快晴に恵まれた大船山
挾間 渉
 かねてから利雄兄の念願であった大船山登山に助っ人の役を買って出た。ミヤマキリシマの時期、九重山群中、静かな山歩きができる数少ないコースとして、ここ吉部を選んだ。ところが、登山口付近には杉林を切り開いてにわかの駐車場が出現し、大勢の登山者が押し掛け過日の面影を一変していた。どうも、長者原からの登山者を強引に(?)こちらに誘導しているようだ。それにしても、駐車料金1,000円はちょっと高いな。
 で、午前9時ちょっと前に吉部を出発。入山届けを忘れない慎重さは利雄兄らしい。
 吉部からのコースは、最初、鬱蒼とした杉の植林の小径から始まり、すぐに雑木林の中の急な登りとなる。このコース唯一の難所だ。登り始めで、まだ身体のアイドリングが充分ではない中でのこの急登はシンドイことこの上ないが、15分ほど頑張れば、あとは快適な水平歩道が待っている。僕はこのコースに足を踏み入れるたびに、あこがれの黒部峡谷水平歩道をイメージしているから、この難所も、そのあとに期待される味わい深い登山道のことを思うと、ちっとも苦にならない。
 難所を過ぎると、木漏れ日の射す林の快適なプロムナードの始まりだ。だけど、元気な利雄兄は脇目も振らずどんどん先を行き、小夜子姉もこれまた夫唱婦随。
 だんだん沢の瀬音が近づいて来ると、ほどなくで「暮雨の滝」と書かれた道標が見えてくる。うっかり見過ごしてしまいそうだが、ここは‘1本’入れたいところだ。‘くれさめ’ではなく、‘くらぞめ’と読む。
 体力に自信のある向きには、ここから5分ほど下ったところにひっそりと佇む滝と淵は必見だ。だけど、まだまだ先は長い。体力温存のため秋にとっておこう。そう、このコースは秋こそが最高なのだ。
 小休止のあとは再び水平の小径だ。この付近は‘林木遺伝資源保存林’に指定されており、サワグルミ、ミズメ、ハリギリ・・・etcと、豊かな植生が展開する。そして、進むほどにせせらぎが近づき、周囲が次第に明るくなってきた。
 登山口から1時間少々で坊がつるの末端に飛び出す。ここは、三俣山、中岳、白口岳、立中山、大船山、平治岳と周囲を山々に囲まれた別天地。姉は早速双眼鏡を取り出し各山頂付近のミヤマキリシマの開花状況の観察に余念がない。しばし立ち止まり解説を加えたいが、相変わらず利雄兄のペースは速い。構わずに足元の可憐な花などにも注意を払い、自然の移ろいの変化を見逃さぬよう、というのが‘円熟期’を迎えた我が登山スタイルなのである。
 今年の桜の開花や山菜の生育状況から、ミヤマキリシマは平年よりかなり早いと予想されたものの、飯田高原の知り合いから前日に仕入れた情報では、山頂付近では開花始めとのこと。天気も花も両方最高なら申し分ないところだけれども、GW以来天気には裏切られっぱなしだったから、終日快晴が予想された今日という日は、何にも替えがたい。上の方では期待薄でも、坊がつる辺りでは路の傍らでミヤマキリシマが色鮮やかに咲き誇る。
 水平歩道を抜けて大船山の取り付きとなる水場までは結構な歩程である。初夏の陽光が容赦なく照りつけ身体は汗ばむ。そして、比較的静かな山歩きは雨ヶ池コースとの合流点までで、そこから先は団体登山者に前後から挟まれるかたちとなった。
 坊がつるの水場に近づいた頃、路の傍らに思いがけずも‘玖珠川源流’の標識を見つけ嬉しくなった。そう、吉部から坊がつるに至る沢は大分川ではなく、玖珠川の源流なのだ。ということは、下流で三隈川となり、さらに筑紫次郎として名を馳せる筑後川となり有明海に注ぐわけだ。峠や源流に興味を覚え始めたこの頃だけに、幾度となく眺めてきたこの沢も、今日は格別の感慨だ。
 吉部から1時間40分少々の所用で10時38分、坊がつるテントサイト着。僕たちの若い頃に比べ随分少なくなったとはいえ、色とりどりのテントが並ぶ。平治岳の撮影ポイントには立派なトイレがあり女性用だけ順番待ちの行列。その間、男性群は岩の上に腰掛け、周囲の山々を眺めながらひとときのくつろぎだ。
 「渉君、山頂の到着時刻は?」と利雄兄。「う〜ん、12時15分頃かな・・・」と僕。初夏の陽射しがまぶしい坊がつるから、大船山山頂を目指して再び樹林帯に入っていったものの、大勢の登山者、下山者のため隊列も乱れがちになる。加えて、日頃の精進の結果がここに来て如実になってきた。
 平均年齢で7歳上の伊東夫妻 VS.我が夫婦の体力比べの図式は、ここに来て明らかに伊東夫妻に軍配があがる。それもそのはず、最近は自給自足を標榜する伊東夫妻は、海(漁師+漁撈)に山(山菜採り)に畑(平日農業)に、そしてゴルフ(姉は卓球)にウォーキングにと、健康で充実した日々を送っているからにほかならない。

 一方の我が夫婦は共にドアtoドアを車に頼る不健康な日々なのだから結果は歴然、助っ人の役は完全に失格だ。

だけど、だけど・・・ミヤマキリシマばかりでなく、足元にひっそりと咲くイワカガミをしっかり見逃さないなど、ひたすら頂上を目指すのではなく、山に関わる諸現象を寸分でも見逃さぬと言う貪欲さ(おゆぴにすとの原点)で、この勝負(?)、総合力で互角と言うことにしてくれませんかね?
 予定の到着時刻の予測と修正を何度も繰り返しながら、やっとこさ正午過ぎに段原到着。大勢の登山者が、めいめいお気に入りの場所に陣取り弁当を広げている。が、元気な利雄兄の姿はどこにもない。このところ体力ガタ落ちの妻は、帰りのことを考えるとここまでが限度という。姉と二人、頂上を目指す。
 段原から約30分、登山口の吉部からだと約4時間を要して達した山頂は、360度の大パノラマが展開し、遠くにはあと10日余りに迫ったワールドカップの大分会場となるビッグ・アイが思いがけずも望まれた。ミヤマキリシマこそまだこれからではあったものの、天気に恵まれたなかでの念願の大船山山頂に立つことができ、まずはめでたし、めでたしというところか。しばし眺望を楽しんだのち、段原まで戻りビールで乾杯。山頂からのパノラマの中、ひときわ顕著な三俣山の山塊に利雄兄は新たな登高意欲をそそられ、次なる目標が定まった模様。
コースタイム 吉部8:53→暮雨の滝9:32→坊がつるテントサイト10:38→段原12:18→大船山山頂12:49→坊がつるテ ントサイト15:09→吉部16:33
(平成14年5月25日の記録)

                          home