「私の趣味」 吉賀信市

 自分の趣味は何であろうか。
 「趣味」辞書によると、(1)感興をそそるよさのあること。(2)楽しみ。などと書いてある。自分のそれに相当するものには何があるであろうか。

 わたしの趣味は、これだと言えるようなものはない。かつて、山登りに熱中していた時期があったが、ここ20年余り活動はしていなく、そこそこの知識があるとは言い難い。例えば、県内の山で、写真を見て山名を言えるのは両手の指前後の数ほどであろうか。
 
 登った事のある山の数は、多めに数えても40前後と思う。その昔、大分登高会に入会する以前20歳位の時、日本の有名な山のほとんどに登ってみたいと思った事もあった。今は、日本100名山とか大分100名山にすべて登ろう、登って見たいと言う気はない。誘われれば行く程度である。

 しかし、退職後、出来る範囲でヒマラヤ等、海外登山に行きたい気持ちは、ジャヌー敗退以来持ち続けている。この20年余り自分なりに、肥満・深酒などに気をつけ体調、体力の維持に努めてきた。女房には、「子供の事は、ほったらかして自分の事ばかりしている。」と言われながらジョギングをしていた。体重はこの20年ベストを保っている。

 しかし、年を重ねると自分の不注意もあって身体のあちこちに経年劣化のガタが来てジョギングができなくなった。最近は、膝の負担を軽減する為、マウンテンバイクで走り回っている。女房からは、「変質者に間違えられるからあまりウロウロするな。」と言われながら細々と、いや必死になって老化防止に努めている。だが、体力は‘おゆぴにすと’ト3人衆にはかなわん。

 私は、運良くアンデス、ヒマラヤと2回海外登山を経験したが、‘おゆぴにすと’の仲間での海外登山はない。いつの日か、この仲間でEXPEDITIONを実行したい。私の行きたい山は、「ジャヌー」。この山には登頂したかった。

         ’81ジャヌーの回想と・・・
 1981年10月、計画した未踏のルートを断念。南稜フランスルートに転進。3人でカプセルスタイルにて、第3キャンプ(6,300M)に設営。ジャヌーを背にして遠方を眺めるとマカルーがくっきりと見える。ジャヌーの頭が目の前にある。手を伸ばせば届きそうな錯覚に陥りそうだ。

 良い天気が続いている。風もほとんどない。2ビバークで登って帰れると判断し1日休養後、ラッシュ攻撃をかけた。しかし、その日の食事を終えビバークに入る頃より風が舞い始めた。ツエルトでのビバークは、ツエルトを風に飛ばされないように身体に巻きつけて風と戦うのが大変で眠るどころではなかった。2日目は、寝不足と強風の為、ほとんど高度を稼ぐ事が出来なかった。

 3日目、雪壁を登り切り南稜に達する。カンチェンジュンガがヒマラヤヒダを美しくまとった姿で目の前に現れる。古いフィックス・ロープが残る岩場を越え、肩のコルに達する。天気は良いが風は強く舞い上がった雪が顔を叩き痛い。時計を見ると13時。隊長(篠原)は、すでに肩の先を60〜70m先行している。

 時はすでに13時。私は、このまま行けば登れるかもしれないが、自分の体力、技量ではこれより上部でのビバークは、手・足の凍傷くらいではなく、生きては帰れないと感じた。先行する隊長は、続けと手を大きく振って合図するが、私と森口は動けなかった。

 篠原は、肩のコルまで引き返して来て、なおも「頂上に立てる行こう。」と獲物を狙う鷹のような眼をして、雪の舞う強風の中、大声でうながす。
 吉賀:「俺の力ではこれ以上は無理だ。」
 篠原:「多少の無理をしないとジャヌーは登れんぞ。」
 吉賀:「イヤ、無理だ。」 森口も同意。
 篠原:「分かった。諦める。」
日没までにビバーク地点まで下降。3晩目のビバークとなる。

 4日目、第3キャンプ向かう。急斜面を過ぎ、なら坂な王座氷河に入ると急に足が重たくなった。20〜30歩進んでは、雪に座り込む。力が入らない。座り込んだひょうしに後ろを振り返るとジャヌーの頭が見える。頂上を仰ぎ見ながら「あ〜登れなかった。失敗した。」と落胆の思いが改めて全身を包んだ。70〜80l登れると思ってアタックしたのに登れなかった。この精神的ダメージは大きい。

 難度の高い山に登頂するためには、篠原の言うように多少の無理をしなければ登れないであろう。この、多少の無理に耐えられる力量のある者だけがサミッターになれる。ここでの、多少の無理とは生か死である。負け惜しみであるが、あの時の判断は正しかったと思う。五体満足で帰るためには、自分の力量ではあれ以上は無理であった。

 この、雪辱戦に、行きたいと言う想いがある。しかし、それは果てしえない夢であろう。‘おゆぴにすと’の力量・能力に合ったところを探して、みんなでワイワイ楽しく行きたいものです。今年の正月。加藤会長がネパールに第1次調査に行き、最近、奥方も行ったとの事。調査結果の報告を期待したい。

            私のもう一つの趣味
 話を本題に戻そう。ひとつ趣味らしき事があった。私の趣味はガーデニングである。
 私は、無愛想で人付き合いが、うまくないと言うか良くない。退職後どう過ごすかが課題となる。そこで考えた。

 人付き合いが良くないのが、今更良くなる事はないであろう。したがって、一人で出来ることを趣味とする必要がある。中年になって、ガーデニング゙・美術鑑賞等に興味を持つように心がけるようにした。そこで、家の周りの整備・美化に6年ほど前から取り組み始めた。

 庭を造り樹木や花木・草花を植え季節を楽しみながら過ごす。これならば人に迷惑を掛けない?。樹木や花の名前も多少覚えた。最近では、買い物は園芸店に行く事が一番多いのではなかろうか。庭の樹木の位置を変えたり、新しい花木を買って来て植え替えたりできりが無い。女房からは、「ほどほどにしちょきよ。こん人はやりだしたらきりがないんじゃけん。」と言われながら休日の半分くらい費やして自分の好みの物を植えて手入れに精を出している。

 そのかいあって、樹木の剪定はどうにか自分で出来るようになった。今、鉢植えのかきつばたが咲いている。しばらくすると菖蒲やさつきも花開き始めます。バラ、やチュウリップもいいのですが、日本の花には眺めても飽きない深みと言うか品の良さを感じます。近くにお越しの際には、ぜひお寄りください。

    
    丹誠込めて育てたカキツバタ(2002.5.13)

     
               牡丹(2002.5.16)

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