地球紀行 アラスカ編 〜極地からの警鐘〜
   (2002年12月17日(火)、西日本新聞(朝刊)11面に掲載)
                          栗秋正寿

          
              わな猟で捕ったオオカミを手にするジャックさん。
              今シーズンの猟で6匹を仕留めた
              

4 わな猟師

 森の谷間からオオカミの遠吠えが聞こえる。ここは米国アラスカ州、北極圏の村ワイズマン。3月下旬、氷点下30度まで冷え込んだ静かな夜―。

ワイズマンは、ゴールドラッシュで栄えたアラスカ内陸部の小さな村。1910年ごろ、付近の小川で大きな金脈が発見され、一獲千金を夢みた山師たちが周辺から移り住んでできた村だ。繁栄時の人口は約300人だったが、現在はわずか20人にすぎない。

この村の住人の一人ジャック・リーコッフさんとは、4年ぶりの再会だった。ジャックさんと初めて出会ったのは、1998年4月から7月にかけ、リヤカーを引いて歩いた「アラスカ縦断1,400`の旅」でワイズマンを訪れた時だった。彼の生き方に強くひかれるものを感じた私は、再びワイズマンを訪れたいと思っていたのだ。

ジャックさんは、この地で生まれ育ち、今年で44歳になる。妻ロマさんとの間に4人の子供を持ち、狩猟を中心に半自給自足の生活を送っている。一家が口にする肉や魚のほとんどは、春から秋にかけて捕るヘラジカやトナカイ、ガンやカモ、そして川漁でのサケやマスなどである。さらに、冬場のわな猟ではオオカミをはじめ、アナグマ、ヤマネコ、ビーバーなどを捕り、その毛皮や牙で作ったアクセサリーを旅行者に売って生計を立てているのだ。

ジャックさんは、ストーブにまきをくべながら、オオカミについて話してくれた。

「オオカミの遠吠えには、いろいろな意味があるんだ。彼らは群で狩をする動物だからね。遠吠えをすることで群の仲間と位置を教えあったり、ほかの群に対してテリトリーに侵入しないよう警告しているんだ。特に2月から3月はオオカミの交尾期で、遠吠えの回数も増えるんだよ」

     *     *     *

         
             アラスカ北極圏の村ワイズマンの近くの森に横たわるヘラジカの死体。
             このようなヘラジカの死体は大変珍しいという

ワイズマンを訪れた初日、村から数`離れた森までヘラジカの死体を見にでかけた。前日に死体を見つけた村人の先導で、スノーモービルに乗って現場へ向かった。エゾマツ林の雪の上に1頭の大きなヘラジカが横たわり、そばには胃液のようなものが散らばっている。その体に触れながらジャックさんは言う。

「15歳くらいの年老いた雌のシカだよ。何か悪いものを食べて内臓が弱ってしまい、やがて嘔吐を繰り返して力尽きたのだろう。皮下脂肪が極端に少ないところを見ると、一週間は何も食べていないね」

彼の話は、ヘラジカを捕食するオオカミにも及んだ。

「オオカミはこのように病気で弱った動物をあまり好まないんだ。生存競争に勝ち抜くため、彼らは栄養価の高い健康な個体を狙って襲い、食べるんだよ。ただ、ヘラジカの体重はオオカミの10倍から15倍、大きいものは700`を超える。だから、ときには激しい抵抗に遭い、頭がい骨やろっ骨を折るオオカミもいるけどね」

オオカミとそのえさとなる動物の個体数は、積雪量と深く関係があるといわれている。例えば雪の多い冬が続くと、オオカミは深雪に脚をとられたヘラジカを数多く捕ることができる。その結果、ヘラジカの数は減り、十分な栄養をとったオオカミの数は増えていく。

反対に雪の少ない冬が続くと、オオカミは軽快に駆けるヘラジカを多く捕ることができない。よってヘラジカの数は増え、十分な栄養をとれなかったオオカミの数は減っていく。概して、オオカミの数は積雪量にほぼ比例し、ヘラジカの数は積雪量にほぼ反比例して変動しているという。

     *     *     *

ジャックさんは、今シーズンのわな猟でオオカミ6匹、アナグマ2匹、ヤマネコ57匹を仕留めていた。1週間前に6匹目のオオカミをわなで捕ったばかりだという。自宅で、その毛皮をブラシでなめしながら、ジャックさんはわな猟の話を続ける。

「『けもの道』と呼ぶように、動物が通る道は決まっているから、そこにわなを仕掛けるんだよ。なかでも、いちばん難しいのがオオカミ猟なんだ。オオカミはとても賢く、警戒心が非常に強い動物だからね。最初のオオカミを捕るまでに10年かかったよ」

嗅覚が鋭いオオカミは、雪面に付いたわずかな人の体臭をかぎわけて警戒し、容易にわなには掛からない。常に風向きに注意し、風下からわなを仕掛けなければならないのである。そのうえ、わなを埋めた場所は、完全に元の状態に戻すのが鉄則。かすかな雪面の乱れや木の枝を折るなどの目印からでも、オオカミはわなに感づいてしまうのだ。また、オオカミを油断させるため、わなは一つだけでなく、おとりのわなを仕掛けることもあるという。

わな猟はまさに、人間と動物との知恵比べなのだ。

「わなを見破った親のオオカミがそのわなを掘り出し、子どものオオカミにわなを学習させることも珍しくないね。オオカミの天敵は、オオカミと人間なんだ。彼らも生きていくことに必死なんだよ」

そう語る彼の目には、わな猟師でありながら、獲物であるはずのオオカミを思いやる気持ちがにじみ出ていた。

「動物は必要以上に捕らない」というのが、彼の哲学だ。

「捕りすぎると、結局は、自分たちの首を絞めることになるからね」

アラスカの自然と共生しているジャックさんは、さまざまな思いを込めてそう語ったのだろう。現在、アラスカでも指摘されている温暖化の影響は、この先、彼とオオカミ、そしてヘラジカとそのえさとなる草木など、多くの生き物たちによって形成される自然環境に異変を及ぼしかねない。ジャックさんの言葉は、そうした危機への警句にも聞こえた。
                             =アラスカ編おわり

 (つづく)

       

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