肥前国・経ヶ岳、その予想外の峻険さを尊ぶの巻

                
               栗秋和彦

地理的条件を理由に佐賀や長崎の山々には疎遠つづきであって、(ちょっとオーバーだけど)人生の残り時間を鑑みれば若干の焦りを抱いていた。そして図らずも会社の岳友、M木やT田両君も昨春、今春と長崎の地での勤務に身を投じたとあらば、(同行を要請するのを)躊躇しては精神衛生上よろしくなかろう、と勝手な理屈で佐賀・長崎県境に聳える多良岳〜経ヶ岳山行を提案したのだった。雲仙や阿蘇よりも古い火山が連なるこの山塊は、それゆえ浸食が進み標高の割に深い森と険しい山稜を愉しめるという。加えて経ヶ岳は佐賀県の最高峰であり、これに登れば九州各県の最高峰で残すのは熊本の国見岳のみになる、と言った個人的思惑が働いたことも吐露しよう。

 

で結局、T田君こそ所要で同行願えなかったが、M木君と彼の同僚T崎、K武両兄も参加と相成り、ちょっぴり賑やかな布陣で長崎県側の黒木集落に集った。ちなみに出発時刻や所要時間、行程等を踏まえてM木隊長の判断は経ヶ岳のみの山行と出た。あわよくば多良岳〜経ヶ岳縦走を狙っていた己には少しだけ物足りなさが残ったが、結果的にはその予想外の峻険さとハードさに、口に出さずによかった、と安堵することしきりであった。

    
   黒木集落から八丁谷〜経ヶ岳〜大払谷コース   八丁谷を詰め中山峠で一本    経ヶ岳山頂から五家原岳を望む

 登山口の八丁谷林道ゲートに車を置き、先ずは鬱蒼とした杉林の中の林道を緩やかに登る。折りしも熱帯性低気圧が東シナ海を北上中とあって、天模様を心配したが、九州の西端・長崎までは及ばず、ひとまずは安堵の体。しかし一方でジリジリと照りつける真夏の暑さはどうにかならんのかねぇ、と恨み節の一つも出てこようというもの(※1)。いたしかえしだが、林間の登路は幾分成りともヒンヤリ感があり、よしとしよう。でものの15分ほどで静かな息遣いの林道も終わり、いきなり八丁谷へ入って、一転変化が訪れた。沢を巻いたり渡ったり、上ったり下ったり、右岸左岸と縦横無尽に詰めて高度を稼いでいく。辺りはこれまた鬱蒼とした自然林に変わり陽は殆ど届かず、深山真っ只中の感。沢沿いのごろた石を幾重にも乗り越えていく様はまさにワイルドな登りであったが、先頭をきるM木隊長以下2名、スピード狂たちがもたらした影響もあって、心拍数はずっと高止まりのままだったのだ、フーフー。

 

それでも稜線直下まで水流豊かな沢を詰め、少し緩やかになるとほどなく中山峠に到達。さすがに稜線上の樹林帯は明るく、深山幽谷から抜け出してホッとの感はありありだ。あとは標高差にして300m足らずを稼ぐのみなので、気楽に構えたが、いざ稜線に取り付くと息つく間もなくグイグイと高みへ導かれ、最後は岩稜も連なって行く手に現れるし、先頭のスピードは衰えることを知らず、予想外に手強い登りを強いられたのだった。こりゃ山の険しさはもちろん、高速スピードにも惑わされ、けっこう難儀な登りじゃないか、が偽らざるところ。うんうん、このメンバーではペースメーカー役のT田君を連れてこなければ、との思いを強くしたのだった。

 

おっとしかしそんなこんなの思いも頂に達すると谷風に掻き消され、ほぼ360度の眺望を欲しいままにすると、じわじわと充実感が湧きいずった。と同時に眺望絶景をインプットせんがためにエネルギーは発散せしむる。こりゃ腹が減るのも道理であって、早速山頂脇の木陰に陣取り至福の昼食小宴会と相成った。これゆえに山登りは止められないが、佐賀県最高所1076mの緑陰には涼風が吹き渡り、この時期だからこそすこぶる快適で贅沢なひとときを過ごしたのだった。おっとしかしただ一人、こともあろうにM木隊長は「寒い、寒い!」を連発し、この場にそぐわぬ発言で皆のひんしゅくを買ったことも付け加えておきたいが、今更ながら贅沢な発言だったよねぇ。皮下脂肪が薄く、長距離ランナー体質はこんな脆弱さを隠し持っていたのだ、などとあげつらうことではないけれど....。

 

さて小宴の後、再び頂からの眺望に触れておこう。先ず南方目前にどっしりと構える五家原岳(1058)が印象的だ。余談だがこの山は7年前すでに踏んでいて目新しさはない。出張の合間、当時長崎の小ボスだったT田君の案内で肥前長田駅から立派な車道を伝ったもので、つまり歩いたのは山頂の駐車場から展望台へ通じる20段ほどの階段だけ。その意味ではまったくのドライブ登山であって、後ろめたさを抱きつつも、隆々とした多良岳〜経ヶ岳の稜線に食指を動かした記憶が蘇えってくるのだ。そしてその山を今、念願の経ヶ岳から反対に見遣る因縁も、また時の流れの成せる業であるわな。でこの頂からは手前、東方へ稜線が連なり、双耳峰の多良岳(983m)へと通じる眺めが近景として存在感を見せてくれるし、その稜線越し、有明海の向こうに雲仙の山々がはっきりと見て取れ、そのやや東方はるか海上の果てには熊本の金峰山塊と思しき山影も望見できたのは意外だったか。

 

一方背面(北面)は天山〜八幡岳〜有田(黒髪山他)とつづく佐賀の山々と、その先の白みは玄界灘かもしれぬ。また北西の大村湾沿いには、同じく7年前に登った虚空蔵山(こくぞうさん)の特徴ある隆起もしっかりと確認でき、内心にんまりと。そのやや西寄り遠方、6年前の平戸島は南端・志々伎山はどうかいなぁと見入ったが、さすがに大村湾を隔てた西彼杵の丘陵地帯に遮られ、平戸のモンサンミッシェルはその低さゆえ見出せなかったのがちょっと残念。と己の登った山々を確認する愉しみもキリがないので、山上説法はもうおしまいにして下りにかかろう。

     
経ヶ岳山頂から多良岳(左端)と奥に雲仙を望む      経ヶ岳山頂で     下山後、黒木集落から胸壁をまとった経ヶ岳を仰ぐ

で下降路は西方へ一気に高度を下げるツゲ尾から大払谷へ取り、延々とつづく急なガレ場を辛抱強く下って黒木集落へ出た。森を抜け棚田が現れ人里へ降りて来ると、たかだか4時間弱の山行でもそれなりの達成感と安堵感がないまぜになった不思議な感覚に陥るが、そんなところに登山の味わいを見出すのも、齢を重ねた利得かもしれない。そしてたかだか1000bちょいの経ヶ岳の懐の深さ、その峻険さは予想を超え我が身に焼き付いたものと思っている。経ヶ岳、侮るべからずであったが、願わくば次回は五家原岳〜多良岳〜経ヶ岳と、この山塊の主要ピークをすべてなぞる満願コースを踏破したいと思っている。もちろんスピード調整役兼宴会盛り上げ役として是非ともT田君にも加わってもらわねば、と思っているが、いやむしろ必須条件として明記しておくべきかな、ハーハー。

(※1)はるか西方海上の熱低がもたらしたフェーン現象か、この日福岡市は今夏最高の37.5℃を記録した

 

(参加者)栗秋、他会社の同好会3人 

(コースタイム)大村I.C 10:13⇒〔買物等〕⇒黒木・八丁谷林道ゲート(標高340m) 11:00 19→八丁谷登山口11:34→〔途中休憩10分〕→稜線(中山峠・標高790m12:23 28→経ヶ岳(標高1076m) 13:01 44→つげ尾→大払谷経由〔途中休憩6分〕→黒木集落駐車場15:04 25⇒大村I.C 15:45  嬉野温泉入湯

(平成22828日)

 

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