風薫る5月、阿蘇四岳を巡る花の山旅 行状記       栗秋和彦

 風薫り新緑が目にしみる皐月、一泊で阿蘇へ行ってきた。会社の登山大会に参加しての山旅だったが、新緑は萌え草花が勢いづくこの季節、天候にも恵まれ大阿蘇の魅力をたっぷりと味わうことができた。

 初日の19日は大会行事にのっとり仙酔尾根から高岳〜中岳を巡り、ロープウェイ沿いに遊歩道を下るポピュラーコースを辿った。またこのコースは大阿蘇を一望できるパノラマコースでもあり運動量もそれなりに。その意味で登山大会向きのコースとも言えるし、阿蘇の魅力を探るのに最適なコースだと断言しよう。

 でこの時期、仙酔峡ではつつじ祭りが行われており、総勢80余名の集団登山とあって、車での乗り入れは自粛して、阿蘇青年の家入口から歩き始めた。まぁはっきり言って仙酔峡まで4kの舗装路は余分だが、晴れ渡った鷲ヶ峰の岩峰群を仰ぎつつ気分は高揚、口数多く意気軒昂の体だったのはトーゼンでしょう。それでも車の往来は激しく、片側一車線の狭隘道は歩行者の立場でははなはだ不快だったが、これは織り込み済みなので、今更あげつらうこともなかろう。

    
   阿蘇いこいの村から高岳遠望    登山口の仙酔峡を目指しテクテク       仙酔谷のミヤマキリシマ

 ところで今大会には異国の同業者、韓国鉄道山岳会の代表12名も参加して交流登山としての目的もあった。ならば “ヨン様熱”いまだ衰えず、韓国社会へも興味の対象を広げてきたカミさんへの土産話として、道すがら彼らと意見交換も積極的に試みなければなるまい。と思い入れは強かったが、なかなかボディランゲッジは通ぜず、ほとんど徒労に終ったんであります。少しはこっちのブロークンイングリッシュを理解してよね ! と言い訳も空しいが、隣国の言葉は難解で、遠く一万マイルの彼方にあるかのように。フーフー疲れたぜ。

 さて予想どおり寸分の隙間なく、車に占拠された仙酔峡はミヤマキリシマ観賞客で大賑わい。仙酔谷から鷲見平にかけてのお花畑では、花の麗しさや勢いよりも人の多さに圧倒されそう。これほど(人の)密度多きお花畑も珍しいもんじゃな、との感想はともかく長居は無用であろう。それでも今年の花の彩りはそれなりに華やかで、物見遊山な筆者の目にも充分新鮮かつ艶やかに映ったものと思っているが、昨年の不作と対比しての感想だと言えなくもない。

    
  さぁ鷲見平到着!いよいよ仙酔尾根に取り付く                 仙酔尾根真っ只中を行く

 で硬派武骨の仙酔尾根をなだめすかし登り詰めるといきなり天が抜けた。高岳稜線に出た訳だが、道中まったく草木も生えぬ岩稜をまっしぐらに這い上がって来たからこその短絡的潔さが、稜線に辿り着いた安堵感を助長してくれるのだ。そして天狗の舞台方面へ辿ると、岩陰のそちこちでは強風に耐えつつ、イワカガミやハルリンドウの可憐な草花がひっそりと我々を迎えてくれる。こんな溶岩台地と小花たちとの取り合わせが、カラッと乾いた空気の下、この季節の阿蘇の魅力なんでしょうなぁ、とにわかナチュラリスト(己のことです!)はしたり顔で呟くんですね。

 さてこの天狗の舞台が取り敢えずの目的地なので、日ノ尾峠を挟んで根子岳を眺めながらの昼食に時間を割いた。もちろん眺望は根子岳にとどまらず眼下には鷲ヶ峰へとつづく切れ落ちた岩稜を覗けるし、見晴るかす阿蘇外輪の山々はグルッと首を回せば何の支障もなく視界に収まる一等地ゆえ、ビール片手に一心不乱におにぎりをパクつく我が同僚たちへ促したい気もするが、それはおせっかいと言うものだろう。2本目のカンビールを開けながら、ほろ酔い気分で作りたてのラーメンをつつくT田兄の仕草がそう思わせるのかも知れぬが、かように絶景を欲しいままのひとときは、時の過ぎ去るのもめっぽう早かった。ならばぞろぞろと本隊が到着する頃合を見計らっての出立だ。

    
   天狗の舞台から覗く鷲ヶ峰岩峰群   昼食を終えてさぁ出立!(根子岳を背に)    高岳から中岳へ下る

 で復路はコース設定どおり高岳〜中岳を経て火口東壁展望台からはロープウェイ沿いに遊歩道を仙酔峡へ下った。おっとこの遊歩道、以前は無造作に溶岩をコンクリートで固めただけのゴツゴツ道。歩きにくさはこのうえもなく、コース中最大の難所だったと言っていいだろう。それほど身構えていたのに9年ぶりに下ってみると、状況は一変していた。溶岩は除去され、よく整備された滑らか道はまさに“遊歩道”に相応しく、上りにロープウェイを利用した観光客も時間があれば下りはウォーキングとしゃれこんでも充分可能なぐらい快適歩道と化していたのだから。ならばまるで索道事業にとって営業を阻害するようなインフラ整備ではないか、と個人的にいらぬ心配を抱くほどの様変わりに驚きを隠せなかった。そしてそれを応援するかのように小径沿いのミヤマキリシマの群落は、ねぎらいの表情?で我々を迎えてくれる。気分の悪かろう筈はないのだ。

   
   ロープウェイ沿いの快適遊歩道を下る           遊歩道から仰ぎ見る鷲ヶ峰の威容

 さて日も傾きかけて再びの仙酔峡に戻って見ると、いまだ喧騒渦巻き賑やかは衰えず、またしても長居は無用だった。そこで勢いそのままズンズンと車道を下り、牧場の肥後牛たちにちょっかいをかけつつ更に下る。朝のスタート地点の青年の家入口も横目でチラリと通過してテクテク歩きは止まらない。となれば“いこいの村”手前までズルズルと7k余り、往路も含めるとこの山行、舗装路だけで延々11kほど歩いたことになり、これは登山と銘打つより道路ウォークではないのか?と訝るほどであった。

 特に終盤、平地になってからの(登山靴での)車道歩きはまっこと辛く、誰彼となく悔み節が漏れ伝わっていたが、それもこれも仙酔峡に降り立った時刻が早過ぎて、迎えの車のタイミングが合わなかったことによる、意地の張り合いの結末と言えなくもない(誰も迎えが来るまで待とうなんぞ言わなかったのだから)。

 ただ結果としてこの登山大会参加者中、我がメンバーの運動量は最も多く、ノドもカラカラとあって、今宵の日韓合同懇親会に臨む意気込みは磐石であったと言いたい。余談だけどね。

 翌20日は朝解散して、T田、M木両兄のリクエストに応えるべく草千里へと上った。草原の奥にそびえる烏帽子岳がお目当てだったが、公家がかぶった烏帽子に似ているとの由来からして、なるほど広大な草原湿地の中央奥に悠然と裾野を広げる烏帽子岳の凛々しさは見事である。それゆえたかだか標高差200mほどの背丈が、めっぽう居丈高に見えるのは筆者だけの感慨ではなかろう。その意味でこの山は草千里をうごめく観光客には威厳を保ちつづけている、と言っていいし、出発にあたって初見参(未踏)のT田兄に意見を求めると、想定どおり「う〜ん、たっぷり1時間はかかるよね!」となる。

 しかし実際には正面右手の西尾根に取り付くと、効果的に高みへ導いてくれるので30分ほどで、あっけなく頂を踏めてしまうのだ。そして辿り着いた彼の表情は儲かったような、物足りないような複雑さが見てとれ、ここに人間ウォッチャーとしての愉しみのひとつが加わるのであります。もちろん頂からの眺望は高岳山頂付近がガスで煙っている以外はグルッと360度のパノラマを欲しいままに。もうこれは改めて申すこともなかろう。

    
  西尾根めがけて草千里を突っ切る      あっけなく烏帽子岳へ            東尾根で見つけたイワカガミの群生

 さて下りは東尾根を伝って草千里の外周をなぞったが、特にこの尾根筋はミヤマキリシマの植生の中にイワカガミやハルリンドウの草花群が精一杯の存在感を見せており、まさに花の山旅真っ最中の稜線漫歩であった。そんな中、曲がりくねった小さな尾根を下ったところの窪地で異変が起こった。10m四方の小さな窪地で7.8人の男女がうつ伏せのまま静かに横たわっていたのだ。すわ!事故か、はたまた集団自決か、などと一瞬身構えたものの、よく見ると皆一様に寝そべった格好で三脚を立て、花の写真撮りに一心不乱だった模様。たまたま群生密度の濃い窪地にマニア諸侯が集まっていたに過ぎなかったが、すぐ横を通りかかっても脇目もふらず言葉も発せず静寂そのものなので、何かしら異様、かつ少々こっけいなのだ。脅かすよな!ったく。

   
   同じく東尾根上のひっそりと鮮やかなミヤマキリシマ         杵島岳頂上まであと一歩!

 更に行き行きて重ねて行き行く。てな訳であっけなく登った烏帽子岳のみでは物足りないのも事実。そこで車道を突っ切り、今度は杵島岳へ王手を賭けた。こっちは山頂まで完全コンクリート歩道が整備されていて、その分一般の観光客も散見されるのが特徴である。もっとも途中からショートカットすべく急斜面の草付を一直線に詰めたので大いに息を荒げ、フーフーの体で広々とした山頂に辿り着いたが、この火照った身体に吹き渡る薫風が一番のご褒美だ。

 もちろんこの山上台地からも遮ることなく阿蘇の全景が俯瞰できるし、点々と注意を惹きつけるミヤマキリシマ、イワカガミ、キスミレなどの旬の花々を愛でながらの稜線漫歩は、これまた非日常の極みだったことをしっかりと記しておきたい。

 と同時にこの二日間、久し振りに阿蘇の山々を歩いてみて、岩稜の無機質の荒々しさや高度感あふれる登下降、見晴るかす緑々の外輪山の連なり、草原漫歩と旬の花々の彩りなどなど、山の魅力という点でそのポテンシャルの高さを改めて認識した次第。う〜ん、その意味では決して宴会主体の物見遊山なそれではなく、なかなか意義深い山旅だったと結論づけておこう。おっと、だからと言って登山大会主流派の皆さんを揶揄している訳ではありませんので、念のため。

    
   杵島岳山頂から高岳方面を臨む       米塚と内の牧、北外輪の山々         薫風吹き渡る頂稜にて

 さぁて、“おゆぴにすと”たるもの下山後の一点は欠かせない。そこでこれまた久方ぶり(21年ぶり)に南阿蘇は立野近く、白川渓谷に湧く栃木温泉・小山旅館を訪れた。ドゥドゥと豊富な単純泉が湧くこの湯、改築してもう14年になると言う。湯治宿の雰囲気濃厚な先代の宿は、建て替えられおり、今浦島の感。ぐっと高級感が増していて、日帰り浴客には敷居が高く感じられたのが偽らざるところ。しかし入ってみると湯宿の対応はいたってフレンドリー。湯そのものも昔とちっとも変わらず、昼下がりの静寂で濃密なひととき、新緑の露天はとびっきりのリラクゼーションを我々に与えてくれたのだ。

 と、こんな山といで湯三昧の週末を過ごすと、週日を迎えるにショージキコワイ気もするが、なぁにそこはどうにかなるさ!と内なる声に励まされつつ稿を終えたい。

   
         栃木温泉・小山旅館の露天二態

(コースタイム)
5/19 阿蘇・青年の家入口1048→仙酔峡11:35 40→仙酔尾根中間点12:15 19→稜線13:05→天狗の舞台13:16(昼食)14:05→高岳14:21 23→中岳14:36 41→火口東壁展望台14:55 58→ロープウェイ山上駅15:07 10→仙酔峡15:37 41→阿蘇青年の家入口16:23→いこいの村手前1k地点16:53 リゾートホテル阿蘇いこいの村泊 (※悲しいかな阿蘇にあってもこの宿の湯は水道水の沸かし湯と判明!)
5/20 阿蘇草千里(阿蘇火山博物館)駐車場9:26→烏帽子岳9:58 10:09→杵島岳11:08(火口壁をグルッと一周&昼食)11:46→草千里駐車場12:03  栃木温泉(小山旅館)入湯
(参加者)栗秋、T田、M木
(平成1951920日)

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