山菜の宝庫・玖珠の山々に遊ぶの巻
          ’93G.W 第二弾
   栗秋和彦

 高瀬兄と“くじゅう”をやろうということにしていた。この日は玖珠の実家をベースにしていたので、とりあえずJR豊後中村駅で落ち会うべく、MTBを駆った。約束の9時半を10分近く残して駅前広場へ駆け込むと、そこに半年ぶりの童顔が待ち受けていた。ボクは何の脈略もなく、この童顔を見た途端、メサの山に登りたいと思ったのだ。

 こじつければ、童顔→子供→5月5日→玖珠の童話祭→メサの山々となる訳だが、発作的決断に理屈はいるまい。敢えて言うなら人と車でごったがえす、この時期の“くじゅう”よりも静かな山を楽しみたいという願望が強くなったということか。齢40を過ぎれば物の見方、考え方、ひいては山の歩き方も変わってきても別に不思議ではないのだ。そして正人兄も快く承諾してくれた(本当は、門司に移り住んでちっとも大分100山を稼いでいない。確か玖珠のメサの山々も100山に入っていた筈だし、この際絶好のチャンスだ....という内なる声、かたや正人兄は既にウド採取に恰好のカルト山を狙っていたふしがあった)。

 とまれ、まずは中村駅の背後に構える青野山へ行こう。この山にはこだわりがあった。JUNが3才に満たぬ早春に(もう既に10年も前の話だった=)加藤、鈴木と連れだって頂を目指したのだが、娘を背負っての身とて登山路がはっきりせず、立ちはだかる岩壁群を縫って強引に登る両名の足手まといとなりつつある我が身を悟り、頂上台地直下で断念した苦い経験によるものなのだ。横道の集落を抜け基部を回り込むように林道をつめると、ゴロた石の山道に変わり、ここで車を捨てる。仰ぎ見る岩壁群は植林された杉や桧の成長におされてか相対的におとなしい岩山になってしまった感が強い。ジグザグの登山道も明瞭とは言いがたく、最近あまり登られていないのだろう。

         

 頂上台地に出ると、桧の密集した植林地帯となり、ルートは木に巻き付けられた赤と白のビニールテープでようやく判別ができる程度。目の位置がちょうど葉っぱに当たり、歩きにくさこのうえもない。山頂は『やまなみ登山・・・・・日田登山倶楽部編』によれば、石づくりの山頂碑と二等三角点があると記されているが、それらしきものはなく朽ちかけた木片に、判読も難しいほどかすれた墨字の『青野山』がうらぶれた裏山をイメージしてしまうのだ。期待していた眺望も桧林に囲まれて何も見えない。とりあえず、缶ビールで乾杯。ひとしきりの汗で喉ごしだけは爽快なれど、敗者復活戦で100山の一つを稼いだわりにはあまりにも寂しい頂であった。マァしかし、ものは考えようだ。皐月晴れのもとカッコウのさえずりを聞きながら、山菜の定番・ワラビを摘み山を歩けることに感謝しなければ....との思いも強くする。

 さて次は正人兄の意をくんでカルト山へ行こう。この山のアプローチはR210を野矢まで戻り、ドライブイン平家茶屋を過ぎてすぐ、北東へ入る枝道を上ること2kで平家山との分岐に出会う。これを右(東)へ取り、沢沿いの森の道を約3k高度を稼ぐと急に視界が開ける。地図で判断するとここは既に、カルト山の中腹に位置するようだ。あたり一面、風倒木か伐採跡なのか判別つきがたい風景の中、更に高度を稼ぎ樹林帯に入ったところで車を置く。正人兄の記憶が正しければ、ここから福万山方面へ延びる林道沿いは、彼が領有を主張するウドの宝庫、秘密の花園ならぬウドが密生する不思議なオカルト地帯なのだ=(何のこっちゃ?)とのこと。彼は休憩する暇も惜しんで、山の斜面をじっと見入る。この時ばかりは彼のジャガイモ目が眼光鋭い狩猟採取縄文人的狩人のギロリ目に変わるのだ(こりゃ、青野山の時と表情が全然違うわな)。

 ボクも気配を悟って、彼の一心不乱に精神集中し、およそ10平方・単位でギロリ目から照射、探索する様を固唾をのんで見る以外に取るべき道はないのだ。そしてすぐさま、狩人頭自ら手の届く範囲の採取にかかりつつ、同時に指示待ち班々長のボクに命が下る。「ホラ、そこの木の右横を見て=」「違う、それはウドモドキ=」「うぐぐ、......?」「クリさん、あんたの足元にあるやろ(わからんかねぇ)」etc....。

 こちとて一応ウドの容姿については知っているつもりだったが、いざ現実に出くわすとこれが難しいんだなぁ。林道に沿った狭い範囲だけをじっと目を凝らして探すのだから、じきに慣れてきてすぐに見つかるだろうと高をくくっていたが、自力で採ったのは僅かに数本、あとは狩人頭の指示どおりに動いたにすぎない。まもなくボクは自力更生の道ははるかに遠いことを悟り、二人三脚でこの山(ウド)を攻めることにした(正人兄の鋭い目付きには有無を云わせない厳しさが漂っていたのだ)。

 そしてその結果、ものの1時間も経ぬうちに用意したビニール袋2つに納まりきれないようになり、ひとまず区切りをつけ、ついでの山頂を目指すべく歩を速める。頂へは福万山方面への林道から西へ分け入り、数分のところ。雑木林の中の鈍頂なのでどこかはっきりせず、もちろん眺望は期待できないだろうし、おおかたこの辺だろうということで勝手に決め、引き返すことにした。この山頂は大分100山には入っていないし、頭の中は収穫でいっぱい。無理からぬことかなと思いつつ、下山の途につく。

 さて、まだ時間はたっぷり。麓の椎茸専業農家で水を貰い受け、庭先の艶やかなシャクナゲやツツジの花を愛でながら昼食のラーメンをすすった。「まだもう一つは登れるぞ」と声をかけると、「今度は見晴らしのいい山がえぇなぁ」と正人兄の弁。この時、ボクはウド狩り名人の匠のワザに敬服しひれ伏していたので、彼の発言におもねて、三山目は大岩扇山を提案した。この山は標高は700m足らずだが、玖珠の山々の中で最もメサとして顕著な山で、かつ玖珠盆地の眺めがすばらしいという。そして逆に玖珠の実家から北方に仰ぎみる大岩扇山は必ずその中央にデンと見据えられるテーブル台地として一目瞭然であり、万年山と共に玖珠盆地を見据えるシンボリックな景観そのものなのだ。しかしボクはまだこの頂に立ったことがなく以前から気になっていた、まさに好機到来という訳だ。

 更にもう一つ興味をそそられたのは、登路の途中にある影の木集落から八丁越しまで、わずかな距離ではあるが江戸時代、森藩の殿様・久留島侯の参勤交代のルートとして使った石畳がはっきりと残っているとガイドブックは高らかにうたい上げていること。男のロマンを感じさせるに充分な殺し文句だ。こりゃ、登るしかないね、と早速行動に移す。渋滞国道と化した210号に幾分か意欲をそがれたが、童話祭の飾り付けで華やぐ森の町並みに入り、重厚な山容と山頂近くに立ち並ぶ櫛の歯にも似た岩柱群を見上げると、心は早くも足元に頂を置き、夕暮れの玖珠盆地の雄大な眺めに見入る“おゆぴにすと”2人をイメージして先を急ぐ.....。と高瀬はといえば、心は早くも足元に頂を置き、缶ビールで喉をうるおすべく、商店街の酒屋さんに飛び込んでいた模様。

 さて、くだんの影の木集落までは細く曲がりくねってはいるが、今はどんな山奥でも何ら不思議には思わなくなった立派な舗装路を車で稼ぐ。この集落(とはいっても山の斜面に3戸程、ひっそりとしたたたずまい。一様に黄色いコンテナ箱がたくさんあるところを見ると、椎茸栽培を生業としているのだろうか....)の最奥の農家で車道は消え、忽然と山道に変わる。この農家の庭先に車を置かせてもらうべく、農作業中の中年夫婦に声をかける。人の良さそうな旦那はすぐに『O.K』の返事をくれたが、問題は探求心旺盛な奥方にあった。

 「車が出るから、端の方に駐めてよね」とまずは一般的注文。そして身元並びに目的、動機?に話しは及ぶ。「兄ちゃんたち、どっから来たん? ガンセンに何の用事で登ると?」「何かの調査?」ときた。こちとらのアカデミック?な顔かたちを見ての質問だろうが、ありきたりの返事にも窮するのだ。こんなとき、農学博士のワタル兄でも居たら、『エェー、マァそのぅ、つまりキュウリの褐斑病の発生生態と防除は、かくかくしかじか云々.....』とまじめにケムをまく術を知っているだろうに。しかし、我々には「いいえ、ただ純粋に山登りです」と返すしかなかった。ともあれ、いぶかしげな表情の夫妻に見送られガンセンを目指したのだ。

 そして例の石畳は想像していたよりもしっとりと、落ち着いたたたたずまいで我々を迎えてくれた。両側を杉や桧に囲まれた石畳を歩きながら、暮れなずむ蒼空を見上げると、タイムスリップして今にも『お殿様のおな〜りぃ』に遭遇してしまう錯覚におちいりそぅ。しばし夢を見つつ、ほどなく八丁越に着く。大岩扇山の頂へは、急斜面の牧草地を西へ行く。クヌギの疎林の他は広大な草の台地で、豊後牛が草を食むテリトリーとのはざまを、いささか登山の趣とは異なるがのどかな眺めを楽しみながら歩く。

         

 そしてあたり一面に群生するワラビの大展示・即採取会場と化したるところにこの山のもう一つの楽しみがあるのだ。「春の山菜の王様はウドにきまっちょる。ワラビはポピュラー過ぎる、格が違うんょ、ケッ=」とかねてから宣っていた高瀬だが、目の当たりに密生した軍団を見ると、例のギロリ目に早くも変わり、とりつく島のない雰囲気があたりを覆った。だが、確認容易なるワラビ殿のこととてボクにもマイペースでこの作業に没頭することができた。そして唯一手持ちのビニール袋(もちろん缶ビールを入れていた)に早々と一杯になったころ大岩扇の頂に着く。大きく真っ赤な夕日を右頬に受けながら、童話祭を控えて慌ただしい筈なのに、時間が止まったようにたおやかな玖珠の町並を見下ろすと、今が至福の真っ只中にいることを実感する。「玖珠の山々は静かでいいねぇ」「ウドもたっぷり、ワラビも捨てたもんじゃねぇ」「ウン、缶ビールも捨てたもんじゃねぇ」「ン.....ゴクン=」

 豊後森駅近く玖珠川べりに涌く、玖珠温泉・清流荘にとりあえず浸ろうと決め、後髪をひかれながら下山の途につく。くだんの農家の柔和おじさんへは、ほんの気持として、なけなしのはっさく2個をお礼に預ける。楽しくアッという間のG.Wの一日、ボクはおじさんのはにかみながら笑った白い歯を見て、『久し振りの豊後の国の山々はやっぱりいいなぁ』と強く心の中で断言したのだ。(コースタイム 玖珠の実家9:00→MTB→豊後中村駅9:22〜9:35→車→青野山林道終点9:42〜9:44→青野山山頂10:26〜10:55→林道終点11:32〜11:35→車→カルト山中腹の林道12:20〜12:30ウド採取&登山→カルト山山頂(付近)14:10〜14:13→中腹の林道14:45〜14:50→車→麓の椎茸専業農家の庭先15:00 ラーメン会 15:35→車→17:00〜17:06→八丁越し17:15→ワラビ採取&登山17:31〜17:43→影の木集落18:14→車→玖珠温泉清流荘18:26〜19:00→車→玖珠の実家19:05
(平成5年5月4日)

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