詩65
   ピカソの「泣く女」
                  10.1.13
1937年
画家ピカソは
「泣く女」の絵を描いた

泣き腫らしてクシャクシャになった顔は
乱暴に解体され
眼球は滑稽なほどに飛び出しているがーーー
それでも
絵は まさしく悲しみの極みを表現している

でも もうその泣き顔は
ひとの感傷を受け入れるものではない
あまりにも強く描かれた
悲嘆は
むしろ 観る者の同情を厳しく拒みつづけーーー
そして 観る者をして
その背後へと向かわせる
その背後にある悲しみの本へと
       あの忌まわしい惨劇の告発へと

だが ピカソはここで深入りはせず
女に ハンカチを持たせる
まるで それが、どこででもよく見られる
悲しみの一風景ででもあるように

否、
あたかも この風景がこれからは
いつもどこでも見られるようになることを
予見するかのように

       1939年第二次世界大戦はじまる

  
  ピカソは「ゲルニカ」の一環として「泣く女」を     描いたが、なぜか最後にハンカチを描き
  加えた。

   ジャコメッティの「歩く男」の像に
                        10.2.4
この男は
何故にかくも細くならねばならなかったのか
針金のように痩せ
肉体の面影すらなくした人
彼はアダムやイブの子孫ではない

文明の腐食に曝された人体は
まだ かすかに顔に輪郭を保つが
もう そこに神の似姿はない
まして 神の恩寵にあずかる
存在ではない

ああ
20世紀の大地を歩く
実存の人
あなたは何所から歩いてきたのか
何所に向かって歩いてゆくのか
  

   ロンドンの競売で「歩く男」の像が史上最高の     95億円で落札したとの記事を読んで

   
   無題または虚子に
                   10.2.28
いちはやくテレビ画面で見た
あの使者が
番地をまちがえず
入り組んだ
迷路のような道を通り
今日
団地のわが庭に
春を知らせにやって来た
 
ああ!初蝶
 
───初蝶来何色と問ふ黄と答ふ  虚子 

       2月28日 初蝶来る
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