春色にわかに満ちて、唐突に下関・竜王山に登るの巻
                                         
栗秋和彦

 春色にわかに満ちた彼岸の候、法事出席の奥方を実家へ送り出してポッカリと空いた午後、思い立って下関の竜王山(614m)を目指した。『防長地下上申(※1)』によると「峰には平地、竜王の森があり竜王山」とその由来が記されているが、浅学の徒には解りづらい。つまりは大陸から響灘を渡ってきた空気が日本に来て最初にぶつかる山なので、竜王山近辺は雨雲が発生しやすく、昔から雨乞いの神事が行なわれてきた山でもある。竜は雨をもたらす存在とされているから、山名の由来はこの辺にありそうだ。その山頂からは360度のパノラマが楽しめ、西方直下に響灘、南方は少し離れて関門海峡などの海を押さえ、すこぶる眺望に秀でているという。それゆえ古くから水の神として雨乞い、海上安全、大漁祈願の神として崇められてきたのであろう。そういった地元の民の愛着が歴史を作り、重量感のある山容と相俟って、登高意欲をそそるのだ。

   長門城の推定地はこれだけある   
        下関・竜王山と周辺の山々MAP               吉見下登山口から鳥居を潜って登山開始!

 その意味で一度は登らねばと思ってきた山であり、唐突にその機会が巡ってきた訳である。県道244号に面した吉見下登山口の導標には、山頂まで約3k(標高差560m)と記されており、まさに里山をちょっと高くしたぐらいの感覚なのだ。これなら軽いノリで容易く頂に立てるだろうと踏んでも不思議ではなかった。

 ところがである。のっけの石段から急で、中宮(の跡)はすぐだったが、これから上宮までの尾根道もけっこう厳しく、まったくピッチが上がらなかった。おかしいこんな筈では?と体たらくを嘆いてみても始まらないが、唯一思い当たったのは、本日午前中稼いだラン14kが疲労感としてアウトプットされたやもしれぬということ。

しかし目一杯の激走を演じた訳でもなく、むしろこの登山のウォームアップぐらいの低速前進エクササイズだったので、単に「寄る年波」には勝てぬのか、と思いは複雑であった。

   
    竜王山での三題(左:鬼ケ城山〜狩音山を望む 中:山頂で記念の一枚 右:安岡方面と響灘を臨む)

ただ登山ルートそのものはツバキやシイ、タブノキなどの照葉樹林のトンネルを潜り抜けるかのように延びており、よく踏まれた登山道は歩き易いし(急坂を加味しなければ...)、自然環境は申し分なかった。ここはいっときの辛抱と言い聞かせつつ歩を進めたのだ。

さて鬱蒼とした森の中、上宮の鳥居まで達すると、登山道は稜線らしき照葉樹林を辿り、傾斜は幾分なりとも緩くなったが、相変わらず眺望は得られなかった。しかしそれも20分余りで吉見峠を経て鬼ケ城山622m)へ至る分岐に出くわすと、北方の視界が少し開けて、鬼ケ城山〜狩音山と連なる稜線が垣間見えてきたのだ。ならばホッと安堵するところだが、地図上山頂まではものの2.3分の筈なので、あとははずみをつけて一気呵成のトレールランに興じた。

 なるほど下関を取り巻く連山では標高こそ鬼ケ城山にわずかに劣るが、広々どっしりとして360度の眺望に優れた頂は、地元の名山たりうる山容ではあるわな、が率直な感想であった。先ずは二組の先客に挨拶を交わし一息ついたあとは、グルっとその秀景を見渡そう。先ずもって門司半島の企救山塊や長州の低山にあって、これほどの眺望を欲しいままにできる頂上は鬼ケ城山と並び双璧に違いなかろうし、北には縦走路でつながっているその鬼ケ城山塊の重厚な山容が覇を競うように横たわっている。南東から北東へ転じれば下関東部の四王司山、勝山から菊川方面の山並み、更にはどっしりとしたこの山塊の最高峰・華山(げざん)、そして狗留孫(くるそん)山へとつづくスカイラインの連なりが、踏破した思い出とともに懐かく映る。一方、西側は一気に高度を落として響灘へ繋がっているが、遮るものは何もない水面に陽光が照り返り、キラキラと輝いている。まさに春の海の情景に違いなく、その先には遠く壱岐・対馬へと至る日本海の全容が収まり、ひとときとびっきりの秀景を見納めたのだった。

   
   下山途中、上宮に立寄る     途中、一箇所樹海が消え、吉見を見下ろす        ひなびた山里の湯・吉見温泉

 さて帰路は車まで戻るため単純に折り返すしかなかったが、頂から南へ延びる稜線はくだんの鬼ケ城山〜吉見峠から続く中国自然歩道として整備されており、明るく明瞭で魅力的だ。頂から俯瞰するかぎり鋤先山(すきざきやま583m)を含め2.3のピークを越しながら高度を下げ、深坂溜池へ繋がっている筈で、見るからに変化に富み、ちょっとした縦走気分も味わえそう。今回は後ろ髪を引かれる思いで断念しなければならなかったが、深坂溜池畔にMTBをデポするか、のんびりと列車の旅と決め込めば(※2それも可能。次回への宿題とした。

 帰途、登山口から県道244号を北へ(車で)3分の吉見温泉に10年振りに立ち寄ってみた。鬼ケ城山〜狩音山早駆け登山(98年10月4日)以来の再訪だったが、相変わらず田舎の鄙びたいで湯の風情が懐かしい。それもけっこうな湯浴み客で賑わっており、すべてに小ぎれいとは言い切れない湯屋も昔のまま。しかし肌にまとわりついて離れないアルカリ性単純泉の感触は山里のいで湯によく似合う。軒先ではクーラーボックスのまま、地元のおじさんが採れ立てのサザエやナマコを並べていたが、商売をするでもなし湯浴み客と会話を楽しんでいるさまは、村の社交場としての機能が健在であることの証でもあった。

(※1) 江戸中期の長州藩の村や町の状況を詳しく記している文書。
(※2) 往路はJR山陰線吉見駅下車、復路は同線安岡駅乗車とすれば4〜5時間の行程になろう。
(コースタイム)

門司13:10⇒(車)⇒吉見下(県道244号)登山口14:10 19→上宮の鳥居14:56 15:00→竜王山15:26 45→上宮16:07 10→吉見下登山口16:36 42⇒(車)⇒吉見温泉16:45(入湯)17:35⇒(車)⇒門司18:40
                                           (平成20322日)

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