温暖化SOS アラスカ発 (2003年1月3日(金)、西日本新聞に掲載)   
                          栗秋正寿

          
              アラスカ山脈のハンター(4,442m)上空を舞うオーロラ。
              手前カヒルトナ氷河も、アラスカにある他の氷河と同じく、
              少しずつ後退している。

「ハイク(出発)!」銀世界のなかを犬ゾリが駆けぬけていく。銀世界のなかを犬ゾリが懸けぬけていく。半年もの長い冬が終わりに近づく米国アラスカ州の3月下旬。温泉が湧くオーロラ観測地として知られるチェナ・ホット・スプリングスで犬ゾリ教室を開く舟津圭三(46)さんを訪ねた。

      チェナ・ホット・スプリングス(チェナ温泉)で犬ゾリ教室を開く舟津圭三さん(左手前)

アラスカで開催される犬ゾリの長距離レースに魅せられた舟津さんは、1994年、妻の恭江さんとともにアラスカに移住して犬舎を運営、マッシャー(犬ゾリ使い)として生計を立てている。舟津さんとは、98年4〜7月に私が行った「アラスカ徒歩縦断1,400`の旅」の際に知り合って以来、4年ぶりの再会だった。

6年前からほぼ毎年、冬のアラスカ登山に出かけている私は、1月のアンカレジでの降雨、冬山での湿った積雪など、ここ2年続けての異変が気になっていた。それ故、最近のアラスカの気候が、マッシャーの舟津さんの目にはどう映っているのか興味があったのだ。

          
            氷河流動によってできるクレバス。アラスカ山脈のカヒルトナ氷河も
            少しずつ後退している。左後方の山はハンター

「アラスカに来て8度の冬を越したけれど、暖冬が多く、雪も少なくなってきているね」舟津さんが、そう打ち明ける。実際、犬ゾリレースのシーズンである12月〜翌年4月でも、雪不足でコースの一部が短縮されたり、レースが中止になることも珍しくはなくなっている。近年続く気候異変の影響が、アラスカの犬ゾリにもしのび寄っていた。

       ツンドラの上に広がるアラスカ北極圏の大自然にも温暖化の影響が忍び寄っている


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97年11月、米国海洋大気局(NOAA)が発表した過去400年間の北極圏の気温変化は、およそ150年前から上昇が始まり、特に最近の60年間の上昇が著しいことを示している。1840年以来、北極圏の平均気温の上昇は約1.5度であり、同期間の地球の平均気温の変動に比べて上昇幅が2倍以上もある。

これらのデータは、気温の実測値だけでなく、気候変動に深く関係している樹木の年輪、氷床の融解速度、海底の堆積物などを多角的に調べたもので、これまでの北極圏の気象調査では、もっとも総括的なものとされる。

さらに、米国内の気温変化を地域別に追っている「米国地球変動研究計画」によると、アラスカでは過去30年間、10年ごとに1度ずつ気温が上昇していることがわかった。北極圏の他の地域に比べて温度上昇が約3倍も早く、過去400年の間、これほど急激な温暖化は見られなかったという。

アラスカでは、すでに温暖化の被害が広がっている。北極圏にほど近いフェアバンクスでは、舗装道路の一部が激しく波打ち、陥没による事故も発生。道路の被害はアラスカ州の道路全域では2,000か所にも及び、復旧費は1`あたり300万ドルに上っている。

また、道端の電柱が傾いた所もあれば、林のなかに窪地ができて水たまりになった所もある。このような現象は、平均気温の上昇に伴い、ツンドラ(永久凍土層)が融けて地盤が緩んできていることを如実に物語っている。

          
               北米大陸最高峰のマッキンリーを下山中,標高3000b
               地点で振り返る.後方に見える氷塊とクレバスは氷河が
               流動しているあかしだ.

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「暖冬とはいっても、1月などに寒すぎて犬ゾリレースが中止になることもあるんだ。気温が氷点下50度を下回ると、犬が凍傷にかかる危険性が高くなるからね。ただ、こういった例は、私が出場している1,600`を超える長距離レースにはあてはまらない。どんな状況にも対応して犬をケアし、犬と力をあわせて走りぬかねばならないのが、長距離レースの難しさであり魅力でもあるんだよ」

愛犬たちをなでながら、船津さんは話を続ける。

「一概に、温暖化の原因を人間活動だけによるものと考えるのは、私はどうかと思う。よく分からないけれど、地球が本来持っている、気候変動のサイクルが関係しているかもしれないからね。『人為的な影響による温暖化ではない』という慎重論を唱える、アラスカの科学者も私の身近にいるんだよ」

現在指摘されている「地球温暖化」の原因が、二酸化炭素などの温室効果ガスなのか、それとも自然界の変動にすぎないのか、研究者の間でいまだに議論は収束していない。

だが、国連傘下の専門家グループ「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)は、95年暮れの第二次報告で、「不確実性が存在する」としながらも、「人為的な温暖化がすでに起こりつつある」ことを初めて認識した。

さらに、2001年3月の同報告では、ますます増え続ける温室効果ガスを懸念して、2100年までの地球の平均気温の上昇を、95年度予測の「最大3.5度」から「最大5.8度」へと上方修正し、全世界に警鐘を鳴らした。このまま温暖化が進めば、北極圏では気温が急上昇し、ツンドラの融解や氷河の後退の加速、寒冷地に適応した動植物の衰退など、極地特有の生態系のバランスが崩れてしまうという。

犬ゾリ教室の最後に、船津さんはこう語る。

「その昔、犬ゾリは、アラスカ先住民にとって唯一の冬の交通手段だったんだ。そして今も、アラスカ州の州技として人々に受け継がれているんだよ。私は、犬ゾリほど冬のアラスカの原野に調和した乗り物はないと思う。温暖化をはじめ、地球環境が永遠ではないと叫ばれる今だからこそ、私は、犬たちとともに旅ができることのすばらしさ、自然環境の大切さを、ひとりでも多くの人に伝えていきたい」

北極海にほど近いノース・スロープ(北斜面の大平原)地帯.氷河の融水がつくったツンドラ湖は,鏡のように静まり返っていた.温暖化が進めば,こうした湖沼も増えていくだろう.

アラスカ

北米大陸の北西部に位置し、日本の約4倍、151万9000平方`の面積がある米国最大の州。アリューシャン列島を含み、ベーリング海峡を隔ててロシアのチュコト半島と対する。人口62万6000人、州都はジュノー。州南部の港湾都市アンカレジが経済・交通の要衝。北米全体の2割を生産する油田をはじめ、水産、林業、観光リゾート、航空貨物輸送などが主要産業。州中南部に北米大陸最高峰のマッキンリー(6,194b)を頂くアラスカ山脈が走る。

北極圏

北極海を中心に北緯66度30分以北のユーラシア、北米両大陸、グリーンランドを含む一帯を指す。冬の平均気温は極心地で氷点下40度、大陸沿岸部で同30度を記録。夏場は太陽が沈まない白夜、冬場は太陽が昇らない極夜の現象が起こる。1年の大半が氷に閉ざされるツンドラ地帯が広がり、短い夏にはコケ類や草本類、地衣類が生育する。クジラ、アザラシ、ホッキョクグマが成育し、石油、天然ガスなど地下資源も豊富。イヌイットなどいくつかの少数民族が居住する。

       

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