35年ぶりの屋久島駆け足紀行


   〜モッチョム岳を侮るなかれの巻〜

         栗秋和彦

 会社の山岳部の行事に乗っかって一泊で屋久島へ行くこととした。目的は島の南部に聳える岩峰・モッチョム岳登山だが、屋久島は35年前の昭和46年山仲間二人と、安房から小杉谷、高塚を経て、宮之浦岳、鹿の沢、大川の滝、栗生と二泊三日で縦断して以来なので、懐かしき青春の山(島)としての思い入れ強く、期待は高まった。しかし世界遺産登録以降、島の生業や生態、環境など大きく変わりつつあると聞く。この変化が喜ぶべきものなのか否か分からぬが、目の当たりにすることで現実の島の様子などを、私的感情などを含めて色濃く滲ませた旅をしたいと目論んだ。もっとも山はモッチョム岳のみ。1000mにも満たずせいぜい登り2時間の山なので観光旅行のノリ、軽い気持ちで屋久島へ渡った。

       
    宿(JR屋久島ホテル)から仰ぐモッチョムの雄姿         登山口近くの千尋の滝

 で福岡を早朝発っても安房港着13時が最も早く着く時刻なので、初日は山には登れず中途半端、島内半日観光がせいぜいである。ならば宿(尾之間・JR屋久島ホテル)まで直行して、夕刻までに平内海中温泉まで往復13kのランニングで汗を流そうと企てた。未入湯の温泉を稼ぎ、エクササイズも兼ね備えれば、一石二鳥。更には前夜祭(大宴会)へのコンディションづくりも完璧ではないか、と我ながら理想的プランに含み笑いの筈だった。ところが待ち受けてくれた大会事務局のT&Y両兄の提案は車で方々を巡ろうというもの。もちろん平内海中温泉もOKですよ! とあれば初志貫徹にはならず、あっさりと転向した次第。う〜ん、易きに流れた訳ではないぞ ! 折角のお誘いを断るほど不義はできまいとの思い。フーフー、言い訳はすばやく用意して島の南部海岸線周遊へ乗り出したのだ。

   
          潮騒の調べとともに平内海中温泉にて                  大川の滝

 さて先ずはトローキの滝、海へ直接注ぐ滝は知床に一つ、そしてここの2ヶ所しかニッポンにはないというのが触れ込みである。しかし落差は10mにも届かず、いたって小ぶり。なるほど樹海の隙間から断崖を臨むと確かに直接海へ落込んでいて、その上方遠方に聳えるモッチョム岳も取り込めば、なかなかの絵にはなろうが、誇大妄想的期待ははかなくも潰えたんであります。で宿に荷を置く前にもう一ヶ所、トローキの滝の上流、鯛之川にかかる千尋の滝にも寄ろう。ここは明日のモッチョム岳登山のスタート地点にもなっているので、アプローチの確認がてらだったが、落差は60メートルほどにせよ水量多く、千尋の花崗岩岩盤も含めた全景が雄壮で美しい。遠くから見るとまるで巨大、端正な砂防ダムの如く、大自然の真っ只中に身を置きながら、人工の造形美を愛でたような気にさせるから不思議だ。

 で本命、平内海中温泉へは何とか間に合った。と言うのも名前のとおり、干潮の前後2時間ほどを除き海中に没するからだ。道路からゆるゆるとコンクリのたたき道を下ると、東シナ海の荒波との接点に湯舟が2.3設えている。先客は数人、村の古老とおぼしき御仁が能書きを垂れる中、しずしずと湯浴みに興じる。熱めの硫黄泉がしっかりと全身に絡みつき、なかなかの濃厚感がたまらない。加えてロケーションは磯真っ只中である。すぐ先の岩場に波濤が砕け散る様を見入りながらの湯浴みは野趣豊かで、まさに初日のメインイベントたり得て、非日常をくすぐる海のいで湯であった。

 さて最後にもう一ヶ所、35年ぶりの記憶を辿って大川の滝まで足を延ばそう。いにしえの記憶は鹿の沢小屋を朝発って、途中ヒルの攻勢にも遭いながら長大な花山歩道を延々と下り、敗残兵の如く夕刻やっと辿り着いたのがこの大川の滝。豊富な水量と落差88mの雄大な景もさることながら、やっと海岸線に辿り着き、もう下る必要のない安堵感がこの滝のイメージとだぶるのだ。その意味では屋久島縦断さいはてのゴールとしての印象が強かったのだが、きょうび、この滝は車で溢れ、落ち口まで立派な歩道も整備されてすっかり観光名所になり果てていた。もちろん周りは手付かずの自然そのまま、滝周辺のみのピンポイント整備ではあろうが、こうもたくさんも人がいては、過去の情景に思いを馳せるには至らなかったんですね (おっと、滝そのものの豪壮さは今も昔も変わりませぬ、これは言わずもがな)。

 ところで宿での前夜祭は総勢50名余を擁して果たせるかな大宴会であった。ならば翌8日は軽い二日酔いに苛んだが、周りの仲間も条件は同じなのでことさら気にすることもなかろう。更には目指すモッチョム岳、見た目は険しそうであっても冒頭で述べたとおり、屋久の山々にあっては低山の域に属し、緊張感はあまりなかった。まして宿は麓の尾之間集落なので登山口の千尋の滝駐車場までは車で10分余り。簡単登山の筈だったのだ。そこで夜明けを待ちきれずに5時48分にスタート。ヘッドランプはぎりぎり使わずに済み、ほどなく樹海のはざまから漏れ照らす朝日で森は急速に明るさを増した。まさに今日の快晴を約束しているかのよう。そう序盤はまったく快調そのものであって、モッチョムなんて楽勝の二文字しか思い浮かばなかったのだが....。

   
     モッチョム岳での三態 (左:背後に耳岳を仰ぐ 中:直下の岩峰と平内集落方面を 右:原集落を眼下に臨む) 

 そこで最初から俊足組の南福M、K両君に付いて万代杉まで50分、神山展望台まで1時間35分、そしてモーレツなアップダウンの末、山頂に我がグループは一番乗りを果たしたものの、到着時刻は7時45分。と言うことは、かなり頑張って登ったつもりだったのに、ほぼコースタイムどおりの2時間弱を要してしまい、いささか報われぬ数字に少なからず落胆したのだった。

 と言うのもこのルート、大崩山の坊主谷コースのように全身を使っての登下降を強いられるので、下りを思えば山頂で浮かれている場合ではなかろう、との思いが膨らみはじめたのだ。実際、急峻な花崗岩に木の根ッ子が絡まって出来ているような登山道なので滑り易く、特に下りは神経を遣った。登りよりも更に全身を使って慎重に下ること約2時間(1時間56分)で登山口へ降り立ったが、このとき既に全身の筋肉痛を予感させるに充分なこわばりがあったが、登りと下りの所要時間がほぼ同じという現実が下りの難儀さを如実に物語っていたのだ。

 島のガイドは「宮之浦岳登山よりこっちの方がはるかにシンドイ」と宣うように、ルートそのものが急峻でかつプリミティブ、つまり両手両足をフルに使わなければ登れない、という意味で、さもありなんと思うのだ。

 しかし断崖絶壁の頂から圧倒的落差で見下ろす尾之間の集落や東シナ海の広がり、背後に控える堂々たる屋久の山々、そして太古の森に彷徨うような植生の豊かさなど、モッチョム岳の自然は九州本土にはない豊穣さとエキゾチック性を感じさせ「う〜ん!」と唸るしかない。

 よってモッチョム岳へは1回は登ってみるべし、しかし2回とはご免被りたいが正直な感想であって、なかなか手強く、簡単に人を寄せ付けない孤高然とした山だったと言えよう。それゆえ下山後に浸った尾之間温泉共同湯での入湯シーンは身体に沁みわたって、まさに癒しの湯そのものでありました。ログハウス風の湯屋はまだ新しいが、中はシンプルでひなびた感じ。まさに共同浴場の風情。湯船に丸い石が敷き詰められているのは、源泉が湯船の底から直接湧いてくるためで、ポコポコッと浮き上がってくる泡がその証拠だ。そして透明な湯はかなり熱めのアルカリ性単純硫黄泉とあって、湯上がりは頼みもしないのにツルツルの肌になってしまうのだ。

            
                         尾之間温泉の外観と湯舟

 さて帰りは宮之浦港へと取ったが、港へ向かう車中から方々の山を眺め入ると「そうか、島そのものが異様なる山の塊だったのだ」ということに改めて気づく。その意味でこの地はたった一泊で、たった一つの山だけを登りに来るところではなく、もっと方々の山に分け入ってこその島なんだ、と改めて思い出った次第。次は是非、再びの宮之浦岳、それも永田岳歩道から永田岳経由でとあらば、おゆぴにすとの面々にも顔が立つなぁ、などと夢想しつつ洋上アルプスを後にしたのだった。

(コースタイム)
10/7 安房港〜トローキの滝〜千尋の滝〜平内海中温泉入湯〜大川の滝〜宿(JR屋久島ホテル) 13時〜17時 by車
10/8 宿5:16⇒車⇒登山口(千尋の滝駐車場)5:30 48→万代杉6:38 43→神山展望台7:23 27→モッチョム岳7:45 8:09→神山展望台8:29  37→万代杉9:22 26→登山口10:05 (この間尾之間温泉共同湯入湯) 12:10⇒車⇒宮之浦港13:10

                                        (平成18年10月7〜8日)

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