詩113
影
2015.4.29
薔薇の花が
春の終わりを告げて咲くと
天地はにわかにか輝きを増し
木々は濃い影を投じ
ひとは木陰が恋しくなる
季節の巡りを祝って
噴水は虹をかけ
虫たちが小さい影を曳いて
大地を活発に這いまわり
花々の上を舞っていた蝶が
静かに己が影のうえに降りたつ
飛ぶ鳥も地上に影を落としてゆく
そう 夏は影の季節!
広場で子ども達が
濃い影を連れて遊んでいる
紫陽花の季節
2015.5.30
紫陽花の花が咲く季節
わたしはこの季節が好きだ
戦後の復興期
土建業を営んでいた父は
晴れの日は家に居ず
雨の日だけが休みだった
そんな歳月としつき
わたしはしだいに雨が好きになり
紫陽花の花の咲く季節が
待ち遠しくなっていた
この季節
父は大抵家に居て
わたしの心も満たされた
ただ父といるだけの幸せ──
そんな他愛のない
遠い遠い記憶を呼び覚ましてくれる
紫陽花の花
ああ 今年も雨の季節が
またやってきて
庭に咲いた紫陽花の花に
わたしはそっと亡き父の面影を重ねる
風車
2015.5.4
チューリップが咲く
公園のベンチに
わたしは洋杖ステッキを立てかけて
憩っている
チューリップの上を
軽やかに蝶が舞っている
蝶は
栩栩然くくぜんとして
舞っている
わたしは徐に目をつぶる
すると 瞼に──
そう 瞼の裏に
古風な風車が見えてくる
色とりどりのチューリップが咲き誇る
広い畑のなかで
静かにゆっくり巡る風車
それは かつてヨーロッパの旅を
夢見たときの風景
わたしは まだ旅を夢見る
だが 老いたわたしの脚は
強く拒む
──ヨーロッパは遠くにありて想うもの と
目を開けると
洋杖に白い蝶がとまっている
スケッチ
2015.5.24
五月の土手の道を
少女がひとり
自転車を走らせて行く
爽やかな風を
額に受け
長い黒髪をなびかせて
軽やかに自転車を走らせて行く
スカートに風をいっぱい孕ませて
すらりと伸びた健やかな脚で
懸命にペダルを漕ぎ
少女は
恋の季節に向かって
自転車を走らせて行く