初冬の那須、風雪の茶臼岳登山と湯けむり街道を行くの巻  
                                          
                                            栗秋和彦


 会社の水泳部全国大会が師走の8日(金)に上州は小山の地で開催された。うんうん、上州なら那須や日光の山々が近い。しかし日光は曾遊の地、4年前千葉で開催された上記大会の際、ちゃんと奥白根山にも登っている。ならば今回はトーゼン、那須の山といで湯探訪が現実的選択であって、またぞろ動機不純の水泳大会の務めを終え、翌9日黎明を迎えたのだった。

して今回も4年前と同様、パートナーは会社の同期で現在は内科医として活躍している長谷島君。
さいたま市在住で北関東の山々にめっぽう明るいので、プラン全体にわたり彼にお任せしての楽チン登山だ。もちろん案内役として彼の使命感を無にさせる訳にはいかないので、事前学習はなきに等しく、まさにおんぶに抱っこの体。

しかし天候まではお任せにはならず、今にも泣きそうな空を見上げながら、JR宇都宮線の久喜駅前で待合せ、東北自動車道へ乗った。それでも「さぁ、いざ行かん!」と未知への山旅に心も少しは上ずったつもりだったが、次第に本降りと化しては、トーンダウンは否めなかった。一方、この雨にもめげず相棒殿はいっこうに動ずるふうはないのだ。つまりは「下界が雨なら山は雪だから濡れずに済むんだ」との理由らしいが、屈託がないと言うかまぁノーテンキの極みだよね。「吹雪だったらどうするんだぃ!?」、心配性の筆者は一人ごちるだけであった。

     
           那須の概念図                     峠の茶屋の登山口。無雪期はこの下まで車が入る

 でやっぱり高度を稼ぐにつれ、雨からみぞれへと変わり、茶臼岳登山口の大丸温泉(1270m)まで上ってくると、そこは小雪舞う純白の世界であった。「経験に裏打ちされた天候予測だ!」と本人はうそぶいていたが、ここは素直に認めるしかなかろう。とそれはともかく視界は悪いが、登れる環境は整ったことに感謝しなければなるまい。早速、冬季は閉ざされた観光道路を突っ切るかたちの遊歩道から登山開始だ。郭公沢を隔てておおぶりでどっしりした茶臼岳の山容を左手に望みながらのアプローチだが、もちろん中腹以上はガスに覆われて、頂稜は想像するのみだ。

そして登りながらも二人の会話はボソボソと仕事や家庭のこと、或いは共通した消息筋の話題など、唐突に脈絡もなくかつ朴訥に進んでいくのだが、よくよく反芻してみると今からの
登路について講釈を垂れたり、説明を求めたりなどまったくなく、登山中の話題としてはいささか趣の異なる場面だったような気がする。それだけ信頼感のなせるワザか、裏を返せばすべて任せっぱなしの体ととられても不思議はなかろう。ここはただ苦笑しながらじわじわと高度を稼いで行くのみである。

 で峠の茶屋を過ぎると本格的な登山道になり、今度は対岸に朝日岳を望む(であろう。ガスで見えない)明礬沢の右岸沿いに登る。積雪は10〜15センチ程度、樹林帯を抜けるとごろた石を避けながらの登りとなるが、もう少し積雪量があればガレ場も俄然歩きやすくなるのに、と注文をつけたいところだ。まぁしかし登りはゆるやかで、ルートを見失うような天候でもなく、特に問題がある訳ではなかった。

むしろ稜線上に建つ峰の茶屋の避難小屋がガスの切れ間から確認できるようになると、風もじわじわと強さを増し、ルート上の着雪は幾分なりとも少なく感じられるほどだ。そぅ、この峰の茶屋一帯は特に冬季、強風の通り道としてつとに有名らしく、相棒君の言葉を借りれば、「常に烈風吹きすさぶ那須山中随一の難所」ということになる。実際、数年前の正月、強風に煽られ、軽く5〜6mほど谷へ飛ばされた経験を披瀝するに至っては、訴えるような眼差しに変わり、滅多に見れない真顔と化していったのだから。あぁ、ならばここは「魔のホーン岬」ではないか、と思わず身構えたのだった。とまぁ大仰に構えたものの、風は想定の範疇にとどまり、幾分安堵感も滲ませつつ高みへ。

 そして峰の茶屋(1730m)の避難小屋で一本立てた後、いよいよ本命、茶臼岳を目指したのだが、この間の30分余りは強い風とガスの中を慎重に登路を選びながらも、久しぶりに雪山登山真っ只中の臨場感を味わったのだ。う〜ん、これぞ何ものにも代え難い雪中登山の醍醐味であったろうが、頂(1915m)では視界は殆ど

   
       峰の茶屋までもうわずか              峰の茶屋の避難小屋にて            茶臼岳、風雪の頂

なく、写真を撮り合うと、そそくさと退散だ。今まさに爆裂火口の縁を通っているのであろうが、風雪、視界不良の頂稜一帯ではその情景は想像にまかせるしかなく、長居は無用であった。

 さて下山後のひととき、宿に入るにはまだ間があったので、相棒推奨の湯を訪ねた。その湯は那須湯本温泉の一角、湯元町の谷底に湧く、鹿の湯共同浴場である。標高800mのこの湯まで下ると、さすがに雪道とはならず、カタカタとタイヤチェーンの泣き声がかまびすしい。おまけに山の雪はここではしとしと雨となって、我が身を浸す。しかし雨に煙る山里のいで湯は旅情を誘い、かつ風流でもあるのだ。混雑している脱衣所から板張りを下ると、6つの木製浴槽があって白濁した硫黄臭のするお湯が満ちている。湯温はおのおの違い41℃〜48℃と、自分にあった湯温の湯船を選択できるのがミソだ。さすがに48℃の浴槽の廻りには湯治客然としたおじさんたちが陣取り、近寄り難い雰囲気が漂うのだ。もちろん筆者は浸る自信もないし、そのつもりもなく41℃と42℃の浴槽を渡り歩き、ぬくぬくゆるゆるが似合う湯浴みスタイルを堅持したのだった。

    
      茶臼岳直下を下る        復路、峰の茶屋の避難小屋で昼食      北温泉での夕食メニューは田舎料理

 で夕闇迫る前に今宵の湯宿、北温泉に分け入った。尾根筋の駐車場に車を置き、凍結した山道を谷底へ歩くしかないシチュエーションはまさに深山幽谷へ分け入るがの如く。くだんの明礬沢の下流、標高1160mの峡谷に建つこの一軒宿は江戸期安政年間に興され、由緒ある湯治場としての歴史を刻んできたらしい。もちろん相棒君とびっきりの推奨とあって吹聴に違わず、いにしえの面影を色濃く残した、まさに桃源郷とでも言うべき山のいで湯であった。

そこで何がいいのかって問われれば、そうさなぁ、先ずは「千と千尋の神隠し」の舞台となった湯楼が、突如山峡に現れたといったところか。それだけ浮世離れしていて迷路のような造りは、非日常的好奇心を大いにくすぐるし、(江戸時代とは言いずらくも)昭和初期以前の湯宿の佇まいを連想させ、タイムスリップするが如く郷愁を誘うのだ。

 詳細はネットの時世なのでそれに譲るが、玄関を入ると自在鍵に鉄瓶がかかり、たくさんの古民芸品が出迎えてくれ、その雰囲気に先ずは和む。さぁ部屋へと案内されると、ギシギシと音を立てる館内はランプの僅かな明かりで黒光りし、昔ながらの療養湯治場の趣が味わえるのだ。加えて泉質の異なる湯を方々に配して湯宿としての魅力も大きい。中でも巨大な天狗の面が三方から湯船を睨む内風呂の天狗の湯(混浴)や大露天風呂(通称、温泉プール)を目当てに訪れる湯浴み客も多いと聞いたが、湯量豊富でさまざまな泉質、そして高温とくれば、なるほど頷くに充分であろう。

 10日も早朝から館内の湯船巡りに徹し、名残りを惜しんだ後は、特にアテもなく、ゆるゆると下山の途についた。がまだ時間もあるし、九州から再びこの地を訪れる保証もないぞ!と案内人に訴えると、一旦那須の山々の南麓を回り込み、那須塩原温泉郷への谷へと取った。昔の記憶を呼び戻しつつのルート選定に違いな
    
  北温泉の大露天風呂は温水プールの趣         露天の河原の湯もいい         北温泉旅館の全景 まさに山の湯宿

く、渓谷沿いのくねくね道をどんどん進むとちょっと開けた集落に出たところで急に思案顔となった。地図で察するに福渡温泉街の入口のようだが、彼は臭覚を拠りどころに川岸へ降り、方々を探索した結果、(ほうき)川の対岸に岩の湯を見出したのだった。ここは川べりの混浴露天の共同浴場。名前のとおり岩風呂の湯船が二つ。奥の方はけっこう熱く、手前は適温。先客に断わりながら手前の湯船に飛び込むと、おっとけっこう深く、立ったままでも胸あたりまで没してちょっとしたサプライズ。底が砂地になっていて、この砂地からもお湯が湧いているのか、泡がぷくぷくと浮かんでくる。野趣溢れる造りはグレードの高さを証明しているようなもの。自然と笑みがこみ上げてくるのが分かったが、湯心地、居心地満点なればこそ、後ろ髪を引かれる思いでこの湯を後にしたのだった。

   那須塩原、福渡温泉の岩の湯共同露天

 とまぁ、一泊二日の濃密な時は過ぎ去るのも風の如し。至せり尽くせりの山旅であったが、プランナーにして有能な山といで湯案内人兼運転手として、親身に支えてくれた長谷島君には感謝してもし過ぎることはない。
(コースタイム)12/9 JR久喜駅6:55(by長谷島車 東北道久喜 I.C〜那須 I.C経由)⇒大丸温泉(登山口)9:40 10:10→峠の茶屋10:40 43→峰の茶屋11:28 40→茶臼岳12:12 17→峰の茶屋12:40 13:38→大丸温泉14:50 15:05⇒那須湯本温泉15:15(鹿の湯入湯)16:00⇒北温泉駐車場16:15 25→北温泉16:35  北温泉泊
12/10 北温泉9:30→北温泉駐車場9:40 50⇒那須塩原福渡地区11:00(福渡温泉・岩の湯入湯)11:40⇒(東北道西那須 I.C〜久喜 I.C経由)⇒さいたま市(長谷島宅)15:40

(平成18年12月9〜10日)

    おゆぴにすとトップページへ    山岳紀行目次へ    山のいで湯行脚目次へ