詩55
T先生
08.9.9.
T先生は西洋哲学者であったが
仏教にも深い造詣をお持ちであった
私は先生に長年親炙し
多くの教えを請うたが
とりわけ
先生の禅の教えに教化きょうげされ
道元禅師の教義を会得せんと勤めたことがあった
しかし どうしても最後に残る
疑問があった
(それはあまりに素朴な疑問であったが)
それで
ついに勇気をもって問うてみた
「道元禅師は只今の出家を薦めるけれど
みながみな出家をし只管打坐したら
子孫は残らず
田畑は耕されず
人類は滅亡しませんか」と
すると
先生は
「実は自分もそのことを考えているのだ」
と応えてそのまま沈黙された が
しばらくして
「人が滅んでも、宇宙は悠久、仏法は普遍」
と ぽつんと語られた
勿論 私は理解できなかったが
この言葉は長く余韻をひいて
こころに残った
先生は軈て86歳のご高齢で
天寿をまっとうされ
その言葉が結局私にとっての
先生の最後の教えとなった
それから
幾十年
私の年齢も次第に先生の齢に近づくにつれ
不思議なことに
先生の面影は益々鮮明になり
いよいよはっきりと目に見えて
生前よりも生き生きと
語りかけられるようになった
そこで 先生にあの言葉の意味を
質してみた
すると 先生は応えられた
「それが仏法」だと
落ち葉
08.10.4
静かな秋の日の午後
落ち葉が舞って散っている
歓喜の身振りで
皆それぞれに
自分の舞を舞いながら
優雅に
あでやかに
散ってゆく
次から次に
秋の陽を浴びてーーー
そして 見事に
着地を決めると
ひっそりと
息をひそめて
静かに
大地に横になり
やすんでいる
が、突然
落ち葉は走りだす
人が見ているのに気づいたのであろうか?
俳句
08.10.14
「俳句を作る」と人は言うが
もともと
「俳句はひねる」と言うのが
正しい───と教わった
私も
俳句がひねってみたくなり
ひねってみたが
なかなかうまくひねれない
随分と試みてみたが
やはり上手にひねれない
俳句は結構難しい
すぐれた俳句は容易に生まれない
立派な俳句はなおさらである
そのうち
私は諦めて
俳句より
世界をひねってみたくなった