詩112
春の小川を
2015.3.17
春の小川を
菜の花が流れていく
春の小川を流れていく菜の花を
ひとりの小娘が
追いかけていく
それは──
わたしの心の中の風景
少年時代読んだ短編*
「菜の花と小娘」の情景
その小娘に
ひとりの少女の面影が重なる
その少女は今いずこに
春の小川をわたしの初恋が流れていく
遠い遠い思い出を乗せて
春の小川は流れていく
*志賀直哉
スケッチ
2015.4.7
すみれや
タンポポの咲く
土手を
若いお母さんが
乳母車を押していく
乳母車の
子どもの顔は見えないが
ときどき白い蝶々が
舞ってきて
覗いていく
若いお母さんの心には
春がいっぱい
後ろから
黄色い蝶々がついてくる
花吹雪
2015.4.3
何か予感がして
わたしは寝たきりの父を花見に誘った
かつて賑わった土手の花見も
古木のためか
やや寂れ 人出も控えめであった
車椅子の父はそれでも
充分満足そうに
昔ながらの花見を楽しんだ
花は盛りを少し過ぎ
押していく車椅子の前を
しきりに散った
時折 花吹雪となって舞った
わたしはしずしずと車椅子を押していった
父は黙々と見上げていた
わたしが父に花を見せたかったのには
実に訳があった
先の大戦で多くの戦友を失った父に
最後の花見
をさせてあげたかったからである
風に誘われて
勢いよく舞い散る花──
海軍の航空兵だった
父の眼に
この花吹雪はどのように映ったのかーーー
わたしは父に問うてみた
父は黙って答えなかった
父の沈黙は深かった
この花見が結局わたしと父の最後の
思い出作りとなった
反歌
散りゆける数多の命ふと思ふ
落花一片手のひらに受け