宮沢賢治の周辺を探る T  
     岩手三山を訪ねて  その1 [早池峰山] 

                                 
高瀬正人
 松涛明のように、或いは松ケ丘のH氏のように、湧き上がり、盛り上がる『巨大な積乱雲』を見た訳ではない。日本のエーデルワイス(ミヤマウスユキソウ)と早池峰(はやちね)の名の響きに魅せられ、いつかはこの山を、と秘そかに心に期していた。日頃、思い切りの悪い私だが、意外に早くこの機会は訪れた。

 大分より22時間を費やし花巻に辿りついた。早池峰山は北上山地の最高峰で標高1,913.6m、高山植物の宝庫であり、古くは東(あずま)峰と呼ばれ、岩手山、姫神山と共に旧盛岡藩の三鎮山とされた山岳信仰の山としても有名である。更に日本では信濃大町とここだけという山岳博物館が山麓の大迫町にある。花巻駅前より早朝のバスに乗り込む。昨夜の雷雨で増水し濁った北上川を見ながら、リンゴ畑の中を揺られる。初めて訪れたみちのくの地に心弾む。車窓におもしろい看板を見つけた。『ゴミを捨てる悪習を絶やそう』、さすがに啄木や賢治を生んだ文学の地、ゴミ捨ての看板も文学的である。

 つまらぬ事に感心しながらもバスは早池峰神社のある岳集落を通過し、ほどなく登山口の河原坊に到着。ここ河原坊は早池峰登山の玄関口である。環境庁の早池峰自然保護ビジターセンターもあり、日本有数の高山植物群の保護の基地となっている。早速、身支度を整え雨上がりの冷気の中を河原坊コース、コメガモリ沢を登る。約1時間のゆるやかな沢づたいの道を登りつめると、頭垢離(こうべごおり)と呼ばれる奇妙な名前のついた水場に着いた。

 信仰登山盛んなりし頃、ここに頭のような岩があり、清水が流れここで体を清め登ったといういわれからこの名がついた。これよりこの地特有の蛇紋岩の茶色の岩クズ、岩稜のミックスした登りとなる。ふと登りながら阿蘇仙酔峡から高岳への道を思い出した。打石と呼ばれる巨岩を過ぎたころより、雲が切れてきた。「何という透明な空なのか....」常日頃、九州で見る青空ではなく、藍色の空に異国を感じさせる。そして意外に早く早池峰山頂にたどり着く。山頂には一等三角点と八面尊と錫杖が祭られてあり、小田越からの登山者で賑わっている。眺望はさして良くなく、期待していた東北の名山(岩手山、姫神山etc....)は見えず残念であった。

 帰路は小田越に取ろう。岩稜とハイマツのミックスした尾根づたいに下りながら、ハイマツの間に待望のハヤチネウスユキソウを見付け出す。それは、他の高山植物のあいだに、ひっそり顔を覗かせていた。『天の星がアルプスに落ちて咲いた』という伝説の花、エーデル(貴重な)ワイス(白)である。残念ながらシーズンを過ぎていたために、その群落を見ることはできなかったが満足しよう。

 振り返ると藍の空、白い雲、ハイマツの緑、蛇紋岩の茶褐色のモザイク模様が実に美しい。岩稜の飛び歩きに疲れた頃、小田越の鳥居に着く。この小田越からのコースは小、中学生でも楽に登れる早池峰の入門コースである。小田越の賑やかさを後にさらに薬師岳を目指す。コメツガの林の中を登る。やわらかなコケや倒木を踏み越えての急登。やがて、ハイマツに覆われた花崗岩の山頂に出た。1,645m、北上山地第2位の標高。北に早池峰、南に遠野を望む。遠野側より吹き来る風は実にさわやかだ。眼の前にはアオモリトドマツ、その奥には早池峰山、ここはまさに東北みちのくの山なのだ。なんとも言えぬ幸福感で心が満ちて来る・・・。

 やわらかなハイマツと針葉樹の間を小田越へ下った。目的のハヤチネウスユキソウはシーズンオフで十分楽しめなかったが、早池峰の藍色と薬師岳というさほど名もなき山に『みちのくの山』の素晴らしさを味わうことが出来た。(コースタイム 花巻5:10−河原坊7:30−頭垢離8:15−早池峰山9:30−小田越11:30−薬師岳12:25−河原坊14:40−花巻17:00)                        (平成2年8月12日)

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