犬ヶ岳恐(おそろし)淵谷厳冬
パーティ:挾間、幡手
(コースタイム)求菩提資料館駐車場(標高
350m7:33→恐淵谷入渓渡渉点8:15→鎖場へつり渡渉点9:39-9:58→経読林道手前輪かんじき装着11:20→経読林道大竿峠取付き点(標高965m12:20-12:45→大竿峠14:031115mピーク14:47→鎖場15:32→求菩提資料館駐車場17:57

3年前
犬ヶ岳(1130.8m)が雪の多い山であることは、「犬ヶ岳、八面山の開拓史に今なお“中津の犬(イン)※”として名を残し」(大分登高会会報「登高」第90号,1974年4月)た西諒さんから若いころ、よく話に伺った。この山には恐淵谷沢登りや求菩提山への雪と戯れながらの縦走などいろいろな思い出があるが、いわゆる厳冬・豪雪の犬ヶ岳というのは、日本海からの湿った季節風があたるからと言っても、九州の山だからそうそう体験できるものではない。
3年前の2がその絶好のタイミングだった。この時は単独行で恐淵谷コースから入山したが深雪に悪戦苦闘し、4時間を要した経読林道までで時間切れとなった。頂上まで達せなかったことなどよりも、処女雪を踏みしめながら、人っ子一人居ない静寂の樹林帯の雪中に一日身を置いたことで満足できた。(※イン:地元では犬ヶ岳を“いんがたけ”と呼ぶらしい)

          
               3年前、“孤高の人”を気取って

今年…いきなりの転倒
さて、
111日曇時々晴 今冬一級の寒波に前日まで日本列島が見舞われた。北部九州にもかなりの積雪があっただろうことは想像できた。今日のパートナーは幡手さん。頼もしい相棒を得て心強く、前回より上まで達せそうだ。
           

                   求菩提資料館駐車場付近から厳冬の犬ヶ岳方面

求菩提資料館駐車場を7時半頃、歩き始めてすぐにアイスバーンに足をすくわれ転倒しストックを一本折ってしまった。ストックがクッションになったかどうか、派手な転倒のわりに骨を折らずに済んだ。これで恐淵谷へ気が引き締まった。

恐淵谷の入渓・渡渉点付近で積雪は20cm程度。幸いというか不幸にしてというか、前日先行者のトレースを辿り高度を上げていく。気温がマイナス4,5℃、持ち堪えきれないほどの雪に覆われた杉の林の中を幡手さんが先陣で黙々と高度を上げていく。このコースは最初右岸を、途中恐淵の上部の橋を渡りいったん左岸に出て、すぐにゴルジュ帯の鎖場を渡渉し再び右岸へと、コースの大半は登り右手に恐淵谷を“へつる”ことになる。

左岸への橋の手前まで先行者のトレースを忠実に辿った。柔らかい膝下辺りまでの雪のため気楽に歩を進めるが、右手下は恐淵谷の核心部であり、結構深く斜面が落ち込んでいるので、油断すると谷底へドボンだ。

  
                  恐淵谷へ入渓

静寂な雪山を独占
前日の先行者のトレースは橋の手前まで。輪かんじきを装着するかどうか悩ましい積雪量だが、鎖場など危険な数個所を脱してから着けよう、ということで、“つぼ足”で頑張る。一番の難所・ゴルジュ帯の鎖場は鎖を設えた左右両岸の崖を、雪に埋もれた鎖をピッケルで掘り起こしながら進んでいく。運悪く滑れば冷たい淵にドボンだから、この悪場の脱出には結構気を遣った。

  
      恐淵谷の核心部へ入る                  ゴルジュ帯のへつり

その後も左岸の数か所に悪場のへつりを無難に終えると、経読林道までの最後の急傾斜となり輪かんじきを履いた。ここまでの大半は幡手さんのエネルギッシュなラッセルの恩恵にあずかったが、輪かんじきを履いてからの幡手さんの動きが急に悪くなった。氏の輪かんじきは、どちらかというとスノーシューに近い細長形状のもので、どうもひき足が重く、うまく足がぬけにくく余計な力が要るんだとか。結局彼はその後、つぼ足で奮闘することになった。因みに筆者は今回のような膝以上のラッセルで輪かんじきの恩恵にあずかったと思っているのだが…。そんなこんなで
1220分、求菩提資料館から4時間40余りかけて大竿峠への取付き点に(昼食大休止)。

  
      恐淵谷上部                   経読林道直下の急登。輪かんをつけても…

今日の予定は当初、恐淵谷から大竿峠を経て犬ヶ岳山頂を踏み、引き返して一ノ岳を経て求菩提山まで縦走する、というものだった。経読林道大竿峠取付き点に達した時に既に12時を大きく回っていることから当然、とっくに一ノ岳や求菩提は諦めたものの、心強い相棒が居るため何とか犬ヶ岳山頂までは、との思いがこの時点ではまだあった。ところが、峠までは雪がますます深く、夏道ならば15分程度であろう、林道から大竿峠までの距離300m、高低差約90mのラッセルに悪戦苦闘すること1時間20分。午後2時過ぎにようやく大竿峠に腰を下ろした時、山頂は諦め、稜線のどこか眺めの良い場所を投了点にしようというのが二人の暗黙の了解事項となった。

      
         早朝出発で登ること7時間でようやく英彦山を遠望する稜線に達した

犬ヶ岳山頂への稜線は大半が比較的なだらかな樹林帯だが、季節風をまともに受けるため、吹き溜まり箇所や逆に雪が飛ばされ固まった箇所など入り乱れるため、足の埋もれ方が不規則だ。それでも深雪のラッセルよりは早い。

上り7時間以上のアルバイトだったが…
14
40分過ぎ、英彦山をはじめ大分福岡県境の山々の眺望が利くなだらかな小ピーク(標高約1115m)に達した14時47分を、今日与えられた行動時間の復路時間を考慮した制限時刻と考え、踵を返して足早に下山の途に就いた。何とか明るいうちに難所鎖場の渡渉を終え、出発点に着いた時にはすっかり暗くなってしまっていた。

           
                 大竿峠にて

テント、コンロ、食糧などの装備を用意していたとはいえ、深雪の冬山登山としては引き返しのタイミングは少し引っ張りすぎたかな…それというのは強力なパートナーを得て、やや大胆になったからにほかならない。幡手さんは前々日に登山者の多い雪の九重連峰に登ったということだったが、「終日人っ子一人遇うことのない静寂な雪山でのラッセルなどは、得難い貴重な体験」との感想を後日寄こしてくれた。(挾間記)

【追記】恐淵谷の読み方について
この山域のコース案内のほとんどすべてが、「恐淵谷」ではなく「恐ヶ淵谷」と書いて「おそれがふち谷」と読ませている。しかし筆者はこの読み方には異論がある。冒頭に紹介した西諒さんは「おそろしふち谷と読むんだ。誤った読み方が勝手に広がっている。あの谷は、おそろしふち谷なんだ。勝手に読み方を変えちゃあいかん」と強く話していたのを45年経った今でも、その時の顔の表情まではっきり覚えている。「恐淵谷 読み」で検索してみると今でも「おそろしふち」との記述がある。今では「諸説あり」で片付けられそうだが、本文では、この山のみならず登山全般において薫陶を受けた大先輩・西諒さんに倣って「おそろしふち谷」の読みにこだわった。

                ダイジェスト動画(約12分)       戻る