詩90
入道雲
2012.7.21
屋根の上から
入道雲がのぞいている
入道雲は魔人のようだ
わたしはむかしむかし読んだ
物語を思い出す
─ランプの精は何でも願いを叶えてくれる
わたしは年甲斐もなくふと思う
わたしの願いも叶えられたら──
───すると
雲の魔人が窓よりのぞきこみ
お前の願いは何か と問う
そこで わたしは考えてみたが
わたしの願いはつねづね一つ
次に書く詩が傑作であること──
魔人はしばし考え込んで
それは女神の領域
女神は気まぐれ
ランプの精の及ばぬところ と
また 目をやると
屋根の上
入道雲はただの入道雲
やうやくに白髪のふえる頃ほいと
なりていよいよ空想たのし 山下陸奥
夏
2012.7.26
勝ち誇ったように
入道雲が空を占拠し
向日葵の花が満面の笑みをうかべ
太陽と向きあっている
「今を生きよ」と
蝉は歓喜の声をはりあげ
はじまったばかりの夏休みの
うれしさに 子どもたちは
宿題のことなど忘れている
夏は命燃える季節
だが 働き蟻アリが蝶の翅を運んでいる
公園の隅っこで
2012.7.23
公園の隅っこで
女子中学生が四五人集まって
なにやら 土を丸めている
何かの必要のためとも思えない
それでも
楽しそうに
彼女たちはおたがいにうち興じて
熱心に丸めている
ソフトボールほどになると
大切に玉を置き
真剣な表情でながめている
この遊び 何の意味のあってか?
──乙女が掬えば水も玉になる
と歌ったのは詩人ゲーテ
彼女たちのいま丸めているものは
確かに土くれ
だが 彼女たちの目には
水晶の玉
七瀬川自然公園にて
露
2012.7.30
朝顔の葉に
露が一粒のっている
朝露の残りか
一粒の露は日に光り輝いている
このたまたまの
一期一会
朝顔の花はやがてすぼんだが
一粒の露は消えないでいる
いつまでも
いつまでも
わたしの心の中で
昼近く露の玉が一粒だけ葉に
残っているのを偶然に見付け
この露の玉は永久に消えない
のではないかと思われて