「化学教育ジャーナル (CEJ)」第1巻1号(受理)1997年10月13日
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html
環境教育へ向けての一考察

大分県立緒方工業高等学校  教諭  塚田清隆


1.はじめに

 近年の急速な地球環境の悪化と、その保全についての方策は、1972年(昭和47年) ストックホルムで開催された「国際連合人間環境会議」を契機として、環境教育の国際的広 がりを見せた。環境問題が人類の生存に係わる重大な共通課題として認識され、「環境教育 の目的は、自己を取り巻く環境を自己のできる範囲内で管理し、規制する行動を、一歩ずつ 確実にすることのできる人間を育成することにある」という理念が打ち出された。

 また、教育の分野においても、環境保全に対する世論の高まりを受けて新学習指導要領が 平成元年に告示され、各教科において環境教育にかかわる内容が重要視されることになった。 文部省は平成3年に「環境教育指導資料(中学校・高等学校編)」、平成4年に「環境教育 指導資料(小学校編)」、平成7年に「環境教育指導資料(事例編)」を作成した。各学校 ではこれらの資料を参考として環境教育について理解を深め、創意工夫をして取り組んでいく こととしている。その中で、環境教育はすべての教科等と何らかの係わりをもたせ、これら 相互の連携を図りながら、総合的、相互関連的に取り組まねばならないので、文字通り学校の 教育活動全体を通じて位置付けられるとしている。

 大分県教育委員会は平成8年に「環境教育指導資料(第1集)」、翌年の平成9年に「環境 教育指導資料(第2集)」を作成し、教育活動の中に環境教育を位置づけて実施されることを 期待するとしている。しかしながら、県内のほとんどの高等学校で、校内の組織(分掌)とし て取り組んでいないと思われる。本校もその中の1校である。

 平成9年のエネルギー環境教育情報センターによるアンケート調査によれば、教師が求める 情報ニーズの1位に「環境教育の授業の実践事例」(6割強)が上がっている。

 今回、緒方工業高校の課題研究で行った「高校生による大気中の二酸化窒素の測定」の事例 とその研究でのインターネットの活用事例を紹介し、環境教育へ向けての一考察を報告する。


2.課題研究での取り組み

本校の工業化学科3年生の「課題研究」として「大気中の二酸化窒素の測定」を取り上げた。

(1)題材としての二酸化窒素

 大気汚染が進行している今日、環境をめぐる教育の必要性が一段と高まっており、大気汚染や 地球環境について関心を深めるために高校生で測定可能な題材を探していた。簡易測定法として 廃物のフィルムケースを用いた二酸化窒素の測定方法がある程度確立されていたので、題材とし て選択した。
 また、本校の校舎に「酸性雨つらら」があったことも、生徒の興味関心を引くこととなった。

(2)大気汚染
 大気汚染とは、大気が汚染されることにより人の健康に悪影響を及ぼしたり、植物に被害を与 えたりする状態をいう。汚染物質には、工場等の固定発生源から排出される硫黄酸化物、窒素酸 化物、ばいじん等と、自動車・船舶等の移動発生源から排出される窒素酸化物、一酸化炭素等が ある。それらのうち、窒素酸化物はノックス(NOx)と呼ばれ、一酸化窒素や二酸化窒素などの総称であり、 酸性雨の原因の一つになっている物質である。今回は二酸化窒素の測定を題材とした。
(3)測定方法
1)カプセルをつくる
 測定カプセルとして写真のフィルムケースを利用する。フィルムケースの中にろ紙(ペーパークロマト用を長さ9cmに切断)を入れ、 これに100μdm3ピペットを使い捕集液(10v%トリエタノールアミン・アセトン溶液) を染み込ませておく。

2)二酸化窒素の捕集
測定日にカプセルのフタを開け、自宅の窓等に張り付け、24時間たったら回収してフタをする。

3)分析 
 回収したカプセルにザルツマン試薬(発色液)を入れて、発色させ、色の濃さで二酸化窒素の濃度を調べる。測定 した数が多かったこともあるが、生徒は放課後遅くまで分析を行った。

(4)平成7年までの取り組み
 平成3年より測定を開始し、職員と生徒に測定協力をお願いした。平成3・4年は大分県立 鶴崎工業高校(前任校)の職員と生徒を中心に216個のデータを収集した。平成5年より大分県立緒方工業高校の 職員と生徒を中心に活動した。 平成5年279個、平成6年720個、平成7年1180個 (中学生の協力による大分県全域測定)と年毎に多くのデータ収集を行ってきた。

(5)平成8年以降の取り組み
1)ホームページの開設
 協力者を日本中に広げて募ろうと考え、大気汚染調査への参加をインターネットで呼びかけて みた。「大気の測定」と題したホームページを平成8年8月に開設し、 生徒の測定結果を公表するとともに、測定の協力をお願いした。生徒が電子メールを書き、化学系の ある専門高校に呼びかけたところ、一般社会人を含め195個のデータを得ることができた。

2)(株)学習研究社のキャンペーン
 (株)学習研究社が「大気の測定」のホームページを見て、教材として取り上げ、「1年のか がく」から「6年の科学」の共同企画として 「第1回大気汚染調査キャンペーン」と題し平成9 年7月号に大気汚染調査キットを付け発表し、全国規模で調査を実施した。現在、集計中である。

3)NTTの「こねっと・プラン」
 こねっと・プラン(全国の小・中・高等学校1014校をインターネットで結ぶ、21世 紀のマルチメディア時代を先取りする一大教育プロジェクト)のテーマとして 「世界規模の環境調査」が取り上げられた。世界1300校が調査に参加し、現在、データの集計中である。測定 されたデータは刻々とインターネットで報告されている。

(6)結果の概略
1)生徒の反応
 分析に直接関係する生徒は毎年5名程度と少ないが、試薬を入れ発色すると視覚に強烈に訴え るものがあり、「どうしてこんなに濃いの?」と驚きの声が上がった。また、一般社会人から励 まし、感謝の電子メールが届き、自分たちの行った測定の価値を改めて感じていた。
2)基準値との比較
 二酸化窒素の環境基準は「1時間値の1日平均値が0.04〜0.06ppmまたはそれ以下で あること」となっている。簡易測定と環境基準とでは測定方法が異なるので、安易な比較はでき ないが、道路近く等、劣悪な環境で高い数値がでたものの、おおむね良好であった。今後とも、 測定を継続する予定である。


3.環境教育へ向けての一考察

(1)環境教育の目指すもの
 環境教育の目的は、「環境や環境問題に関心・知識をもち、人間活動と環境とのかかわりにつ いて総合的な理解と認識の上にたって、環境の保全に配慮した望ましい働きかけのできる技能や 思考力、判断力を身に付け、よりよい環境の創造活動に主体的に参加し、環境への責任ある行動が とれる態度を育成する」ことである。
(2)学校現場からみた問題点
1)実践時間の不足
 高等学校の現状(進学指導、生徒指導、進路指導、学校5日制等)を見ると、環境教育を実践 する時間的余裕はほとんどないに等しい。仮に実践を行ったとしても環境問題の解説を中心とした 知識重視の教育実践に終わってしまうと思われる。 このことは、環境教育の必要性が強調されているにもかかわらず、環境教育の実践を難しくしている 要因となっている。したがって、すべての教科等と係わりをもた せ総合的に学習することは困難であろう。教育する時間がない現実と教育せねばならない現実との狭間で、 いかに両立させるかが問題であると思う。
2)教員研修の不足
 授業の持ち時間や生活指導、部活動に費やす時間が多い現状では、環境教育という新たな 分野を研修し、かつ授業展開する時間的余裕がない。また、環境教育に関する研修が教員研修の一環として 確立されていないので、教員の自主性に任せている感がある。長期休業中等に教員研修を新設または既設の 充実を図る必要があると思う。
3)実践事例の不足
 平成7年に文部省が作成した「環境教育指導資料(事例編)」においても30事例であり、 「授業の実践事例」が少ない。したがって、授業方法が未だに確立されておらず、個々の教員の 力量に左右されてしまう。今後、より多くの実践を積み上げ、インターネット等を用いて実践例を共通の財産とする 必要があると思う。
4)実践後の問題
 生徒が環境問題について理解できたとしても、生徒個々の努 力目標の設定が難しい。もし仮に、生徒個々の努力目標を設定でき、実践できたとしても、その見返りとしての恩恵を 得ることができにくい場合が多い。ほとんどの環境問題の場合、数年でなくなる問題でなく、 長期(数十年、数百年)にわたるものがほとんどであり、生涯のうちに自分たちが実践した成果を見ることが できない場合が多い。 そこで、後世のためにという環境倫理的な考えが教育のうえで必要となる。


  4.おわりに

 最近の新聞記事では、「地球温暖化問題に危機感を抱く人が8割に上る一方、温暖化防止のた めには家庭の経済的負担増もやむを得ないと考える人は3割にとどまった」と報じ、「求められ る意識変革」と大きく取り上げていた。ほとんどの人の本音は、今の生活を変えることなく環境 を守りたいと考えていると思う。

 このような意識を変革する手段として環境教育の果たす役割は大きい。この場合、環境教育は環境とのかかわりを考え る能力を養うのであって、単なる自然保護運動ではないことを忘れてはならない。 このことは、環境教育が「環境を守れ」というスローガンを掲げたにとどまったり、環境破壊の 問題点を指摘するのであれば、単なる反対運動を助長する教育となってしまう。人間活動は環境 破壊の行為であり、この行為を今後継続するにはどうすればよいか、すなわち、環境といかに共 生を図るかを生徒に理解させ、環境と接するあらゆる場面で判断できる能力を持てるようにしな ければならない。そのためにも、環境倫理的考え(1.すべてのものに存在権利がある 2.資源 は世代間で継続していかねばならない 3.閉ざされた地球との共生をする 4.仏教用語の因果応報の考え)を 踏まえて教育に携わっていく必要がある。

 我々教員は、このような現状を的確に把握し、教員研修を充実させ、個々人の力量を高める 必要がある。また、環境教育の導入を機に、今の教育に欠けていると言われている問題解決能 力の育成のために、これまで学んできた知識を総合的に活用していく教育の活用を図ることが必要ではなかろうか。


化学教育ジャーナル (CEJ)