詩83
一冊の本
2012.1.26
たびたび本棚から取り出す
一冊の本
数ページを読んで
たいていはすぐに元に戻すのだが
またも 取り出す
文庫本
常に手元に置いておくほどでは
ないのだが
ぼくの心が空虚で
憂いにうち沈んだとき
覚えずに手を伸ばす
手垢のついた本──ホイットマン詩集
そこにぼくが読み取るのは
時空を超えた
愛のことば
───ただし男同士の!
男同士の愛=manly attachment
厳冬の杜で
2012・2・2
厳冬の杜に入ると
樹々は
葉を落ちつくして
立っている
虚飾をとり去った
樹々の裸は
かえって美しく
凍てつく天に枝を伸ばして
凛として立っている
どの樹々も
他の樹に寄りかからず
孤独を厭わず
寒に耐え
雄々しく立つ
その自尊の姿に
わたしは
思わず
敬礼をしたくなった
七瀬公園の杜にて
丘の上の一本の樹
2012.2.6
遠くの丘の上にある
一本の樹
何の樹なのか──その名も判らない
何ゆえにそこにあるのか──それも判らない
すでに丘は切り開かれて
団地になって
埋め尽くした無数の屋根屋根
そこに聳えるたった一本の樹
とまれ
毎日窓から眺める
一本の樹
わたしの目にははっきり見える
一本の樹が枝を揺すって
風と語らっているのが
「その昔、ここはとても豊かな森だった」
「栗鼠も狐もみんないた」
「それを知るのはぼくだけだ」
と
森
2012.2.14
森の中を行く
わたしの前を
一羽の蝶が飛んでいく
わたしは蝶を追っていく
森の奥へ奥へと
遠い記憶を
追うように
蝶は誘う
さらなる奥へ
森深く立つ
一本の大きな
樫の樹の下へ
その幹に
彫られた一つの名前
ああ その名前!