栗さんの山のいで湯行脚 −その1−  栗秋和彦
PART2
新春の日だまり湯行             
 前日の大分地方は北風が強く、寒い一日であった。岳友・鈴木と赤提灯で飲んでいるうちに、どちらともなく「こういう日は山のいで湯にどっぷりと浸り、雪見酒なんぞをやりながら暖まるのが最高だな」と思いをよせる。となれば、すぐその気になって「ヨシ、九重の法華院温泉で一杯やりながら、雪見としゃれこもうではないか」とすぐ話がまとまる。

 で、翌朝6時半大分を出発。昨日とうって変わって天気も良く、風がないので暖かくなりそうである。長者原へは8時過ぎに到着。法華院温泉へは三俣山の山腹をまわりこみながら徒歩1時間半の行程。いわゆる温泉地としては九州最高地1303mにある。新春の陽を浴びて雨ケ池の峠を越える。思ったより雪は少なく、日陰に少し認められるだけ。日だまりを求める足取りは軽い。登山シーズンの日曜日なら、法華院温泉は汗を流す登山客でごったがえしており、宿の方も客の応対で大変忙しく、ついつい無断で入浴してしまうのだが今日は我々二人だけ。一応断って久しぶりの法華院の湯に浸る。

             
                     法華院山荘にて
   

 浴槽はセメント造りの簡素なものであるが、硫黄の香りの乳白色の湯がなみなみと浴槽にあふれ、湯の華が惜しみなく流れ出る。下界から持って来たオニギリをつまみに、先ずビールで乾杯。風呂の中で何の躊躇もなくこんなことができるのもシーズンオフの山のいで湯ならではのことである。今日の陽気で雪見酒こそ充分に味わえなかったが、風呂の中で燗をつけたワンカップを飲むころには鼻歌まじりでかなり酩酊。

 帰路も同じ道を辿り長者原へ駆け下る。夏の雑踏がうそのような静かな日曜日。法華院の湯だけが目的の山行もまた、楽しからずやである。さて次の目的地は牧の戸温泉。昔は地獄があり、ひなびた山の湯であったが、今は近代的な建築のホテルに生まれ変わっている。しかし周囲は相変わらず雄大な九重の自然。ここ九重観光ホテルの風呂も南面は総ガラス張りで、霧氷きらめく三俣山を借景に雄大な自然と対峙しながら入浴できるこのしあわせ。ガラス越しの九重山群は昼下がりの小春日和に写されて、のどかそのもの。適温の硫化水素泉が心地良い。

 帰途、本日3ケ所目の筌の口温泉へ寄る。この湯は飯田高原の北端にあり、鳴子川の河畔に旅館2軒、共同湯1軒の静かな山の湯。現在は旅館にも内湯があるが、昔からの共同湯は広くて、重炭酸土類泉が大量にあふれ、湯治客も近在の民も誰もが世間話をしながら気楽に入れる雰囲気を持つ、私の好きな山の湯の一つである。浴槽は8畳敷ほどの大きさ。けっこう深く奥は寝そべり可能な棚になっており、湯に浸りながら横になれるしくみ。この温泉では“寝そべり湯浴み”抜きでは語れない。しばし瞑想に耽る。

                     
                       由布院温泉下ん湯にて
                      
 さて本日の仕上げは由布院温泉岳本の共同湯にしよう。麦藁屋根の湯小屋の南側は吹き抜けになっており、湯小屋の中に浴槽が一つ。非常に熱くとても入れたものではない。すぐ横から露天風呂になり、ここは適温。仕切りを隔てて金鱗湖につながっており、魚が迷い込みそうな錯覚に陥る。しばらくして由布岳登山を終えたハイカーが数人、仕切りの向こうからこちらを覗き込む。「誰でも入れますか」「どうぞ」ということで露天風呂は急に賑やかになる。湯小
屋の横には別棟の洗濯小屋があり、老女が一人もくもくと洗濯をしていた。温泉を利用した由布院ならではの風物詩である。わずかに白く輝く残照の由布の峰に別れを告げ充実した湯行に満足し家路を急ぐ。(昭和58年1月9日) つづく

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