛のメンバー全員が暇と蜜月関係にあることを拒んだだけの結果だった。
「団長はどこに行ったのさ」
空気を換えるようにシャルナークが声を上げると、フランクリンが何かを思い出すように目を閉じた。開けたときの表情は特に普段と変わりなく、欠伸をしたところを見ると眠かったようだ。誰も彼も暇を持て余していた。
「本だと。今日が新刊の発売日だって忘れてたらしい」
「あ、あたし団長見たよ。さっきは喫茶店で本読んでた」
「じゃあ、もうすぐ戻ってくるわね」
シズクの目撃証言に、近くにいたフェイタンは剣呑な視線を向けるが、特にシズクは相手にしなかった。パクノダも特に突っ込まず、フェイタンは何か呟いてまた手元のおもちゃで遊びだした。拗ねているんだろう、とフィンクスは笑ったがすぐに止めた。フェイタンの視線がフィンクスをすぐさま補足したので、今はケンカする気分じゃないフィンクスは無難に空咳をして誤魔化すことにした。
「降ってきたよ」
外を見ていたコルトピが囁く。
先ほどまで欠片もその気配を見せていなかった空が、薄暗い雲をまとって細々と水を滴らせ始めていた。しとしとと降り始めるその雨は、徐々に力強く大地を打ち付けられていた。