Intermedio T




“ギィ・バタン”

少し遠くで金属の擦れる音と、重たいドアの閉まる音。

それに気付いた俺は手に持っていたタバコを、慌てて携帯灰皿でもみ消し、それをコートのポケットの奥に押し込んだ。

本来立ち入り禁止で、さらに寒風吹きすさぶこの時季、この屋上にわざわざ来るのは二種類の人間しかいない。

保護者への建前上、ごくたまに行なわれる見廻りを押し付けられてしまった不運な教師か、ココの常連のあの二人か。

あの二人なら今更煙草を吸ってる姿を見られても問題ないが、それが教師だった日にはいくら暢気なこの学校とはいえ、停学くらいは覚悟をしなくてはいけない。

それはさすがに少々面倒だから迷わず煙草をもみ消してしまったが、まっすぐこちらに向かってくる足音が二つだという事に気付き「火、点けたばっかりだったのに」なんて、考えてしまった。

「あれ、恭一君?」

案の定給水タンクの土台を背に座っていた俺の前に姿を現したのは、難攻不落とか天然撃墜王などと周囲から呼ばれている二人の友人で、その片割れの佐藤が「またこれ?」と、煙草を吸う仕草を真似ながら、声をかけてくる。

「お前らのせいで煙草一本損した」

そんな俺の悪態に「そんなの私達のせいじゃないよ」なんてクスクスと小さく笑う少女と、その傍らの顰め面の少年。その二人の完全防寒と言わんばかりの格好に、この二人が『ちょっと外の空気を吸いに来た』とか、そんな理由でここを訪れたのではない事は見て取れた。

「またサボりか? 昨日サブちゃんが泣いてたぞ」

とある大物演歌歌手と同じ名前を持つこいつらのクラス担任が、この二人のサボリ癖に頭を悩ませているのは、こいつらの知名度も手伝ってか、わりと有名な話だ。

二人とも頻繁に授業を自主休講するくせに、試験では常に上位に食い込むなんて、教師にとってはやりにくい事この上ないらしく、各教科の担当教諭からサブちゃんによく苦情が行くらしい。

「そんな事より恭一。お前昨日神山に何したんだ?」

今までずっと無言だった裕紀の言葉を聞きながら、新たに一本煙草を取り出しつつ、サブちゃんの涙は『そんな事』なのかと(実際に泣いていたわけではないが)、まだ若い教師を哀れに思う。

「朝から冬眠明けの熊みたいな顔して、沙夜子の周りをウロウロしやがって」

いかにも鬱陶しげに呟きながら、隣に座り込んで俺の煙草に手を伸ばす裕紀と、そんな裕紀の手を叩き落して相方の喫煙を阻止している佐藤のじゃれ合いを傍目に、裕紀のあまりに的確な喩えに俺は思わずふきだした。

何と言うかまぁ、今裕紀の喩えた情景がものすごくリアルに想像できるんですが? 小雪さん。

昨夜の一件は、俺としてはちょっと揺さぶりを掛けてみただけのつもりなのだけど、アレはアレで効果があったらしい。

そんな考えが顔に出ていたのか、煙草に火をつけている間視線を感じて、そちらに眼を向ければ呆れたような佐藤の顔。

「そんな事ばかりしてると、いつか本当に小雪ちゃんから愛想つかされるよ」

「なら、裕紀が同じような事をしてたら、佐藤はコイツに愛想を尽かすのか?」

佐藤の妨害にタバコを諦めたらしい裕紀を指差しながらの質問に、彼女はゆっくりと首を振る。

「『もし』の質問に意味はないでしょ、私は小雪ちゃんじゃないんだから・・・小雪ちゃん、凄く不安そうだったよ? 夢見が悪かったとかで朝から裕紀の機嫌が悪いから、私は詳しく話が聞けなかったけど。ああ、でもね・・・今、美央美が様子を見に行ってるんじゃないかな」

「心配でしょ?」なんて、ニッコリ微笑んで屋上の出入口を指差す佐藤を睨みながら、またもや火をつけたばかりのタバコを揉み消して立ち上がる。

「よりにもよって、宮野なんか嗾けやがって」

状況次第ではニ・三日小雪を放っておこうと思っていたが、佐藤がアイツを動かしたとなると話は変わってくる。

「お前、憶えておけよ」

いかにも三下的な台詞を口にする俺に、佐藤は肩を竦めつつ苦笑いを浮かべるだけで。

そんな彼女の様子に舌打ちして、俺は階下に足を速めた

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