詩76
触目
11.3.30
春の小川を流れゆく
空缶二つ
くっついたり
はなれたり
春のもの憂い流れにのって
流れゆく 空缶二つ
くっついたり
はなれたり
この空缶を捨てたのは
恋の虜の若いふたり
流れの岸に並んで座り
仲良く飲んで捨てたのだ
小川の中を流れゆく
空缶二つ
くっついたり
はなれたり
丘
11・4・5
一冊の書を携えて
のぼる丘
読みはじめる
ゲーテ詩集
読み返す
青春のページ
読みさして
草に置けば
来てとまる
蝶
この一瞬
11.5.2
この一瞬───
別にとりたてて言う
ほどのことでもないのだが
ただ
蝶が一羽
夏の終わりの
薔薇の花にとまった
だけのことなのだが
そこで
花弁がはらりと散った───
だけのことなのだが
それだけのことなのだが
ああ
この一瞬の眩しさ
詩人だけが知る
「時」の祝福
──
さ庭べの夏の終りの薔薇の花
蝶のとまりて崩れけるかな
森深くわけ入って
11.5.21
森深くわけ入って
わたしは木の枝から
一枚の葉っぱを
そっと盗んで持ち帰った
その葉っぱを
別に描くわけでもなく
また 詳しく観察するでもなく
わたしはその葉っぱを机上に置いた
机上に置かれたまま
葉っぱはやがて凋み枯れてしまうであろう
それでも葉っぱはしばらく森の記憶を
わたしに思い出させる
そう
遠い遠い森の記憶を───
幼い日にたびたび行なった
無邪気な行為を